中国人の女友達 2005・5・31(火)
私には、中国人の女友達がいる。
彼女は、私の父が滞在しているときに家に来てもらっていたマッサージ師で、とても親切な人だ。 私と同い年で、昔は看護婦をしていたそうで、私と共通しているところがあるので親近感が持てる。

以前、家の近所の「野菜市場」を教えてくれて、お店の人に私を紹介してくれたのも彼女。彼女のお陰で、市場のお姉さんとも親しくなれた。
彼女は仕事柄、外国人相手になることが多くて、英語の勉強を独学でしている。彼女の英語はまだまだ十分ではないのが事実だが、少しでも英語が出来る相手だと、私もとても安心できるし、意思疎通もある程度は出来る。 彼女は英語を習得したいという気持ちがあるし、私は中国語を習得したいという気持ちがあり、お互いに一緒にいると学べることが沢山あるという関係だ。

今日は、マンションからバスで15分くらい行ったところにある「市場」に連れて行ってもらった。その「市場」は、「花・植物」専門の市場、そしてその隣の、レディース物がメインの「服、靴、下着、アクセサリー」を専門とした市場であった。 ここも広大な敷地の中に、それぞれを専門とする個人店が山のように存在していた。
洋服だけでもありとあらゆる種類のものを扱っているのが、残念なことに、殆どの品が「中国風」で、、、、、チャイナドレスや、そういう生地で作ったスカート、ワンピースなどなど、実際に日本人の私が着れそうな洋服は殆どなかった(笑)。 「あ、あれ、いいなあ・・・」と思って見る服は、すべて「日本語」のタグが付いていた(笑)。 下着も、材質がしっかりしてそうなものを手に取ると、「日本語」のタグ・・・(笑)。 これはやはり、馴染みのあるものに惹かれていくという潜在的な意識があるのだろう・・・。
お金も無いので、結局、下着(パンツ)2枚だけ(made in Japan)を買って家に帰った(笑)。今日は、行きも帰りもタクシーではなく、バスを利用して移動した。


実は、数日前、彼女に彼女の顧客である日本人世帯を紹介してもらった。なんと、我が家の下の階に日本人が住んでいたのだ!! 
ただし、、、日本人なのはご主人だけで、奥さんは中国人、、、、そして二人のお子さんたちも全く日本語が話せないという状況だ。
その日本人のご主人とお話していると、昔は駐在員で北京におられたようだが、今は脱サラをして北京で独立されているようだった。 そのご家族の部屋は、同じマンションでも1LDKの我が家とは違って部屋数も多くて綺麗な部屋で、お手伝いさんも二人おられ、我が家の生活スタイルとは「雲泥の差」であった(笑)。

今日、その家庭を紹介してもらったことを彼女にお礼を言ったときに、「我が家は、その家庭とは違って貧乏です(笑)」と伝えると、「知っている」と笑いながら彼女は私に言った(笑)・・・。
買い物の帰りに、彼女は私を彼女の家に連れて行ってくれた。「家」といよりも「部屋」と言ったほうが正確かもしれない、、、アパートの中の6畳分くらいの小さな部屋・・・、私が初めて見る中国人の部屋だ。そして、男の子の写真を私に見せて、「私の息子」と教えてくれた。
詳しい事情は、中国語で話せないので聞けなかったが、理由があって一緒に暮らせないようだ・・・。
自分の部屋を見せてくれるというのは、「貧乏な日本人(笑)」=私のことを受け入れてくれているのだろう、、、と、 彼女ともまた一段と仲良くなったような気がした。

市場の前の道です。


個人レッスン IN TAXI (笑) 2005・5・30(月)
毎週月曜日は張先生の個人レッスン!
私は月曜日をとてもとても楽しみにしている。
若い張先生と接していると、私の気分まで若々しくなるし、それに、日本語を本当に上手に話させるお姿を見ていると、私も頑張らねばっ!、、、という気持ちにもなる。

張先生が日本語を学び始めたころは、毎日100語以上の単語を覚えられたとか、、、これは本当に感心させられる。張先生をはじめ、私が今まで知り合った日本語が話せる中国人は、皆さん本当に勤勉家だ。 彼ら(彼女)達に「どうやって日本語の勉強をしましたか?」と尋ねたら、「独学」という回答が必ず含まれていた・・・。 
結局、「教わる」というだけでは確実に習得できないのであろう…。自分の力で勉強していかなければ、本当に自分のものにはできないのだ…。
・・・・私も、本当はこの日記を書いている時間を中国語の勉強の時間にするべきだろう(笑)・・・。
今はとにかく中国語を少しでも話せるようになりたい、という目標に向かって毎日過ごしているのだが、最終的な私の大きな目標は、「太極拳・ヨガ」を習得する、ということなのである。 「2年」という限られた時間しかないのだから、時間を大切に、頑張って勉強していかなければならない。

張先生は、きっちりと中国語を教えてくださる。
声調(発音・アクセント)が少しでも違っていたら、必ず指摘してくださるし、とても丁寧に教えてくださる。 「個人レッスン」をしてもらえるなんて、本当にありがたいことだ。

「個人レッスン」と言えば、、、、
張先生のレッスンからの帰りのタクシーの中の出来事、、、、
私のマンションに到着し、レシートが欲しいと運転手さんに伝えた。
(レシートをもらっておくと、忘れ物をしたときなどに役立つので、必ずもらうようにしています)
「我要票」(ウオー ヤオ ピョウ) と、 運転手さんに伝えると、
「『票』の発音がおかしい!」と言われ(笑)、「日本人か?」と聞かれた。
デモも落ちいたので最近は堂々と「日本人です!」と答えているのだが、
その運転手さんは、「そうか、日本人か・・・」と言ったらすぐに、
「票! 票! 票!」と、発音のお手本をし始めた(笑)。
「こういうチャンスは大切にしないと、、、」と、思い、私も運転手さんに続けて発音してみた。 すると、私が言う「票」は、どうも良くないらしく(笑)、 何度言っても「不好(プーハオ)」という悪い評価(笑)、、、、でも、運転手さんは私のことを見捨てずに、何度も何度もお手本を見せてくれた。
内心、、、、「これって、正しく言えるまで車から降ろしてもらえないかも・・・」なんて思ったが(笑)、運転手さんの誠意に答えようと一生懸命に「票」を繰り返した。
結局、「pyou」じゃなくて、「piao」ということが理解でき、運転手さんから「対!!(そう!」という評価を貰え、無事車から降ろしてもらえた(笑)。
私が、「ありがとう! お手間をおかけしました!」と運転手さんに伝えると、「どういたしまして!」と笑顔で答えてくれた。 ・・・・貴重な「個人レッスン」であった(笑)。

個人差はもちろんあるが、中国人は本当に優しい人が多い。その優しい人たちと意思疎通出来るように、早く話せるようになりたい。 

きょうたんも、動物の名前を少しだけ中国語で言えるようになっています。



偽物 2005・5・29(日)
中国では、海賊版DVDをはじめ、偽ブランドバックや服を見かける。その商品の数、お店の数は、日本では考えられないほどの数だ。 これら「偽物」に対する規制は事実上無いも同然なのだろう…。でもオリンピックまでには随分規制されるということも聞いている。

先日、きょうたんの遠足で行った海洋館で、こんな大きな偽物を発見した。
ジャ、ジャ、ジャ〜ン!!

