★ 卒業製作時計とは? ★

1999年8月発行の日経BP社出版 「ヴィンテージ・ウォッチ・4th」の巻末に
時計レポーターの名畑氏の取材による”純粋時計への憧憬”という記事があります。
これはスイスの時計学校の生徒が卒業製作で作る時計についての実に興味深いレポートでした。

卒業製作時計とは、時計学校の生徒が卒業時に学校で学んだ技術の結晶として作る
完全手作りの時計の事を言います。

名畑氏のレポートによると、1950年代頃までの卒業製作時計はメーカー既製の
エボーシュでは無く、
生徒が真鍮の板から個々のパーツを削り出して作るという、
まさに総手作りの時計なのだそうです。

卒業生にとっては自分の手で初めて作る記念すべき時計なのですが、卒業後は
独立時計師にでもならない限り、このようなオールオリジナルの時計を作る機会は
あまり無いものと思われます。

また、このような時計の多くは記念として大事に保存され、市場に出回る数は
それほど多くはないでしょう。

現代、この工法で時計を作っているのは、フィリップ・デュフォーさんやダニエルズ博士など
ごく少数です。

なにか学生が作ったと言うと未熟でヘタなのでは?というイメージもありますが、
ジュネーブの時計学校を卒業した生徒の作品にはジュネーブシールが刻印されると
言いますので(検査に合格した物だけ)クオリティーの高さは折り紙付き。
ミニッツリピーターやデテント、トゥールビヨンという卒業製作時計もあります。
まぁ中には不器用な生徒もいたでしょうけど。

しかし1950年以降は残念ながらメーカーエボーシュを仕上げる工法に変わった
学校が多いそうで、
近代では一部を除いて腕時計が卒業製作に使われているとか。
(1950年以前の物でも、学校によってはメーカーエボーシュを使った物が見られます。)

さて、今回ご紹介するのはスイスの時計学校ではなく、オーストリアの帝国時計学校の
卒業製作時計です。



銘:K K Fachschule [ Imperial School of Watchmaking ]. Karlstein. N O.
帝国時計学校:カレルシュタイン(地名) 1912年製作のシリンダー脱進機。

御覧のようにこの卒業製作時計の真鍮ケースは実用目的に作られた物ではありません。
表にはダイアルを囲うように、手彫り文字の記念の真鍮プレートが嵌められており、
裏側は全面ガラスが嵌められムーブ全体が良く見えるような形状になっています。



ムーブメントは個々の部品が真鍮の板から切り出して作られており、刻印も無くメッキされていませんので
地板やブリッジ表面には手仕上げの細かいヘアラインが見えます。ネジも手作りで青焼きされていません。
また角穴&丸穴車や歯車類にも細かいツールマークがあり、ほぼ全ての部品が手作りと思われます。



御覧のように緩急針部分の刻印も無し。ヒゲゼンマイがシルバー色なので、もしかすると
パラジウムヒゲかもしれません。(…と、お店の説明に書いてありました。)




コチラはダイアル下です。スチールパーツも良く磨かれて大変上質な仕上がりです。
ダイアルは縁のあるキャップ式ですが、ムーブに接着剤で固定されていました。 (゚Д゚;)ゲッ!!
さすがにこれはマズイので、接着剤をはがして組み直しました。



手彫りの記念プレートと、右はダイアル裏のイニシャル?

製作から90年以上経っていますので多少の酸化は見られますが、全体に良いコンディションを
保っています。シリンダーのテンプも元気に振れていますし、とにかく何よりこの手作り感が
たまりません。メーカー品ではまず味わえない質感です。

フォリップ・デュフォーさんの時計にも通じる、時計を愛する心と夢を持った若者が
時計師になる夢に向かって、自分の手で初めて作り上げた時計…。

デュフォーさんの時計は数百万円出さないと買えませんが、このような無名
(有名じゃ無いという意味)の卒業製作時計は比較的安く手に入ります。
この時計の場合は、送料込みで
38,000円程でした。

メーカーブランド品で、ダイアルがちょっと変わってるからというだけの理由で
ウン十万円もプレミアが付けられて販売される時計もあれば、
このように純粋に一人の人間が手作りで製作した時計が数万円で手に入るのです。

どういう品を好むかは人の自由ですので押し付ける気はありませんが、
本当の時計の良さとはどういう物かを改めて考えさせられる時計でした。

この時計に込められた夢と情熱は、単なる手作りというだけでは無い、
熱い魂を感じる私なのでした。

END


ちなみにこの時計を購入したお店も御紹介しておきましょう。

「The ANTIQUE WATCH STORE

時計の脱進機イラストなどで有名なデヴィッド・ペニーさんのお店です。
メールのレスポンスも早く、対応も親切丁寧です。
今回御紹介したのは
このページの時計でした。

こちら以外のお店でも、まめに探せば卒業製作時計を売っているお店はありますので
探してみて下さいね。


参考文献:1999年8月発行
日経BP社出版「ヴィンテージ・ウォッチ・4th」
「純粋時計への憧憬」
名畑政治氏のレポートを参考にさせて頂きました。