私はこの日記で、中国人はとてもフレンドリーで優しい、ということを書いてきたと思う。 「国ではなく人」という事実が根底にあり、どこの国でも悪い人はいるし、いい人もいる。中国人でも悪い人はいるが、しかし、全体的に言える事は中国人はほんとうにフレンドリーだ。 それが強くなると「おせっかい」になるのだが(笑)…。子供とお年寄りにはとても親切だし(バスの座席も譲る)、 困った人には力になってあげようとする。 私も、北京で過ごして以来、日本人よりも中国人に助けてもらったことの方が多い。
ちょっと話がそれるが、先日バスの中でこんな出来事があった。
もうすぐ目的地のバス停に着く、というときに、私はすぐに降りれるようにきょうたんを連れて後部座席からバスの扉のところまで移動してきた。バスの運転は荒いので、きょうたんがちょっとふらついた。 横に立っていた年のころ13歳くらいの女の子がきょうたんの手をつないで自分の体のほうに寄せてこういった「ぼく、揺れるからあぶないよ、しっかり持ってね」。きょうたんは、その女の子にしっかり抱えてもらったままバス停に着いた。バスの扉が開き、その女の子はきょうたんの手をつないで階段も下ろしてくれた。 その後、女の子は「じゃあね、バイバイ!」といって去っていった。
一般的に、中学生といえば多感で、他者との交流もなかなかうまくできない年齢だ。しかし、その女の子はまったく違っていた。 ちょっとしたことかもしれないが、でも私はかなり感動した。
今の日本人の中学生の女の子、そして大人でさえも、その子と同じ行動を取れる人はどのくらいいるだろう? きょうたんが赤ちゃんのときに抱っこして大荷物を持って御堂筋線に乗ったときに、誰も席を譲ってはくれなかったし、 義理の兄も足を骨折して松葉杖で地下鉄にのったときも、誰も席を譲ってくれなかったということもあった。
関口さんが、HPでこう綴っておられる。
『 中国を旅してみて、何が有ったかは視聴者も皆知っています。素朴な人に出会った。おじいちゃんおばあちゃんがいい感じだった。子供が可愛かった。中国らしい絶景があった。中華料理が色々あった。お茶が美味しかった。素敵な少数民族の村落があった。 ところが、何が無かったかとなると、それは見ているだけではわからない。しかし実は、この“無かったもの”の方が大切であり、驚きであり、事件だった。この旅は、そういう旅でした。
例えば、僕たち日本人は、自分に謙虚で他人にやさしいことが良いことだという価値観があるので、自慢は嫌い。それでも自慢したい人は、「大したものではありませんが」とか、「つまらないものですが」と、逆の意味の言葉を前置きしたりする。
ところが聞いている側は、それでも「この人自慢してるな」とわかっちゃうので、その場は当たり障りなく応対し、後で他の人に悪口を言う。それでは結局仲良くなれないし、謙虚さの意味も主客転倒なんだけど、我々の日常には頻繁に起きていることです。 実は中国の人々には、そういう下らない心理ゲームは無い。変な自慢もなければ、他人に謙虚さを要求する気持ちも無い。この“無い”を発見するのが、実に大変なんです。まさか無いわけが無いと思い込んでいるからです。でも本当に無い。
変な言い方だけど、中国を旅してみると、実に色々なものが“無い”。中国5000年の歴史を自慢げに語る人が何人いたでしょうか。0です。何かの専門家でも無い限り、知識をひけらかそうとする人が何人いたでしょうか。0です。僕が中国語を喋れない外国人だとわかった瞬間に話しかけるのをやめた人が何人いたでしょうか。0です。きっと生活は大変だろうに、他人の幸せを僻む人が何人いたでしょうか。0です。長時間混雑する硬座に座っているというのに、話してみて笑顔の無い人が何人いたでしょうか。0です。何かをしてくれた後に、恩着せがましく見返りを求める人が何人いたでしょうか。0です。
0なのです。無いのです。それがわかった時、中国の人々が投げかけて来る友情に、心から愛おしさを覚え、見習いたくなることがたくさん出て来る。実はそこが、この旅のもう一つのゴールでした。その道のりは、我々自身の色々な価値観が起こす様々な錯覚を、一つ一つ取り払ってゆく道のりだったのです。
そしてそのゴールは確かに、この旅のテーマ音楽の題名そのもの、“光あるもの”でした。中国というと、我々の日本に比べて何もかもが巨大な気がしてしまうけれど、いざ旅をしてみれば、そこにはただ出会いを喜んでくれる人々がいただけでした。その彼らの素朴な気持ちは、素朴という言葉も正確ではないと思えるほど、温もりのあるものでした。。生きることに真正面から向き合っている彼らだからこその温もりでした。
“光あるもの”とは、その温もりへの愛おしさのことだったのです。』
関口さんは、某新聞のインタビューの中で、『この旅を始める前は、中国人から「日本人」だということで石でも投げられることもあるんじゃないか、と心配したこともあったが、現実はまったくそうではなかった』と、話されていた。 私も北京に来る前は、こんなことを考えていたものだ(笑)・・・でも、やはり現実はまったく逆。
貧しさからゆえ人を騙したり、ということも実際にはあるが、でも基本的にフレンドリーで裏表がなく、一生懸命に生きている素朴な人たちが多いのだ。
関口知宏の中国鉄道大紀行 公式サイト
|