ユニバーサルスタジオでお馴染みの「ジョーズ」である(笑)。ジョーズの口の中に頭を入れて写真を撮るのが有名だ。私自身も写真を撮ったことがある。

私が中国で見た偽物のなかで一番大きなものだ(笑)


バスケ 2005・5・28(土)
バスケが上手な男の人ってカッコイイ!・・・と私は思う。
(バスケだけでなくてスポーツをしている男性が好みの私です(笑))

「にいに」は先月バスケのサークルに入会し、練習日の毎週土曜日を楽しみに、そして休まずに頑張って通っている。バスケがとっても楽しいようだ。

今日私は、その練習の数ヶ月に一度の「当番」で(親が交代で当番をします)、初めて「にいに」の練習しているところ見てきた。

小太りの「にいに」がコート内を走っていると、ボールのように見えるのだが(笑)、でも、一生懸命に頑張っている姿を見れてとても嬉しかった。

コーチは中国人の大学生なのだが、長身で肉付きも良くて、とても格好いい! それにバスケが上手で、指導もとても丁寧だ。 彼は日本語は話せないようだが、それでもちゃんとコーチできているし、やはり、スポーツって万国共通なのだ、と痛感させられた。

バスケは頑張っている「にいに」・・・、
でも残念ながら、水泳はまったくといっていいほどやっていない・・・(涙)。遊びに泳ぎに行くのもいやだと言う・・・。 やはり、今まで私は「にいに」に無理やり水泳をさせていたのだろう、、、と、今は冷静になって受け止められる・・・。 でも今までやってきたことは絶対に無駄ではないと思うので、バスケやその他のことで役に立つと信じている。
実は、きょうたんも、最近はあまり泳いでいない・・・。というのは、マンション内のプールの水がとても冷たくて、行きたがらないのだ・・・(涙)。 でも確かに大人の私でもあの水温で泳ぎ始めるのは苦痛である…。 夏になれば、気持ちがいい「水温」になってくれることを願っている・・・。

水泳から遠のいてしまった「にいに」であるが、
でも、毎晩、夕食後にランニングマシーンでウォーキング&ランニングを最低30分はやっているのだ。太ることを自分でも気にしているらしく、これは殆ど毎日欠かさずに自主的に行っているのだ。 トレーニング室の年齢制限がないので、小学生の「にいに」も使用可能だったことは本当にラッキーだった。日本人向けマンションのトレーニング室は子供は使用できないらしい。
だから、心なしか、「にいに」はスリムになってきりているように思える。

ちなみに、、、、私のトレーニングも最近はさぼり気味・・・
5月初旬に両親が滞在していたことでペースが崩れてしまった・・・。エアロの指導から退いてもう3ヶ月が経つ、、、、トレーニングも十分ではないのでやはり太り気味である…。来週からは気を引き締めて頑張るぞ!!

コーチの腰つきは、カッコイイでしょう〜♪
その後ろが「にいに」です(笑)



きょうたんの遠足 2005・5・27(金)
今日は、きょうたんの幼稚園の「親子遠足」だった。
夫も今日は講義が無い日なので3人で参加となった。

遠足の行き先は「北京海洋館 + 北京動物園」であった。
残念ながら、我が家は先日動物園に行ったばかりだったのだが、「北京海洋館」は初めてだった。 海洋館(水族館)と動物園は隣接した立地条件で、海洋館の入場料で動物園にも入れるシステムになっている。



この「北京海洋館」は、アジアで一番大きな水族館のようだ。
水族館の中は沢山の魚がいるのだが、水族館としては大阪の海遊館と同じようなレベルだと感じた。
水族館の中に、「アシカ&イルカショー」の会場があるので、そのスペースを入れたら確かにとても大きな水族館であると言える。

ドーム型のガラスは、日本の技術を取り入れたらしい。


      
↑ イルカもアシカもとても可愛かったです。アシカのジャンプは迫力がありました。

自由時間で動物園に行ってもよいというスケジュールになっていたが、我が家は、広い海洋館の中をゆっくりと詮索した。

遠足も楽しかったのだが、今日はとても素敵な出会いがあった。
きょうたんは、二つ上のお友達ととても仲良くなった。お母さんは中国人だが、日本語が本当にお上手で、とても勤勉家な人であることがすぐに伺えた。それにとても優しい人だった。お子さんは中国語で話すことが多く、今、日本語を話せるように楽しく覚えておられるのだ。年長児にして、もう殆ど「ひらがな」は読めるようで、彼も本当に勤勉家であることが分かった。
是非、きょうたんのお友達になって欲しいとお願いし、メールで連絡をとりあって、これから定期的に我が家に遊びに来てもらうことになった。とても幸せなことだ。お互いにプラスになるお友達になることは間違いないと思っている。私もお母さんにいろんな刺激を与えてもらいたいと思っている。
〜今日のお弁当〜

海洋館がメインの遠足だったが、一応「動物園」もということで、
おにぎりは「パンダ」に・・・。


    



市場の野菜 2005・5・26(木)
今日、市場で買った野菜はこれ ↓

全部で11元(約150円)なり、、、。
安いでしょう〜?

質も良いし、味も美味しい。
ただ、、、、農薬がどこまで使用されているかは分からないので、安心しきって食べられないのが現状だ・・・。 普通、農薬や化学肥料を大量に使った野菜というのは、形も揃っていて、味が薄くて美味しくないものなのだが、中国の野菜は、どの野菜を食べても味がしっかりしていて美味しい。トマトなんて肉厚で、日本のスーパーで買うものよりかだんせん美味しい。
表面だけはしっかりと洗って、毎日沢山の野菜を食べるようにしています!

きょうたんは、相変わらずお野菜が好きです。
特に、青梗菜などの緑の葉のお野菜が好きですね・・・。

そうそう!
中国では「青梗菜」とは言いません!
「油菜(ヨウツァイ)」と言います。 張先生に教えてもらい、市場では大声で
「油菜!」と言って注文しています ← 完全なる「アホの1つ覚え」ですなあ(笑)。


話は変わって、、、、
「きょうたんのお弁当日記」の更新が滞ったままです・・・。
何度もトライしているんですが、設定が上手くいかない状態が続いています。
まだまだ諦めていませんので、もうちょっと頑張ってみますね・・・。

↓ きょうたんは「せなけいこ」のお化けシリーズの絵本がお気に入りです!
ですので、今日はおばけのおにぎり〜♪
幼稚園の先生やお友達にウケたようですよ。



↓ 「にいに」は毎日お弁当なので、
もうすでに「飽きた・・・」と言われてしまっています・・・。




国際小包を出す・・・ 2005・5・25(水)
日本から中国に送る国際小包もいろいろな規制があることは経験して分かったのだが(4月3日の日記参照)、反対に中国から日本に送る国際小包にもいろんな規制があることが新たに分かった。・・・というのは、今日私は、日本に向けて国際小包を出したからである。

まずは、使用する箱、、、

郵便局で指定された箱しか取り扱ってもらえない! これって本当に厄介!
まずは郵便局に箱を買いにいったのだが、折りたたんであるサイズだけを見て購入してきたら、実は「蓋」と「底」になる部分が異常に広くて、組み立てた箱のサイズはとても小さかった(笑)…。これでは小さすぎるので、再度箱を購入しに行った。(こういう思慮深くないところをいつも夫に叱られます(笑))

今度は、荷造り、、、
送ってはいけない郵便物は、「水状」のもの、1つ100元(約1500円)以上するもの、漢方薬とその原料、、、、、、、それに、海賊版のDVDや、新聞紙も駄目だと聞いたことがある。送ってはいけないリストが存在しているのかもわからないし、全部把握していなかったので、送るものを選ぶときにも相当神経を使った。
今回は、お餞別返しのために「中国茶」や「お菓子」が主だったのであるが、箱のサイズが大きすぎたので、隙間を埋めるために「カップラーメン」を数個入れておいた。

