トップ > SF > トリのために > 第57稿「無慈悲な機械人形のように」
不思議と
あの幻影を見た後
俺はもう何も憎くはなかった
欲望さえ消えた
俺は死ぬ
ラボがオツを望むのなら
そうさ、死んだって構わない
そんな世界に興味はないのだから
最後は
せめてラボを信じながら死にたい
それが俺の全てだから
ただ
怖くてたまらない
たった一人で死んでいくということが
第57稿
「無慈悲な機械人形のように」
どこまでも続くこの雨雲の中心が俺たちの頭上に来た。
そうだ。
この雨は姉さんが俺を抱いた日の雨と同じ。
「誰かが死ぬ」ということを知らせる雨。
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勝負を決める一発。
どちらが死ぬのかを決める一発。
俺は銃口をこめかみに宛がえる。
雨に濡れた俺たちはその熱気のある体から白い湯気を出していた。
次第に息は上がっていく。
それにつられるように体を撃つ雨の勢いも増していく。
生きていく望みを削るかのように強く。
俺たちの意志を確かめるみたいに。
挫けた方がその雨とともに闇に連れて行かれる。
俺はラボの方を見た。
闇に白く浮かぶその銃は俺の方に向けられたままピクリとも動かない。
濡れた前髪がラボの目を覆っている。
最後なんだ。
ラボの目が見たい。
たとえラボがその胸に何を考えていようとも
最後はラボの目を見てから、最後は。
「早く撃てよ」
「これ以上、雨に晒されていたら体に毒だ」
「時間を掛けようと掛けまいと死ぬやつは死ぬ」
「死なないやつは死なない」
「君が引き金を引けばそれがわかる」
オツがそう言った。
本当のミカミテツがそう言った。
ラボの目は隠れたまま。
「早く撃てと言ってるだろう?」
...本当に俺はもう何も憎くはなかった。
誰も憎くなかった。
ただあるのは、
ラボがいる世界か。
ラボのいない世界か。
「ラボ!」
「俺に目を見せてくれないか」
沈黙が続き、ザァーと強く振付ける雨の音だけが響いていた。
ラボは両手で持っていた銃から左手を離し
銃は構えたままで濡れた前髪をそっとぬぐった。
そこにはラボがいた。
それだけでもう。
俺はこめかみに当てた銃の引き金を引いた。
ガチッ
「トリっ、銃を構えて!」
「ラボ!?」
「銃を構えて!」
「ラボ!」
「どういうことだ!」
「これはどういうことだ!!」
「オツ」
「あなたは間違ってる」
「何を言っている!?」
「僕が正しいに決まってるだろ!?」
「手を動かさないでっ!」
「悪魔を」
「悪魔を選ぶって言うのか!」
「本物の僕じゃなくて!!」
「トリ、オツが手を少しでも動かしたら」
「撃って!」
「その時はためらわず撃って!!」
「いい、オツ?」
「私たちはここから消える」
「トリは生贄になんてならない」
「世界はこのままでいい」
「人から欲望は奪えないわ」
「そして恐怖の心も」
「姉さん、僕は...」
「動かないでっ!!」
「いい?動かないで」
「トリ」
「行きましょう」
「こんなマンションを抜け出して」
「二人の生活を」
「ラボ」
「お前は」
「お前は壊れてるっ!!」
「壊れてなんかいない」
「私はトリを選んだの」
「僕がこの世界を救えるのに!!」
「...さよなら」
「三上君」
片手で銃を構えながら俺たちは
もう片方の手でお互いの手を握り合った。
握手は一人じゃできない、たとえ右と左その二つの手を持ってしても。
二人でなきゃ。
だけど俺とラボがマンションの中に入ろうとしたその瞬間のことだった。
目の前にとてつもなくでかい雷が落ちたのは。
「神様は僕の味方をしたっ!」
大地が揺れ、足元がぐらつき
俺とラボの手が離れ、濡れた床に突っ伏した。
「僕を捨てやがって」
オツは着ていたジャケットの中に素早く手を伸ばす。
それは色の無い銃。
「死んじまええっ!」
オツはラボにその銃口を向けた。
ラボもオツに少し遅れ銃口を向け返した。
俺はラボをかばおうと飛び出した。
ザァーと強く振付ける雨の音だけが響いていた。
びしょびしょの俺はびしょびしょのラボを抱きしめていた。
泣いてなんかいない、泣いてなんか。
ラボを撃ったオツは狂い笑ってマンションを飛び降りてしまった。
雨は止んだ。
オツを闇へと連れ去って。
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