トップ > SF > トリのために > 第28稿「トラキア」



俺が死んだ時
君はこう言うだろう
「大丈夫、世界が終わったわけではないわ」


宇宙を自由に飛べる鳥がいたら
どこまで行くだろう?

きっとネグラでじっとしている
鳥だって知っている
この世に果てがあろうとなかろうと
俺たちは俺たちでしかない

生きていく明日のために
体力を温存させるのだ
俺たちはいつでも死にもの狂いだ



トリのために>第3章
「第28稿:トラキア」



夢を見ました

と、少女がそう言った。
先生、私は怖い。
怖さがどんどん膨れ上がっていく事がわかるのが怖いんです。
そしてその怖さがまた新しい怖さを産むんです。
私は闇の中に一人ぼっちなんです。

先生しか私を救える人はいないんです。

私を救ってください、三上先生。


三上は知っていた。
トリが自分のもとに向かっていることを。
自分がそう仕向けたのだから。

トリがバイトしていた会社にわざと顧客として登録したのだ。
自分の居場所をトリに教える為に。
トリが自分の意志で来る事が重要なのだ。

「君を救えるのは俺一人だけだ」


waterspoutは依然としてその国民の指示を受けていた。
オツは思う。
人は手にした力を持て余すと、それを見せびらかしたくなる。
それが巨大な力であるほど。
正義と言うオブラートに包まれた欺瞞のソフトキャンディはとてつもなく甘い。
そんな過剰に甘いものは誰も口にしたくはないのだ。
熟しすぎた果実はその主から引き離され、地面に叩きつけられる。
死に際なのだ。
貰い手が必要なのだ。
そうすれば世界は全て丸く収まる。
その甘い果実は誰かに食されなければならぬ。

「それは君に食べてもらいます、トリ」


ネオンサイン。
夕暮れの街。
暗くなりかけているが、夜と言うにはまだ明るい。
そんな時分にその身を発光させ始めるネオンサイン。
夕日の光とそのネオンサインの光が混ざり合い、微妙な色使いを見せる。

俺は駅のプラットホームの一番端で車椅子に座っている。
電車を待っている。

今の俺には何もない。
でも、以前の俺にはもっと何もなかった。
それどころか要らない物ばかりいっぱい抱え込んでいた。

何の役にも立たないちっぽけなプライド。
それは本当の意味でプライドとは呼べない、
自分の情けなさを人々に見つからないように隠すためのガードみたいな代替品。

叶えようと努力もしない、追いかけてるふりをしていただけの夢。
いつも逃げ道として用意された、
困難を回避する為の言い訳として使われた代替品。

そんなようなガラクタ。

おさらばした。

俺を救ってくれたのは、きっと彼女。
そんな出会い。
人が許されたたった一回の、自分にとって最高のめぐり合わせ。

そう、自分を闇の底から救い上げてくれる為に手を1回だけ伸ばしてくれる。
運命とも言える出会い。
俺はしがみ付く。
その手を離してなるものか。
どんなに惨めな格好をさらしてでも。

その1回を逃したら、永遠にこの世界は闇だ。


歌を聞いたんです、先生。

と、少女がそう言った。
その出だしは、こんな感じでした。

トラキア...


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