★スペシャルレポート★
Woerd's Patentの謎を解く!!
メインライター:あしながさん(Mr,asinaga)

アドバイザー:もぐらさん(Dr,mogra)
アドバイザー:bunnspecialさん(Mr,ashinaka)
  情報提供:mmさん(Mr,Maximus)

編集構成、レポート作成:トキオ(watch Destroyer)

 

 以前からウチのサイトで話題になっているウオルサムの”Woerd's Patent”ですが、
どうも色々な推測が錯綜して、どれが正しい情報か分からなくなって来ているので、
ここらで一度しっかり調べておく必要がありそうです。

 事の起こりは、確かkoreoさんのサイトの、特殊な形のテンプについての
話題の中で出たと記憶しています・・・。
世の中にはアフィックスバランスのような特殊なテンプが多数存在しますが、
ウオルサムにも、かなり変わった形のテンプがありました。

その名を”Waltham sawtooth balance”といいます。

この話題が出た最初の頃は、次のような推測がされていました。

@:ウオルサムの”Woerd's Patent”という刻印のあるムーブには、テンワにギザギザのある
  sawtooth balance(ノコギリ歯のテンプ)が付いている。
A:しかしこのsawtooth balanceは数が少なく、”Woerd's Patent”の刻印があるムーブでも、
  ノーマル形状のテンプが付いている物が殆どである。
B:
sawtooth balanceは、後年ノーマル形状のテンプと交換されてしまった物が多くて
  sawtooth のまま残っている物はレアアイテムとして非常に高価らしい・・・。


 とまぁ、最初の段階ではこういう推測が語られていたのですが、その後、海外サイトの情報を
調べて見ると、sawtooth が使われたのは初期だけで、すぐにノーマル形状のものに
”仕様変更”されたらしいと言う事が判りました。(後年交換されたのではないと言う事。)

 しかし”Woerd's Patent”の刻印のあるムーブが高級品のみならず、並品のムーブにも
多く見られるという点が大
きな疑問として残った為、その後も色々調査を進めていました。


下は、私のコレクションの中にあった、ウオルサムのクロノグラフムーブメントですが、
これにもバランス横に”Woerd's Patent”の刻印があります。
しかし、これも御多分に漏れず、普通のテンワに見えます。




果たしてこのバランス横にある”Woerd
's Patent”の刻印は、
本当に"sawtooth balance"に関する刻印なのでしょうか?

 そんな中、遂に事態を打開すると思われる情報が、あしながさんから寄せられました。
その情報とは・・・

バランス横の刻印は、”sawtooth balance”に関するものではなく、
”Woerd Escapement”を現すというものです。


 恐らく、(私を含む)多くの人が同じ勘違いをしていたと思うのですが、
そもそも Woerd の特許はいくつかあり、
バランス横の刻印は、
”sawtooth balance”を現す刻印ではなかったのです。


そこで海外サイトでよく見る画像を検証しますと・・・


この画像を見ますと、
バランスに関する特許表示は、裏側の地板表面にあります
ですから、バランス横の刻印は、sawtooth balanceでは無く、別の
”Woerd's Patent”を
を示す物だったんですね。そしてそれが
"Woerd's Patent escapement"(脱進機特許)だったのです。

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何故バイメタル切りテンプが必要だったのか?


 昔はテンプにスチールのヒゲを使ってた為に、温度による歩度変化が激しかったんです。
スチールヒゲは、温度が高くなると柔らかくなるために歩度が遅くなる
つまり時計が遅れるワケです。んで、
逆に寒いと歩度が進む
 これを補正する為に作られたのがバイメタル切りテンプで、このテンワは温度が高くなると
内側に縮んで歩度が早くなり、寒いと外側へ開いて歩度が遅くなります。

 つまり簡単に言えば、ヒゲの温度変化による歩度の変化を、バイメタルテンワが
打ち消す効果があるわけです。(ヒゲが−になる時テンワが+で、±0になるのが理想。)

