スケート三昧 2005・2・3(水)
春節のお休みは今週一杯まで続く。
10日間ほどの長期のお休み。旅行もいっていないし退屈するだろうと思っていのだが、ほぼ毎日スケートに通っていたお陰で、毎日楽しく健康的に過ごすことができた。


きょうたんは、幼稚園でローラーブレードの時間があるので、アイススケートもOK!だった! 靴を初めて履かせたときも、バランスを自分でしっかりと調節していたのでこれはすぐに滑れるだろうと感じた。 まだ両足を上手く滑らせれないが、それでも思ったところにちゃんと滑って移動している。 子供は重心が低いので上達が早いのだ。



「にいに」は、かなり上達して、スケートが本当に楽しいらしい。
きょうたんがこけると、おこしてやる余裕もある。



気温が少しずつ上がってくるようなので、あと数日でこの自然リンクも閉鎖のようだ…悲しい! 今年は靴を探すのに時間がかかってしまったので、来年は早くからスケートに通うぞ〜!

2月の日記のページの第一回目の日記は、我が家の悲惨な体験を報告予定。
お正月休みを順調に過ごせていると思いきや、思わぬ事件が・・・!!
(健康だけは変わりないのでご心配なく・・・)


まだまだ花火 2005・2・2(火)
今日は、お正月の5日目。
日本のお正月の3が日にあたる日で、明日から仕事始めの人が多い。
だから、お正月もとりあえず終わった、、、ということで、またもや爆竹&花火(笑)。
大晦日から花火と爆竹の音がしなかった日は本当に一日も無かった。

中国のお正月についての詳しい説明は こちら のサイトを参考にしてください。

中国の人々が大好きな花火、、、
花火を売っているお店に立ち寄ってみた。
 ←このような花火専門店(春節の時期だけ)が街のあちこちにある。

 この大きな打ち上げ花火、、、小さなダンボール1つ分もの大きさ。 日本では考えられない。小さな打ち上げ花火も、とにかく「音」がすごい。邪気を追い払う、という意味で昔から爆竹が使われていたらしい。

私たちも、小さな花火を少し買いました。 冬に花火をするのは初めて…。着ているものが厚いので、日の子が服に飛びそうでとても怖かった。
知り合いの中国人に確認したところ、中国ではやはり夏には花火はしないらしい。花火は春節のものなのだ。

花火は綺麗だし、縁起もいいことなのかもしれないのだが、
実は1つ気になることがある。それは、、、
花火をした後の始末、、、
みんながみんなそうではないかもしれないが、殆どの人が、使用済みの花火の後片付けをしない。やったらやったでそのまま・・・。
 これは翌朝の様子。
従業員たちが総出?で庭掃除・・・。 自分の使ったものは自分が後始末をするのが当たり前の日本。そういう環境で育ってきた我々からすれば、このような状況は信じられないことである。 これも文化の違いだろう・・・。



廟会 2005・1・31(火)
今日は、夫の大学の学生さん梁さんに「廟会」に連れて行ってもらった。
「廟会」とは、日本で言う「縁日」のようなものである。中国では春節のときに、大きな公園や歩行者天国にした道路で、「廟会」が開かれ、沢山の人々が訪れる。
「廟会」では、沢山の出店があり、そこで売られている物の中には「廟会」のときにしか食べれない珍しいお菓子もある。 その他、「蛇踊り」や大道芸などの演技があったり、ゲームがあったりと大人も子供も楽しめる。


今日訪れたのは、歩行者天国になった大通りの「廟会」。
通りも広いし、距離も長い、、、、子連れでもあったので、最後までたどり着けなかった(笑)。本当にすごい賑わいだった。




私は長崎の蛇踊りは馴染みがあるが、 これが正真正銘の「蛇踊り」!! 


   
お菓子、いろいろ、、、。
ここでしか買えないものもある。


なんと!
さそりの串焼き!! 梁さんに「おいしくないですよ」と言われたので、トライしなかった(笑)。


雨細工の数々、、、
中国では、なにかと「干支」を重視する。 運勢や相性や、それに名前をつけるときなどなど…。 この雨細工も、ほとんどが干支の動物。
あまりに良いできだったので1つ買ってみた。

おにいさんが息を入れて飴をふくらましなら作っている。



豚の出来上がり〜!!
中国の干支では、「猪」が「ぶた」なのだ。
この飴、1つ5元=75円! でも、、、材料に金粉もはいっているし、衛生的にもちょっと問題がありそうなので、結局食べてはいない。


これは、以前にこの日記で紹介したことがあると思うのだが、
日本の「りんご飴」のようなもの。 小さい丸い実は、りんごのようだがちょっと違うような気もする。酸味があるので、外側の飴ととてもよくマッチする。りんごの他に、いちご、キウイ、パイナップル、、、そして、かなり変わったところで「長いも」があったりする 
この「りんご飴」は普段から道端で買うことができるのだが、「廟会」では、↑ こんな長いのも売っている(笑)。


我が家は、りんご飴よりも「いちご飴」がお気に入り。
ちょっと値段は高くなるが、おじさんに頼んでその場で作ってもらい、出来立てを食べた!! 汁気のある果物を包んだ飴は、外側の飴がすぐに溶けてしまうから、作りたてが最高! 梁さんに食べさせてもらってます!(笑)。


とても楽しい「廟会」だった。梁さん、ありがとう〜!!


