もしかして私、、、
2006・5・29(月)
先日、外出してからマンションに戻ってきたときのこと・・・。
正門からマンションの敷地内にいつものように普通に歩いて入ろうとすると、門の前のガードマンに呼び止められ、こう言われた。

「あんたは、何号室で働いているんや? 家主さんはなんていう名前や?」と・・・。

ピンと来ない人もいるかもしれないので、一応説明をすると、、、
ガードマンは私のことを、「中国人のお手伝いさん」だと思い込んでいたのだ(爆)。

すかさず私は答えた
「私が家主や!」(笑)。
そのガードマンは、驚きを隠せないようだった(笑)。

以前にも道端で話していた中国人の叔父さんにひつこくこう言われた。
「どこからみても日本人には見えない。絶対に中国人やろ!」と(笑)。

日々中国人とばかり接しているから、雰囲気までも「日本人」離れしてきたかな…。
もしかして私、、、誰が見ても「中国人」にしか見えないのかもしれない(笑)。

きょうたんも、なんとなく「中国人」っぽいよね(笑)



今の悩み・・・「にいに」の巻き
2006・5・28(日)
昨日の日記で、「にいに」が中学生になっても小さなお友達と遊び呆けていることを綴った・・・。毎日楽しくは遊んでいるのだが、実は「にいに」になりに悩みがある。
それは「言葉」・・・。
実は、今「にいに」が遊んでいる各国の小学生は殆どが「インターナショナルスクール」に通っている。 だから会話は「英語」が殆ど。 中国の現地校に通っているお友達も英語が上手だ。、やはり中国人の子供たちのの「英語」の力は日本人の子供よりもはるかに優れている。(中国は英語教育に力を入れているから)

少し前に、「にいに」が急に言い出した。
「英語を習いに行きたい」。
理由を聞くと、インターのお友達と遊んでいるときに、英語が分からないことがあり、自分だけ取り残された気分になるらしい・・・。 
私と夫はある意味、喜んだ! こういう機会があれば、本人も頑張って勉強するだろうと思ったから…。 「今だっ!! 気の変わらないうちに出来るだけ早く!!」と、「にいに」を家の近所の英語教室に通わせることにした。

その英語教室は、週末に子供向けの英会話教室がある。
9割以上が中国人の小学生が通っていて、日本でもよく報道されている「週末の塾」というものだ。
一回の授業が3時間・・・・この時間の長さも日本では考えられない(笑)。 中国なので子供の送り迎えは必ず保護者がする。 だから、遠くから通っている人は子供の授業が終わるまで、空いた教室でず〜っと待っている。(私は歩いてすぐだから一旦家に帰っている)

実は、私はかなり前から、この英語教室が家の近くにあることを知っていて、問い合わせにも行っていた。 でもそのときは「にいに」にやる気もなかったので無理やり通わせることはしていなかった。 初めてその英語教室があることを知った時は、「にいに」の中国語のために通わせようと思っていた。 なぜなら、来ている生徒は殆どが中国人、、、先生も中国人で、英語と中国語を使って授業をするからだ。 
現在まで「にいに」は3回ほど授業を受けているが、とても楽しいそうだ。 中国人のお友達ももうすでに何人か出来ているようだし、 英語の授業のレベルも今の自分に適していて分かりやすいようだ。 ちなみに、「にいに」の受けているクラスは、だいたい小学校中学年くだいのレベル(笑)。 中国は本当に英語の教育に力を入れている。

ちなみに、この学校の授業料・・・
半年間、週に一回、一回3時間、全部で7000円ほど。 (←0が足りないということは無い(笑)。7千円だ(笑)) テキスト代なんて、テープ付きで3000円ほどだ(笑)。思わず笑いが出るほどの安さだ。

日本で英語を習わせるとなると、何十万円もする英語教材もあるし、それにネイティブの先生の授業料なんか非常に高い…。 
本来なら、私は英語圏のネイティブの先生に習うことが一番大切だと思っているが、今の「にいに」の先生は中国人…。
でも一つ言えることは、日本人の英語の発音よりも、中国人の英語の発音の方が断然に良い、ということだ。 (中国語の発音はかなり難しいので、中国人にとって英語の発音はそれほど難しくないから) 

もし、「勉強の時間」だけの英語が分からなければ、「にいに」はそれほど焦りもなかったかもしれないが、 やはり「遊びの時間」で英語が分からなければ、かなり辛いものがある(笑)。 今の私の中国語もそうだ・・・生活の中で中国語が使えないのはかなり損をする。  だから、やっぱり自然に「勉強をしなければならない」「勉強がしたい」と思えるような環境の中に入ることは本当に大切だと、今回の「にいに」の件で強く感じることができた。
あとは、本人がずっとやる気を持ち続けてくれることを願うだけだ(笑)