★ Patent 0203976 Waltham Woerd Sawtooth Balance
こちらが”sawtooth balance”の図面です。
(一般公開文書で、版権に関わりませんので画像を貼ります。)




上の図面は、温度変化による、sawtooth balanceのテンワの拡張の仕方について説明した物です。
(バイメタルによって、温度が低いほどテンワは開く)


図1(Fig,1)は、普通のバイメタル切りテンプの、温度変化によるテンワの拡張率を現しており、
図2(Fig,2)は
sawtooth balanceの、温度変化によるテンワの拡張率です。

この二つの違いですが、図2の方は、b’bと変形しても、それぞれの円弧の点から垂線を下ろすと
その延長線はテンワの中心で交わり、テンワのセンターからずれる事がない!ということです。
ノコギリ歯の部分は、正にこの部分が変形するので垂線は変形前と変形後では中心がズレますが、
最も錘がある先端部に変化が少ないという所がポイントです。

 ちなみに図1では、どの点をとっても、すべての点で変形前と変形後の円弧の任意の点からの
垂線は、向いている方向が変化しています(それは先端部ほど大きい)。

 また、もうひとつの特徴は、テンプ腕から最も遠いテンワの末端部分の動きを見た場合、図1
の普通のバイメタルテンプが、温度変化による開閉率が均等で、図2のsawtooth balanceは、
この率が不均等と言う点です。例えば、図2では、
温度が低くなるほど拡張率が狭くなります

何故そうする必要があったのか?ここが重要なポイントとなりますので、ここを覚えておいて下さいね。




 コチラはsawtooth balanceの外観図です。
テンワのAの部分はモノメタルのスチールで出来ており、アームに近いノコギリ部分は
内側がスチール、外側が真鍮のバイメタルで出来ています。
テンワの先端部の円弧中心がテンワ中心から外れずに拡張するのは、おそらくこの
ノコギリ形状による効果ではないかと思われます。ミーンタイムスクリューは二対ありますね。

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何故このようなテンプを作る必要があったか?

 ここが今回一番重要な部分です。腰を据えて読んで下さいね。
このsawtooth balanceが作られた当時、(1878年)まだギョームテンプは発明されておらず、
時計会社は精度向上の為に、各社様々な試行錯誤が繰り返されていました。


 その中でも一番の問題が、バイメタル切りテンプの「中間温度誤差」でした。

「中間温度誤差」とは?(バイメタル切りテンプで補正し切れない誤差)

 コレが理解出来ていないと話が進まないので、まずここから説明しますね。
まずコチラの表を御覧下さい。



 Sが温度による鋼ヒゲの弾性率変化による歩度への影響度。そして天輪側はLが真鍮による影響度、
Aが鋼による影響度、そしてLとAをバイメタルにしたものがBです。LとAは膨張率は違いますが、
二次係数というのは基本的にどの金属もほぼ等しいので、バイメタルにして背中合わせに貼り合わせると、
総合特性では二次係数が打ち消されて、膨張率の差だけが残ったほぼ直線のBになります。

 ところがバイメタルに二次係数が無いという事は、鋼ヒゲの二次係数を打ち消すものが無いと言う事です。
それが最終的に総合特性に現れたSとBの差、これがまさに中間温度誤差Cです。

 しかるに中間温度誤差を無くすには二次係数が負の符号を持った(つまり、グラフ上では下方へ
湾曲した曲線として示される)"素材"を、バイメタルの片方に持って来れば良いことになります。
しかし、そういう極端に普通と違う物性を持ったものは、普通の金属および合金にはさっぱり無いのです。
だから1775年にF.バーソールド、続いてデント、ウルリッチなどがマリンクロノメーターの高精度化に伴って
ほぼ同時に中間温度誤差としてその現象を発見したにも関わらず、永らくどうにもならなかったのです。

 ところがその奇異な特性を持っているのが、ギョーム博士の発明したアニバールなんですね。
この金属の発明により、コンペンセーション・バランスは、ついに中間温度誤差を(ほぼ)無くす事に
成功したわけです。

 しかし、前述したように、1870年代はまだ中間温度誤差を無くす方法がありませんでした。
さて、そこで登場するのが、今回のsawtooth balanceです!!