新年好! 2005・1・29(日)
今日は、春節(旧正月)の元日。
昨夜の花火と爆竹は明け方まで続いていた。本当にすごい(笑)。

さて、、、
日本ではお正月の飾りと言えば、門松やしめ縄、鏡餅、、、などなどであるが、中国ではどういうものを飾るのだろうか。 今日はそれらをご紹介しよう!


これは、レストランの前であるが、「中国提灯」が飾れれている。
我が家のマンション棟の入り口にも「中国提灯」が飾れているが、住人の玄関に飾れていることは無い。それぞれの家(部屋)の入り口には、上の写真の扉の両側に貼ってある「春聯」という赤い紙がよく見られる。
←これも「春聯」であるが、市販されている物もあれば、各家庭で自分で筆を使って今年の抱負や願いを書く人もあるらしい。


これは我が家の玄関。
この飾りは一般家庭の玄関、もしくは部屋の中では一番多く見られる飾りだろう。
これを見た人はまず、「どうして「福」が逆さま?」と感じると思う。 これは、「福が降りてくるように」、という意味で逆さに貼るのだ。

我が家の部屋の窓。小さな「中国提灯」と、魚と福の切り絵を飾ってみた。 実は、春節では「魚」も重要な物の1つだ。お正月のご馳走の中には魚が必ず含まれている。 なぜなら、中国語で「魚」という発音は「余」の発音と同じで、「年年有余」=「一年が物が余るくらいに豊富でありますように」、、、という意味で縁起の良いものとされているからだ。



春節です! 2005・1・28(土)
今日は、春節(旧正月)の大晦日。
昨日あたりから、街のそこらじゅうで、爆竹や打ち上げ花火が行われ、「バン!バン!」という大きな音が鳴り響いていた。




北京市内の中心部は、13年前に爆竹や花火で事故が相次ぎ、長年「爆竹&花火禁止」になっていた。(・・・と言っても、警察の目を盗んで人々はやっていたそうだが)
で、今年は13年ぶりにその条例が解禁され、どこの場所でも爆竹と花火を楽しめるようになったそうだ。





今夜は午後7時くらいから、さらに爆竹と花火の音がひどくなってきた。部屋のガラスに振動が起こるほどの音(笑)。 まるで、銃撃戦の中にいて、そこらじゅうに大きなミサイルが飛び交っているようなすさまじい音だった。 部屋の窓からは、マンション内や、通りの向こうの住宅地内の大きな打ち上げ花火が沢山見えた。なんともリッチな気分だ(笑)。 その打ち上げ花火は、人々が個人的に購入しているもので、お店には大きなダンボール箱ほどの打ち上げ花火が普通に売られているのだ。爆竹も、日本で売られている爆竹とは全然違って、とにかく大きくて長い!! 一番大きなものだと、消防のぐるぐる巻きにしたホースのようなものもある! 日本では本当に考えられないことだ! 花火代だけで3万円も使う人は少なくないらしい。 う〜ん、本当に凄い(笑)!
日本では花火と言えば「夏」の風物詩であると言えるが、中国では「冬(新春)」の物なのだろう…。 



日本では大晦日に「年越しそば」を食べるように、中国の北部では「水餃子」を食べるのだ。新しい年との時間を交わす、という意味で「餃子」という名前になっているようだ。最近では日本と同じように、季節に関係なく、いろんなものが好きなときに買えるようになっているので、餃子も手作りをするひとがどんどん減っているようだが、昔は、大晦日の夜には帰省してきた家族も揃ってみんなで餃子を作ってみんなで楽しく餃子を食べたようである。餃子を作るときに、コイン入りの餃子を用意し、それを口にした人は幸運を得る、というようなことが言われているようだ。


大晦日の夜は、一般的には人々は朝までおきていて新年を迎えるようだ。

中国の春節は日本のお正月と比べて、行われている事や食べるもの等は違うが、家族そろって新年を迎え、幸せを願うという基本的な気持ちはまったく変わらない。


生きる力・・・ 2005・1・26(木)
冬の「輪タク」の窓は、透明のテープをぐるぐる巻きにして「手作り」のことが多い。夏はそのテープをはずし、窓はなくなり、涼しい風が入ってくる、、、自然冷房だ(笑)。

↓この「輪タク」は、そのテープが一部敗れてしまって、新聞で補正してある。この姿を見て感じた「生きる力」・・・。一生懸命に働いて、家族を養っている運転手さんを見習いたいと、そして、今の生活をしていけることを感謝したいと、そう思った。


