緊急レポート!! 特殊デテント脱進機 ★ Peto cross-detent escapement. ★ |
いきなり何よ? と思われるかもしれませんが、まぁ、聞いて下さい。
以前より仲良くして頂いているS氏より変な物を拾ったというお話をお聞きし、
これがどうやら凄い物らしいという事になり、これはネタにしなくては!!という事で、
S氏の全面協力のもと、今回の緊急レポートをお送りしたいと思います。
今回御紹介する時計は、S氏がebayで拾った初のデテント脱進機の時計との事で、
これが実は改造ガッチャされた物らしいと、S氏は少々凹んでいた様子でした。
それがebayのセーラーの説明では・・・
「スプリングデテントを、後年ピヴォテッドデテントに改造した物らしい・・・」という説明で、
写真を見ると確かに”おかしな点”のあるデテントだったのです。
それではまず写真を見て頂きましょう。


カギ巻きムーブなのにリューズがあるし、内蓋もムーブの厚さに合わせて山の高い物が後付けされた
ガッチャケースである事は明らかですね。


おおっ!!スゲー!!
パッと見て気が付くのは巨大なテンプのウエイトとチラネジ!!これは凄い・・・と
思った私は、その後で更に驚く事になるのだが・・・。
普通はクサビで止めてある上下の地板がネジ止めになっています。
初めは後年改造された物かと思いました。
銘は”GRANT”とあります。(※1)
イギリスで早くにレバー脱進機を取り入れた先進的な時計師だったようで、
彼の発明に”chaff-cutter" escapement というラテラルレバーみたいな脱進機があるそうです。
彼は1810年に没し、後を継いだ息子のジョンは高級時計メーカーとして成功したとの事。
このGRANTがこの時計の作者とすると、19世紀の初めに作られた時計と言う事になりますね。
しかし、1810年頃といえば、まだ時計の軸受けに石を使うのも珍しい時代なのですが、
この時計にはリバプールジュエルのような大きな軸受けの石がいくつも使用されています。
石についてはまた後ほど触れますね。(リバプールの写真はなかなかさんチのです。)

しかしなんですか? このデカイチラネジは!?(・`◇´・;)
一口にチラネジと言ってもチラネジには種類がありまして、大きく分けてテンワの全体のバランスを取る
コンペンセーションスクリュー(いわゆるチラネジ)と、捻じ込み量で歩度を微調整する為の
タイミングスクリューに分けられます。(ちとマニアックな話になりますが、ご容赦下さい。)
タイミングスクリューは別名タイミングナッツとか、ミーンタイムスクリューとか呼ばれ、
テンワへの捻じ込み量で歩度を微調整するネジのことを言います。
上の写真を見ますと巨大なウエイトの横に、二本のチラネジが見えますが、これは
どちらかと言うとタイミングスクリューの方ではないかと思います。(かな?)
テンワは二層になってるように見えるので、バイメタルの切りテンプですね。
S氏によると、テンワが3箇所で切ってあるそうで、まるで軍艦に積むマリンクロノメーターのような
ハイグレードデテントの雰囲気があります。
実際、そのクラスの時計を製作できる時計師の手による物である事は間違いないでしょう。
製作された当時は物凄い高精度であったろうと想像できます。
現在高精度と言うと日差1秒とか考えがちですが、おそらくこの時計は
日差1秒以下の調整がされていたと私は信じます。(ホントか?)
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※1
Antiquorum "THE ART OF BRITISH HOROLOGY"
page 196.
was apprentice to his famous uncle Alexander
Cumming.
Freeman of the Clockmakers' Company in 1781,
he was among the English first
experimenters with the lever escapement.
Known as Grant's "chaff-cutter"
escapement, due to his arrangement with the
balance staff at right angle to the lever
and the escape wheel arbors,
well described and illustrated by Chamberlin
in "It's about Time" page 75.
He also experimented the lever escapement
with two balances geared together.
He died in 1810 and was succeeded by his
son john, who was also a fine maker.
They where working in London, 75 Fleet Street.
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