荷造りが出来上がったからといって、家ですぐにガムテープで蓋をしめてないけない。
なぜなら、郵便局で中身のチェックをしてもらわないと送ってもらえないからだ・・・。
ここが日本では考えられないことなのだが、中国ではこれが当たり前…。送る荷物の中身までチェックされてしまうのだ…。そして制限重量は20キロ以内ということも決まっている。

今回の箱は、抱きかかえないと運べないくらいの大きさだったのだが、歩いて10分はかかる郵便局まで抱えて歩く勇気もなく、、、、結局、自転車の後ろに紐でくくり付けて乗せて運んだ…。その姿を見たガードマンは、目を白黒させて相当驚いていた(笑)。 日本人でそういうことをする人を見たのは、きっと初めてだったのだろう・・・(笑)。
北京に来てから、 車の無い生活はさほど不便だと感じていなかったが、今日は車が欲しいと実感した。

さて、郵便局に着いた・・・。
この郵便局は、ホテル内の郵便局で、お客さんが殆ど外国人であるために比較的チェックが甘いということを、以前知り合いに聞いていた。

ドキドキしながら郵便局員のチェックを受けた(笑)・・・。
「水は入ってますか?」 という中国語はしっかりと聞き取れて、「入っていない」と中国語で答えた。
次に、いくら聞いても「肉は入っていますか?」という郵便局員の声、、、「なんで肉なんやろう?」と不思議に思い、「肉?」と聞きなおすと、「そう、肉」と言って来る局員。
肉なんて入れてるわけないやん!と思って、「入ってない」と胸をはって答えると、、、
箱の底にあったカップラーメンを見つけて、「これは何?」と、ちょっと怖い顔で言われてしまった…。
「なんでアカンのやろう?」と不思議に思っていると、、、、
「カップラーメンには肉が使ってある!」と言ってくる局員、、、、。
ああ〜、そうなんや、、、乾燥させた肉でも駄目なんや・・・・と、本当に驚かされた。
肉入りのカップラーメンは送れなかったが、キムチ入りラーメンは「大丈夫よ!」と
局員は答えてきた・・・・。 隙間を埋めるためのラーメンだったから、別に、キムチ入りラーメンが送りたいわけじゃないんだけど・・・(笑)。

ラーメンに目がいったお陰か、他のお茶やお菓子のことは、さっと見るだけで済んだ。

そこで初めて箱の封をし、 送り状を書き、、、これで清算か、、、と思ったら、箱自体にもペンで住所を書け、、、、と・・・(笑)。
う〜ん、、、これって二度手間であまり意味がないような・・・・(笑)。

箱の重さは6sだった。
我が家は財政難なので、「船便」を選んだ・・・。
送料は5000円弱、、、、航空便だとこれの3倍はかかる。

船便は運搬期間が長いし、海の上で湿気がひどいかもしれないので、お茶の質が悪くなるか心配・・・。
平均して約1ヶ月後に届くのだが、できるだけ短時間で日本に届くことを願おう。

今日は一箱だけの小包であったが、
あと2年後、、、、我が家が日本に返るときに送る荷物のことがふと頭に過った・・・。
いったいどうやって送るんだろう・・・。ふぅ〜、これはきっと厄介なことになりそうだ。

最近、子供たちの写真が少ないですね・・・
今日は、yangさんに頂いたパンダのぬいぐるみと一緒にとった写真をアップします。





滞在中の手続き 2005・5・24(火)
中国に入国する前には、パスポートやビザの手続きがもちろん必要であった。
それさえ済めば、ずっと中国に住み続けられるというわけではなく、滞在中にも諸手続きが必要となってくる。

まずは、「居留証」の取得。
居留証とは、外国人が中国で生活するために必要な証明書で、これなしに入国ビザで許された期間を超えて滞在することは、不法滞在になるのだ。
日本で申請した入国ビザの有効期限は3が月間であるので、このうちに「居留証」を取得しなければならないのである。(一度取ったビザでの滞在可能期間は1年間なので、たぶん来年もう一度ビザもとりなさなければならないと思う)
居留証に関する手続きはすべて大学関係者が行ってくれたので助かった。(企業からの赴任の場合、こういった手続きは全て企業がやってくれて当然であるが、我が家の場合はちょっと特殊な赴任であるために、自分でやらなければならないのではないかという不安があった・・・)
でも、手続きに必要な料金、それに、居留証を取得するのに必要な「健康診断」の料金は全て自腹・・・(涙)。企業からの赴任であれば、こういうのも自己負担しなくてもよいはずである…。 手続きに必要な料金は、居留証に一人300元(約4500円)、そして健康診断料が一人700元(8500円)、、、ラッキーなことに子供たちの分はお金がいらなかったので大人二人分だけで良かった…。でも、有効期限が一年間であるので、一年間中国に滞在するだけでも大人二人分で「26000円」もかかるのだ(涙)…。財政難の我が家にとってはとても辛いことだ(涙)…。




←居留証はパスポートに添付される。











← これは外国人専家証・・・居留証の他に、外国人教師に発行されるものである。一家に一冊である。費用は一冊50元。






その他に、「在留届」というものを提出しなければならない。
これは、滞在が3ヶ月以上の人たちは全て、大使館か領事館に「在留届」というものを届けなければならない。入国後、出来るだけ早くに提出しなければならないのだ。何か事故があったときに、大使館や領事館はこの在留届をもとに安否の確認をして救援活動を行うからだ。手続きは、必要事項を記入した専用用紙を大使館か領事館に提出するだけ・・・。料金は無料。
でも実際に、「在留届」というものを提出していない人も多いらしく、我が家も入国後すぐには提出していない状態だった。本当はきっちりと提出しようと思っていたのに、デモの騒動があったために、日本大使館に近づけない状態が続いていたからだ…。
でも、先日、大使館に出向いて「在留届」を提出してきた。

少し前まで「ホット」な場所であった日本大使館(笑)。
今では、綺麗に掃除されてピカピカだった(笑)。
中に入れるかと思いきや、、、、職員が出てきて門前で用を済ませ、中には入らせてもらえなかった(笑)。
夫に言われたのであるが、よく考えたら、大使館というのは国単位のやりとりが行われる場所であるので、一般市民の日本人は入れないのが当然なのである。だから、私たちは領事館に行く方が良かったのかもしれない(笑)…。

これでしばらくは、手続きをすることもないだろう・・・やれやれ(笑)



楽しい勉強 2005・5・23(月)
今日は、張さんの中国語個人レッスン、第二回目。
とても丁寧に教えてくださって楽しいので、2時間なんてあっという間である。そして、雑談もとても楽しい。
やはり見てもらう人がいると、家でも頑張って勉強をしよう!という気持ちになれるので嬉しいことだ。でもまだまだ勉強不足だな…。
張さんは大学院生であるが、日本語がとてもお上手だ。日本に留学したりとかもないのに、あれほど話せるというのは陰の努力が凄いのだろう…。 研究発表のレポートも少し見せてもらったが、私には理解できないほどの高度な内容…。 本当に凄い!
そんな勤勉家な先生であるので、私のような出来の悪い生徒だと気の毒に思えてくる…。 見捨てられないように頑張らねばっ!!

