モドル...



 枠外の誘惑、偶発の画面
 それにしても物慾の方向性は予測と違うところに落ち着くもので、GX100の登場に
よって発売当初に比較すると大きく値段を下げているGRデジタルが何の拍子か手許に転
がり込んできたということもありまして、デジタルのコンパクトカメラに関してはこれが
メインになりました。前回ここで触れていた広角24ミリの魅力も、安価で懐かしい感じ
のIXYのスタイルも状況の流れには逆らえないもので、いまのところ物慾のリストから
は外れております。
 いずれも同じといった塩梅なのですが、当今のコンパクトカメラの液晶画面というやつ
は本体に対して大き過ぎる感じで、それを点灯させているのは旧来のカメラをあつかうと
いうスタイルから外れてしまうというか、勿論、マクロの撮影などではこれに依存せざる
を得ないのですが、通常の撮影に関しては必要なさそうなので──構図を綿密に決定させ
たいというような人には欠かせないものなので、これを「否定」する気はありません──
外付けのファインダーがあると便利かなと思うようになりました。マア、28ミリの画角
というのは概ね「このくらい」が写っていると予想しつつ顔の前や胸の前で構えて撮ると
いう方法でも大きな問題はないような気がするのですが、視覚的に確認できないので水平
位置が斜めになることがありまして、その点が気になるのです。範囲はアバウトでもよい
のに画面が真直ぐでないと気に掛かるというのが性癖というものでしょうか。

 何より、余計なものが写り込むというのは「状況の記録」という意味で歓迎するところ
でもある訳で、時間が経過すると主となる対象よりもそれを取り巻く空間の方に関心が向
いたりするものなのです。周囲の雑多なものというのは写真的な意味での「対象の記録」
という文脈では排除されなければならないものなのですが、既にそういう写真を撮ること
には関心がなくなっていたりします。構図の巧拙や作品の美しさを語るのであれば、より
美しい写真を撮る人は他に沢山いるので、自分がそれを踏襲する必要はないと考えている
訳です。写真から離れていた20代の間に研究科に籍を措いて文化人類学や民俗史、風俗
史などの考現学に埋もれていたこともありまして写真について美学的な要素を求める感覚
が薄れてしまったのかも知れませんが、かといって博物学的に「対称の記録」の道具とし
てのみ写真を利用するだけでは退屈であったりします。単なる記念写真、あるいは記録写
真を見てもその背後に写っているものまで気になるというか、視点をズラすと画面のなか
には違う世界が展開しているということに関心が向いてしまうというのは、世界を止める
魔術、あるいは現象を別の側面から観察することにおいてある種の社会の機能が見えてく
るとかいうガクモンの技法と近似しているようで、そういう面から写真を見るというのも
個人的には楽しかったりする訳です。
 これらと写真そのものに対する感覚との折り合いをつけようとすると、とりあえず簡便
な手法としては中心となる対象を「中心に措く」という所謂「日の丸」構図を選択するこ
とになります。結局は初心者的な撮影方法が一番なのかも知れませんが、そういうときに
も何となく色気がでて、その構図を回避することもあります。それが成功するかといえば
場合によっては失敗に終わったりする訳で、そのような色気を起こさせないように、たと
えばライカなどレンジファインダーでの撮影で21ミリレンズを装着していながら外付け
ファインダーを使わないというような間抜けなことをしてみたりもします。キチンと撮り
たい人には何処まで写っているか解らない苛立つだけのオコナイなのですが、これがなか
なか面白かったりします。同じように50ミリの視野枠でロッコールの40ミリを使うと
いうのも楽しいといいましょうか、それにしてもミノルタCLE用のこのレンズは軽量で
コンパクトでありながら写りもよく、暈けも綺麗です。35ミリのズミクロンで完全武装
するよりはこれを装着している方が21世紀の現在では乙な気がします。同じ焦点距離の
レンズはコシナからもでておりますが、こちらは現役なので趣味的な要素としては不完全
な気もしております。実用を考えるのであれば、心持ち黄色方向に寄るロッコールと、ど
ちらかといえば青方向の再現に優れているコシナ、その用途や好みに応じて使い分けると
いうのがよいのではないかと思います。
 1眼レフレックスを使っているときにはこういうことはできないというか、どうしても
見えているファインダーに即した撮影になってしまうのですが、レンジファインダーでは
このような「遊び」ができる訳です──繰り返しになりますが、キチンと撮りたい人はこ
のような無駄な「遊び」は必要ないので、この辺りの記述というか、このテキスト全体は
意味がありません──。

 さて、そのような訳で、天地だけを精確に、範囲だけをアバウトにした撮影がGRデジ
タルでも楽しめるのではないかと、28ミリよりも視野角の狭いファインダーを載せてみ
ようというのが結論になるのですが、ただし、そのファインダーを覗くことでストレスを
生じるようなものでは逆に些か問題なのです。このような観点でいえば、写真というか、
カメラに詳しい人ならばもうピンとくるというか、ピントがきているといったところかも
知れませんが、つまりはファインダーの枠内、範囲内とその外の世界が地続きになってい
るようなもの、視野枠が構造化する閉鎖空間とそれを取り巻く環境が浸透性を保持するよ
うな状況を生みだす組み合わせが好ましいということで、等倍の世界がそこに広がる50
ミリ用のファインダーが選択されることになります。
 しかし、バルナックライカ用のファインダーにしても、コシナ=フォクトレンダー用の
ファインダ−にしても、覗いている方の眼と覗いていない方の眼を開いたままで、そこに
広がる世界が美しく見えてしまうというのは、そこで写し取られた画像の拙さに比較する
と些か困ったことではあります。あるいはその美しさに酔うことでシャッターを押すのを
忘れてしまうのが一番なのかも知れませんが…。