トップ > SF > トリのために > 第17稿「シンジツ」
これは強くなるための物語。
君は忘れてるんだ。
本当の自分は想像以上にもっと。
第17稿>「シンジツ」
映画に写し出されるのが人の感情の放出だとすれば。
ここは様々な人の気持ちで溢れていると言っていい。
俺はそれらの映画を眺めては気持ちを落ち着かせるように意識した。
見極めなくては。
これらの映像がもたらす本当の意味を。
何を伝えようとしているのかを。
俺は何をすべきかを。
それを確かめるため、1つ1つの映画の鑑賞を始めた...
不思議な感じだ。
いくら映画を見ても全く疲れない。
もういくつの映画を見ただろう。
俺はこの空間にとらわれてから何日も、いや、何ヶ月、何年もの時間に値する間、
連続して映画を見つづけているというのに、それだけの時間の流れを感じない。
9-4号室の闇に包まれたのはついさっきのようだ。
いや、実際にそうなのだろう。
時間軸の存在しない世界。
体には何の老いも感じられなかった。
付け加えるならば、空腹も乾きも。
しかも、それでいてそれらの映画に飽きることはなかった。
一つ一つの映画が心に吸収されていく。
満ちていく。
それは、海水を吸い込む巨大なスポンジのように。
涙を流した。
憤慨した。
恐怖した。
笑った。
楽しかった。
感動したのだ。
言葉では表せないような気持ちも味わった。
何度も、何度も。
それは、欠けた感情を補完するみたいに。
そして、自分のちっぽけさに気づかされた。
一人の20歳の男として。
人に与えるだけの夢も愛も持っていなかったんだ。
足の動かない俺。
何も出来ない俺。
無力であり無気力な俺。
この無気力はなんだ?
精神を研ぎ澄ませ。
見いだすんだ。
そして、俺はとうとう全ての映画を吸収した。
だが、普通なら許容範囲をとっくに超える数の映画を吸収したというのにまだ飢えを感じていたのだ。
なぜだ?
「そうだ、まだ真実を見つけ出していない」
確かに、これらの映画はそれぞれの真実を持っている。
だけど、それは俺の真実じゃない。
人はそれぞれ誰でも持っているのだ。
自分だけの映画を。
「人に与えられた答えというのは、その与えた人の答えであって、自分の答えではないだよ」
「そうだ」
俺はやっと気づいた。
真実の映像の在りかに。
「それは俺の中に在る」
その瞬間。
すべてのスクリーンが消えた。
すると、今までのどの光よりも強い光が俺の頭上を通過し、大画面のスクリーンを映し出したのだ。
それこそが俺の映画だった。
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