個人レッスンを終えて帰宅、、、、
マンションの庭にいる人たちの会話が聞こえてくる、、、、いつも耳を澄まして聞いてはみるが、意味がわからないことが殆どだったのだが、今日は、一瞬であったが、何を言っているのかはっきり分かった文があったのだ!! 飛び上がるほど嬉しかった(笑)。 

実は、今日は甥っ子のせいちゃんの20歳のお誕生日。せいちゃん、おめでとう!!
せいちゃんが20歳にもなるなんて、まだ信じられない・・・。
と同時に、、、、せいちゃんが生まれた時、私は高校一年生だったから、私が高校生だったのがもう20年も前になるのだと自覚したときは、立ちくらみがした(笑)。
気分はまだまだ25歳なのだが(笑)、私って実際はそんなに歳をとってるんですよね・・・・(汗)。そら、脳細胞が死んでいく一方やわ・・・(笑)。
いろんな面でもう現役を退いていく年代なのかな、、、、と、今日はちょっと現実が厳しいと感じさせられた・・・。

でも「おばさん」は負けてはいられない・・・
死に行く脳細胞を蘇らせて、中国語の勉強、頑張るぞ〜〜!!

〜おまけ〜


私の部屋の目の前(部屋から見下ろしたところ)は、マンション内の広場です。
週に一度くらい、「鼓弓」を練習しているおじさんがいます。
その時は、広場に出て行くか、もしくは部屋の窓を開けて、
いつも音色を楽しませてもらってます!
なんと贅沢なっ!!

「♪あの故郷へ帰ろうかな〜〜〜、帰ろうかなあ〜〜〜♪」
これって「千昌男」の曲ですよね・・・。
今日は、この曲を弾いておられたので驚きでした!!



頤和園(いわえん) 2005・5・22(日)
北京市内には、沢山の観光スポットがあり、我が家もまだまだ行っていないところが沢山あるのだが、今日は有名な観光スポットの一つである「頤和園(いわ園)」というところに行ってきた。今日の観光は、夫の赴任先の大学が、外国人教師を対象に案内してくれるというイベントであった。日本人は我が家の家族4人、あとはアメリカ人(白人男性1人、黒人女性2人)、そして、案内人の中国人2人という集まりだった。

「頤和園」というところは、一言で言えば、皇帝の別荘だったところである。(清朝の離宮)
故宮に負けないくらいに広大な敷地、、、、そしてその敷地の3/4が湖なのだ。






湖岸には「長廊」と呼ばれるとても長い回廊があり、柱や天井には約8000もの絵が描かれている。 「長廊」から見渡す大きな湖は本当にリッチな気分にさせる。













「長廊」の背面には、小高い山があり、そこに建っている「仏香閣」から見渡す景色は最高らしい(実は、今日は改装中で入れなかった…残念!)










これは、「清雲舫」と呼ばれる石の船。もちろん動かない(笑)。水際の建築が石船に転化したものらしい。 皇太后が造らせたという節もある。
少し前までは、この2階が喫茶店になっていたようだが、今は閉鎖されていた・・・残念!(笑)





英語名は「サマーパレス」と呼ばれるように、「水」がテーマの庭園・・・。昔、皇帝はここで釣りをしたとか・・・。
今は、色んな種類の船に乗ることができ、家族連れやカップルが大いに楽しめるスポットとなっている。
いつでも人が多いらしく、それが辛いところだが、また行きたいと思うほど綺麗で、そして心地よい場所だった・・・。





← 船の中
子供たちはお舟に乗れて大喜びでした。
島の舟とは違い、穏やかで(当たり前か)、乗り心地がよかったです(笑)。







← 思いっきり逆光ですね(笑)。

今日のメンバーでハイ、チーズ!


市場 その2 2005・5・21(土)
ゴールデンウィーク中に、yangさんに骨董品市場に連れて行ってもらった。
「市場」というと日本人にはちょっとイメージが沸かないと思うのだが、広大な店舗の中に、小さなお店が沢山あり、その市場のテーマとなっている品を沢山売っているのだ。
私が先日偶然に見つけた「市場」は本の市場・・・。 店舗の中には、1階、2階合わせて50以上の本屋さんが存在していた。 値段も定価よりも安く買えた。
分かりやすくいえば、こちらの「市場」というのは「問屋」のような感じなのである。 もちろん値切って買うこともできるのだ。

話が飛んでしまったが(笑)、
yangさんに連れて行ってもらった骨董品市場は、ちょっと珍しい市場で、「巨大なフリーマート」のような感じで、広い敷地の中にシートを敷いて品物を売っているお店(人たち)が沢山いるのだ。 
↓ こんな感じ・・・。写真は本当に極一部で、何百店もの出店があるのだ。

この市場は、週末が特ににぎわうようだ。なぜなら、北京市外の地方から週末だけお店を出しにやって来る人たちが多いからである。

骨董品や民芸品、そして絵画などなど・・・・見ているだけでほんとうに楽しかった。
ただ、、、、骨董品といっても、本物の骨董品であることは少ないようで、骨董品のように製造された品も沢山あるし(笑)、質的にもあまり良いものは売っていないのが現状のようだ(笑)…。
質的なことはさておき、、、観光スポットのお土産物屋さんで売っている品と同じものがこの市場にも売っているのだが、値段はだんぜんこの市場の方が安い! 
でも、外国人や日本人向けの値段はあるので、値切って買わないと損だ! 私は言葉が話せないなりに、値切るときのテクニックはずいぶん習得している(笑)。この術についてはまた後日改めてお話しよう・・・(笑)。



市場 その1 2005・5・20(金)
北京市内には、「市場」が沢山存在する。
日本でいう「市場」のような、食品だけを扱うようなところもあれば、骨董品や絵画、それに植物、本、、、、などなどありとあらゆるジャンルの市場があるのだ。

まずは、私が最近よく行っている「野菜市場」を紹介しよう。
ここは、私の住んでいるマンションの向かいの「住宅地」の中にある市場で、現地の中国人が利用している市場である。 この市場は、中国人の知人に教えてもらって、最初は一緒に付いてきて貰い、お店のお姉さんに私のことを紹介してもらった。
この市場の野菜は、その日の朝に仕入れてきた新鮮なお野菜ばかりで、種類も豊富!そして何よりも値段が安いっ!! 一日分の野菜は50円未満で購入可能だ。
買い方は全て「量り売り」・・・。値段の一単位は500gであるが、もちろん、どれだけ少ない量でも量って買えるのだ(スーパーでも同じ)。

↑ 残念! 写真がボケています…。気づかれないように慌てて撮ったので…。

この市場では外国人は殆ど見かけない。日本人で出入りしている人も殆どいないだろう…。私のマンションの住居者のお手伝いさんたちがこの市場によく買い物に来ている。 「にいに」が言う、、、、「ちゃあちゃんは立派なアイさん(お手伝いさん)になれるなっ!」と(笑)…。

野菜売り場の他には、お肉屋さん、お豆腐やさん、魚屋さん、麺、パン、雑穀、果物などなど・・・いろんな種類の個人店が並んでいる。

↑ これはお肉屋さん、、、、主に「豚肉」を扱っている。
どこの部分のお肉が欲しいとか、お肉の切り方は希望に答えてやってくれるようだ。
実は私は、お肉はこのようなお店でまだ買ったことがない…。冷蔵庫にも入っていないし、台の上にそのまま並べてあるので衛生的にはちょっと問題があるような…。
中国風の生活をしている私もまだまだ中国人にはなれないところもある・・・(笑)。


↑ これはお魚&鶏肉屋さん、、、
水槽の中には生きた川魚、そして、後ろの籠の中には生きた鶏を入れて売っている(笑)。 もちろん、まだこれらを買ったことはない(笑)。

