地震の影響なんですよ、奥さん!
2006・1・20
いつも更新が遅いこの日記、、、最近は特に次の更新まで大幅に日があいてしまっている。その理由は、12月の台湾の地震。
この地震で海底ケーブルが数本破損したらしく、中国からのインターネット海外アクセスがしにくい影響が出ているのだ。 
中国国内の電話会社は2社あり、そのうちの1社の地震の影響はひどく、実は我が家が使っている回線がその会社のもの…。お陰で、HPのアップだけでなく、インターネットは「電話回線」レベルよりもひどい状態。一番ひどいときだとメール受信もできないのである。
実は、前回アモイ旅行の日記をアップしたときには、すべての画像をアップし終わるのにまる一日かかった。ようやくアップしおわったかと思うと、自分の日記のページが見れない・・・。比較的つながりやすい時間に開くと、画像がすべて現れない。これは、ページをひらく速度が遅いからだと信じきっていたら、実は、アップしているときに問題がありすべての画像が完全にアップできていないということが数日前に分かった。
それから今まで3日間ほどかかりようやくすべての画像をアップできることが出来た…。 ふう〜、もう大変。 yahooでメール受信するのにも数時間かかることもあるんだから…。スカイプだって音声は割れるし、途中でプツリと切れることも多い。我が家は実家や姉たちとスカイプを使って無料で気兼ねなく話をしているので(笑)、これが使えないと本当に困る。

こんな思いをしている人たちは、もう一つの地震の影響が出ていない電話会社と契約しなおしていると聞いた。我が家もそうしたいところなのだが、大家さんに確認をとって今後の電話料金支払いの手続きをしてもらったり、おそらく銀行にもいかなければならないだろうし、、、考えるといろいろと面倒・・・だからもう少しこの一昔前のようなネットライフを送るつもりだ(笑)。 聞くところによると、1月末に復旧の見通しが立っているようだが、ここは中国、、、おそらく「プラス2週間」は覚悟しておかないといけない。

と、言うことで、おそらくこの日記もますます更新が遅くなると思います・・・
それと、アモイ旅行日記の画像がすべてアップできましたので、「完成後」をまた是非ごらんください(笑)。


きょうたんと私は「甘栗」が大好き。
北京では、その場で炒って売っている露店がある。
冷たくなった甘栗を売っている露店は多いのだが、
その場で炒っているところはそれほど数が多くないので、
結構、貴重な存在。
きょうたんの幼稚園の近くて、炒りたてをうっている
甘栗やさんが私のいきつけの場所だ。
値段は冷めた甘栗と同じ。
500g(一袋)8元〜10元(150円ほど)。




氷点下
2006・1・8
年末に雪が降った北京。
毎日氷点下が続いているので、雪はなかなか溶けない。そのうちに雪は氷の塊に変わってしまう(笑)。
今年の冬は、やはり去年の冬に比べて暖かいように思う。強風の日が少ないのだ。
その日の温度が氷点下かどうか体で判断できるようになった私。判断に使うものは「鼻」。 鼻の先がピリピリと感じると、絶対に氷点下(笑)。


今年のお正月も、おせち料理を作らずに終わってしまった…。
あまりにそっけないので、お雑煮だけはみんなで頂きました。
子どもたちはさすがに「京都人」!
白味噌のお雑煮が大好きです。



アモイ旅行
〜朝は暖かい海辺、夜は雪景色 の巻き〜
2006・1・1
遅ればせながら、、、、
皆様、明けましておめでとうございます! 本年もどうぞよろしくお願いいたします!
我が家は2007年のお正月を、暖かくて快晴のアモイで迎えました。みんな元気で新年を迎えることができたことを感謝し、今年も一日一日を大切にし楽しく過ごしていきたいと思います。


本日は午後2時の飛行機で北京に戻る予定。
午前中は、のんびりと海岸で過ごそうか、、、という計画を立てホテルもゆっくりとチェックアウト。

  元旦のせいか、浜辺はすごい人!

   海の水もそんなに冷たくない。これだったら、泳げないこともないな、、、と、何気に沖のほうを見ると、、、、

 やっぱりいたいた!泳いでいる中国人!(笑)

    
子どもたちが砂で作ったお山に、お父さんも出動してトンネル作り!

