『慶長時代を知る写真家』の話しとして日本人は、とても穏やかで勤勉で手先が器用であったという。正に二宮金次郎のレプリカである。それが戦争に巻き込まれ、戦後は戦後復興、高度成長期を支えた。何時の頃からか日本人はゴルフにのめりこんでしまったように思える。一時は電車内の話題もゴルフ一色、駅のホ−ムではかさを振る姿が珍しくなかった。
教育職員のゴルフに思う
2000年ハワイで潜水艦が練習船を撃沈した時、森首相はゴルフ場にいて現状把握ができなかった。新潟県で長期行方不明だった女性が発見されて時、検察庁長官と新潟県警本部長は旅館で賭けマ−ジャンの最中であった。昔の先生はこのようなことに現を(うつつ)を抜かすことは決して行っていない。常に生徒の範として、生徒のことを念頭において行動していた。教育現場は日本の精神文化の原泉でなくてはならないと思う。
ゴルフは過激な合法的破壊活動
ところで30年ほど前までは上空から見る日本は緑深くてとても魅力的で『隣のトトロの森』だらけであった。ところが集中豪雨で崩れた山と全く区別ができない程ひどい景観である。とくに房総半島は爪で引っかいたように山肌の荒廃がひどい。まさにゴルフ場の中に山がある。これはゴルフ場が狭い国土を山奥まで這い上がっていった結果ある。山の木々を伐採し小動物を山から追っ払い、海を除草剤で汚染させてしまっている。
現在、もとゴルフ場、建設予定地をみると慙愧(ざんき)にいたたまれない。ここ15年間にゴルフ場の建設とともに鎮守の森も消失したが、もっと失ったものは日本人の心かもしれない。休耕田が山野に帰っていったようにゴルフ人口が減れば、やがて森に帰って行くのであろうか。
教育は慈しみ教え育てる場
教育者はどのような理由があろうともゴルフから目覚めるべきであると思う。たとえそうでなくても回数を減じていくべきであると思う。今、教育現場には体温がない。温故知新で先輩教育者は心が広く、隣人愛にあふれ、博愛的で話題も豊富で、学校をあげて年に夏休みに研修旅行に出かけたり、日頃は地元の料亭で宴をはって飲んで歌って語っていたものである。こうして、戒めあったり、励ましあったり、自信を取り戻したりしていた効能は見逃せない。
餅屋は餅屋に帰そう
ゴルフは、起源をたどれば明らかなように教育者のすることではないと思う。ゴルフは持ち物を含め競うものであり、主従の関係を明確にする道具に過ぎない。技を鍛えたからと言って教育現場には何も持ちかえるものはない。からおけの屋外版である。相撲は相撲取りに、サッカ−はサッカ−選手に、葬式はお寺かキリスト教会に、乗馬は騎手に、バスやタクシの運転は運転手に、食堂は料理人に、歌は歌手にまかせておけば良いように、ゴルフはゴルファに任せておけば良いと思うがいかがなものであろうか。