コンゴウフグ

全長 30センチ

 海で出会えるありとあらゆる魚を網羅した図鑑といえば標本写真ばかりであった時代に、ついに世に出たのが、図鑑が東海大学出版会の「日本産魚類生態大図鑑」だ。

 この大図鑑が当時のダイバーたちにとっていかに画期的だったかということは、黒澤明の数々の名作が当時いかに画期的だったか、ということと同じくらい、今の世ではわかりづらいに違いない。
 水槽写真が若干混じっているとはいえ、とにかくもう、どの写真も生きている魚の写真なのである。ポータブルな薄っぺらい図鑑しか持っていないダイバーが、その図鑑に載っていないというだけで「新種を発見した!」と舞い上がることはできなくなってしまったくらいに、ダイビングで見られるたいていの魚がこの大図鑑には載っていた。

 そんな日本産魚類生態大図鑑をもってしても、有名な魚であるにもかかわらず載せることができなかった魚がいた。

 コンゴウフグの成魚である。
 幼魚の写真が載っている422ページの解説には、こうある。

 「成魚は内湾の砂泥底にすむ。日本では沖縄島の東海岸でよく漁獲されるが、ダイバーによる記録はない」

 あの天下の益田一御大でさえ、海中でコンゴウフグの成魚をご覧になったことはなかったのだ。

 その後、この東海大学出版会の大図鑑が予想外の売れ行きを見せたことにあやかろうと(当サイト推測)、満を持して世に出たのが、山と渓谷社の「日本の海水魚」である。

 この「日本の海水魚」に、なんとコンゴウフグの成魚の写真が載っているのである!!

 ダイバーなら知らぬ人とてないこのヤマケイの大図鑑の奥付に、我が(有)クロワッサンアイランドが協力店の一覧に名を連ねていることをご存知だろうか。<自慢である。
 それもそのはず、この大図鑑に少なからず写真を寄せている写真家の大方洋二さんが、うちで潜って撮った写真もけっこう使用されているということで配慮してくださったからなのだ。

 その大方さんが水納島で撮影した写真のひとつが、ほかでもないコンゴウフグの成魚だ。

 ダイバーによる記録はないといわれていた時代に、水納島には普通にいたのである、コンゴウフグの成魚が。

 よく見られたのはとある砂地のポイントで、水深25mあたりより深い砂底付近を徘徊していた。
 季節によっては、オスがその特徴的に長い尾びれを扇子のように広げたり閉じたりしつつ、クイクイッと尾びれを動かす求愛行動らしき泳ぎも見られるほどにその個体数は多く、なんでこんなにたくさんいるのに「ダイバーによる記録はない」などと書かれているのか不思議でならなかったものだ。

 そんな話も今は昔。
 その後どういうわけか姿を消し、この6、7年で一匹見たか見ていないかというくらいになってしまった。

 より内湾に生息するという幼魚はもともと水納島では見られなかったことを考えると、このように成魚まで見られなくなってしまったのは、水納島とは別にあった幼魚の生息場所が埋め立てられるか何かして失われ、水納島への供給が断たれたからではないかと思われる。

 ということは未来永劫、往時のようにたくさんの成魚が砂地を徘徊するというシーンは見られないということか。

 ここにもまたひとつ、失われた風景があった……。