トップ > SF > トリのために > 第26稿「ストップ・ザ・エモーション」
ほんのすれ違い。
ちょっとしたズレ。
小さな誤解。
いつの間にか、その狭間は大きくなる。
取り返しがつかなくなる。
そして、過去を振り返るようになる。
「第26稿:ストップ・ザ・エモーション」
その日のラボはどこか変だった。
何を喋っていても表情に変化が見られなかったのだ。
目の焦点も合っていない。
俺が話し掛けても、ラボは俺との間の空間に対して話し返しているみたいだった。
「ラボ、もしかして調子が悪い?」
そう言った俺はあらためて気づかされた。
ラボはロボットだったのだ。
壊れてしまう...なんて事があるのか?
嘘だろ...嘘に決まってる。
「え、私の調子がおかしい?」
「ううん、なんか...そんなことないけど」
そういうラボの顔はやはり無表情だ。
少なくともいつもの顔じゃない。
「あのさ、今日は俺が一人で訪問に出かけるよ」
「ラボは部屋で休んでたほうがいいんじゃないかと思うんだ」
「ねぇ、トリ」
「心配してくれるのは嬉しいけど、私なら大丈夫よ」
「何もいつもと変わらないよ」
無表情?...無表情じゃない。
感じる、ラボは笑おうとしている。
きっとそうだ。
だけどそれを顔に出すことができないでいる...
do notじゃない、can notだ。
どうして?
...なぁ、最近、こういう境遇に置かれて俺は切実に思う。
俺は何かをなさなければならないのだろう、このマンションで。
そのための力を得ようと足掻いている。
耳を澄ましている。
大切なものを聞き逃さないようにする為に。
そして、ラボを助けたいと思っている。
本気でそう思っている。
それなのに、俺には知らない事が多すぎる。
戸惑っている。
苛立っている。
自分の不甲斐なさに歯がゆさを感じる。
ありありと。
叔父さん...何か知っているんじゃないのか?
何処に居るんだ?
ラボがおかしいんだ。
俺はどうすればいいんだ。
自分で答えを出すなんて、俺にはできそうにない...
16-1号室へは二人で行った。
今、俺にはラボを管理人室に置いてくることの方が怖かった。
もし、そのまま...
何も起こらなかった。
妙に静かだった。
俺の口からもラボの口からも何も言葉は出なかった。
食事は静かに進んだ。
俺は耐え切れなくて、ついあの事を話し出してしまった...
「ずっと気になってるんだ」
「ラボの言う『失敗』のこと...教えて欲しい」
「その『失敗』って具体的にどんな...
ラボが止まった。
本当に。
ピクリとも動かなかった。
時計が止まってしまったみたいに。
俺はラボに近づいた。
「ラボ?」
ラボの肩を揺らす。
髪がサラサラとなびいた。
もっと強く揺らす。
ラボの首がうなだれた。
力が入っていない。
嘘だ。
こんなに重いなんて。
「ラボ!」
「はい...」
ラボは頭をあげた。
俺はラボの顔を覗き込んだ。
乱れた髪が顔を隠している。
そっとそれを退けると、ラボの顔がはっきり見えた。
赤く目の光った、そのラボの顔が。
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