第一章
第一話
そよ風が緑の大地を優しく撫でる。
そんな草原に全く別の色が存在していた。光をも吸収するような漆黒の髪に、漆黒の双眸を持った少年だった。十代半ば程度で決して美形では無いものの、端整な顔立ちと光る双眸から、ある種の強さが感じられる。
着古してくたびれかけている、少し大きめで色の抜けかけた水色の上着を纏っている。その下には黒いTシャツを着ており、Gパンをはいていた。
「どこだ……ここは」
俺は辺りを見渡しながら呟いた。
太陽はまだ傾いている。日暮れに向かっている太陽であれば、どこか赤いというか、少なからず色を感じさせる光だが、今は全く以ってそれが感じられない。だとすれば今は午前中であり、9時くらいなのだろうと考えた。
南に大きな山があり、そのふもと辺りから、東に、そして北へと森が広がっていた。
そして、草原には、ところどころ木々が生えていた。
――気候的には変わりは無い……だが日本、なのか? ――
自問するも日本ではなさそうだった。仮に、日本であっても人のいる所を捜すしかないのだ。
今現在、視界に入る中で住居は見当たらない。それどころか、舗装されている道すら見当たらないのだ。山へ行くよりも、草原しか見えないが丘になっている事から、北へ向かった方がいいだろうと判断した。
一時間ほど歩き、だいぶ丘にも近づいてきた。
この丘の先には、至極一般的な人間の住居があるのだろうと、俺は考えていた。もし、日本でなくても、地球である事は疑っていなかったのだ。超常現象の一つに、巻き込まれた程度で済む話なのだから。
だが、それでは片付かない事態に遭遇したのだった。
「アンデッド……」
不思議と恐怖は無く、吐くようにその単語が出した。
何時の間に現れたか十メートル程先に、衣服を纏い、鎖かたびらを着、左手に盾を、右手に槍を持った白骨化した動く遺体がいるのだ。その頭には円盤型の兜を被っており、その顔までもが肉の無い白骨なのかは判断しかねた。
人ではないその姿に、俺は内心舌打ちをした。
俺は70を過ぎる師父に限りない武術、剣術や槍術と棒術、勿論体術を教わっている。そして非科学的な力、魔術。その類も教わった。
幼少の頃から教わっていた甲斐があって、いまでは青樹をも数秒で焼き尽くすほどの、炎を扱えるようになった。
最も、最近ではちょっとした事情から、鍛錬を疎かにしている。今なら、その事情を解消できそうだが、そんな悠長な事を言っていられる事態でもない。
けれども、武装した相手に丸腰で戦うのは無理があった。
強い術は、印を結ばないと使えない。もちろん、結ぶ時間をくれそうも無い。
槍を持った相手に丸腰で戦うのは無茶がある。魔術があるにはあるが、それには言霊を詠唱し、印を結ばなくてはならない。それだけの時間があるかどうかは、断定できない位置合いなのだ。
一度見回すと、周りには武器らしいものは何処にも無く。木が一本、背後に立っているだけだった。
一度、大きく溜息を吐き、素手のまま構えた。
武器が無い以上、素手で戦うしかない。分が悪いとは言え、勝てないほどでは無い。こんなものが存在する事から、ここが地球である事は絶望的である今、慣らしをするには格好の相手でもあるとさえ言える。
兵士風貌の白骨化したそれは、こちらの胸に目掛けて槍をするどく突き出す。
それを右に逸れつつ前に出ることでかわし、右手で相手の構える盾を外側へと流してやる。右手を少し戻し、鼻の無い『顔』目掛けて掌底を叩き込み、更に踏み込んで右肘を顔面に入れる。間髪入れず、鳩尾目掛けて左の掌底を決めた。
「ク! ガッ!」
白骨化した兵士は奇声を上げながら、大きく仰け反り体勢を崩した。
すぐさま体勢を立て直し、槍こちらに向けなおす。直後、再び踏み込み、右手で槍を逸らし左手の手刀を槍を握る手に打ち込む。骨の折れる鈍い音と共に、手首と槍が地面に落ちた。
勝てないと判断したのか、白骨の兵士は後ろへと跳び、背を向けて逃げ出した。
「逃げられるのも……癪だな」
お世辞に速いと言えない、その逃走を後ろから追いかけ、右手で首の骨を掴み、暴れないように左手で相手の左腕を捕らえた。
「グ、カ、カカ!」
より一層、不気味な奇声を上げながら、身体を左右に振って逃れようとするも、俺は冷徹に右手に力を込めた。
ごきゅり、という形容しがたいその音を、触覚をも合わせて感じながら、白骨の兵士は『本当の』白骨の兵士になって崩れ落ちた。
草に埋もれるその姿を一瞥すると、同じく草に埋もれる槍を手に取り、白骨の右手を取り外した。
こんな変な世界で、早期に武器が手に入ったのはもしかしたら運がいいかもしれない。そんな事を思いながら、丘の先に人々がいる事を投げ槍にも期待しつつ、再び歩き始めていった。
それから一時間ほどして、丘を越える事に成功した俺は、小さな集落改め、本当に小さな村に到着する事ができた。
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