 通常のバイメタル切りテンプは、温度が低くなるのに比例して、等間隔でテンワが拡張して行きます。
これは上のグラフの”Bの直線”で現されます。これが直線であるから中間温度誤差Cを打ち消す事が
出来ないわけですね。
ところがsawtooth balanceの場合は、温度が低くなるに連れてテンワの拡張率が
小さくなります。この拡張率の変化で、下曲がりの中間
温度誤差Cを打ち消そうと言うのが、
このsawtooth balanceを作った目的だったのではないでしょうか?

(この推論は、もぐらさんのアドバ
イスによるものです。)

これが今回sawtooth balanceについて調べた内容の結論です。
ちなみにこのバランスは、すぐに同じ素材でギザギザの無い、普通の形状の切りテンプに
仕様変更となっています。
何故、ノコギリ形状が短期間でノーマル形状に変えられたのか?
考えられる原因としては・・・
 ●ノコギリ形状でなくても同様の効果が得られた為。
 ●ノコギリ形状の部位に応力が集中して破損し易かった為。 
 ●技術革新でノコギリ形状の意味が無くなった為。
・・・等が理由ではないかと想像しています。(トキオ)

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では次に、バランス横にある”Woerd's Patent”の刻印が示す脱進機特許について・・・
★ Patent 0372003 Waltham Woerd Escapement
この刻印は低級のムーブでも比較的良く見られる物で、入手も容易です。



 はい、これが良く見るバランス横の”Woerd's Patent”が示す特許の脱進機です。
ノコギリバランスとは全然関係ありませんよ。(笑)
 
まぁ要するに、普通のレバー脱進機と違うのは、振り座”K”に固定される振り石”L”の断面形状が
半円では無く、四角い断面形状をしているというのが最大の特徴のようです。
つまり、四角い振り石で、テンプの横に”Woerd's Patent”の刻印がある物は、
"Woerd's Patent escapement"仕様であると言う事ですね。



少々見難いですが、写真左が四角いローラージュエル(振り石)を持つ振り座です。
(石の先がちょっと欠けてますが。)
そして右がバランサー付きのアンクルで、これが"Woerd's Patent escapement"です。

テンプの横に”Woerd's Patent”という刻印がある場合は、この形の脱進機が
使われているはずです。
しかしながら、通常のレバー脱進機と殆ど変わりのない形状ですし、ハッキリ言って
石の断面形状の違いだけですから、そんなにありがたみは無いですね。

  最後に私からのアドバイスです。
 今後、超レアアイテムのウオルサム、”sawtooth balance”を探そうという方は、
 裏の地板表面に、
"WORED'S PAT. COMPENSATING BALANCE"の刻印のあるもので
 テンワにギザギザのある物を探しましょう!!

今回のレポートに関連して思い出した時計があったので、最後にちょっと付け加えておきます。

それは、イギリスのDavid Penneyさんのお店「The Antique Watch Store」さんの商品で、
こちらの
デティスハイムなのですが・・・。(Sold品)

私は以前からこの形式のテンプが気になっていました。
デティスハイムはアフィックスバランスが有名ですが、こちらの品はおそらく
アフィックス以後の特許と思います。(詳しく調べてはおりませんが。)

説明を読みますと・・・

Cut monometallic balance with inset bimetallic section near both free ends.

カットされたモノメタルテンプにバイメタルの部分を有している・・・みたいな事が
書かれていますが、これは今回レポートしたsawtooth balanceと共通した特徴ですよね。

Elinvar balance-spring with overcoil.

ブレゲヒゲにElinvarのヒゲゼンマイ。

Ditisheim, English Patents Nos 256,620 and 256,953, August 1925.

Ditisheim、イギリスの特許ナンバー256,620と256,953、1925年8月。

ギョーム以後の、更に高度な中間温度誤差補正を目指した物なのでしょうか?
デティスハイムと言うと、アフィックスばかりに目が行きますが、こういうのも面白そうです。

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