
「フーファイター」
1942年 ロサンゼルス上空の飛行物体
| IFもしこの出来事が・・・スペースシャトルsts111 の出来事参照 (最下部) |
事件の概要
この事件が発生したのは1942年2月25日、日本軍の真珠湾攻撃による第二次世界大戦の開戦から80日後のことである。
その2日前の2月23日午後7時23分には、日本海軍の潜水艦がサンタバーバラの北のエルウッドの町の沖合いに浮上して海上から、町の燃料タンクに砲撃を加えている。この事件と同時に時のルーズベルト大統領はラジオで全国に「アメリカの中で敵の攻撃から安全な場所はない」と警告している。
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「号外! ロサンゼルス地域襲撃される! 日本軍機がサンタモニカ、シールビーチ、エルセガンド、レドンド、ロングビーチ、ヘルモサ、シグナルヒルに来襲 !
警報は本物と陸軍発表、「襲撃」の謎未解決 見えない敵へロサンゼルスで砲撃あり」
(2月25日ロサンゼルスタイムズ)
この記事によると、「この日午前2時15分、20〜25個の点滅する“銀色の発光体”が編隊を組み、ロサンゼルスの西120マイル(約192Km)を大平洋岸沿いに飛行し、太平洋岸の米軍事施設および海軍基地に向かっている。高度12000から9000フィート(3660m-2700m)まで、このUFO群は降下し、戦術的飛行編隊に戦力を分散して、各々3から6機の編隊に分かれて飛行を続けた」と海軍情報部によって報告され、極東戦略作戦本部へ通信された。問題の物体は日本軍の航空機の疑いがあるとして、第37沿岸砲兵旅団の対空砲兵中隊が警戒体制に入った。
この状況は軍のレーダーや探査用光学機器、ロサンゼルス市警と市民の何千人もの肉眼で確認された。午前3時16分に高射砲部隊は砲撃を開始し、灯火管制が引かれている中、サーチライトの光芒が敵機を求め、計1430発もの集中砲火を浴びせた。確実に命中したと思われたが、不思議な事に1機も撃墜されなかった。更に奇妙な事には、相手側からの攻撃も全くなかったというものだ。この未確認飛行物体はゆっくりと、サンタモニカとロングビーチの間の沿岸都市上空を移動(距離にして30キロ、飛行時間は約20分)して、その後に視界から消えた。
「ロサンゼルス・タイムス」:警報は本物と軍が発表
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(下の写真)光の小さなかたまり(点)
はUFOではなく、オブジェクトに発砲された防空用の砲弾の爆発だ。オブジェクトが視野から姿を消す前に、弾薬は約1500発近くが発射された。光の筋はオブジェクトを確認するために投じられた地上に置かれたサーチライトの光だ。
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This UFO was photographed on the 25th February 1942 and was featured in
the Los Angeles Times. A strange aerial intruder hovered over the Culver City
area of Los Angeles during that morning. It was described by one eyewitness as
"enormous" and "pale orange" in colour. The blobs of light are not UFOs but
bursts of anti aircraft shells being fired at the object. Nearly 2000 rounds of
ammunition were discharged before the object disappeared from view. The beams of
light are earth based search lights focussing on the object which can just be
made out. Source
| 1942-2-26付 ロサンゼルス上空の未確認飛行物体事件を大統領へ伝える機密文書(GHQ総司令部よりの情報) 1. 未確認の航空機は、米合衆国陸軍または海軍のものではない。おそらくロサンゼルス上空を飛行したものとみられ、第37沿岸砲兵旅団(対空砲兵中隊)の複数の小隊が、午前3時12分から4時15分までの間砲撃した。これらの部隊は1430発の弾薬を使用した。 2. 関係した未確認航空機は15機に及ぶらしく、公式の報告書によれば「非常に遅い速度から時速200マイル(約322km)に至るさまざまな速度で、9000〜18000フィート(約2743m〜5486m)に及ぶ高度で飛行した。 3. 爆弾はまったく落とされなかった。 4. わが軍の戦闘犠牲者はなし。 5. これらの未確認航空機は1機も撃墜されなかった。 6. 当時活動中の米国の陸・海軍航空機はなかった。 (情報公開法 マーシャル将軍の覚書) 国防総省はこの事件の記録があることを長年否定し続けたが情報公開法によりこの情報が初めて日の目を見た。 |
「ニューヨーク・タイムズ紙」:警報は本物と陸軍発表、「襲撃」の謎は未解決!
