初期のレバー脱進機

 最近、Kさんのコレクションに、ロバート・ペニントン(Robert Pennington)の
初期レバー脱進機の時計が加わった事をきっかけに、レバー脱進機の成り立ちについて
少し調べてみましたので、その辺をまとめてレポートしたいと思います。

 まず最初にお断りしておきますが、この内容はすでにネット上にある海外サイトなどの
情報を元に、私が無断で翻訳編集した物でありますので、当然ながら私自身には
著作権はありません。
また、翻訳ソフトを使っている為に、内容に甚だ怪しい部分が多く、恐らく
かなりの部分に間違いがあると思われますので、もし間違いにお気付きの方は
メールや掲示板で容赦なく御指摘下さい。(おいおい修正して行きます。)


それから、このレポートを他のサイトや掲示板で紹介される事もご遠慮下さい。
(かなりの部分に他サイトの著作権が絡みますので。)

今回のレポートには、時計の歴史に名を残した偉大な時計師が数人登場します。
ではレポートをどうぞ。

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★トマス・トンピオン(
Thomas Tompionジョージ・グラハムの叔父&師匠。
 イギリスの時計史に偉大な名を刻む大物時計師。まさに神様
トンピオン様

歴史上有名な時計師にランクを付けるとすれば、上から順に・・・
@トマス・トンピオン
Aニブ
Bイースト
Cヘンリー・ジョーンズ
Dダニエル・クエア・・・となります。(あれ?ブ○ゲは?)

★ジョージ・グラハム(
George Graham)(1673-1751)トンピオンの甥であり弟子。
 マリンクロノメーター”H4”の製作で知られるジョン・ハリソンは、1730年ロンドンで、
王立天文台長エドモンド・ハレーに、自分の経度時計のアイデアを伝えました。
この時、ハリソンのアイデアに感心したハレーは、当時すでに有名な時計師であった
ジョージ・グラハム(George Graham)に彼を紹介しました。
 グラハムはハリソンの設計した時計に感銘を受け、グラハムの支援で開発資金を得た
ハリソンは、経度時計の製作に入ります。そして6年後に最初に完成したのがH1でした。
つまりハリソンはグラハムの弟子筋に当たるわけですね。

※グラハムの発明した (
Graham Escapement
※同じくグラハム発明の (
Cylinder Escapement
  シリンダー脱進機の発明には、William Hougtom (1636-1713)と、
  Edward Barlow (1636 - 1716)、Thomas Tompion も絡んでいます。

トマス・マッジThomas Mudge)(1715-1794)
 トマス・マッジもグラハムの弟子でした。
1757年(1754年という説もある)に、レバー脱進機を発明。
このレバー脱進機は、元々のアイデアはグラハム脱進機が
ベースと言うか、ヒントになっているようです。
Thomas Mudge,
Detached Lever Escapement
Mudge's Escapementの
模型



マッジは初めてパレットとインパルスピンに石を使用し、
最初期に温度補正装置(コンペンセーションバランス)を時計に採用した
時計師でもあったようです。
コチラの時計は、1770年にQueen Charlotteの為に作られた物で、
彼が実際にレバー脱進機を組み込んだ最初期の時計です。

マッジは、1776年にジョージ3世の時計師となっています。
1755年にはウィリアム・ダットン(William Dutton)との協力を開始。
同、1755年頃にミニッツリピーターを製造しています。
外観 ムーブメント
最も古いミニッツリピーターは、1710年にドイツで作られた物が確認されていますが、
1755年当時でも、ミニッツリピーターはかなり珍しかったと思われます。
1794年、トマス・マッジの死の直前、マッジの息子は父のクロノメーター研究を
引き継ぎました。(H4関係の研究だったかも?)

★ロバート・ペニントン(Robert Pennington)
 トマス・マッジの協力者or弟子。
ロバート・ペニントンは、トマス・マッジの協力者の一人でしたが、
マッジの死後は、息子のマリンクロノメータープロジェクトに貢献しました。
彼はクロノメーター製作者として有名ですが、イギリス時計界において
最も早くレバー脱進機を採用したことでも評価されています。
これは言うまでも無く、トマス・マッジの影響でしょう。

以上の事から、グラハム脱進機→マッジのレバー脱進機
→ペニントンやバーワイズらがレバー脱進機を採用。という流れが見て取れます。

 イギリスでは、1840年頃までバージ脱進機が一般的で、マッジが発明した
レバー脱進機を懐中時計に採用する時計師は、上記の数人を除いては殆ど居ませんでした。
これは技術的に難しかったのか、もしくは保守的な考えからなかなか新しい技術を
使いたがらなかったのか?職人というのはみんな頑固ですから、
誰が人の考えた脱進機なぞ使うか!…みたいな感じだったかも?

 1800年頃には、一部ですでにシリンダー脱進機も採用されており、バージより
高い精度を得る事が出来ましたが、レバー脱進機はそれより更に安定した高い精度を
実現出来ました。このレバー脱進機を採用するという試みは非常に先進的であり、
また精度もバージなど比較にならない程高精度でしたから、当時としては
殆どクロノメーター級の扱いだったはずです。(マッジのレバーはクロノメーターですし。)
また1800年頃にペニントンらがコンペンセーションバランスを採用したというのも、
師匠のトマス・マッジの影響と思われます。

 あと1800年以前の時計でも、レバー脱進機が使われている物
を結構見かけます。
これらは
元々シリンダー脱進機だった物を、後にレバー脱進機に改造した物で、
こういう物は意外と多いようです。
ですから、年代が古くてレバー脱進機=超レア ではありませんので、
購入の際には後年改造された物でないかどうか確認が必要です。御注意下さい。

 ちなみに、その後、1840年頃からイギリスで普及するイングリッシュレバー脱進機は、
マッジのDetached Lever Escapementを、ジョサイア・エメリーJosiah Emery
(1725 - 1796) が
改良した物で、これはマッジの脱進機が4つの部品から成る
構造だった物を、3ピース構造に簡略化した物でした。

これがいわゆるイングリッシュレバー脱進機の原型です。

 これは量産には適した構造でしたが、簡略化した分、精度的には若干劣る物でした。
元々Detached Lever Escapementはクロノメーター系脱進機らしいです。
(間違ってたら御指摘下さい。)

ですから、このDetached Lever Escapementが、後のロンドンパテントとかロビンとか
コアクシャルとかの元になってるのではないかと勝手に思ってます。(違うかも?)

----その他の参考資料----------------------
Early escapements

ENGLISH WATCHMAKERS


参考までに、私の持っているコレクションで、一番古いレバー脱進機を御紹介しましょう。

"Thiaffait a Lyon" 1800年頃の作



コチラのページで御紹介している、独立秒針の懐中時計です。
Aが時計の香箱で、Bが秒針用の香箱。



1800年頃の作ですが、その後のイングリッシュレバーとは、かなり形態が異なります。



これが19世紀後半のごく一般的なイングリッシュレバー脱進機です。
矢印の先が天真と噛み合います。
Thiaffaietのレバーがいかに変態か、比べてみると良く判りますね。(笑)





 基本的に横置きのクラブツースレバー脱進機ですが、天真との噛み合い部分や、
レバーの動作範囲を限定するための、ドテピンの代わりのパーツなど、
かなり個性的な形です。アンクルのツメに石がありませんが、これは作りが
安いからではなく、時代が古いからです。



見づらいですが、天真との噛み合い部分です。(下図参照)



とまぁ、こんな感じです。
間違い部分はおいおい修正します。

END