  完成〜!


さ、、、暖かくて、空気の綺麗なアモイとお別れして、北京に戻ろう。
2時間半のフライトの後、北京で目にした景色は、、、、
  なんと!雪景色!!
北京では滅多に雪は降らないのだが、年末2日間くらい雪が降り続いたようだ。


朝は暖かい浜辺で遊び、夜は雪景色、、、、
『中国って本当に広い!』 これが、この旅行の締めくくりになってしまった(笑)。


アモイ旅行
〜コロンス島の巻き〜
2006・12・31A
コロンス島内の様子。

建物はレンガ造りの西洋風のものが多い。

        


   


 島内車禁止なので 救急車は電気自動車です。

       

↑市場。魚は新鮮で安い!             ↑路地裏


英雄「鄭成功」の巨大な像。
この岩の上まで上ることもできるのだが、例のガイドのせいで、ここに行く時間が無くなってしまった…。
コロンス島から帰るのに港まで歩いているときに、
『鄭成功の像のある岩に登らなければ、コロンス島に来ていないのと同じ!』
と書かれている看板を目にした(笑)。 悔しいな(笑)。

日も暮れてきたので、コロンス島を後に・・・。
アモイの港の周りをぶらぶらと歩いて、お茶屋さんへ…。 そう!アモイは福建省! 福建省はウーロン茶、特に鉄観音茶の産地!
中国全土どこにでもあるようなお茶屋さんに行っては意味がないので、まさしく地元の個人経営のお茶屋さんを探してさまよった。 なかなか思ったようなお茶屋さんが見つからなかったのだが、ようやく発見! 店主は「いかりや長助」似の気立ての良いおじさんで、良質のお茶を安くゲットできたっ!

 コロンス島の夜景を見てホテルに戻り、、、

2006年ともお別れ、、、
2007年を迎えるときは、疲れて熟睡(笑)。



アモイ旅行
〜油断したっっ!の巻き〜
2006・12・31@
アモイの一番の観光スポットと言えば、コロンス島であろう。
アモイ自体も、大陸との距離が2キロ弱の1つの島になるのだが、そのアモイ島の傍にフェリーで3分で着く小さな島があり、それがコロンス島である。

*コロンス島についての簡単な説明。
「コロンス島は1902年共同租界地に定められ、各国領事館、商社、学校、寺院が建設され、また華僑の住宅や別荘も多く、現在は旧日本領事館をはじめとする1900年代の建築物が多く残る地域で華僑博物館、日光岩、寂荘花園などの観光名所が数多く点在している。また、コロンス島には一台の車もなく美しい島で環境にやさしい場所である。」

今日は一日かけてコロンス島を探索する予定ででかけた。
ホテルからタクシーをひろい、運転手さんに「港まで行って」と告げた。
アモイの人々はもともとは「ビンナン語」という方言を話す。だが多くの人が「普通話(標準語)」を話せる(もちろん、なまりはあるが…)。 だからアモイでも、私の中国語は使える。

その運転手さんは、「コロンス島に行くのか? それだったらお勧めの遊覧船がある」と言ってきた。
聞くと、コロンス島に直接行く前に、大きな遊覧船に乗って、アモイ周辺の海を見物する。そのツワーの目玉商品は「台湾」が見れる。ということだった。
料金は、大人一人120元(2000円弱)。 それには、コロンス島へわたる船代も含み、さらに、コロンス島内の観光スポットの見物料金もすべて含んでいるという。遊覧船の所要時間は1時間半。

この内容なら、結構お得だと感じて、その遊覧船に乗ることにした。
運転手さんは、その遊覧船の切符売り場まで私たちを連れて行った。切符売り場の前には、運転手さんが話していたとおりに、船代が120元と書いてあった。
そこまでのタクシー代は、17元だった。だから私が20元を渡すと、5元のおつりが返っていた。
「運転手さん、おつりが多いよ」というと、
「ああ、もういいよ!とっとけ」と運転手さん・・・・
この瞬間、「かなり怪しい」と感じた私。 だって、タクシー運転手が運賃をまけることなんて普通考えられないから…。
ま、おそらく、この遊覧船を紹介したから、遊覧船の会社から紹介料金でももらっているのだろうな…と思った。