私が小さかったころは、まだ日本でも「市場」というものがたくさん存在していた。母に連れられて「市場」にお買い物に行ったことをよく思い出す…。でも今では、大手のスーパーが主流になり「市場」といものは本当に珍しい存在となっている…。
中国でも、イトーヨーカドーやカルフールなどの外資系スーパーも進出てきているし、こういう「市場」もそのうちに姿を消していくのかもしれない・・・。パックに入ったりラップに包まれていないお野菜を手にして、市場のお姉さんやお兄さんと会話をしながらする買い物はとても温かみがあり、私は大好きだ。

骨董品などの市場については明日の日記で・・・。


「物乞い」について… 2005・5・19(木)
日本でも昔は「物乞い」をしている人が沢山いたようだが、今では本当に少なくなっている。しかし、残念ながら、中国では今でも「物乞い」をしている貧しい人たちが沢山存在するのだ…。沢山の観光客が訪れる観光スポットはもちろんのこと、私の住んでいるマンションの前にも頻繁に「物乞い」が現れるのだ…。

子供を連れている「物乞い」もいる・・・。子供たちは汚くて敗れた服を着て、顔も手も真っ黒だ・・・、裸足であることも多い。
何らかの理由で働けない「物乞い」は本当に気の毒で、何の罪も無いのは確かであるが、彼の本当の事情のことは実際に分からないし、見分けもつかない…。もしかしたら、「物乞い」を職業にしている人もいるかもしれない、、、、などと、心がすさんでいる私は(笑)、真剣に疑ったりもする…。

生まれて初めて「物乞い」を見た「にいに」は、とても動揺していた。「かわいそうで仕方ないからまともに見れない・・・」とまで言っていた。「お金もあげたい」とも言い出した。
・・・・・でも、実は、これは間違った接し方なのである。

表現が悪いかもしれないが、私の「捨て犬論」を述べてみよう・・・。
「かわいそう」という感情だけで後先考えずに「捨て犬」を拾ってきたらどうなるだろうか・・・? 最後まで責任を持って、捨て犬が幸せに暮らしていけるような環境を整えてやれることができれば「捨て犬」は幸せだろう…。 でも、軽はずみに拾ってきたものの、結局責任を持てずに再度捨ててしまう、ということは余計に残酷なことではないだろうか・・・。 「物乞い」に対する態度も「捨て犬論」と同じだと私は考える・・・。

今から10年以上前に、ヒィリピンのマニラに住んでいた姉を訪ねて遊びにいったときに、私は生まれて初めて「物乞い」と接した。ボロボロの服を着て訳の分からない言葉を言いながら取り囲まれ、、、、可哀想やら、怖いやらで、本当にどうしたらよいのか分からなかった。そんな私に姉はアドバイスをしてくれた。 「絶対に彼らを見てはいけない」・・・・と。
ちょっとでもかわいそうだと思ってしまえば、そういう気持ちが相手に伝わり、ひつこく付いて回わられる、、、ということだった。

こういう経験があったお陰で、私は、北京の「物乞い」と出会っても動じることなく、息子たちにも的確なアドバイスが出来た。

実は、、、北京で知り合った日本人が、「物乞い」の怖い体験談を話してくれた。
彼女はとても優しい人なのであるということを前提に、「物乞い」との接し方も把握できないうちに、足首にすがり付かれた「物乞い」にお金をあげてしまわれたのだ・・・。
すると「物乞い」は、その後はマンションの前で彼女を待ち伏せ・・・、怖くなった彼女は「物乞い」を無視してたそであるが、そのうちに「物乞い」が逆切れして(笑)、文句を言ってきたり、挙句の果てには石を投げてきたとか・・・。 
・・・この話を聞いた私は、彼女は本当に怖い思いをされて気の毒だったと思った・・・。
でも、これは確実に「捨て犬論」であるように思える・・・。

腹黒で心が歪みきった私(笑)には、「物乞い」は近づいてこない(笑)。
彼らの「人を見る目」は優れているのだ(笑)。

先日、人が沢山集まる「天安門広場」の近くで、
汚れた「さらし」を全身にグルグルと巻きつけたきょうたんくらいの子供を抱きかかえ、涙を流しながら座っている「物乞い」を見たときにはさすがに驚いた…。抱きかかえられている子供は目を閉じてピクリとも動かなかった・・・。一瞬、本当にかわいそうだと思ったが、やはりこれも、どこまでが本当か分からないことなので、私は見ないようにした・・・。

ちょっと変わった「物乞い」のケースでは、
身体的に障害をかかえている人たちも、街先で、お金を入れてもらう容器を並べて座っていることもある・・・。
それに、「私はかわいそうな学生です。悪い人に騙されて学費を払えません」というメモを目の前において座っている若い女学生も見かけたことがある…。 知人が言うには、
こういう学生は演技であることが殆どらしい・・・。

人を騙す「物乞い」もいるのだろうが、
これだけ沢山の「物乞い」が存在するということは、悲しいかな、中国では、まだまだ福祉的な制度が整っていないのが現状なのだろう…。

「にいに」に、「写真を撮るなんて人権の侵害だ!」と
叱られてしまいましたが、
顔が映っていないので、「現実」をアップしようと思います…。


↑この「物乞い」をしている人は、じっと寝ています。



↑ この子供は裸足です・・・。



お友達 2005・5・18(水)
今日は「にいに」のお友達の紹介。
学校では殆どの生徒が日本人であるが、マンション内のお友達は韓国人や白人などである。「にいに」は、誰とでもすぐに仲良くなれるタイプなので、マンション内には本当に沢山の知り合いがいるのだ(笑)。

中でも、とても仲の良いお友達は、
サンミン(写真 左 韓国人)と
マイク(写真 右 オーストラリア人)である。
二人とも11歳で、「にいに」と同い年。 毎日毎日、狭い敷地で(笑)サッカーをして遊んでいる。



サンミンからは、毎日必ずお誘いの電話がかかってくるので「にいに」はとても嬉しそうだ。 サンミンの学校は終わるのが遅いので、遊ぶ時間は午後6時や7時という日本では考えられないような時間になることもある(笑)。 でも、マンション内は安全であるので、暗くなっても大勢の子供たちは夜遅くまで遊んでいるし、「にいに」も食後の運動がてらサッカーを暗くなるまでしていることが多い。

サンミンもマイクもインターナショナルスクールに通っているので英語での会話が可能である。 「にいに」の英語は、まだまだ初心者レベルではあるが、それでも意思疎通出来るようだ。 子供の順応性というのは本当に素晴らしい。

この二人以外にも、新たに「ソ君」という韓国人の兄弟のお友達が出来た。
お兄ちゃんの方は中学一年生、弟は小学校5年生なのだが、彼らは日本語が話せるのだ。なぜなら、数年前に大阪の堺市で暮らしていたことがあるからだ。
大阪の堺市と言えば、私の姉が住んでいる所なので余計に親近感も沸いた。この兄弟の両親は二人とも韓国人なのだが、母親が日本で生まれたそうだ…。
ソ君兄弟は、母国語であるハングル語をはじめ、日本語と中国語が話せる。「にいに」にも、ハングル語も中国語も教えてくれると言ってくれているので、本当に嬉しいことだ。



合羽デビュー 2005・5・17(火)
中国の気候は、乾燥した大陸性気候が主流である(中国は広いので、場所によって多種多様である・・・)。北京はまさに「大陸性気候」であり、一年を通して湿度が低く、雨量も日本に比べたらとても少ない。
我が家が中国に来てから一ヶ月半の間で、雨が降ったのはたったの3回だけ・・・、しかもこの数は例年に比べて多いほうだと言う・・・。

チャリンコ生活の私にとっては雨が少ないということはとても嬉しい。「にいに」の送迎のときに雨なんて降っていたら、ずぶ濡れにならないくてはいけないからだ・・・。

が、しかし、今日は朝から雨、、、、
しかも、「にいに」の学校が遠足だというのに、こんな日に限って雨になってしまった…。遠足が延期になったことも可哀想だが、私も今日は朝から雨に打たれなければならなかった…。

ふ、ふ、ふ、ふ、ふ、、、、
でも、そういうことも事前に考えて「合羽」をしっかりと購入していたのだ。
・・・初めて着る中国の合羽・・・!!
ジャジャ〜ンっ!!

