トップ > SF > トリのために > 第20稿「ひとりぼっち」 / 第21稿「抉り取られた記憶」
「おいしいな...本当に」
「どんどん食べて、おかわりもあるからね」
第20稿>「ひとりぼっち」
9-4号室でうたた寝してしまった俺は目を覚ました時、もう辺りは真っ暗だった。
管理人室に戻るとラボが心配そうな顔で迎えてくれた。
「何か...あったの?」
「あ、いや。うたた寝しちゃって」
そう言うと、ラボはくすっと笑った。
何だろ...俺はそのラボの笑顔を見たらほっとした。
玄関を上がると、ラボは用意した夕食が冷めちゃうからと俺をせかした。
台所のテーブルの上には2人分の夕食がきちんと並べられていた。
何かそれらの夕食は俺を待っていたみたいに感じられた。
まるで家族が温かく迎え入れてくれるみたいに。
自分で作る御飯は美味しくなかったんだ。
それは、1人で暮らしていた頃。
俺がこのマンションに来る前、古いアパートに住んでいた頃。
料理を作るのに慣れると、俺はだんだん手際よく、上手く作る事ができるようになった。
味も良くなっていった。
でも、ちっとも美味しくなっていかなかった。
わかっていたんだ。
そんなことを思い出した。
ラボの顔を見ながら、ご飯を食べていたら。
「ごちそうさま」
「おいしかった。今度は、俺がご馳走したいな」
「俺の腕、知ってるだろ?本気を出すともっとすごいよ」
ラボが言った。
「ふふ、楽しみにしてるね」
その夜のことだった。
俺は、あの時以来、初めて夢を見たのだった。
夢の始まりは「おかえりなさい」というあの女の声。
変な映画のスクリーンみたいなのが2つ並んだ暗い部屋だった。
そして、俺は見た事もない変な男に頭を銃で撃ち抜かれるのだ。
冷汗をかいた。
怖い夢だったからでもあるが。
夢を見るという行為自体久しぶりだったので極度に体力を消耗したような感じだった。
「何だ、この夢は?」
そうだ。
この時の俺は、9-4号室で起きたことを忘れていたのだ。
いや、正確に言えば忘れたとは言えないかもしれない。
それは体験していないことと同じだ。
全くなかったことといってもいい。
すっぽりその部分だけが自分の記憶からえぐり取られたのだから。
だから、この夢が9-4号室で起きた事をなぞったものだったなんて気づかない。
だって、この時の俺は自分の髪の毛が赤くなっていたことにも気づいていなかったのだ。
9-4号室に行く前は自分の髪の毛は黒だったなんて知りもしない。
自分の髪が赤いのは、まるで当たり前の事であるかのように気にもかけなかったのだ。
俺は俺と疑いもしない。
それが当たり前だ。
普通なら。
第21稿>「抉り取られた記憶」
引き金は引かれた。
目の前がシャワー。
赤いシャワー。
頭からシャワー。
シャワーは頭に浴びるんじゃなかったっけ?
何で頭からシャワー?
穴がたくさん空いているんだ、シャワー。
「お前よりお前なんだよ、俺はさ」
何か言った?
「お前はね。俺の中に含まれているんだよ」
何言ってるのか聞こえないって。
「俺の方が近いんだよ。俺に」
何か言ってる?俺が言ってる?
「役者が替わりますってこと」
「今度は、俺がトリってこと」
ラヴェルのボレロ。
それが大音量で、この空間に流れ出した。
その音楽に合わせ消えたはずの映画のスクリーンが全てまた現れる。
巻き戻される。
そして、それのうち何個かが再生される。
それは、全て人がシャワーのシーン。
曲が終わると真っ暗闇になった。
闇と沈黙。
カッツーン、カッツーン。
足音。
それはきっと俺の足音。
赤い髪をした俺の。
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