私たちが遊覧船の切符を買ったら、運転手さんは今度は「ガイドはいらんか?」と言ってきた。横に、年のころ20歳くらいの可愛いお姉さんが立っていた。
コロンス島は小さいし自分たちで十分に観光できる。中国語も日常会話なら問題ない。しかも、ガイドさんは日本語は話せない。 必要ないな、、、と思ったときに、「一日20元(300円ちょっと)」と言ってきた。 安いし、中国語の勉強にもなるし、いないよりいたほうが便利かと思ったので、結局ガイドをお願いすることにした。
運転手さんとはそこで別れ、そのかわいいガイドさんと一緒に行動することになった。

     
遊覧船に乗りアモイの景色を楽しんだ。 フェリーから見えた空。とても綺麗!

地元の漁船
  

                      甲板は風が強くてとても寒かったです!


しばらくして、船内放送で「台湾が見えます」と流れた。
本当の台湾島、だと思いきや、前日訪れた砲台からも見えた「台湾領土」の「金門島」が目の前にあるだけ、、、、確かに「台湾」は「台湾」であるが、「台湾島」ではなかった。チックショ〜(もうこれって死語?)
 ← これが金門島です。孫文の唱えた「三民主義」が大きく表示されていました。

*金門島の説明
「1949年に国民党が率いる中華民国政府は台湾に逃れたが、金門島はその後も台湾側に実効支配された。その後、金門島は大陸の沖合い数キロメートルの位置にあるため、軍事対立の最前線となった。特に1958年8月23日に始まり、44日間続いた「八二三砲撃戦」では、金門島に大陸側から47万発の砲弾が打ち込まれた。その後も1978年まで、月・水・金曜日には大陸側からの砲撃を受け、着弾数は50万発以上に達したとされる。金門島ではこの砲弾の殻が包丁の材料として使われるようになり、次第に島の特産品として有名になった。」

砲弾の殻で包丁を作って売る、という発想が中国らしくていい(笑)。
遊覧船の中で、船員たちは「パーティーを始める」と乗客を呼び寄せ、アモイや金門の特産物を売りはじめた。もちろん「包丁」もあった(笑)。
「どこがパーティやねん!ただのお土産販売タイムやん!」と突っ込みを入れたくなったとき、どこの国の踊りかもわからないような踊りを取ってつけたように見せつけられ(笑)、そのパーティー?が終わった。踊っていた人は船員のお姉さんだった(笑)。 以前の「三峡くだり」の船員もそうだったが、船員も踊れないといけないのが中国だ!

1時間半を無駄にしたなあ、、、さ、コロンス島を楽しもう! と気持ちを新たに再スタート!
でも、再度私たちの気持ちが曇り始めた・・・
 ← コロンス島の港にて


コロンス島内の観光スポットの見物料金が遊覧船代に含まれている、というタクシー運転手の話は、真っ赤な嘘だったのだ!
どこの観光スポットも料金が必要。
それに、ガイドさんが連れて行く観光スポットの横には必ず「お土産屋さん」があり、ガイドさんはその店にも連れて行く。売っているものの質は悪く、料金も高い。
今までの旅行でも、日本語が話せるガイドさんにさえもやはりこういうところに連れて行かれたことがあった。連れて行かれても、「本当の料金」を理解している私たちは馬鹿らしくて絶対に買えない(笑)。
今回、一軒目に連れて行かれたお店で何も買わなかったときは、そのガイドさんは「いいですよ。いいですよ」と笑顔で受け答えていた。
二軒目に連れて行かれたお茶屋さんでも何も買わなかったときは、そのガイドさんは引きつった笑顔で「・・・いいですよ」と答えていた(笑)。
三軒目に連れて行かれたお店で何も買わなかったときは、「なんで、あんたら買わへんの? 特産物は買って帰るべきやで!」と、怒り口調で言ってきた。
私は、「私らは遊びにアモイに来た。買い物に来たんじゃない」と言うと、彼女はムスっとして淡々と一人で歩き出した。そして、「次はどこにいくの!」とか、次の観光スポットの前を通ると「ここは行くの、行かへんの?」と口調はきつい。もちろん笑顔も無い。