着てみて初めて分かったのだが、スキーの「ポンチョ風」になっていて、袖が無い・・・。しかも、丈が長くて、ハンドルや前の籠まですっぽりと包めるようになっているのだ。風で合羽がめくれないように、籠にくっつけるような器具までちゃんと付いているのだっ!! 
おそるべし、中国人の生活の知恵〜自転車バージョン〜!!(笑)


合羽を着た私を見て、子供たちは大喜び(笑)!!
きょうたんは、「ちゃあちゃん、なんでこんなの着てるの〜〜〜?」
・・・・別に私も着たくて着ているわけやないねん(笑)・・・。
「にいに」は、
「学校の先生が見たら、中国人のお手伝いさんと登校しているって思わはるわ!」
・・・・確かに、、、日本人学校の保護者で、合羽着て自転車乗る人はまずいないだろう(笑)・・・。 でも、もうここまでやってしまったらなんでも出来る気がするし、ある意味、自信も沸いてくる(笑)・・・。でも、学校の先生に挨拶をしたときは、さすがにちょっと恥ずかしかったが(笑)・・・。
道を歩きながら、合羽を着て自転車に乗っている人たちを見ていたら、私のようなショッキングピンクの合羽を着ている人を全く見かけなかった…。ショッキングピンクの合羽は、かなり派手である(笑)。なぜ私が、このように派手なショッキングピンクの合羽を選んだのか、なぜだか思い出せない・・・。人気が無い色で残り物だったのかな・・・(笑)

   
雨の日の自転車道は、合羽の色が
色とりどりでとっても綺麗です(笑)
写真の色のほかには、
紫や赤、水色などなど、、、本当にいろんな色があります。



中国語の勉強 2005,5・16(月)
無事、両親も日本に帰国した。
反日デモのことがあったので、中国にくるかどうかギリギリまで悩んでいたのだが、思い切って来てくれたので本当に良かった。
我が家も両親のお陰でとても楽しい思い出ができた。


連休明けの先週は、両親もまだ滞在していたし、「にいに」の学校も「個人面談期間」で「にいに」はずっと短縮授業だった。
だから、今週になって、ようやく我が家は「普通の生活」が戻ってきた。

実は、今日から、夫の赴任先の大学の院生に「中国語」を週に一度、教わることになった。
中国語を習うことは私の以前からの願いだったのだが、貧乏な我が家には中国語を習いに行くお金はなく、夫にベストな手段を考えてもらったのだ。
院生も日本語の勉強になる、ということで、授業料は無しで教えてもらうことになる(なんらかのお礼はしなければならないだろうが・・・)。

中国への赴任が決まった直後は、家族で中国語の勉強をしていた時期もあった。
が、しかし、引越しの準備が具体化してくると、中国語を勉強する余裕なんてなく、まったくと言っていいほど話せない状態で中国にやってきたのだ・・・。
こちらに来たときに、まともに話せたのは
「ニイハオ」
「シェイシェイ」
「ツァイツェン」
の3語くらいしかなかった私・・・(笑)。

それ以後は、
日本から持参してきたCD付の本で勉強をしているのだが、なにしろ、中国語は発音が難しく、英語のようには簡単に通じない・・・。
これは、私が予測していた以上のことで、本当に中国語は難しいと感じている。
中国語には「声調」といものがあり、一つの言葉でも、4つの「声調」(アクセントのようなもの)で、言葉の意味が変わってくるのだ。
母音も、日本語は5個なのに対して、中国語は36個もあり、ちょとした発音の差で他の言葉になってしまう、ということがうかがえる・・・。

それに、北京には中国のいろんな地方から出てきている人が多く、中国語の標準語である「北京語」をきっちりと話せる人というのはあまりいないように思える。
中国に来てから、私は、ガードマンさんや掃除のお姉さん、それにプールの受付のお姉さんなどに、単語の読み方などを教えてもらっていたのだが、人によって発音が違うことが多くて、どれが本当なのかよく分からないことが多かった・・・。
今日から教えてもらう学生さんは、若くてかわいらしい女の子、、、。高校生のときに「アナウンス部」に入っていたらしく、綺麗な標準語を教えてもらえそうだ。
頑張るぞ〜〜〜!!


中国に来た当初の知っている単語は約3語であった私であるが、
少しずつではあるがボキャブラリーが増えて、センテンスとして使える言葉も増えてきた。
「所詮2年ではそこまで話せるようになれないな、、、、」という、怠けそうな私も実際にはいるのだが(笑)、出来る限り話せるように頑張るつもりである!!

いつも中国語の発音を教えてくれる
ガードマンさんと、マッサージ師の先生。
ガードマンさんには、私の発音があまりの下手なので
よくため息をつかれてしまいます(笑)




輪タク 2005,5・13
「北京動物園」の帰りに、輪タクに乗って、
近所の美味しいお菓子屋さん(点心屋さん)に連れて行ってもらった。
yangさんをいれて7人だったので、輪タク3台で移動〜!

夫が私が乗っている輪タクを撮ってくれました。





やっぱり「輪タク」は楽しいです♪


動物園 2005,5・12
yangさんに「北京動物園」に連れて行ってもらった。


北京動物園と言えば、、、、
そう! 日本でも大人気の「パンダ」がいる動物園だ!!
yangさんのお話によると、中国人にとってパンダは「極々普通」のものであるようで、
まったく珍しくない動物のようである。
反対に、日本人のツワーでは、北京動物園には「パンダ」だけ見てすぐに他の場所に行くそうだ(笑)・・・。日本と中国の「パンダ」に対する意識の違いがよく分かる(笑)。

今日は、yangさんにツワーでは味わえない動物園を楽しませてもらった。
それは、、、、

動物に餌をやることっ!!
ただし、、、、本当はやってはいけない(笑)・・・。

ちゃんと「注意事項」でも、「餌を与えないでください」と、呼びかけられている(笑)。

でもここは中国・・・。
大人が率先して餌をやっている(笑)。
餌は家から持参したお野菜、、、、中には、自分が食べているお菓子やパンを与えている人もいる。

「にいに」がダチョウに人参をあげようと手を伸ばしていると、
ダチョウならぬ、横にいた「おじさん」がそれを横取りして、ダチョウに再度あげたので、とても笑ってしまった(笑)。 う〜ん、、、やっぱり中国は凄いぞっ!!(笑)




パンダの登場〜!!
楽しみにしていたのだが、残念だったことが、日本の上野動物園と同じく「ガラス張り」の中にパンダがいたこと・・・。 てっきり、外にいるパンダを見れると思っていたのに・・・。
夫が5年前に訪れたときは外にいたようだが、ここ数年で「ガラス張り」になったようだ・・・。だから、写真も綺麗に撮れていない・・・(涙)。 本当に残念だった。

北京動物園は、とにかく広いっ!!
すぐに一周できるだろうと思っていたが、とんでもない!!
さすがに中国、、、、動物園もとても広かった・・・。
お弁当を持って、一日ゆっくり過ごすにはとてもよい所だろう・・・。
yangさんのお陰で、とっても楽しい動物園であった・・・。