北京は最近雨がとても多いです。
でも雨が降ると空気が綺麗になるので嬉しいです。
昔は雨が嫌いだったのに、最近は好きになりました。
もうすでに「北京人」と化しているな(笑)



中学生になったのだけど・・・
2006・5・27(土)
4月に中学一年生になった「にいに」・・・。
でも、本人も家族も「にいに」が中学生になったということをまったく自覚できていない状態が続いている・・・。

その理由として、、、
1・小学校と中学校が同じ敷地で、本人も、そして毎日送り迎えをしている私も変化が無い。
2・制服が無い (でもこれは私は賛成。 私自身も中学のとき制服が無かったから)
3・クラブ活動が無いために(クラブに入っていないのではなく、放課後のクラブ活動が無い)帰宅時間が早い。
4・クラブ活動の在る無し以前に、2時40分、3時半下校の日がある・・・日本国内の中学校で2時40分に帰ってくる中学生なんておそらくいないであろう・・・。

こういう状況なので、「にいに」は未だに中学生になりきれていない・・・。
それなので、学校から帰ってきたら、毎日毎日外でお友達と遊び呆けている・・・。
友達は、アメリカ人、オーストラリア人、韓国人、中国人、、、、と様々。日本人は一人もいない。 でも、殆どが小学生だ(笑)。
普通の中学生なら、クラブ活動に入って、心身ともに鍛えるというに、、、今の「にいに」はそこから程遠いものがある(笑)・・・。これから先、どうなるのか心配だ。 


とうとう来たか・・・。
2006・5・26(金)
昨日あたりから北京市内のタクシーの運賃が値上がりになった。予定ではもっと先の事だったようだが、こんなに早く実現してしまった…。
今月末までにはすべてのタクシー運賃が値上がりになる…。

以前より、タクシーに乗ったときに話す運転手さんが必ずこの「値上がり」の話をしてくれた。石油の値上がりが一番の原因らしい。 でも、タクシーの運転手さん達はさらにこういっていた「値上がりをするとますます利用客が減る」・・・。

実際にそうだろうと私は思う。
北京市内のバスは本当に充実しているし、結構遠くても1元=15円で移動できる。一般市民はめったにタクシーなんて乗らない。 
タクシーを自由に使えるのは、相当お金持ちの中国人、それに日本人や韓国人、その他の国の駐在員家庭だけだろう…。
我が家も、週末に遊びに行くときは、できるだけバスに乗って移動をしている。
今回の値上がりで、我が家のタクシー使用率はますます減ることになるだろう・・・。

初乗り10元。(150円)
3キロ以上の加算が今までは「1.6元」だったのですが、
今後は「2元=30円」になっていまいます…。



火事だ〜〜!!
2006・5・22(月)
夕方、きょうたんが帰宅した後、マンション内で子供たちが遊んでいるのをベンチに座ってみていたときの事・・・。

子供たちが叫んだ。
「ちゃあちゃん!火事!!」と!!
マンションの9階のベランダから火が出ていた! 一緒におしゃべりをしていたお友達と一緒にガードマンに向かって叫んだ。「火事やで!火事!」 

その後、管理センターやメンテナンスの人々が、一斉に走ってその部屋に向かっていった。 中には、防炎マスクまで手に持っている人もいた(笑)。

ベランダの炎は、風が吹くと、天井まで届きそうで、見ていて本当に怖かった・・・。
大火事になるのではないかと本当に心配した。

だが、、、、
事の真相は、「バーベキュー」だった(爆)。
こんなところで「バーベキュー」ということだけでもビックリすることだが、管理センターの人たちの態度にも驚いた。
「焼肉だってさ・・・」。

どこまでその住民に注意をしているかよく分からないが、あの「しらけ」様は、「怒り」や「驚き」は全く含まれていないだろう(笑)。 
ちなみに、この火事騒動の犯人、、、中国人と白人だったそうだ・・・。



私の先生
2006・5・20(土)
私は今、中国語の学校には行っていない。
以前にも書いたと思うが、第一に「学費の節約」、第二に「今私に一番必要なことは沢山の中国人と話すことが必要だと思ったから」というのが理由である。

幸いにも私には中国人の友人がいるので、毎日絶対に中国語で会話する機会がある。子供たちが出かけてから帰ってくるまで、一言も日本語を話さない日も少なくない。
それに、今でも中国人のメル友たちは、私の中国語のメールを添削して送り返してくれている・・・。 本当に本当にありがたい話だ。

今日はそのメル友=私の先生二人を我が家に招いた。
一人は夫の大学の生徒さん、、、もう一人は、その生徒さんのお友達。
生徒さんのお友達とは、週に一回時間を作ってもらって会って話をしている。二人とも本当に親切だ。



夢の競演
2006・5・18(木)



市場で見かけた「ビニールスリッパ」
説明するまでもないが、まさに「夢の競演」!!(笑)
これは決して、ミッキーのスリッパにスヌーピーのシールを貼り付けたわけではなく、
もともとプリントされているものだ(笑)
日本では絶〜〜〜〜対に売れないだろう(笑)