結局、こういうことだ・・・そのガイドさんが連れて行くお客さんがお店で買い物をすると、ガイドさんはそのお店から紹介料金をもらえる、ということなのだ。
だから、ガイド料が一日20元でいいということだったのだ。

彼女は最初に、「今日は夜何時なってもいいですよ。時間のことはまったく気にしないで」なんて言ったけど、私たちが買い物さえすれば、彼女の稼ぎは相当わりの良いものになったのだろう…。 日本人だからお金もあるしたくさん買い物をするだろうと、彼女は予測していたに違いない。 でも日本人すべてがお金持ちではないのだ(笑)。

結局、私たちは3時ごろに彼女に20元のみをはらって帰らせた。
別れるときは、彼女は「再見」の一言も無し。ブス〜〜〜〜っとしてドスドスと怒りながら帰っていったとさ…。

それにしても、あの運転手に出会ったことは運が悪かった。
ここで「だまされた」と書いてしまえば、「やっぱり中国人は人をだますんだ」なんて思う日本人がいるはずなので、あえて弁解をしておくと、日本人でも悪質な詐欺師はいる。中国人も同じだ。良い人もいれば悪い人もいる。
今回こういう結果になったのは、その運転手が悪いということよりも、やはり私たちに非があったからだ。私たちはタクシー運転手のことを信じすぎていた。遊覧船のチケット売り場の人に、料金に含まれているものを再度確認するべきだった。確実に油断しすぎていた。
それに、タクシーのレシートをもらっていなかったという事。私はタクシーに乗るときは必ずレシートをもらう。忘れ物があったときのためや、悪徳運転手だったときに役に立つだから・・・。だが、このときはもらっていなかった・・・運賃をおまけすると言われ、頭の中で探りを入れていたので忘れてしまっていたのだ・・・。もらっていないときほど、こんなことが起こるものだ・・・。
それに、ガイドはいらない、ということも痛感させられた。
もしガイドを頼むのなら、最初に「買い物はしないけどそれでもいいのか?」ということを確認しなければならない。
でも、中国人でもこういったガイドたちにだまされる事が多いらしいので、日本人の私たちがだまされることはおかしいことではない。 旅行が終わってから中国人の友人にこの話をすると、ガイドが連れて行くお店で、「好きでだまされて」商品を買う中国人は多いらしい。「そういうものだ」と思っているようだ。

一つ言えることは、私たちは余分なお金は払っていない、ということだ。
遊覧船は確かにショボかったが(笑)、いらない買い物もしていなし、お金をだまされたわけではない。 時間を無駄遣いしただけで済んだので「不幸中の幸い」だろう。

ガイドが去っていったときにはもうすでに午後3時だった、暗くなるまでの限られた時間、自分たちでコロンス島内を歩いた。 つづく・・・。

 フェリーから見えるコロンス島


アモイ旅行
〜健康って有難いね!の巻き〜
2006・12・30
まず、アモイについて簡単な説明。
「アモイは、中国福建省の南東部、台湾の対岸に位置し、九龍江の河口にあり、港湾都市、海港風景都市として有名です。港町として発展してきた町で、人口は約150万人、アモイ島市街地には約100万人が生活しています。
 アモイの総面積は約1500平方キロで、その内アモイ島は約130平方キロであり、大陸との間は長さ約500メートルの2本の橋で結ばれています。
 アモイには3000年前からビンナン族が住んでおり、ビンナン語を話す人も多く、中国語では「厦門」と書き「シャーメン」と発音しますが、ビンナン語だと「アモイ」と聞こえるためこの呼び名が生まれました。
 唐代中期には「新城」と呼ばれ、明初期に初代皇帝「朱元璋」により「厦門城」が創建され、以降「厦門」と呼ばれています。また、アモイといえば明代末から清代初期の英雄「鄭成功」が有名です。
また、アモイは1980年代に中国に6ヶ所ある経済特区の一つに指定され、外資系企業が数多く進出しております。日本企業の進出も多く、毎年9月には海外投資博覧会も開催されます。」