見えない敵への砲撃、飛行物体の侵入報告
1942年2月26日
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西部防衛司令部は、未確認飛行物体は防空当局に登録されておらず、これらは「合衆国の航空機ではない」と主張した。
「ロサンゼルス・タイムス」の公式写真から見て、当時件の円盤型機械はいかなる「地球起源の航空機」とも異なり、無音で低高度を低速で(時速150m〜200m)で飛行し高性能の対空放火をまったく無視するように回避している。これだけの対空砲弾の中、1機も撃墜されなかった言うのはありえないことであるとしている。
| IFもしこの出来事が・・・ |
1942年2月26日のロサンゼルスタイムの記事によると、「この日午前2時15分、20〜25個の点滅する“銀色の発光体”が編隊を組み、ロサンゼルスの西120マイル(約192Km)を大平洋岸沿いに飛行し、太平洋岸の米軍事施設および海軍基地に向かっている。高度12000から9000フィート(3660m-2700m)まで、このUFO群は降下し、戦術的飛行編隊に戦力を分散して、各々3から6機の編隊に分かれて飛行を続けた」と海軍情報部によって報告され、極東戦略作戦本部へ通信された。
| スペースシャトルSTS111から撮影された下の写真の光体の一群は一体何であろうか? このUFOの編隊らしきものは、ロサンゼルスの上空にあらわれた飛行物体の編隊を連想させる。 16.3kb |
STS111ミッションの概要
中大画像有り
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CREW:
| Commander | Kenneth Cockrell |
| Pilot | Paul Lockhart |
| Mission Specialist | Franklin Chang-Diaz |
| Mission Specialist | Philippe Perrin, |
| Mission Highlights |
|
http://www.outer-space.org/shuttle/sts111/missionpage.html
スペースシャトルSTS111は2002年6月5日(4時23分 CDT)に打ち上げられた。
主な目的は、2001年12月からISSに滞在している第4次搭乗員3名の交代、ISSのロボットアームがトラス上を移動する際に使用する「モバイル・ベース・システム」の取り付け、多目的補給モジュール「レオナルド」を用いた実験装置や物資の搬入などであった。
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Sunset Over the Sahara Desert
| Target Name: | Earth |
| Spacecraft: | Space Shuttle |
| Produced by: | NASA |
| Copyright: | Public Domain |
| Cross Reference: | STS111-321-24 |
| Date Released: | 29 March 2003 |
| Target Name: | Earth |
| Spacecraft: | Defense Meteorological Satellite |
| Produced by: | NASA/GSFC |
| Copyright: | NASA Copyright Free Policy |
| Date Released: | 23 April 2000 |
太平洋上の光の群れ、これはUFOの大編隊なのだろうか?
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下記STS111のUFO編隊らしき写真に関するJEFFの見解: |
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参考資料
投稿者 SP' 日時 1999 年 2 月 22 日 09:01:27:
あの真珠湾攻撃から3ヶ月も経ってない1942年2月25日、未確認飛行機がロス上空に現れ、警戒警報が発令
された。1430発もの高射砲弾が発射された。日本軍の飛行機と思ったのだ。その日、少なくとも百万人もの
南カリフォルニアの住民が、サイレンに眠りを破られた。午前2時25分、ロス全域の電燈が全て消され、1万
2千名の空襲監視員が配置についた。彼らの多くは、本番並の訓練と考えた。しかし、午前3時16分、第37沿
岸防備対空砲隊は12.8ポンド砲弾を発射し始めた。
サーチライトが夜空を飛び交い、対空砲火は4時14分まで断続的に続いた。市民3人が炸裂音のショックで
心臓麻痺で死亡。家や官公庁のビルが、炸裂しなかった砲弾で大きな被害を受けた。午前7時21分にやっと、
灯火管制が解除された。
では日本機はどうなったのか? 第四迎撃司令部の戦闘機は待機していたが、最初の警報から砲撃までの
51分間、何の命令も出なかった。このことから、敵機が侵入に関わってないことは明らかだ。
何千もの人がその光景を目撃した。彼らの話では、大きなUFOが滞空したまま、対空砲火を浴びていたと
言う。ヘラルドエキスプレス記者は、夥しい砲弾がど真ん中に命中したが、撃墜されなかったと語った。
やがてUFOはゆっくりと、サンタモニカとロングビーチの間の沿岸都市上空に移動。距離にして30キロ。
“飛行時間”は約20分。そして視界から消えた。(中略)軍はこの事件に相当頭を悩ましたようだったが、
知らぬ顔をしている訳にもいかず、ワシントンで海軍長官ノックスは、敵機は侵入していないのに、神経過
敏になっていた空軍が誤って警報を出し、対空砲射を始めたと述べた。
当然、この声明に各新聞社は激怒した。人命が失われたのに、間違ったではすまない。それに、謎の飛行
物体の侵入は、国内の重要な軍需産業を動かす為に政府の役人がでっちあげたのではないのかとも考えてい
た。ロングビーチ・インデペンデント紙はこうコメントした。
「この事件に関して、当局の対応は何とも歯切れが悪い。この件に関してこれ以上追求しないよう、検閲が
あったのではなかろうか」(『トップシークレット』)...Lost
Angels over Los Angeles?