ちなみに、、、、
スヌーピーの絵の下には「mouse」と書かれている。
一応遠慮はあるようで、「mikcy mouse」とはなっていない(笑)



三峡下り 四日目  〜宜昌から北京へ〜
2006・5・5(金)
昨夜は「閘門通過」のために深夜1時半まで起きていなければならなかった上に、今朝は起床時間が早い・・・かなり寝不足である(笑)。

もう終点=宜昌は目の前である・・・。
午前中は、「三峡ダム」を上陸して見学した。
 全長2km、高さ160メートル、世界第一だ。

昨夜通ってきた「閘門」を陸から眺めることができた。


「三峡ダム」の建築目的は、水と電力の供給のため、、、
でも、この国家プロジェクトには、地元の人々は殆ど反対していた(している)ようだ。
ダム完成までに100万〜120万人もの人が被害にあうとみられている。 実際、長江を下ってきて、川岸で素朴に生活している現地の家屋や畑、田んぼが沢山あった。 水没するところに住んでいる人には別の場所に新しい住居が提供される、と聞くが、でも、街ではなくほとんど孤立した状態の小さな部落に住む人たちにもその保障があるのかどうかは疑問である・・・。たぶん無いだろう…。


ダムから船に戻って、いよいよ最後、三つ目の渓谷=「三峡之西陵峡(せいりょうきょう)」を通過する。 以前は、このあたりは三峡の中で一番流れも激しかったようだが、ダムが建設されてからは流れが穏やかになったそうだ。
       

三つ目の渓谷=三峡之西陵峡(せいりょうきょう)が終わり、宜昌に到着し、この船の旅も終了した・・・。

長江で見かけた船をご紹介・・・

  カーフェリー

 地元の漁船

 中国人の遊覧船 

 高速船


仲良くなった従業員ともお別れし、午後1時半、宜昌で下船・・・。
宜昌からは北京行きの飛行機があるのだが、便数が少なくて午後8時にしかない。それまで時間があるので、事前に宜昌内を観光できるように車とガイドさんを手配していた。 ガイドさんは日本語はまったく出来ない(笑)。 ここでも中国語で勝負だ(笑)。
実は、宜昌には観光する場所が殆ど無い。 唐詩に登場する「三遊洞」、そして「中華チョウザメの研究所」くらいである(笑)。 「中華チョウザメ」はキャビアの親のチョウザメの一種で、昔から長江に生息しているらしい。 鮭と一緒で大海に出て、産卵の為に川の上流に戻ってくる性質がある。 だが、三峡ダムが建設されたために、中華チョウザメは川の上流に戻れなくなってしまった・・・。 そこで「中華チョウザメ研究所」で人工孵化させて「中華チョウザメ」を保護しているそうだ。

宜昌では観光する場所も他に無く、、、時間があまったので「お土産物やさん」に連れて行って欲しいとガイドさんに頼んだ。 「地元の人がいくような安いところ」と指定したにも関わらず、日本語が話せる店員がいるお土産物やさんに連れて行かれた(笑)。 成都でも、まったく同じことがあったのだが、 だいたい日本語が話せる従業員がいるお土産物やさんの値段は、普通の10倍〜20倍もする。 実際の値段を知っているのでバカらしくて買えない(笑)。 値切ることは出来るのだが、そんな非合法な値段をつけているし、疑いもせずに購入する日本人客も沢山いるのだから、いくら値切っても実際の値段にはならない。 成都でも宜昌でも、日本語を話す従業員がいるという時点で即効車に戻った(笑)。 大都市成都ならともかく、観光客が多くない宜昌にまで、あのような日本人対象のお土産物やさんがあることには、かなり驚いた。 日本人、、、本当にいい「カモ」だ・・・。

さてさて、、、
何回かこの日記に登場させているのだが、今回の旅行の予約は、旅費節約の為にインターネット上で自分で手配をしたものが多かった。 遊覧船もインターネットで手配をし、そのときの担当者(中国人)がとても親切な人だった。彼は日本語を勉強したことがあるようだが今はまったく日本語が話せない。 でも日本、そして日本人のことは大好きだと話されていた・・・。だから、手配をしている最中も、中国語がまだまだ十分でない私に頻繁にメールを書いてきてくださり、いろんなことを教えてくださった。  船に乗っているときも、携帯メールで「何も問題がないか?」などと我が家のことを気にかけてくれていた。 実は彼はこの宜昌に住んでいて、そこの旅行会社で勤めている。 遊覧船だけでなく宜昌の観光ガイドを手配してくれたのも彼である。 今まで本当にお世話になった人なのだから、一度実際に会って家族と一緒にお礼を言いたいとメールで彼に伝えたところ、 「遊覧船が到着するときに迎えに行きます!」 という返事をもらい、すごく楽しみにしていた。 だが、ちょうどその時間帯に重要な仕事が入ったようで、彼は波止場に来れなかった…。 残念だけど仕方ない、、、とあきらめていたのだが、 私たちが宜昌の観光が終わり、空港に送ってもらう途中で、彼から車内のガイドさんに連絡が入った。 「時間が出来たので、少しでも会いに行きます!」と!!  そして、 ようやく我が家全員彼と会うことが出来た!! 
驚くことに、、、、両手に持ちきれないほどの「お土産」もくださった。「あなたたちの旅行のお手伝いが出来て本当に良かったです」とも言われた・・・。 本当に本当に本当に心底心の優しい人で、、、、 この人と出会えたことは本当にラッキーだったと思った・・・。 乗船代金を電子送金するときに「騙されていないだろうか?」とかなり彼のことを疑ったことを深く反省する(笑)…。