ディズニー、泣くよ・・・ 2005・1・25(水)
中国という国には「著作権」というものは、存在しないに等しい(笑)。
様々なコピーグッズが出回っていて、一種の「文化」のようになっているように思える(笑)。 こいういうコピーグッズを見つけると「笑いのネタ」になり、私の中国ライフの楽しさの1つとなっている(笑)。

今日はディズニーもビックリ!! というものを紹介しよう。

・・・・・ミッキーやんなあ・・・(笑)。


・・・グーフィーやんなあ(笑)・・・。

↑ これらの絵、、、、とある公園のお土産物コーナーで「普通」の売られていたのだ(笑)。 買う人がいるのだろうか・・・(笑)。


アイスクリームを売っている冷蔵庫の絵、、、、
このミッキー、『眉毛がつなってがってる』!!(爆)。
ディズニー、、、泣くよ・・・・(笑)。



同学〜クラスメイト〜 2005・1・24(火)
中国語でクラスメイトの事を「同学」と言う。

私の今の「同学」は、
チベットの女の子(17歳)と、韓国人の女性、男性、である。

今日は、チベットの女の子と、韓国人の女性と3人で食事に出かけた。
韓国人の女性は日本語がペラペラなのでコミュニケーションに困らない(笑)。でも、チベットの女の子とは中国語でしか会話が出来ない。

学校に行っているだけでは語学は上達しないと日々実感している。習ったことを実用化していかなければ自分のものにならないのだ…。 だから、今日のような中国語を話す機会は非常に貴重だと感じた…。 片言の中国語ではあるが、でも意思疎通はできるものだ・・・(笑)



念願の・・・ 2005・1・23(月)
昨日のスケートのリベンジをしたい!!

・・・そう思って、私と夫は「にいに」を学校に迎えに行った帰りに、再度、リンクのある公園に行くことを考えた。

「にいに」は、今日スケートの授業があったにもかかわらず、帰りにスケートに行けると知って大喜びだった(笑)。
昨日、ツイてなかったお陰で(笑)、今日はスムーズにスケートリンクにたどり着き、ようやくスケートをすることができた!

想像以上に「にいに」はスケートが上手だった。
きょうたんくらいのころ、何度かスケートに連れて行ったことがあるのだが、そのときから考えたら嘘のような上達だ。
今日は、きょうたんは幼稚園に行っていたので、一緒にスケートに行けなかった。次の週末は是非連れて行きたい。 きょうたんは幼稚園でローラーブレードをしているので、結構滑れるのではないかと想像している。

私も6年ぶりのスケート!!
リンクが、日本の人工的なものではないので、氷の上の傷が靴にひっかりそうで少し怖いが、慣れればなんとも思わなくなるのだろう…。

日本のスケートリンクは屋内のことが多いので、屋外、しかも、公園内の自然の中でスケートができるなんて、本当に最高の環境だ!!
春節の連休中はスケートに通うぞお〜〜〜!!



平日だからということもあり、
殆ど人がいませんでした(笑)


スケート靴 2005・1・22(日)
1月に入って、「にいに」の学校ではスケートの授業が始まった。
学校の近所(=我が家の近所)の公園内の凍った池と、工程の一角に水をまいて凍らせた人工のスケートリンクで行われているのだ。

スケートの授業が始まったときから、「にいに」はもうすっかりスケートの「とりこ」になってしまった。私も小さいころからスケートが大好きなので、家族でもスケートを一緒にしたいと思った。北京では、そこらの凍った川や池で自由にスケートが出来るようだが、日本のスケート場のように貸し靴がない。だから、スケート靴を買いたくて、売っているお店を数週間前から探し続けていた。 一軒だけ売っているお店を見つけたのだが、サイズの種類も少ないし、値段も思ったほど安くなかった…。

そして今日、きっと売っているだろうと思った市場まで足を運んだ。我が家からちょっと遠い所にある市場なのだが、本当に「なんでも屋」(笑)。想像通り、スケート靴も売っていた。 値段も安い!!(笑)。 一足90元(1300円ほど)だ(笑)。 実は、私は日本でも自分のスケート靴を持っていたのだが(姉のお古)、その靴は20倍ほどの値段がしたはずだ(笑)。 そう考えたら、中国のスケート靴、安っっ!!(笑)。


スケート靴をゲットしたので、さっそく家族でスケートに出かけた。
家の近所の公園は、入場料10元(150円)だけでスケートが出来る。日本では考えられない値段だ(笑)。 
が、しかし、、、私たちが行ったときは、2〜3日に一回行われる「水まき」の日で滑走不可能だった…。 (日本のスケートリンクとは違って、車で氷を綺麗にすることは無く、水をまいて凍らせ、表面を綺麗にするようだ。)
悔しいので、学校のリンクにも足を運んだ。 学校も休日にスケートリンクを開放しているのだ。 が、しかし、、、私たちが到着した時間は、もう開放時間が終了していた…。