平熱になった「にいに」。食欲も出てすっかり回復した様子である。 でも、再度熱が出たりしてはいけないので、今日の午前中だけでもホテルで寝ることをすすめた。家族に迷惑をかけたことを自覚してか、素直に「そうする」と同意したものの、すごく落ち込んでいる様子…。
今回の旅行は、いつものように年老いた私の両親もいないので、ガイドさんと車はまったく手配していなかった。だから、自分たちで好きなように行動できるような状態だった。
「にいに」に、「歩いて観光できる?」と聞くと、「絶対できる!もうぜんぜんしんどくない!」と言い切る。 
それだったら、あまり歩いたりせずに疲れないところにみんなで行こうか、ということにした。「にいに」は大喜び(笑)。

まず訪れたのは「華僑博物館」


    
日本でも、横浜、神戸、長崎と中華街があり、たくさんの華僑の人がいるが、世界中の華僑の数は恐ろしいほど多い(笑)。カナダ、アメリカ、シンガポールの華僑が多いようだ。 以前、聞いた話によると、欧米に行った華僑たちは、顔は「黄色い」が中身は「白人=白」。環境というものは恐ろしく、華僑たちは住んでいる国の習慣、思想が身につくようだ。 だから、中国に住んでいる中国人たちは、欧米に住む華僑たちのことを「バナナ」と呼ぶそうだ(外は黄色、中は白)。
こういう話を聞くと、私も習慣や思想は「中国」に染まりつつあるだろう(笑)。

一般的に言うと、博物館という場所は子どもにはあまり楽しめない場所だ。「にいに」も今まではそれほど「楽しい」と思っていなかった(できの悪い子ですので…(笑))。
でも今日は違った! 博物館では大ハッスル! すべて見終えて出てきたときに言った言葉は、、、「あ〜楽しかった!」と満点の笑顔。
「中学生になってようやく大人と同じように物事に関心を持つようになったか」と一瞬思ったのだが、この考えは間違い。 病気したあとの博物館が楽しかっただけだろう(笑)。
日ごろ丈夫な「にいに」、、、たまには病気になって健康のありがたみを感じることは必要なのだと実感!


つぎはここ・・・

ここの砲台は1891年(清の光緒17年)から建造が始まり、5年の歳月をかけてやっと完成したものらしい。
   

アモイは本当に暖かい。
北京のような厚手のジャケットはまったく必要ない。春物のコートで十分。日が差せば、薄手のコートも必要なく、セーター一枚で歩ける。日本の4月初旬くらいの気候だ。

    
砲台からの眺め。台湾の領土になる金門島が見える。

 ここの砲台には変なオブジェがたくさんあった。
代表はコレ↑ 題して「しめじとワニ」(笑)



お昼ごはんを食べるために、タクシーで移動。
アモイ内の道路わきにはたくさんのやしの木!ほんと、南国!


レストラン近くの浜辺で・・・
     

「にいに」の体調のことを考えて、午後3時ごろからはホテルでお昼寝。
ホテルまでは、タクシーに乗らず一般市民の足、バスで戻った。
 ← ホテルまで一時間ほどかかったので、すでに「お眠りモード」

中国国内の旅行先でバスに乗ったのはアモイが初めて。
「いや〜大将、馴染むもんだね〜」 by はねとび回転すしのカジガラス



アモイに来る前、私が一番楽しみにしていたのは、「海鮮料理」!
アモイに滞在中は何度か海鮮レストランに行った! タクシーの運転手さんにお勧めのお店を聞いて連れて行ってもらった。

北京でも日本でもそんなに珍しくないと思うが、
海鮮レストランでは水槽で生きている海鮮を自分たちで選び、それを調理してもらうのだ。


 →   
貝の名前がなんというか分からないのだが、殻が無地のベージュ色で、身が縞模様という珍しい貝。食感はアワビのようですごくおいしかった

  → 
アモイ蟹。 「生姜と葱炒め」という料理法で頂いた。きょうたんと私が「蟹好き」なので二人でほとんどたべてしまった(笑)。
   
  生の海老を茹でたもの。

ここから、番外編!