ほんの数分であったが、彼と会えて、直接お礼が言えて本当に嬉しかった。
彼のお陰でこの旅行が成功した、、と言っても言い過ぎではないだろう・・・。

午後8時、宜昌から北京行きの飛行機で帰路・・・
自宅に着いたのは午後11時半だった。

母の長年の夢をかなえてあげることが出来て、本当に嬉しかったし、 私自身も「三峡下り」は想像以上に楽しいものであった…。
母は、「もうこれで死んでもいい・・・」なんて言っていたが、母もそして父も、まだしばらくは旅行にもいけるくらい元気だし、またどこかに連れて行くことになりそうだ(笑)。



三峡下り 三日目
2006・5・4(木)
三峡下りは、今日ここから本当の見せ場になっていく。
朝は、@三国志と李白などの詩で有名な「白帝城」。
その後は、A三峡のうちの二つの大渓谷を通過する。
その後は、B長江の北岸に位置する「土家族」の住む「神農渓」で小船に乗って川くだりをする。


ではまず「白帝城」。
劉備が臨終に際して後事を諸葛孔明に託した所で有名である。さらに、李白や杜甫などの詩人がここに登って数多い詩を読んでいる。特に李白「白帝城に発す」の詩は有名で、その碑もあるとして名の知られた所である。
 
白帝城の門


 

劉備が臨終に際して後事を諸葛孔明に託しているの図。
立っている諸葛孔明、「カメラ目線」です(笑)。

劉備はこの場所で死んだといわれている。だが、先日訪れた成都市内の「武侯祠」にも劉備のお墓がある。当時、どういう方法で劉備の遺体を運んだのか、、、というミステリーがあるようだ。





↑   白帝城から見える、第一の渓谷=「三峡之瞿塘峡(くとうきょう)」。 ここから偉大な渓谷の始まりだ。  ↓



父の膝が痛み始めた・・・
昨日の鬼城も、今日の白帝城も山の上にあり、リフトに乗って登ってはいるが、それでも歩く距離はかなり多かった…。
個人ツワーではなく、船の乗客と団体行動になるので、父の膝も気になるし、別の人に迷惑をかけないかと気になるし、、、、それに、ガイドさんの中国語を聞き取らないといけないし、、、、かなり疲れる旅だ(笑)。





2009年の三峡ダムの完成後、 この写真の175mのところまで水が増える。 今現在でも数十メートル水没している。











この「白帝城」も、2009年以後は山のふもとが水没し孤立した島になるそうだ。
←緑の部分だけが浮かぶような感じになるらしい。








船に戻り、さきほど白帝城から見えていた第一の渓谷=「三峡之瞿塘峡(くとうきょう)」を進み始めた。
 母が見たかった景色が次々と見えてくる。


       

お天気が快晴ではなく、少し霧もかかっていたので、景色が鮮明に見えなかったのだが、それもまた「水墨画」のようで綺麗だった。

     

第一の渓谷が過ぎ1時間ほど進むと、今度は第二の渓谷=「三峡之巫峡(ふきょう)」だ。
こんなに長くて険しい渓谷を目の当たりにし、中国は本当に大きくて偉大な所だと感じさせられた。


そして午後は、長江の北岸に位置する「土家族」の住む「神農渓」に行った。そこまで行くには小型遊覧船に乗り換え約一時間。小型遊覧船でしか入れないほど小さな渓谷を進んでいく・・・
         


「神農渓」に到着後「土家族」の船に乗って川くだりを体験した。
 「土家族」の船。もちろん「人力」である。

 船が浅瀬に来ると竿で漕げないので、竹で作ったロープで船を引っ張ります。 以前は、この人たち真っ裸だったそうです。

 水は底まで見えるように透き通っていて、
空気も「美味しい!」と感じるほど新鮮だった。 こんな大自然に触れたのは本当に久しぶりである。
原始的な舟、古色ある村落、トウチャ族の風情、質朴で自然、汚染のないのが「神農渓川下り」の魅力である。

夜は「ダンスパーティー」で、きょうたん大はしゃぎ! 大好きな綺麗なお姉さんと一緒に思いっきり踊った!!(笑)




今日も一日ハードスケジュールで疲れました、おやすみなさい、、、、、、と、言いたいところであるが、今夜11時には「大イベント」があるために寝れないのだ…。
それは、「三峡ダム」を越えるために「閘門(こうもん)」を通るのだ!!