さらに悔しいので(笑)、もう1つ別の公園に足を運んだ。
夏場は「釣り場」になっている池が凍って、やはりリンクになっていた。 やった〜!これでスケートができる!と喜んだのもつかの間、、、そのリンクは、「そり」専用の遊び場で、スケート靴は禁止であった(涙)…。
しかたなく、その「そり」を借りて遊んで帰った(笑)。

買ったスケート靴が履けるのはいつのことやら・・・。

でも、、、
この「そり」、結構面白かったです(笑)


お気の弱い方、ご注意です。 2005・1・21(土)
中国に来てからもう10ヶ月も経つ…。

もうこんな↓光景を見ても、驚きもしなくなった(笑)。

      
市場のお肉屋さんには、このような「食材」が置いてあるのは日常的なのだ。
中国では、ほんと何でも食べるもんね…(笑)。


年末 2005・1・20(金)
中国は現代でも「陰暦」が生活の中に存在しており、お正月も「陰暦」で日が定まっている。いわゆる「旧正月」というもので、中国では「春節」と言われている。

春節は中国で一番重要な祝日である。 ちょうど今、私の中国語の教科書で、人々がどういう風に春節を過ごすかという内容を習っているのだが、年末に掃除をしたり、新年に食べるものを用意したり、新しい服を買ったり、元旦にはご馳走を食べたり、、、と、日本とだいたい過ごし方は同じである。 ただ、食べる物の内容など、中国ならではの風習が見られる。 例えば、中華料理で有名な「餃子」は、中国北部では大晦日に食べる食べ物なのだ。 ちなみに、中国の「餃子」は「水餃子」が一般的である。大晦日の夕食は家族揃って「餃子」を食べる習慣があるようだ。 

「陰暦」は、年によって定まる日が少しずれてくるので、今年の春節は1月28日が大晦日、そして、1月29日が元旦になるようだ。 
だから、今、中国は「年末」。 日本の年末と同じように、スーパーやデパートは人々ですごく賑わっている。「年末セール」もいろんなお店で行われている。 

また改めて紹介しようと思うのだが、人々は春節にはいろんな飾り付けをする。そういう用品もスーパーや市場で沢山売られている。 中国は「紅色(赤色)」が縁起が良い色なので、春節の飾り物はほとんどが赤色だ。 だから、売り場は、↓写真の様に華やかである。


日本語がおかしい・・・続編 2005・1・19(木)

↑ これが解読できるだろうか・・・?

答えは「マシュマロ」(市販されているパッケージです)

「シュ」が、「ツユ」、
「マ」が、「ス」になっているのだ(笑)。

中国人は、「カタカナ」の違いはよく分からないのだろう(笑)。


怪我 2005・1・10(火)
私の学校の授業中に、携帯電話に電話がかかってきた。
幼稚園からだった・・・「ああ〜、熱でも出したかな・・・」と思って電話に出ると、「怪我をした」とのこと・・・。
こけて瞼の少し上を打って切れたので、病院に行ったほうがいい、とのことだった。今日は日本語が話せる先生が不在だったのだが、美術の先生が日本人で、その先生がおられたので、その先生が電話をしてきてくださった。本当に助かった(笑)。
先にきょうたんを連れて病院に行くとの事だったので、私も学校から病院に向かった。

病院に着いたら、もうすでに、きょうたんは病室で治療を受けていて、その病室に案内された。 病室の扉をあけて驚いた!!
4人の先生、がズラリと狭い診察室に神妙な顔をして並ばれていた(笑)。まるで「お通夜」のようで少し不安になった。だが、きょうたんは大人しく治療を受けていてまったく泣いていなかった。傷口はたいしたことはなくて、手術用のテープで貼るだけで済んだ。 傷は全治1週間ほどという軽症。運がよかったことを喜ばなければならない。

病室の外から幼稚園バスの運転手さんが「ジンピ〜ン!(きょうたんの名前の中国読み)」と心配して叫んでいた(笑)。それがまた深刻で、不謹慎だがすごく面白かった(笑)。 治療が済んで、園の先生方はすごく謝ってこられた・・・行き届かなかったと。
事情を聞いたら、きょうたんが自分で走って自分でこけただけなのだけど、先生の謝罪は必要以上に真剣だった。 そんなに謝る必要はない、と伝えたが、夕方には「菓子折り」までもってこられた…。日本の幼稚園でもここまでしないだろう、、、中国の方がすごい、と痛感させられた。 知り合いの中国人に話したら、今は「一人っ子政策」で、親の過干渉が問題化されているようだ。可愛い一人の子供が怪我をしたら、園に責任がなくても、親たちは怒鳴り込みにくるほどの勢いがあるそうだ(笑)。・・・怖い(笑)。

病院で治療が終わったら、先生方はきょうたんを園に連れて戻ろうとされた。しかし、一旦私の顔を見たきょうたんは当たり前の事だが「家に帰りたい」と言ったので、私と一緒に家に帰ってきた。帰りのタクシーの中まではしおらしくしていたきょうたんだったが、家に帰った途端、椅子の上に立つは、そのうちに机の上に上ろうとするわ、、、怪我したことをまったく気にしていない・・・(笑)。