かえる。もちろん食用だ。
なんで、こんなにきっちりと収まってジッとしているのか不思議。
以前、蘇州でかえる料理を食べたが、鶏のささみをもっとやわらかくした感じですごくおいしかった。今回は、この光景に圧倒されてパス(笑)。さすがの私も、コレを見て「わあ〜、おいしそう〜!」とは思わない。私もまだまだだなあ〜(笑)。


ゴキブリ? いや水の中にいるから違う。
ゲンゴロウ? いったい何だか分からない。 店員さんに質問するのを忘れるほどビックリした(笑)。いったいどうやって食べるのだろう?



アモイ旅行
〜アモイで受診の巻き〜
2006・12・29A
アモイに向けて飛んでいる飛行機の中で、「にいに」の熱は39度まで上がった。
それまでは結構元気だったのに、さすがに辛そうだ・・・。
「もしかしたらオーストラリア人の医師が言ったとおりに本当にインフルエンザなのかもしれない・・・」と再度、お先真っ暗、という感じにになった・・・。
アモイに着いたら、とにかく病院に連れて行くことにしようと思った。

アモイに到着。
今回の旅行はガイドさんや車を手配していないので、タクシーで病院に行った。
北京で保険会社に問い合わせをしたときに、「アモイ市内では保険会社と直接提携した病院が無いので、こちらから電話で予約をいれます」と言われた。アモイ空港から北京の保険会社の窓口に再度連絡し、保険会社が病院を指定して予約をしてくれた。
その指定された病院に行くと、なんと、「国際医療部」という外国人専用の窓口が無い!もちろん日本人医師もいない! そこには、中国人が使う普通の窓口しかないし、まわりは、中国人の急患ばかり。
他の病院に行くとなると、さらに「にいに」を疲れさせるだけ・・・。風邪程度の診察なら中国語で受けれるので、結局そこで受診することにした。

医師はもちろん中国人。
「どうしたの?」の質問から始まり、聴診、打診、喉をチェック、そして中医特有の「脈診」!
その後医師の言ったことは、
「これはインフルエンザでは無いね」
「インフルエンザの症状は無い」

ええ〜〜! やっぱりそうなんかっっ!
「でも、インフルエンザだったら今タミフルを飲めば楽になるし、、、」と、
インフルエンザ検査をしてもらった。
検査結果がすぐ出ると思いきや、結果は明日の昼だとか・・・。 もちろん「タミフルも出せない、必要ない!」と・・・。なんのために病院に来たんだか・・・。
「抗生剤と消炎剤を出します。 検査結果がプラスだったら携帯電話に連絡する」と医師は言った。

ホテルに戻って食事を済ませ、
アモイ病院でもらった薬を飲んで「にいに」を寝かせた。

夜中は熱が7度代まで下がっていた。そのときはもう解熱剤は飲ませていなかった。

夜が明けて、、、、
「にいに」は「ああ〜、よく寝た〜!」と、昨日の表情とはまったく別人。
熱を測った結果、、、、
なんと、6度代の平熱に・・・。そして「おなか減った」と・・・(笑)。

その後病院から連絡もなく、結局、「にいに」はインフルエンザではなかった。
それにしても、オーストラリア人の医師、、、、これって明らかに「誤診」だ(笑)。

結局、オーストラリア人医師に言われたように6時間ごとに解熱剤を飲ませていたこと、そして、飛行機の待ち時間や道中の疲労で「にいに」の熱が上がったと言えるだろう。
解熱剤の乱用は本当にいけません! もう1つ言えば、熱があるときに無茶をしてはいけません(笑)。
でもとにかく、無事にアモイに着けてよかった。

つづく、、、、




アモイ旅行
〜さあ出発!なんだけど・・・の巻き〜
2006・12・29@
2006.12.29から中国南部のアモイに旅行に行ってきた。
久しぶりの旅行に家族全員張り切っていたのだが、出発の前日、「にいに」が終業式を終えて家に戻ってきたら「気分が悪い」とグッタリとし始めた。

