トップ > SF > トリのために > 第56稿「GESSHOKU」
生死を見つめる眼差し
その奮える瞳に空は写りこむ
そして
そのどよめく空に暗雲は流れていく
強く吹きすさぶ風によって
流されやしないように
揺れる心を
しっかりと繋ぎとめて
「ここにある」と
さもないと死んでしまうから
まるで何かが失われていくかのように
厚い雲の上で月は蝕まれ始めていた
その誰も気づかない世界で
第56稿
「GESSHOKU」
ガチッ
オツはまるで普段からやり慣れた事をするかのように
非常に流暢にその行為を成し遂げた。
そして俺に差し出す。
スッと。
銃を。
その銃を差し出すオツの顔には表情というものが一切ない。
感情が通っていないかのように。
まるで壁が迫り来るかのような圧迫感があった。
シヌノハオマエダ。
ラボが手にしたその銃の銃口が
銃を持つ俺の方にゆっくりと孤を描いてやってくる。
オツは振り返り俺から離れていく。
ラボとオツ。
殺りたい。
また銃が俺のもとに帰ってきてその緊張感が高まると
俺の中の悪魔が執拗に語りかけだしてきた。
そして語りかけてきたことと同じことを俺の口からしゃべらせる。
「殺りたい」
オツもラボもその俺の言葉に特に反応はしなかった。
俺は目をつぶって恐怖とその欲望を押さえ込み
銃をこめかみの所へ持っていく。
残りは4発うち1発。
引き金に指を掛ける。
指が
指の震えが止まらない。
引き金を引こうとした、その時
恐怖と欲望と緊張とが精神の壁を打ち崩した。
俺の心は不意にその手元を離れた。
空はとうとう一面を暗雲で敷き詰められた。
遠くで稲妻が走る。
少し遅れてその空を切り裂いた音が伝わってくる。
五臓六腑にも染み入るような低く重い音が。
俺の心は宙を舞っていた。
雲を抜けると空は嘘みたいにどこまでもつながっていた。
そうだ。
この空から世界の果てまで何一つ遮るものはないのだ。
全てが見える。
全てを見ている。
この世界を作るもの全て。
月が。
その全ての真ん中に浮かんでいた。
満月という姿で。
俺を待ち続けていたかのように。
圧倒的な存在感で。
そして月は
俺の目の前で月蝕を迎えていた。
徐々に黒みに犯されていく
その姿は何か病的なものを漂わせていた。
その黒は闇。
闇が広がっていく。
「私だけがあなたの味方」
「もう気づいたでしょう、私が誰か?」
新月と満月は同じ「月」なのに
誰も新月に気づこうとしない
満月は誰もが見上げるというのに
全て欠けてしまうがいい
永遠に
「私が姉さんよ」
「死んだあなたの姉さんよ」
「もう一度ひとつになりましょう」
「今度は失敗しないように」
銃口はオツの額に。
そして穴を開けた。
闇の女が手にしたその銃は黄金の銃。
ガチッ
気づくと俺は
その自分のこめかみに当てた銃の引き金を引いていた。
心は俺のもとに帰ってきた。
今見たのは幻覚?
それとも...
俺は空を見上げた。
雲で隠れていて月の様子は確かめることはできなかった。
ぴちっ
その見上げた顔の頬に一粒の水滴が当たった。
雨だ。
呆然と立ちすくんでいた俺の手から
銃を奪い取ったオツは俺の顔のすぐ目の前で
自分の額に銃口を押し付け
間髪いれずに引き金を引いた。
ガチッ
オツは顔と顔をより近づけ
俺と目を合わせたまま視線を離さずに言った。
「次でジ・エンドだ」
ズガーン
雷がどこか近くに落ちた。
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