これは、正式な有料サービスの餌やりです。
像に餌をやれるのは貴重な体験ですよね。



素敵な出会い 2005,5・11
前回の続きで、ガイドさんの話、、、、

残りの一人、、、知人のガイドさんのお話を綴ってみる。
その人の名は「yangさん」(Yさんだと、私のもう一人の知り合いと同じになるので、こういう呼び方にします)。
彼は、夫の赴任先の大学の聴講生で、もう旅行会社に就職が決まっている。夫の前任者の先生に彼を紹介してもらい、夫はyangさんと出会えることになった。
yangさんは、とても優しく、そして気の利く人で、そんな彼に是非ガイドをして欲しいと願い、夫が旅行会社に彼を指名して、ガイドをしてもらうことになった。

yangさんには、天安門をはじめとする「故宮」、そして「景山公園」、そして、普通のツワーでは行けない様な「市場」(骨董品や絵をうっているところ)に連れて行ってもらった。

yangさんは、高齢である両親にもとても優しく接してくださった。特に、私の父はもともと「風変わり」な人物なのであるが(笑)、そんな個性のキツイ父のことも嫌がりもせずに相手をしてくださった・・・。
もちろん、歩くときも、両親のことを気遣ってくださるし、女である私よりもず〜〜〜〜っと気の廻る人だった。

ガイドの内容も、今までの二人とは比べ物にならないくらいの内容で、色んなことを教えてくださった。それに、表面の中国だけでなく、市民の生活のことなども沢山教えてくださった。
彼にガイドをしてもらった日本人旅行者は本当に楽しい思いをできることだろう・・・。


「ガイドさん」としては、まる一日お願いしたのだが、
実は、「ガイドさん」としてではなく有志で、他に3日、いろんなところに連れて行ってくださった。 
中でも、楽しかったのが、中国の市民しか行かないような「屋台風のお店」・・・。
そこでは、本当に美味しい「豚のモツ煮」を食べた。yangさんと出会えなかったら、絶対に行けなかった場所であろう・・・。
もちろん、日本語はとてもお上手、、、、効くところによると、殆ど独学だとか・・・。本当に凄い!!息子たちもyangさんのことが大好きである!

yangさんと知り合えて、いろんな中国を知ることができ、ますます、我が家の「中国ライフ」は楽しいものになってきた・・・。
日本に帰りたくないぞ〜〜〜〜!!(笑)

天安門の前でyangさんと一緒に・・・


「中国国家博物館」の前では
「2008年の北京オリンピック」がもう秒読みです(笑)


ガイドさん 2005,5・10
今回の連休の観光は、どれも旅行会社に日本語通訳ガイドを依頼した。
3回のうち1回は、夫の大学の知り合いを指名し、2回は、まったく初対面のガイドさんであった。
知人のガイドさんの話は、また改めて書くことにして、今日は日本語通訳ガイドさんのことを綴ってみたいと思う。

2回のうち一人のガイドさんは、
中国人の20代男性、、、
連休中に急に依頼をしたことがよくなかったのか、
行く前から、指定した日が「混むから良くない」と電話をかけてきて、日にちの変更をさせられた…。
申し込みのときに選んだコースの料金を当日の朝に全額ガイドさんに支払い、見学するところでガイドさんが見学料金を払ってくれるシステムになっていた。
そのときのスケジュールは、朝から夕方までの観光で、夕食を済ませて帰宅するというパターンだったが、夕食前に行く予定になっている所を最初から「混むから辞めたほうがいい・・・」というアドバイス(笑)。 いろいろと話しているうちに、ガイドさんと運転手さんは、9時〜5時までの契約になっているらしく、5時までに戻って来れない可能性があったから、辞める方向で話を進めていたようだった(笑)・・・。
確かに、午前中に観光にいったところも人が多くて、とても疲れたので、辞めるように勧められたところをキャンセルしたことは正解だったと思うのだが、帰宅したのは3時頃だったし、あのガイドさんにとっては本当に好都合な客だったに違いない(笑)…。

キャンセルした場所の見物料金と、夕食代はしっかりと返金はしてくれたのだが、
帰宅後、夫が再度、申し込んだコースのスケジュールを見て大発見したことがあった。
午前中のスケジュールに組まれているのに、連れて行ってもらっていない場所が一つあったのだ…。ガイドブックで調べたら、その場所でも見物料金が必要であることがわかり、その分を返金してもらっていない事実が判明した(笑)。
すぐに夫が、そのガイドさんに電話をかけて確かめたら、即効「返金します」とのこと(笑)・・・。 悪意があったのかどうかはよく分からないが、今までの態度を見ていたら疑わざるをえない(笑)・・・。


もう一人、、、
万里の長城に連れて行ってもらったガイドさんは、中国人の30代くらいの女性、、、日本語もとても上手いベテランガイドさんだ。
受け答えも丁寧で日本語もとってもお上手だったのだが、、、、
「高齢者がいるので、歩くのもゆっくりになりますがすいません・・・」と、最初から謝っていたにもかかわらず、先に先に歩いていくガイドさん・・・。
高齢者には厳しいガイドさんだな、、、、と強く感じた・・・。

あと一人の知人のガイドさんと出会ってから分かったことなのだが、
これらの二人のガイドさんのガイドはとっても簡単な説明だった・・・。
ガイドの方法も個性があるようなので、ガイドをきっちりとしてくれる人と出会えるかどうかは「運命の分かれ道」になるだろう・・・。


ガイドさんを頼むときは、
事前に、高齢者がいる、などの事情をしっかりと伝えることも必要であろう・・・。
それに、ツワーに行く前は、案内予定の場所をしっかりと把握していくことは必須である。

昔の「天文台」にて、、、
明や清の時代の「天文学」はとても進んでいました。



「擁和宮」というラマ教のお寺にて・・・


万里の長城 〜父との思い出〜 2005,5・9
「ゴールデンウィーク ダイジェスト版」で紹介したとおり、我が家は高齢の両親を連れて「万里の長城」に行ってきた。

万里の長城は中国を代表的する最大の史的観光スポットであり、且つ、「グレートウォール」としてユネスコの世界遺産の筆頭級にあげられている。宇宙から地球を見たときに肉眼で見える唯一の建築物というほど、スケールが本当に大きなものである。

知識が足りなかった私は、中国に来るまでは「万里の長城」は一箇所しかないと思っていのだが、何箇所かに点在しており、全部歩いて廻るには何日もかかるそうだ。
私たちが訪れた「万里の長城」は、一番ポピュラーな「八達嶺」であった。



事前に、坂や階段が多いということで、高齢者と一緒に行くには少し厳しいものだあるだろうと調べていると、最近では「ロープーウェイ」で、ある程度の高さで登ることができるようになっていることを知った。 今年80歳になる父、そして、74歳になったばかりの母には、怪我でもしてもらったら困るので皆でロープーウェイで上ることにしていた。
が、しかし、、、、
万里の長城には、旅行会社に依頼した日本語通訳ガイドさんと同伴で行ったのであるが、そのガイドさんに申し込み内容がしっかりと伝わっていなかったようで、気がついたときには、「徒歩で登るコースの道」を歩いていたのだった…。ロープーウェイで登るには車で別の場所まで行かなければならないということだったのだ…。
だから、やむを得なく、高齢の両親も徒歩で登ることになってしまった・・・。
「八達嶺」には、急な坂の「男坂」と、比較的穏やかな「女坂」があり、もちろん私たちは「女坂」で登ることにした。

