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「第31稿:語られない事々」
静かな闇の中ではエスカレーターの挙動音がうねっていた。
そして、声が二つ。
叔父は下を見ている。
今どこまで上ってきたかを計るかのように。
俺も下を見ている。
車椅子でエスカレーターに乗るのは慣れていても多少、難が残った。
叔父が切り出す。
本音を言えば、やはり俺がお前に教えられることはあまりない。
...だが、もうそうも言っていられないようだな。
例えばお前、いや君は何を聞きたい、トリ?
[やはり叔父は俺の名前を知っていた]
あのマンションは一体何なんです?
あんな事が起きるなんて普通じゃないです。
いまさらそんなことを聞きたかったのか。
...いや、当然だよな。
悪かった、何も伝えなくてな。
だが、それにも明確な答えはないんだ。
あえて言うなら、あれは至極普通のマンションだ。
なら、
どうしてあんな事が起きるんですか?
訪問って結局何なんですか?
俺に何をさせたいんですか?
訪問。
確かにそれを提示したのは俺だ。
だが、君の身に起こる様々な事。
あれは別に俺が引き起こしているわけでもないし、
もちろんあのマンションが引き起こしているわけでもない。
それは君自身が望んでいることだ。
そしてラボ。
彼女が君を導いている。
何だか訳がわからない。
ラボの事もそうだ。
あなたはラボのことをどこまで知っているんですか?
あんな精巧なロボットがありえるなんて考えられない。
しかも、姉さんの顔をしているんだ。
やっぱり、あの公園で全てを聞いておけばよかったんだ。
あの時は上手くごまかされてしまった。
ラボを助けたい一心でどうかしていたんだ。
きっとハイになっていたんだと思う。
おかしかったんだ。
あまりに周りがおかしいから、俺までおかしくなっていたんだ。
確かに今でも俺はラボの力になりたいと思っている。
だけど、あの頃の決意とは全く違う。
あの頃は全てが宙に浮いているような感じだった。
その場限りの感情の流れに合わせていただけだった。
夢みたいな冒険ごっこ気取りだったんだ。
今、本当にラボは俺の大切な「人」だ。
なぁ、真実を言えよ、叔父さん。
訪問はどういう意味を持つのか?
そして、ラボはどこに行ったんだ?
真実だ。
俺は知らない。
その行く先を俺は知らない。
真実だ。
[あくまでも叔父は冷静にそう言った]
訪問についても俺はさっき君に言った事以上のことは言えない。
具体的な説明ができない代物なんだ。
ただ、言うならば
確かに俺はそれを提示した、君に。
だが、それは俺が「君に何かをやらせたくて」そうした訳じゃない。
俺は「君が何かをするだろう」場所を提示したんだ。
だから、俺は言った。
マンションで起こる事、それは君が望んだことなんだ、と。
[それっきり闇の中にはエスカレーターの音だけがしていた]
俺は少し真実に近づいたのかもしれない。
同時に、遠のいたのかもしれないとも思った。
きっと叔父は全てを語ってはいない。
だが、今、それを聞き出そうとしても無理だし無駄だろう。
長い長いエスカレーターは叔父がまた会おうと、そう告げると
二手に分かれて俺は光のある場所へ出た。
このエスカレーターの意味すらもわからないのだ。
俺はきっと何もわかってないのだろう、本当に。
帰りには行きに送ってくれた少年がある物をくれた。
ドストエフスキーの小説「カラマーゾフの兄弟」の下巻。
下巻だけだ。
だから俺はマンションへの帰り際に本屋に寄り、上、中巻を買った。
すると、貰った下巻の方でなく、普通の本屋で買ったはずの上巻にメモがあった。
to tori. mail-adress:gokuraku@okidoki.ne.jp
訳のわからないことは依然と続くようだ。
だが、それをたどることできっと...
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