熱を測ったら37.5度。
クラスでインフルエンザになっている子がいるというので、ガ〜〜〜〜ン、、、という感じだ(笑)。明日からの旅行をキャンセルしなければならないということを覚悟しなければならなかった・・・。
聞くと「朝から体がだるかった」というので、もしインフルエンザであればタミフルを使えば明日には解熱するので、すぐに北京市内のインターナショナルクリニックへ行った。

今日は日本人の医師が不在で、オーストラリア人の医師の診察だった。
インフルエンザの検査をして欲しいと伝え、その結果をドキドキしながら待った。
結果は「マイナス」。
「ああ〜!旅行はあきらめずに済むかもしれない!」と希望が見えてきたときに医師がこう言った。
「検査結果は確実ではない。検査をする時期が早すぎたようだ。僕は『絶対にインフルエンザだと思う』。明日からの旅行は行ってはいけない。検査結果がプラスではないのでタミフルももちろん出せない。インフルエンザなので抗生剤も必要ない。解熱剤だけ飲みなさい」

ガガガガガ、、、、ン!
朝から体がだるい、という症状があるというのに、そのときの検査が早すぎて結果が間違っているとは思えない。それに、インフルエンザにしては元気だし、その医師が何を根拠にインフルエンザだと言い切ったのか私には理解できなかった。 しかし、絶対にインフルエンザではないとは言い切れない・・・。さあ、明日からの旅行はどうしたものか・・・。

普段私は「解熱剤」というものはほとんど使わない。病気の治りを遅らせるからだ。
だが、明日の旅行のことを考えて、もらってきた解熱剤を医師の処方どおりに6時間ごとに飲ませて、熱の下がり方を観察した。
解熱剤はよく効き、一回飲むと平熱になった。 これってインフルエンザじゃないよな・・・と、やっぱり医師の言った事を信じ切れない・・・。 でも念のために、マスク着用、加湿器をガンガン使い、解熱剤が効いているときには、栄養価満点のお手製チキンスープをたくさん「にいに」に飲ませた。

一夜明けて、、、、
フライトの予定は午前10時半。
「にいに」の熱は、解熱剤を使って38度・・・。
やっぱりインフルエンザか?
飛行機のチケットのキャンセル料がどれくらい必要か調べたりして朝からバタバタ・・・。 でも「にいに」は比較的元気。 「おそらく行けるよな・・・とにかくアモイに着けばホテルで寝れるし・・・」
でもでも、「もしインフルエンザだったら、旅先できょうたんや私や夫に感染する可能性大」。 それを覚悟で出発できるか・・・?

そうとう悩んだ末、
「にいに」の意見を尊重し、行くことにした。
行くとなれば、アモイの病院を事前にチェックしなければならない。 加入している保険会社に電話して(北京の窓口)、アモイの病院を調べてもらった。

そうこうしているうちに時間はどんどん過ぎていき、、、
9時半に家を出発。
空港に着いたのはフライト20分前の10時10分!!
「なんとかギリギリ間に合った〜!」と安心したのは私と夫だけ(笑)。
チェックインのカウンターで、「預かり荷物を飛行機まで運ぶトラックが出てしまったので、もう間に合わない。あなたたちだけ乗るのなら間に合うけど、その大きなスーツケースは機内に持ち込めない・・・」と言われ、
「そこを何とか・・・!(お代官様〜!という感じ)」と交渉したが結局駄目。
「これは神様が「旅行はやめとけ!」と言っている証拠なのかな・・・?さ、家に帰るか・・・」と、諦めかけたときに、「午後2時の飛行機と変更はできるよ」と、受付のお姉さんが言ってきた。
再度、家族で相談して、結局また「行こう!行ってみよう!」という結論が出た(笑)。

次のフライトまで3時間待ち。
熱のある「にいに」が少しでも楽に過ごせるように、大きなソファーのある休憩室を利用した。

午後2時。
アモイに向けて出発。
「にいに」の熱は38.5度が最高だった。
つづく、、、、

アモイ航空の機内食。
飲茶セットです。
どれもすごくおいしかった!



飛行機内では、他の人に感染させないように
厚めのマスクを着用。
運良く、後部座席で席が結構空いて
周りに人がほとんどいなかった。