お正月に蘇州の庭園で岩の上から落ちたので、今年は怪我が多いと思っていたが、まさかこんなに早くに怪我をするとは・・・(笑)。

2日目、3日目は、まぶたが「お岩さん」のように
腫れました。


2005・1・6(金)
私の両親も日本へ無事帰国し、子供たちの冬休みも終了。私も以前と同じように学校に通っている。

北京はめったに雪は降らないのだが、珍しく雪が降って数センチ積もった。
子供たちは大喜びだ。



雪の日でも、「にいに」の送り迎えは通常通り。さすがに、自転車は乗っていかないが(笑)。 殆どの生徒たちは、マンション専用のバスでぬくぬくと登下校です。
 


実は、、、
我が家のマンションには、5世帯の日本人がいる家庭がある(ご夫婦のうちどちらかが日本人というケースも含め)。そのうちのお一人が、通学バス(8人乗りくらいのバン)を運転手つきで個人的に借りて運営しようと声をかけてこられた。 
一世帯一月3000円ほどの負担。 貧乏な我が家でも払えない金額ではない。それに送り迎えをしている私の負担も減る・・・だからそのバスを利用しようかと思ったのだが、結局、我が家だけが断ることになった。
なぜなら、、、、
日本では、小中学校は私立でも行かない限り、歩いて通うのが『普通』。日本ではこちらの学校のように、マンションが運営している大型バスで数十分間をかけて通学することは「非日常的」なことだ。バス通学だけでなく、自家用車通学、その他、お手伝いさんが迎えに来たり、それに、小学生3年生くらいの子供を自転車の後に乗せて通学していることもたまに見られる。小学3年生の子供を後に乗せること自体見苦しいと思うが、長距離ならともかく、徒歩10分くらいの距離を二人乗りだ・・・。 
それに、徒歩5分もかからないところにマンションがあり、そのマンションからでさえも大型バスが出ていてそれに乗って通学している生徒たちもいる。大型バスなのでUターンができずに大通りに出てマンション方向に帰るので、実は歩く方が早く帰宅できるようだ(笑)。
こういった状況が、こちらの学校では『普通』なのであるが、我が家はこういう状況を『普通』だと思いたくない。 我が家はそのうちに必ず日本に帰るのだから、日本に帰ってもなんの抵抗も感じずに『普通』に通学、生活できるようにさせたい。
それに、こちらの子供たちは、通学のときに歩かないし、外で遊ぶ時間も限られてくるし、一日の運動量は日本にいるときよりも確実に少ないはずだ。「にいに」も、太らないために、一日往復20分の徒歩の時間は絶対に維持してやらなければならない。

だから我が家は、『普通』に歩いて通学させると決めた。
毎日の私の負担は増えるのだが、でも、将来的に「ああしておいてよかった」と言える事は確実に分かっているからだ。

だから雪の日でも、「にいに」は歩いて通学、、、私も、いつもと変わらず「送り迎え」だ…。


旅行記 4 2005・1・3(火)
上海市内観光。
・・・と言っても、上海って観光で廻るところが本当に少ない。 ここは経済中心の所だと改めて実感した。

「東方明珠タワー」に登る。
468Mという高さで、アジア一高い建築物だそうだ。
数年後の「上海万博」はこのあたりが会場になるそうだ。
      
↑ このビルは「グランドハイアットホテル」。その後に建築中なのが「森ビル」です。
森ビルが完成すれば500Mの高さになるそうです。

あとは「上海博物館」を見学。


すべての旅行スケジュールをこなし、空港へ向かう。
順調だった旅路であったが、最後の最後でトラブル発生。
題して、、、『中国語で怒る!の巻き』

北京行きの飛行機の搭乗手続きの時に、私のチケットだけが使用できないと指摘された。その理由は、パスポートの名前はローマ字なのにチケットの名前が漢字だったからだ。 中国語は「ローマ字読み」をすることは殆ど無い。独自の「ピンイン」という発音記号があり、それはまったく「ローマ字読み」とは違う音である。 だから、日本語をきっちりと習っている人でないと、漢字と「ローマ字」が同一かどうかは理解できないのだ。だから、私のチケットは、パスポート上と同一かどうか分からないので無効だと言う事だった。 ガイドさんにチケットもパスポートも同じ意味だと何度説明してもらっても駄目だということだった。 漢字の名前で再度チケットを購入するように言われた・・・。
そういうこともあるのか、、、とため息をつくと同時に大切なことを思い出した。 行きの北京空港では、同じ名前のチケットを使っているのだが、名前の事は一切チェックされず、なんの問題もなく飛行機に搭乗できたのだ。 同じ国内なのに、対応が違うということはおかしいと思った。