「閘門」とは、簡単に言えば「水式エレベーター」のこと。
三峡ダムの高さは160m。 世界最大だ。
長江を三峡ダムで完全に区切ってしまうとすると、遊覧船や貨物船は全て、そのダムがあるために通り抜けれないことになる。 そこで必要なのが「閘門」。
         
分かりやすいので、この写真で説明しよう。
左の写真にダムが見える。その横に船の通る道が作ってある。
右の写真、、、、その船が通るところに設置されているのが、まさに「閘門(こうもん)」。
階段の様に5段階になっているのが分かるであろう…。その一段ごとに、前後を鉄の扉を閉めて一つの個室にし、水を少しずつ減らしては中にある船がエレベーターの様に下がっていく・・・。世界中に、この「閘門」があるダムはいくつかあるようだが、「閘門」は一つのみというところが殆どで、5段階になっている「閘門」は、この三峡ダムが唯一持っているものなので、世界最大となる。

私たちの船は、この「閘門」の第一ゲートに午後11時に到着した。 船内に放送案内が入り、甲板に出て見学することになった。 説明によると(これもやはり中国語です…)、第一ゲートを通り過ぎるのに約45分、5つのゲートを全て通り過ぎるのに約3時間かかるとか・・・。

真夜中に45分も待ち続けるのは苦痛であると感じたが、貴重な体験になることは間違いないので、頑張って待ち続けた。
しかし、、、待てど暮せど水かさも減らないし門も開かない・・・。 原因を聞きに行くとこういうことであった・・・一つのゲート(個室になる部分)には、約10席ほどの船が一度に入る。(豪華客船が二台横に、後に4〜5台は並べる長さなのだ)。 もし一隻ずつ閘門を起動させていたら、川で船の渋滞が起こるだろう(笑)。 だから、一気に入りきるだけの船がくるのを待たなければならず、、、、おまけに、雨が降り始めて、風も吹いたものだから水位に影響がでるとかで、雨と風がおさまるまでも待たなければならなかった。

結局、待つこと2時間・・・
午前一時に、後の扉が閉まり、一気に水位が20メートルほど下がった。本当にエレベーターに乗っているような感覚だった。
そして、前のゲートが開き、一つ目の「閘門」を通過することができた。
その後は、これを4回繰り返して進んでいくのだ…。 
説明によると、2009年のダムの完成までは、この「閘門」を通過するのは無料で、完成後は「使用料金」が必要になるようだ。
確かに、この「閘門」の技術は素晴らしいものだと感じたが、 昔なら簡単に通りすぎた距離を3時間以上もかけて通り抜けなければならない、、、、三峡ダムは環境破壊が問題視されていることだけしか知らなかったが、この時間のかかる「閘門」もダム建設反対原因の重要な一つだったようだ。



長江三峡下り。二日目
2006・5・3(水)




「三峡下り」船の旅は、長江を3泊4日で重慶から宜昌へと向かう。
少し話がそれるが、「長江」と「揚子江」は全く同じ川である。 日本でも新潟県の「信濃川」が長野県に入ると「千曲川」と呼び方が変わるように、「長江」と「揚子江」も土地によって呼び方が変わるそうである。 
話を戻し、「三峡下り」船の旅は、船はいろんな会社が企画をしていて、何十(百)種類もあるし、観光コースも様々だ。  我が家が利用したのは、主に外国人客を目的としている船なので、清潔面も安心だし、サービスも良い。 長江には遊覧船以外にも、一般市民が利用する船もあり、長江が海に注ぐ上海まで船で移動することはもちろん可能である。

昨日の深夜に出港すると思い込んでいたのだが、実は今朝6時に出港した。天候などの諸理由により予定は直前にならないとはっきりと分からないらしい。
 重慶での日の出。


 重慶を出港!! 周りの景色もまだまだ「普通」です(笑)。

船の中での過ごし方であるが、食事はもちろん船の中。レストランでの食事となり食事代も乗船料金に含まれている。
食事のほかは、何もやることがなく時間をもてあますのではないかと思っていたのだが、一日に一つは上陸して観光をする。 その他の空き時間には、船の中で、「東洋医学講座」「中国刺繍講座」「中国茶講座」「太極拳講座」などなど、いろんな講座が組み込まれている。 そして、一番の見所、、、「三峡」を通り過ぎていくときは甲板に出て景色を眺める。 こんなにやることが多いのでベットで寝ている時間なんてまったく無かった(笑)。

