
さてここでは、福島県安達郡の火葬場の事をお話します。
まず僕は安達郡に住んでいます。
福島県の真ん中辺りの、福島市と郡山市の中間辺りです。
僕が一番なじみがあった火葬場は旧二本松火葬場でした。
ここには会葬者として3回行きました。
旧二本松火葬場は昭和39年に完成した施設です。
僕が初めて行った時点で既に10年以上使われている施設でした。
あだたら聖苑の紹介で、簡単な見取り図を書いたものがあるのでそれを御覧
ください。
建物に入るといきなり炉が並んでいるシンプルな構造です。
炉数は二基で台車式です。
台車式を採用したかなり初期の施設と思われます。
炉の外の扉は石川地方火葬場の物と酷似していました。
製造プレート?も同じような物だったので同じメーカーの製品だと思います。
さすがに待合室は別の建物ですよ。
待合棟はふたつあったので、それぞれの会葬者がちゃんと別に待っていられます。
こういう施設を知っていたから、石川地方火葬場はかなりショッキングでした。
そこに行った一回目は僕がまだ小学校低学年だったとき。
母方の祖父の葬儀ででした。
焼きあがって金庫みたいな外扉を開けて、
耐熱扉が開けられたときはかなりショックでしたよ。
火葬炉の奥をみると、まだバーナーが熱で赤くなっていました。
そして、なによりもあの独特の匂いが強烈でした。
当時はちゃんと冷却をしてなかったんでしょうね。
これはトラウマになりましたよ・・・
そのトラウマが現在の火葬に対する興味の原因ですが。
僕は拾骨には参加しなかったので骨はよく見なかったです。
そうそう、当時は拾骨に使う箸は使い捨てではなかったですよ。
先が焦げている箸を配っていたのも印象深いです。
いとこの兄妹で、兄が妹の髪を箸でつまんで妹が大泣きしているという光景も
ありました。
二回目はずっと後になって約5年前、母方の祖母の時です。
ちなみに三回目はその後役一週間後でした・・・
建物の外見は変わっていなかったです。
しかし、久しぶりに入ってみると、以前は黒かった炉の扉が銀色になっていました。
これも石川地方火葬場と同じ色です。
暗いイメージを少しでも払拭するためでしょうか・・・?
そして、お棺を鉄骨を曲げて溶接した物に乗せて浮かせるようになっていました。
本宮町営火葬場紹介の上から16と17に写っている物とだいたい同じです。
これを台車の上に二個置いて、その上にお棺を乗せる訳です。
これは一回目当時では、やっていなかったと思います。
そして火葬が終了した後ですが、これはかなり違っていましたね。
台車を引き出すレールが付いた装置をセットして耐熱扉があられた時、
予想していた匂いはまったくありませんでした。
耳をすますと排気されているような音が・・・
外見では変わったようには見えなかったですが、
強制排気装置が付いていて、拾骨時も排気をしていたようです。
そして台車が完全に出されたら、耐熱扉はさっさと閉められました。
やっぱりあの匂いはありません。
しっかりと冷却されているからでしょうね。
さて余談ですが、母方の家系は骨太な家系です。
祖母の拾骨の時は、骨が壷に納まりきれなくて、
先に入れた骨をドライバーの持つ方でガシャガシャと砕いていました。
これはちょっとイヤでしたね・・・
僕の骨も同じように砕かれるのでしょうか・・・
もうひとつ余談です。
この火葬場は裏側に廻ると作業室の窓から炉裏の作業風景をのぞくことが
できました。かといって、長い時間見るものでも無いですけどね。
僕が見た時は、ふたつの炉の覗き穴から赤い炎が見えました。
さて、この辺で二本松火葬場との本宮町営火葬場との関係をお話しましょう。
昭和50年頃は二本松周辺の町や村では土葬率が高かったようです。
火葬率が高くなかった頃は二本松市の二基だけで間に合っていました。
しかし、火葬率が高くなってくると二本松市の二基だけでは処理をするのが
難しくなりました。 そこで白羽の矢が立ったのが本宮町営火葬場です。
旧二本松火葬場と本宮町営火葬場はあまり距離が離れてません。
約10kmくらいだと思います。
二本松がいっぱいの場合は本宮にまわすようになりました。
本宮町営火葬場の炉数は二基。
二本松と合わせて合計四基で処理が間に合うようになりました。
僕は幸い?本宮には会葬者として行ったことはありませんでしたけどね。
そんな理由で本宮の稼働率はけっこう高かったようです。
本宮という町はあまり大きくはありません。
それでも再燃焼炉を装備できたのは稼働率の高さのおかげだと思われます。
しかし、そんな時代も終わりを迎えました。
平成11年に二本松に"あただら聖苑"が完成したからです。
あただら聖苑の炉数は五基。
冷却前室つきの台車式で当然再燃焼炉装備です。
建物の規模も旧施設とは比較になりません。
二本松市の新施設の気合をヒシヒシと感じましたよ。
そしてこの施設は広域施設でもあります。
安達郡内の火葬を一手に引き受ける事になりました。
という訳で本宮町営火葬場はあただら聖苑稼動開始と同時に廃止になりました。
しかしご存知のとおり、本宮町営火葬場の施設は今でもしっかりと残っています。
施設撤去の費用が無いのかもしれませんが、
将来訪れるかもしれない災害に備えているのかもしれません。
安達郡には「千恵子抄」で有名な安達太良山があるんですが、
この山って噴火の可能性があるので・・・
寺野椎馬氏から貴重な火葬場のおはなしをいただきました。
早速アップ致します。寺野さん、ありがとうございました。
感想・ご意見等は掲示板にお願いします。