「号外! ロス地域襲撃さる! 日本軍機がサンタモニカ、シールビーチ、エルセガンド、レドンド、ロン
グビーチ、ヘルモサ、シグナルヒルに来襲 警報は本物と陸軍発表、「襲撃」の謎未解決 見えない敵へロ
サンゼルスで砲撃あり」(2月25日ロサンゼルスタイムズ)
記事によると、この日午前2時15分、20〜25個の点滅する“銀色の光体”が編隊で、ロスの西120マイルを
大平洋岸沿いに飛行。高度12000から8000乃至9000フィートまで、このUFO群は降下し、各々3乃至6機の編隊
に分かれて飛行を続けた(海軍情報部によって報告され、極東戦略作戦本部へ通信)。
この状況は軍のレーダーや双眼鏡、ロス市警と市民の肉眼で確認された。高射砲部隊は、計1430発もの集
中砲火を浴びせ、確実に命中したと思われたが、不思議な事に1機も撃墜されなかった。更に奇妙な事には、
相手側からの攻撃も全くなかった−というのだ。(『ナチスがUFOを造っていた』)
「昨日早朝、ロサンゼルス上空のUFOを狙う高射砲」(26日NYタイムズ、写真はロサンゼルスタイムズ)
…以下は74年に情報公開法に基づき公開された、F・ルーズベルト宛にマーシャルが送った書簡(1942年2月
26日付)から。これに先立ち、国防省はそのような記録はないと発表。
大統領宛覚え書き:
ロサンゼルス上空における昨日早朝の空襲警戒体制に関し、現時点でGHQから得た情報は以下の通り。
現時点で判明した詳細:
1.未確認航空機は、米陸軍または海軍の物ではない。恐らくロサンゼルス上空を飛行したとみられ、第37
沿岸砲兵旅団(対空砲兵中隊)の複数の小隊が、午前3時12分〜4時15分まで砲撃した。これらの部隊は1430
発の弾薬を使用した。
2.関係した未確認航空機は15機に及ぶらしく、公式の報告書によれば'非常に遅い'から時速200マイルもの
様々な速度で、9000から18000フィートの高度で飛行していた。
3.爆弾は全く投下されなかった。
4.わが軍の戦闘犠牲者はなし。
5.これらの航空機は全く撃墜されなかった。
6.当時活動中の米陸・海軍航空機はなかった。
調査継続中。未確認航空機が関係していたとすれば、対空砲の配置を暴き、灯火管制により生産を遅らせ
る目的で敵国諜報員が民間機を操縦していた可能性がある。作戦行動中の速度変化や、爆撃がなかった事実
もこれで説明がつく。(『UFO軍事交戦録』(国連で78年に配布されて爆弾メモと呼ばれた))
*ジョージ・カトリト・マーシャル大将(1880-1959)
第二次大戦から1947年まで参謀長、以後49年まで国務長官歴任、53年ノーベル平和賞受賞。55年報道機関
への声明「合衆国当局は以下の事実を確認した。空飛ぶ円盤は地球外から来た有人宇宙船であり、これら訪
問者達は着陸して我々と直接接触を行う前に、地球の大気中で呼吸し生存する方法を模索している…」
1947年8月19日発表のギャラップ調査によれば、アメリカ人の9割が空飛ぶ円盤のことを知っていたが、マ
ーシャルプランについて聞いたことのある者はずっと少なかったという。(『UFO事件の半世紀』)
機密解除 (情報公開法 マーシャル将軍の覚書))
E.O.11652.Sec.3(E)及び5(D)または(E)
1972/3/3 OSD書簡
by__NARS Date 1974/4/9