チケット売り場で、ガイドさんに再度、漢字とローマ字の説明をしてもらったけど、チケット売り場のおばさんは「使えるはずがない!!」と言い切っていた。 旅行チケットを発行した旅行会社へ問い合わせをすると、やはり後で払い戻しをするので、一旦新しいチケットを購入して帰ってきてくださいという連絡も入った。
新しいチケットを購入していると、夫が言い出した、、、「やっぱりおかしい!! 北京からはこちらに来ているのに!!」
その時私はすでにチケット代1000元(15000円)をおばさんに渡していた…。 夫が日本語で「責任者を呼んで! 責任者に再度しっかり説明してもらいたい!」と怒り出した。 ガイドさんは横で通訳していた(笑)。 おばさんは、「責任者なんていない! そんなに言うなら、もう一度搭乗手続きのところに行って来て確認すればいい!」と怒り出した。
とにかく、渡した1000元は返してもらおうと思って催促すると、「一旦チケットを発行したからこの1000元はここに置いておかなければいけない!」と怒り出した。 でも、このおばさんが持って逃げる事だって考えられる!!
「返してもらわなければ困る!」と夫が再度怒り出した。 すると、おばさん、なにを基準にしているのか、「だったら20元(300円)だけ置いていって」と(笑)。で、めでたく、1000元は返してもらい、20元だけ預けた。

最初に指摘されたカウンターに戻ってみると、ラッキーなことに、担当者が変わっていた!!  しかし、やはり違う担当者にも「チケットの名前がパスポートと違う」と指摘された。冷静にこれまでの経過を説明すると、「ここはとりあえず通してあげる。でも、後1つのチェックカウンターでは駄目だと言われるかもしれないよ」と、とても理解のある対応だった(笑)。

その後1つのチェックカウンターに行く途中、、、、後1つ重要なことに気づいた。
それは、、、、私のパスポートだけでなく、きょうたんのパスポートもローマ字のサインで、チケットは漢字だったのだ…。 もし、最後のカウンターで指摘されれば、後でお金は返ってきたとしても一気に30000円ほどのチケット代を支払わなければならない…。それに、明らかに漢字もローマ字も同じ名前なのに、こんな、つじつまの合わないことを言いなりになっているわけにはいかない、、、絶対に最後のチェックカウンターを通らなければ…。

最後のチェックカウンターへ、夫ときょうたんが入った。
ドキドキして後で見ていると、想像通り、きょうたんのチケットは名前が違うから使えない、と指摘された。ガイドさんが後ろから中国語で冷静に説明してくれた。でも担当者は「駄目」と聞く耳も持たない。 
私の気持ちは、それまでの不満が満杯になっていた。とうとう爆発してしまい、
「北京からはこの名前で普通に飛行機に乗れた。何も指摘されなかった。
日本では、パスポートのサインは漢字でもローマ字でもどちらでもかまわないという規則になってる。世界中、自分のサインは漢字でもローマ字でもかまわない!! 私らは日本人だからそれで正しい!! 私らは中国人と違って日本人!! 見てわからないのか! だいたい、写真を見たら同一人物かわかるやろ〜〜〜!!(怒)」と、大声で中国語で訴えた・・・というか、怒りに怒りまくった(笑)。
すると、担当者は、別の担当者を呼んで、事情を説明した。するとその担当者・・・「通っていい!」と・・・(笑)。横で私の言うことを黙って聞いていたガイドさんもビックリだった(笑)。
もちろん、私のチケットも有効に変わり、無事飛行機に搭乗できた。
でも、、、身体検査を念入りにされた(笑)。危険人物だったのだろう…。

中国語いう国は、自分の意見をしっかり主張しなければ自分が損をするところだと実感した(笑)。 言われたとおりにうなずいていたり、こちらから質問したりしなければ、本当に損をすることが多い。 今回の件もまさにそうだ。 
もし、国内共通の規則でチケットの名前のことが規定されていれば、どれだけ怒鳴っても怒っても駄目なものは駄目なはず。北京空港ではそんな規則はなかったし、もしかしたら上海だけの規則だったのかもしれないが、明らかにつじつまのあわない規則である。 一旦新しいチケットを購入したとしても、「払い戻し」をしてもらうのに実際に戻ってくるのは数ヶ月後になることが多いらしい…。
どちらにしても、やっぱり中国語は話せなくては駄目だと心のそこから実感した(笑)。かろうじて思ったことは伝えたが、もっともっと言いたいことはあった(笑)。

夜、無事家に着き、この旅行も無事終了することができた。


旅行記 3 2005・1・2(月)
蘇州が、「東洋のベニス」と言われている理由をご紹介。
   

  
舟の中からは、川部に住む人々の「生」の生活を見ることができました。



夕方、車にて上海へ向かう。 所要時間は1時間40分ほど。
今夜は、上海で一番の見所、、、「外灘(バンド)」へ向かう。


アジア一高いタワー「東方明珠タワー」

上海の夜景は想像以上に綺麗だった。
この夜景は、冷房使用のための電力不足で夏場はあまり綺麗ではないとか…。冬に来て良かった!!