乗客であるが、2/3は白人。 1/3は中国人。 そして日本人は我が家6名と、あと2名=60歳のご夫婦、あわせて8名だった。ラッキー!!
船の従業員の中には日本語を話せる人は一人もいない。スケジュールの説明や諸注意は、中国語か英語で聞かなければならない。 そのご夫婦は中国語も英語も殆どダメだということで、中国語のレベルがこんなに低い私であるが、分かる範囲で助けてあげなければならなかった。

本日の上陸観光は、「豊都」の鬼城!!
重慶から長江を西へ百数キロ下っていったところにあり、「道教」で有名なようである。三峡ダム建造の影響でもうすでに街の一部が沈んでしまっている。人々は沈んだ部分の向こう岸に移動して生活をしているそうだ。
この「鬼城」は、「鬼」を祭っている。この寺院はひとつの山で「鬼城」という名で呼ばれているそうだ。
今日は船が「豊都」の波止場に着き、そこから「鬼城」まではバスで数分移動したのだが、2009年に三峡ダムが完成すると、私たちがバスで移動した道路周辺はすべて水没するので、船は鬼城の前に接岸できるようになるらしい。
この寺院は、「あの世」へ行く課程が体験できるようになっている。
三途の川を渡り、閻魔大王や神様にも会える。






三途の川を渡るには、この「思案橋」を渡る。奇数の歩数で渡りきらなければならない。
さらに、、、、、もし来世も今の伴侶と一緒になりたければ、手をつないで渡る。
さあ〜、私が夫と手をつないで橋を渡ったかは秘密(笑)。




  
         

    右の写真は「陶気」という鬼。 「陶気」とは中国語で「いたずらっ子」という意味。

船の乗客と団体で観光をするのだが、ガイドさんが中国語と英語の案内になるので、説明は殆ど聞き取れなかった(涙)。 やっぱり、「固有名詞」が出てくると、それを聞きとる段階で断念せざるを得ない(笑)。 でも、「集合場所」などの説明に変わると、今度は嘘の様に耳に音が入ってきて、ほとんど理解できる(笑)。 やっぱり語彙力の問題ですなあ(笑)。



重慶から乗船 (三峡下り一日目)
2006・5・2(火)
日記の前に、、、
実は、日記を更新している段階でハプニング出現!
なんと、、、PCのハードに入れいてたこの旅行の画像数百枚を全て消去してしまった、、、さらに最悪なことに、カメラの中のメディアにも一枚も残っていなかった・・・。
両親が日本に帰る前に、ビデオカメラで撮ったテープをデジタルに変換してDVDに焼く作業をしていたときに、いろいろとトラブルが生じ、そのときにうっかりと画像の入ったフォルダを消去してしまっていたのだ・・・。
それに気がついたときには、全身の血の気がひいて、体の力が抜けてしまった。 悲しすぎて涙も出ない、、、。この現実をすぐに受け入れることは出来ず、、、主人にも怖くて話す気にもなれない、、、呆然としている中、ふと「復元ファイルソフト」のことを思い出した。以前マックを使っていたときのノートンにその機能がついてた。一度も使ったことは無かったのだが、それさえあればなんとかなるかもしれない、と思った。 ネット検索して、市販のソフトを見ると、やっぱり高い、、、1万円ほどはする・・・でも、本当に大切な画像を取り戻すにはそれくらいのお金がかかっても仕方がないと思った・・・。 だが幸運にも、vectorのフリーソフトの中で「復元ソフト」を探し出せた!! 一か八かダウンロードして試してみたところ、、、、、

おお〜〜〜〜!!
捨てたはずの画像が出てくる!出てくる!!
感動して涙が出てきた(笑)。
しかし、微妙〜に復元できていない画像が数十枚あった。 でも数百枚のうちの数十枚なのだし、なによりもフリーソフトで復元しているのでお金がかかっていない!!
これで大満足だ!!
ああ〜本当に命拾いした・・・。 これでようやく日記の更新ができます(笑)


成都から小型飛行機に乗り30分、到着したところは「重慶」。
中国では工業で有名な都市である。 
成都市内はほとんど平地だったが、重慶は「坂の街」、だから自転車は少数だ。・・・長崎市内を思い出した。

重慶の空港には、船会社が手配してくれた運転手さんが無料で迎えに来てくれた。空港から波止場まで連れて行ってくれるのだ。 重慶からは「日本語ガイド」を雇っていないので、運転手さんも中国人で中国語しか話せない。 さあ〜、日本語ガイドがいない時間が続くぞ〜〜〜! 頑張らねばっ!!
その時すでに午後2時、、、、実はまだ昼食を食べていなかった。
波止場へ行く途中に、何か美味しいものを食べれるレストランに連れて行ってもらえないか?と頼むと、その運転手さんは快く連れて行ってくれた。
「重慶名物の火鍋」だ。 北京でもよく火鍋は食べに行くが、もともと「重慶」のものだと言われている。 鍋のスープの辛さは半端じゃない(笑)! でも美味しかった。
私たちの食事中も、運転手さんはずっと待っていてくれて、食後はお土産物やさんにまで連れて行ってくれた。 中国語での会話もまったく問題はなかった。

さあ、いよいよ、波止場に到着だ!!
船が見えてきた!

