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人は創造することができない。だから想像する。それは、何故、何のために生まれたのか誰も知らない。しかし、その果てに何か見えるものがあったということなのだろう。 時は新たなる世紀を迎えた。人はわずかの年月の間に、機械の上と星の下の狭に揺れる存在となった。もちろん、その想像も時と共にあった。人は時の中の事象を見て、思いを大きくしていったのだから。一見受動的かつ非想像的な機械たちも、人間の膨らんだ想いの産物だ。そんなことに気付いた私は、大きな興味を抱いた。 今このような状勢下にある人々の想いを知りたい。日々の生活。たとえそれが何の変哲もない生活でも、その中にどんな想いがあるかは分からない。 月の光を想う者、心の闇を憂う者、空の青さを感じる者、海の深さを思う者、人の不幸を悲しむ者、逆に幸せを喜ぶ者、ささやかなことに胸が一杯になる者…。人は本当に様々だ。 そんな想いを知るということにおいて、ここにこの文が存在していることを重要視したい。 ここに今、何人であろうとも参入可能な、想いの表現場所が生まれたのだ。それが人の心に何をもたらすのか、どんな意味を持つかは、それを見た想いだけが答えてくれるはずだ。 決して娯楽だとか、芸術だとか崇高なものではない。ただ想い故の想いのためだけの場所…。 私はこのことを肝に命じ、改めてこの文庫をクローバー文庫とするものである。四ッ葉のクローバーのように、見つけるのは困難だが、その先には小さな喜びと感動がありますように…。たとえそれが、真実の追究という儚い人のカルまであったとしても…。 それが、想いの美しさに心を奪われた私の、たった一つの願いである。 |