旅行記 2 2005・12・31(土)
2005年12月31日の夕方、
杭州から蘇州に向けて列車で出発。



中国での始めての列車。
中国の列車の座席は大きく分けて4種類ある。
・座席(硬い)
・座席(柔らかい)
・寝台(硬い)
・寝台(柔らかい)

今回の旅行では乗車時間は3時間だったので、柔らかい座席(日本の特急電車や新幹線のような座席と同じ)を利用した。
車内は、日本の列車と同じように、車内販売もあった。

今夜は「大晦日」であるので、上海近辺になると車内は立って乗っている乗客で溢れ、トイレに行くのも一苦労だった。 
中国は、1月末の「春節」が本当のお正月になるのだが、一般的な新年も3日間は学校も会社も休みになるようだ。この大晦日であれだけ混んでいたのだから「春節」のときは恐ろしいほど混むのだろう。


午後6時、蘇州に到着。
やっぱり雨(笑)・・・。この日はホテル内のレストランで夕食をとり、新年を過ごした。


年が明けて、2006年1月1日。
この日は蘇州市内の観光スポットを廻った。


*拙政園(蘇州四大名園の1つ)
    


*獅子林(蘇州四大名園の1つ)


    
きょうたんは、この岩の上から落ちて、「たんこぶ」が出来ました(笑)。
元旦にこけたので、今年は沢山こけそう・・・(笑)。


*滄浪亭(蘇州四大名園の1つ)


*そして最後、、、寒山寺
    
元旦だったので鐘がつけました。



蘇州の町は「外城河」という運河に囲まれ、細い運河が網目のように走っている。運河のいたるところには眼鏡の形をした「太鼓橋」がかかりその下を荷物を積んだ舟が行き来する。こういったことから「東洋のベニス」と言われているようだ。


     


旅行記 1 2005・12・30(金)
昨年の年末から年明けにかけての旅行記。

2005年12月30日、北京空港から杭州へ向けて出発。
我が家は北京に来て以来、初めての国内旅行で、国内線(飛行機)を利用するのも初めて。「海南航空」を利用。
非常に残念なことに、朝からの濃霧のために、殆どの飛行機が天候調整のために離陸が遅延になっていた。
結局、私たちも空港で3時間以上も待ち、その後ようやく出発することが出来た。
そのせいで、杭州に着いてからは予定されていた観光にもいけず、ホテルへ直行。その日の杭州は、夕食を食べることしかできなかった。この日は杭州のホテルで宿泊。

二日目、、、
朝目覚めると雨、、、
杭州や上海などの南方は、冬には雨が沢山降るのだ…。北京で生活をしていると雨とは縁の無い生活なので、出かけるときの雨の心配は全くせずに済む。でも、杭州の空気は北京の空気とは全く違って、綺麗だし過ごしやすい。北京の様に、喉もいがいがしないし、皮膚も乾燥しない。これって究極の選択(笑)。

小雨が降る中、「霊隠寺」へ・・・。

このお堂の中には、お釈迦様が「なまず」を踏んでいる仏像があった。だから中国は地震が起こらないとか・・・。

参拝道にある岩壁には、人よりも大きな仏像が沢山彫ってあった。もう600年ほども前のもののようだ。



この仏像には顔が無い。
なぜなら、「天安門事件」のときに、「古いものは破壊しろ!」という考えて壊されたらしい…。中国各地に、こういった残念な姿が見られるようだ…。本当にもったいない!!(笑)


杭州は「西湖」が綺麗で有名なようだが、飛行機が遅れたことがきっかけて予定が大幅に遅れ、結局車の中からしか見れなかった…。
上の写真は美人のガイドさんと…。

午後は、列車で杭州を発ち、蘇州へ・・・。

中国国内では一般市民の足となっている鉄道。これも初体験。
さあ、列車に乗って、蘇州へ向けて出発だ〜!

次回へつづく・・・。



盧溝橋 2005・12・25(日)
去年の12月でアップできなかった日記・・・その3

父と母と一緒に盧溝橋を訪れた。

北京市内の盧溝橋と言えば、歴史の教科書に出てくる、あの「盧溝橋事件」の起こった場所である。昨年の8月に盧溝橋を訪れ、この日記にもupしていたのに、いつの間にか8月の日記がサーバーから消え去ってしまっていた…。バックアップをとっていなかったので再度UPできないままなのである・・・悔しい!!(怒)。

話が逸れたが、、、、
その「盧溝橋」には「抗日戦争記念館」があり、中国の小学生をはじめとした学生はこの記念館で反日教育を受けると聞いたことがある…。 もっと詳しく言えば、日本が犯した罪を重視し、一方的に日本が悪いという内容になっているとも聞いていた。これが本当かどうか一度自分の目で確かめたいと思い続けていたのだが、8月に訪れたときは、中国人が長蛇の列を作って並んでいたために数時間も待たなければならず、断念して帰ってきた。そんなに大勢の人が来るような所だから、やはり反日感情を持っている人は多いのかもしれないという不安もあった。