この遊覧船の予約は、旅費節約の為にインターネット上で自分で手配をした。 そのときの担当者が(後日の日記に登場)とても親切な人で、いろんなことを教えてくれた。 あまりに親切すぎて、騙されていないかと心配したほどだ(笑)。 銀行を使って代金を電子振込みするときは、かなり不安だった(笑)。 それに、波止場に行って船が無かったらどうしようかと、、、この風景を見るまでは少し不安だった(笑)。 しかし、実際に船はあった!(笑)。 ホッと一息である(笑)。

船に乗るまでの桟橋は、簡易的に作られたもので足場も悪い(笑)。
4人分の荷物が詰まって35キロもの重さのスーツケースを、桟橋の前にいたおじさんがひょい!と肩にかかえて桟橋をもうダッシュで進んでいった。
「サービスがいいなあ〜!」 なんて喜んでいると、、、、
船の入り口で、そのおじさんが私の顔を見つめて動こうとしない・・・。
「あっ!!!しまった!」
そう、、、そのおじさんは船の従業員ではなく、その桟橋で荷物を運んでお金を稼いでいる労働者だったのだ(笑)。 
おじさんは、「20元(300円)!」と言ってきた。
鞄からお金をごそごそ取り出して、おじさんにこう言った・・・「おじさん、ごめん! 今細かいお金が無くて10元(150円)しかないねん!」。 そして10元をおじさんに渡した。
「そんなん許さん!」と言われることを覚悟していたのだが、そのおじさんは、「わかった、わかった! ほなさいなら」 と言って10元だけ手に持って船から出て行った。
実は、私のお財布の中には細かいお金はあった(笑)。 だが、20元は請求しすぎだと感じたし、おじさんも同意無しに荷物を運んだので、10元で十分!! 「目には目を! 歯には歯を!」だ(笑)。

その後、私が乗船手続きをしているときに、こんな事実を「にいに」が目撃した!
その荷物持ちのおじさん、、、
別の白人男性にも同じ手口で商売をしていたとき、 船の入り口で白人男性に請求した金額は「30元(450円)」だったそうだ(笑)。 白人男性は30元は高すぎると交渉したらしいが、そのおじさんは同意せずに居座っていたそうだ(笑)。結局、その荷物持ちのおじさんは、船の従業員に「帰ってくれ!」と言われ、白人男性は25元(375円)だけをおじさんに払ったそうだ(笑)。
そのおじさん、私が値切ったぶん、白人男性から取り戻そうと思っていたにちがいない(笑)。

乗船手続きも無事に終了、、、
出港は夜の9時と聞いていたから、それまでは、重慶の市内に買い物がてら出かけた。もちろんガイドも運転手もいない。一般のタクシーを使って行動した。

重慶の波止場には、何十隻もの遊覧船が止まっている。

 工業の町なので、労働者がとても多く、屋台も多いし、果物売りもたくさんいる。 値段もとても安い!!




 甲板にて、、、重慶の夜景。

今夜は深夜に出発らしい。 
船の旅行の始まりだ。



成都三日目
2006・5・2(火)
今日の予定は、正午12時の飛行機で「重慶」に移動。
それまでの残った時間で、「パンダ研究所」に行った。

四川省はパンダでも有名な所。
成都市内には、動物園以外に、「パンダ研究所」が二つ存在する。 一つは成都市内から車で3時間ほどの山道を走ったところの「パンダ研究所」で、そこでは「パンダを抱っこできる」と、最近日本でも頻繁に宣伝をやっているようだ。
私たちは、時間も無いし、お年寄りには3時間の山道は不可能なので、もう一つの市内にある「パンダ研究所」に行った。

        

ガラス張りの向こうではないパンダが目の前にいる!!
う〜ん、かわいい〜!!

 こんな近くで見れます。


時間が合えば、パンダと写真を撮ることも出来る!!
ただし、、、お金がいる、、、一人400元=6000円だ(涙)。
ちなみに「赤ちゃんパンダを抱っこする」というパターンなら、1万8千円だとか、、、そんな大金払えるわけないっ!!(怒)。

一生に一度出来るかどうかわからないチャンスだったので、安いほうを選んで泣く泣くお金を支払って(笑)写真を撮りました。 
 

でも、、、このパンダ、なんでこんな汚いんっ!???
もっと綺麗なパンダと一緒に写真を撮らせてよ!! という感じだ(笑)。 ビニール手袋はパンダへの感染防止が目的であるが、反対にこちらが感染させられそうな汚さだ(笑)。 しかも、普通はパンダは横顔で写真を撮らせるようだ。 「にいに」のときは、たまたまパンダがこっちを向いたときだったのでラッキーだったのだが、 普通はきょうたんの写真の様に横顔。 こんなんだったら本物か偽物か分からない(怒)。
いわゆる「ボッタクリ」というやつだ(笑)。
でもまあ、そのお金でパンダの研究が進んでくれるのならそれで良し、としよう(笑)


 成都から重慶へ・・・ 小型飛行機で移動。

今夜はいよいよ「長江(揚子江)三峡下り」、遊覧船へ乗船だ!!