きょうたんは、夫にすべて任せ、
私と「にいに」は、私の両親の手を引き、登り始めた・・・。

想像以上に、坂がきつく、階段も多い・・・。
階段は、段の高さが揃っていなくて不規則で、とても歩きづらい・・・。
手すりがあるのだが、「誰が使うの?」というくらいに、とても低いところに
ついていて、大人が使える高さではない・・・。

私の父は、80歳になろうとしている今でも毎日毎日「剣道」の稽古をしているのであるが、それでも、坂道を歩く姿は、やはり「80歳のおじいさん」・・・、登っている途中で、「無事に下まで降りてこれるだろうか・・・?」という不安が過った・・・。
「もう辞めとこうか?引き返そうか?」と何度も父に尋ねたが、意地っ張りの父は絶対に上まで登る、といい続けた・・・。
とにかく、ゆっくりと休み休み歩くようにして、なんとか上までたどり着こう、、、と、心の中で思った・・・。
母は、父よりも若いのであるが、腰と膝が痛くて病院にも通っているので、症状が悪化しないかとても心配であった。でも、母も自分の足で登りたいという気持ちがあり、持参してきた杖を使ってマイペースに登っていた。


休み休みゆっくりと登って、最初の「楼城」まで登ることが出来た。
でも安心はしていられない・・・。
「♪行きはよいよい、帰りは怖い・・・♪」、まさに、下り坂は登り坂よりも力もいるし危険であった…。

下り坂を歩き始めると、父の足が疲れてきていることを強く感じた・・・。
それまでは、「にいに」に手をつながせていたのだが、私が、父のもう片方の腕を持って一緒にあるくことにした。
若い?私にとっても「下り坂」は非常に力がいる、、、私の3倍近く歳をとっている父の脚にはどれほどの負担がかかっているだろう、、、ということを、ふと思った・・・。
父には「頑張ろう」という意思があることは強く感じたが、体が言うことをきかないようだった。その横では、きょうたんが一人で元気よく歩いていた・・・。「きょうたんは、もうそんなに手がかからなくなったんだ・・・。でも父は、もう3歳のきょうたんよりも手がかかるし、、、それほど歳をとってしまったんだ・・・」と、私はとても悲しくなった・・・。
、、、と、同時に、
昔、今よりも若かった父に、柔道のわざをかけられて遊んだことや、抱っこやおんぶしてもらったときのことなどが、私の頭の中に蘇って、涙が溢れてきた・・・。

「もしかしたら、来年はもうこんな坂を歩けないようになっているのかもしれない・・・」という気持ちも出てきて、もっともっと悲しくなってしまった・・・。

「最後まで無事に降りれますように・・・」と願うようにして歩き続け、ようやくゴールが目の前に・・・。
最後の階段で、近くにいた白人女性が見るに見かねてか、父と手をつないでいた「にいに」をはらいのけ(笑)、父の手をとり、階段を一緒に下りてくださった・・・。元英語教師だった父が彼女に、いろいろと質問をしたのだが、耳が遠くて聞き取れない、、、(笑)、
脚もガタガタ、耳も聞こえない、、、、父は、「もう廃人や」と苦笑いしながら言っていた(笑)・・・。


万里の長城での出来事は、父の老いをひしひしと感じなければならず、とても辛かったのだが、私にとっては一生忘れられないほどの思い出となった・・・。
万里の長城に行けたことも最高だったが、高齢の両親と一緒に歩けたことは本当に幸せなことなのだろう・・・。
二人とも、このまま健康で、いつまでも自分の足で歩いて、元気に過ごしていって欲しいと、心の底からそう願う・・・。


↑ 無事に降りて来れて、ほっとした瞬間(笑)・・・。


〜アドバイス〜
万里の長城は、若い人でもヒールなんてもってのほかっ!!(笑)
履きなれた靴で、そして軽装で、、、
歩くのに自信の無い人は、木の枝でもいいから「杖」を持参のこと!!



2005 ゴールデンウィーク(労働節) ダイジェスト版
4月末から私の両親が北京に来ているので日記がなかなか書けない状態が続いている。デモにでも巻き込まれたのかな?と心配してくださっている人もおられるかもしれないので、とりあえずゴールデンウィークの様子をダイジェスト版で綴ってみることにする。

日本では5月の連休をゴールデンウィークと言うが、中国では「労働節」と言って、労働者のための休日というような意味合いで、約1週間の連休となる。
「にいに」の通う日本人学校では、来月の日曜参観の代休を一日プラスして、なんと!9連休という贅沢な連休となった。(きょうたんの幼稚園も)
京都から両親も来ていたし、それに我が家もまだろくに北京の観光もしていなかったので、この連休は北京の観光を満喫してきた・・・。
それぞれの観光は、第一回目ということもあり日本語が出来るガイドさんと一日チャーターの車&運転手を頼んだ。もちろん、こういうものを依頼すると「先立つもの」が必要となってくる(笑)…。 我が家は「財政難」なので(笑)、スポンサーである両親に頼りっぱなしだ(笑)・・・。


5/3 胡同(フートン)と言われる北京の昔ながらの街並みの観光

輪タクに乗って散策する。


今でも、昔ながらのスタイルの住まいで生活されている人々がおられる。


5/6 万里の長城〜八達峰〜

念願の万里の長城〜〜〜!!
本当に素晴らしい所だった・・・。


傾斜の緩やかな「女坂」を選んで登ったのだけど、高齢の両親と一緒だったので
想像以上に時間がかかり神経も使った…。
でも、このことが、一生忘れられない私の思い出となった・・・。
この話については、また改めて綴りたいと思う・・・。
↑ これは「休憩中」の写真


きょうたんは、自力で上り下りできた!!
想像以上に楽しんで、よく歩いた。

5/7 中国雑技団

これは大人も子供も楽しめるエンターテイメント!
観客は白人が多かった。
きょうたんは、「お姉ちゃんが大スキ〜♪」と、舞台上の若いお姉さんにメロメロでした(笑)。

5/8 天安門広場 & 故宮 & 景山公園


今まで私が、北京の中で一番行きたかった場所は「天安門広場」だった。
「天安門」に掲げてある「毛沢東」の写真、、、、それに「中華人民共和国万歳」の文字、、、これは、今までの私にとってはとても不思議なもので、且つ、「中国の象徴」と思っていた物だった・・・。 だからとても「この目で」見たいと思うものであった。
ご存知の通り、この天安門広場は、「過去の悲惨な事件=天安門事件」が起こった場所でもあり、明や清の時代だけでなく近代でもとても重要な場所なのである・・・。

遠くから「天安門」が見てきたときは全身が身震いした・・・。
まさに中国! という感動を覚えた・・・。


これこれ!!
天安門の前に自転車!!(笑)。
私が見たかった風景だ(笑)!
今度は、自分のママチャリでこの前を走ってみたいっ!! 

天安門をくぐり、その後は「故宮」の中をずっと歩いた。
じっくり見るなら「丸一日」でも足りない・・・。中を簡単に見学しながら2時間ほど歩いた。

故宮の後ろを出たところに、「景山公園」という小高い公園がある。
そこに上り、今まで歩いてきた「故宮」の景色を眺めた。



その他にも、いろんなところを見学したのだが、
また改めて綴ろうと思う・・・。

北京に来て一ヶ月、、、、
「ああ〜、私は中国にいるんだっ!!」と
感じることが出来たゴールデンウィークだった・・・。
高齢の両親とも一緒に行けたことは本当に幸せだ。
理解のある夫に本当に感謝、である・・・。