ドキドキしながら記念館の中を見て回った。
日本人が中国人に対して危害を加えたことや、被害を受けた人々の写真や説明が本当に沢山展示されていた。展示物の説明がすべて中国語なので、内容を完璧には理解出来ないということもあるのかもしれないが、想像していたような「日本が一方的に悪い」というような雰囲気はあまり感じなかった。展示物の最後のコーナーには、今では日本と中国が友好的であるということを示した写真なども展示されていたし、村山元首相直筆の言葉も展示されていた。



戦争中、日本人が中国人に対して危害を加えたことは事実だし、それをしっかり受け止めて反省することは必要だ。反対に、日本も戦争で原爆をはじめ沢山の襲撃をを受けているので「被害者」という立場でもあるのだ・・・。誰が悪いというよりも「何が悪いのか」=「戦争は絶対にしてはいけない」ということを世界中の人間、一人ひとりがしっかりと胸に受け止めていくことが一番大切なことではないだろうか…と強く感じた。

あと1つ、、、
噂話を信じてはいけない、偏見をもってはいけない、、、ということ。私が聞いたこの記念館の噂は実際にはそうではなかった。やっぱり、自分の目で見て確かめなければならない。

           



               


クリスマス IN 北京 2005・12・24(土)
去年の12月でアップできなかった日記・・・その2

中国のクリスマスは「激しい」・・・(笑)。
クリスマス近くになると、レストランの従業員やスーパーの店員などがサンタさんの帽子をかぶっている姿を非常によく見かけた。 中華料理店でもクリスマスツリーやサンタさんの絵などが飾られ、色も派手なことが多い。

クリスマスイブの日には、マンション内にあるパン屋さんの従業員がサンタになり、子供たちにキャンディーを配っていた。



それに一番驚いたことが、、、、

打ち上げ花火・・・(笑)。
マンションが主催で、中庭で打ち上げ花火があったのだ!!
部屋の窓から家族全員で花火を眺めたクリスマスイブであった。
「サイレントナイト」という単語は、中国にはどうも無いようだ(笑)。


ちなみに、、、、
今年のサンタさんからのプレゼントは、、、

きょうたんは

プラレールの偽物(笑)。
でもこれは、上海がモデルで、中央に建っているのはアジアで一番高い「東方明珠タワー」!! 。電車も、上海空港と市をつなぐリニアモーターカーだ!!
made in china  だから、寿命は保証されないだろう(笑)。

「にいに」はMP3!!
もうおもちゃよりも、こういうものが欲しくなる年代に突入したようだ。
もちろんmade in chinaのMP3だ(笑)


おじいちゃん、おばあちゃん来京 2005・12・22(木)
去年の12月でアップできなかった日記・・・その1

12月22日に私の両親が京都から遊びに来てくれた。
その日、京都は朝から大雪・・・。
関西国際空港へ着くまでの時間が通常の3倍ほどかかった。母はここ数年腰の調子が良くなく、ひどいときは腰椎が「圧迫骨折」をしていたこともあった。そんな状態で長時間同じ体勢で車に乗ることは絶対に避けなければならないことだったのに、北京に来るためにはどうしてもやらざるを得ないことであった。本当ならもう北京行きを中止しなければならない状態だったのだろうが、無理をしたために北京に着いてから、痛みは激しく動きも制限される状態になってしまった…。飛行機を合わせてトータルして約8時間も座っていなければならない状態は若い者でも辛いことである。

新たな圧迫骨折があったらどうしようかと本当に心配した。
こちらで整形外科でも受診し、レントゲンの結果、新たな骨折は無かったので安心した。その他、針治療やマッサージにも通った。約1週間は治療に費やしたような日々だった。針やマッサージは殆ど効果が無かったのだが、毎日無理をせずにゆっくりと過ごしていたらずいぶんとましにはなった。
北京に着いた直後は、母自身はとても弱気になり「もう旅行もこれが最後になるかもしれない…」と泣き言を言っていた…。そういう姿を見ていると私も辛くなり不安になった…。久しぶりに会う両親の老いを感じる時は、本当に胸が締め付けられる…。

母の腰の調子が少しよくなったので
「天壇公園」に行きました。


明けましておめでとうございます 2006・1・1(日)
2006年になった・・・。
今年のお正月は日本に帰国せず中国で過ごしている。

実は、クリスマス前から私の両親が遊びに来ていて、年末年始は上海・蘇州・杭州へと旅行に出かけていた。新年は蘇州で迎えた。おせち料理を作らず、食べず、旅行先で5日間も3食中華料理で過ごしたのは生まれて初めてのことだ。

私の母は北京に来る道中で腰の調子が悪くなり、上海行きも一時は危うい状態だったのだが、なんとか無事に旅行に行くことが出来た。楽しい旅行だった。

両親が帰国するまではまだ少し忙しくなりそうなので、旅行記はまた改めて綴りたいと思う。

まるでベニスのような蘇州の街並み


上海の外灘(バンド)


蘇州の「獅子林」にて・・・