つづく、、、、



成都二日目
2006・5・1(月)
今日は成都市郊外にある「青城山」に行った。
ここは「道教」の総本山である。



     

「青城山」は、知り合いの中国人から勧められた場所であった。 山の遊歩道が綺麗で景色もいいと言われた。 「地球の歩き方」で調べると「ロープーウェイ」があると記載されていたので、80歳の父でも可能な場所だと思い込んでいた。
が、しかし、、、
実際に行ってみると、「ロープーウェイ」まで山道を30分ほど歩かなければならなかった。おまけに「ロープーウェイ」だと思っていたら「リフト」・・・。
80歳と75歳の母に乗り降りが出来るか不安であったが、従業員に助けてもらいながらなんとか乗り降りすることができた。
その「リフト」も、頂上までいけるわけではなく、リフトを降りたところから頂上までさらに1時間かかると言われ、、、、結局、夫だけが頂上まで行き、私たちは途中で待つことになった。 その後、みんなで無事下山できることになったが、次の日には父の膝が曲げれないほどの痛みが出てしまった…。

中国人は一般的に、山や公園をのんびりと歩くのが好きである。 とても時間をかけて歩く。 だから若くて、そういう感覚を好む人には「青城山」はとても良い場所だと思うが、年寄りにはふさわしくない場所であった・・・。

当然のことながら高齢の両親には山登りは不可能だと感じた反面、きょうちゃんの体力はますます向上していると感じた。 ほぼ一人で歩いたので感心だ! 「にいに」は暑さに弱く、忍耐力がないので、文句ばかり言っていた(笑)。



今夜は、四川料理の代表とも言える「麻婆豆腐」を食べた!!
本来なら「麻婆豆腐」で有名な専門店に行きたかったのだが、山登りで疲れていたので、宿泊先の近くの庶民的なレストランで食べた。
非常に残念なことに、、、、「まずい」・・・
そのレストランは人も多くて流行っていた。でも「まずい」・・・
ある意味、これが本場の「麻婆豆腐」かもしれない。 私が美味しいと感じるものは日本人向け、あるいは外国人向けににアレンジされているものなのだろう…。

ところで、、、
今回の旅行は、旅費を安くするために私が自分で予約を入れることが殆どだった。
成都で宿泊したホテルもインターネットで予約し、2人部屋にエキストラベットを入れる手配もしていた。 それがちゃんと通じているか不安だったのであるが、実際にエキストラベットを使用することができた!!  ああ〜ホッとした(笑)



成都一日目
2006・4・30(土)
今日から連休を利用して、日本から来ている両親と一緒に旅行に出かけた。
日本もゴールデンウィークであるが、中国でも5月の1日、2日、3日は「労働節」と呼ばれ大型連休となる。一般的な企業、学校は5日くらいの連休になるようだ。

今回の旅行は 北京から成都に行き二泊。 その後、母の長年の夢だった長江(揚子江)の三峡下りに行く予定だ。

成都は中国四川省。 歴史のある街である。
北京から飛行機で2時間半。 午後2時くらいに到着。

成都内では、日本語ガイドさんと車をチャーターし観光する。
北京よりも南ということで、成都市内はとても蒸し暑かった。

到着後、三国志の劉備を祭ってある「武侯祠」へ行った。


                
        劉備        

三国志が大好きな「にいに」にとっては興味深い場所でした。


夜は、「川劇(せんげき)」を観賞。
北京は「京劇」、四川省は「川劇」が有名。
「川劇」は、「京劇」と「雑技」を合わせたような感じで、子供も大人も楽しんで見れる。
  やはり三国志。


  火吹き  失敗したらもちろん大やけど(笑)


この「川劇」で一番見所と言えば、「変瞼(変面)」。 
@→A→B

写真のように、服で顔を覆い、再度顔を出すときにはお面が変わっている。時間をかけてやるのならなんてことないが、@→A→Bの所要時間は たったの
1秒ほどである。
それに、これを連続で何度も続けて何色ものお面を変え、最後は素顔になり、その後また面をかぶっている状態になったりする。 観客席に下りて、観客の目の前で疲労してくれるのだが、トリックがまったく考えらられない。 すばらしいエンターテイメントである!! 雑技よりも面白いと感じた!!