第四話
キズクに出会って二日目の朝を迎えた。それも、空が白んできた程度の時刻に眼を覚ました。とはいえ、窓から見える景色は、鬱蒼とした木々の葉に阻まれている所為で、今はまだ薄暗い森である。
それにしても、一つの謎が脳裏を過ぎる。今までの生活からすれば、こんな時間に二日連続で起きれる事は考えづらい。この世界に来てから、俺が『元に』戻ったのと同じように、身体もいつの間にか変化を、一例すればこうして早朝でも至極普通に起床できるようになっている。
――何かに操られている。そんな気がしてならない……全て、何かのストーリーに沿っているのだろうか?――
そんな馬鹿な、と自嘲しながらその考えを頭から追いやる。
「ん、ん〜……」
横で眠っていたキズクが微かに声を上げて寝返りをうった。すぐ出発しようかと思っていた俺は、軽くキズクを揺さぶってやる。
「ん……あ……お早う、ございます……」
ほんの少し寝ぼけているらしく、焦点が定まらないまま挨拶をしてきた。
とは言え、早朝に起きては狩りをしているのか、二度、三度頭を振るとしっかりと眼を覚ました様子だ。
お互い大きく伸びをし、身支度を整えて部屋を出た。
彼の両親に別れを告げ、手渡されたいくつかの燻製肉等の携帯食料と、この森でとれる薬草を調合した数種類の薬を持ち、俺達は村を後にして旅を始めた。
森の中を歩いている間、キズクは楽しそうにしゃべり続けた。
「あ、そういえば、途中にある町で一晩明かしましょう」
「まあ、道中にある町なら寄ろうとは思っていたが、どうしたんだ?」
「その町、よく毛皮とか売りに行くんですよ。少し知り合いもいますし、旅に出る事を伝えたいし、今日中にはその先の町には着かないんですよ」
「なるほど。で、その町にはどのくらいかかるんだ?」
頷きつつも、キズクに訊ねた。
「そうですね……遅くても日没までに着くと思いますよ」
その後、森を抜けて平野を歩き続け、空が僅かに赤く染まりだした頃、その町まで着く事はできた。
そう、俺等は確かに到着したにはしたが……。
「なんて有様だ……」
そこには廃墟が広がっていた。崩壊寸前の家がいくつも建っていたのだ。それも辛うじて……。
虚無感を纏い廃墟と化した町は、その名残を垣間見せる辺り、より哀愁を漂わせた。
「……そん、な……そんな……そんな、馬鹿な!」
膝をつき、地面に拳を振るいながらキズクは激しく吠えた。
「……」
俺は、何て声をかけてやればいいのか、思いつかずにただ黙ってその光景を見守る他無かった。
「こんな事、あるはずがない! 周辺の魔物にも勝る人達が、この町にはいたはずなのに! こんな! こんな……事が……」
最後の方の言葉は、あまりにも弱々しく、この事実を認めていくかのようだった。
見るに耐えられず、俺はその少年の名前を口にしようとした瞬間、
「グァァァァ」
と、地の底から響くような低い声が先に発せられたのだ。
辺りを見回すと、あの兵士姿の白骨化した魔物が、三体ほどこちらに向かって迫っていた。あの時とは違い、今回は槍ではなく剣を握っていた。
「あれは……白骨剣兵!」
「槍兵の亜種ってところか?」
その名前から勝手に推測した事を口にすると、キズクは表情を険しくして言い放つ。
「白骨槍兵よりも強い魔物です! あの剣には即効性の毒が塗ってあるので、気をつけてください!」
なるほど、と俺は微かに呟いた。そうこうする内に、3体の魔物が迫ってきた。
「どれくらい、前のより強いかは知らないが上等だ。キズク、援護を頼む。今日はちょっとしたものの慣らしをしたい」
「え……? 構いませんが……本当に大丈夫ですか?」
悠長に事を構える俺にキズクは心配するも、それを気にせず依然悠長に構え続け、魔術の呪紋を詠唱しつつ、印を結び始める。
「凍てつく風よ、彼の者の動きを封じたまえ!」
呪紋を唱え終え印も結び終えると、冷気が魔物達に襲い掛かり、胸の辺りまで凍りつかせた。
「グゥゥゥ……ガァァァァ」
魔物達は身を捩りながら、弱々しく奇声を上げるが当然動けようも無い。とりあえずは、この世界においても教わった魔術が効く事が確認できた。
「じゃあ、早速で悪いが、一気に片をつけさせてもらうぜ」
槍をゆっくりと構えると、間合いを詰めて鋭い突きを幾度となく放った。
身動きのできない魔物は成す術もなく、格好の的となり貫かれていく。
「グググ、ウグァ……」
殆ど残っていないであろう余力を振り絞るも、氷はびくともせずに俺の一撃が顔面を捉え、あるべき姿へと戻っていった。
一体目が絶命した時、他の二体は呪紋が解け始めていたのか、氷にひびが入っており今にも砕かんとしている様子だった。
「思ったよりやるな……。それとも俺は鈍っているか……まあいい。こいつで終わりだ」
左右の手で別々の魔術の印を結びつつ詠唱を始めた。
「全てを打ち砕かん稲妻よ……」
左手には雷光が燈り辺りを照らし、
「全てを燃やし尽くす炎よ……!」
右手に紅蓮の炎が宿り辺りを照らす。印を結び終え、それぞれの目標を定める。
「荒れ狂え!」
虚空の空から視界を奪うほどの光を放ちながら、稲妻が左から来る魔物を捉え、右から来る魔物を紅蓮の炎が包んだ。
廃墟に耳を塞ぎたくなるような轟音が響き渡る。恐らく、近辺に魔物がいればこちらの存在を大きくアピールした事になるだろうが、それと同時にその強さにも気付くだろう。これが抑止力になってくれれば、と願った。
稲妻を直撃したものの耐える事に成功した魔物には、間髪入れずに容赦の無いキズクの矢が一閃し、その身体を貫き絶命する。
炎に包まれた魔物は、立ち昇る火柱の様な炎の中で、黒い影としてゆらゆらと揺らめくのが確認できた。が、ほんの数秒で、その影は崩れていき、絶命した事を克明に表した。
魔物達は奇襲のつもりだったのだろうが、たった数分で撃退され全滅に至る結果になってしまったのだった。
「……」
キズクは口を閉じたまま、足元の魔物の屍骸を見つめていた。
今は一人にしておくべきだと判断した俺は、皆無に等しいとは思ったが生存者がいないか、この廃墟を散策する事にした。
しばらく歩き続けるも当然、誰一人として生きている者は出会える事もできず、崩れかけた家に入っては使える物が無いか調べ始めた。それから十数分経つ頃、俺はある違和感を感じ始めた。
それは、町は極度に破壊されて廃墟と化しているのに、人の死体や血痕が全く見当たらない事だ。それにタンス等の家具の中の物があまり無い事もおかしい。まるで、強盗にでも入られたのか、優先度の低い物をそこに置いてある、といった風なのだ。
そこから、ある答えを弾き出すも確証が無かった俺は、比較的破壊されていない大き目の家の中に入って調べだす。そこで俺は、俺の知らない魔物のある特性を持つ事が無ければ、決定的な証拠となりうる物に気付いた。
戻ってくると、キズクは今だ同じ位置で同じ姿勢のままでいた。恐らく、俺の存在にも気付いていないのだろう。そんな状態で話をしても、中々頭に入らないだろうと思った俺は、倒した白骨剣兵の中から、状態の良い剣を探し始めた。
剣は錆び付いていたり、刃こぼれが酷いものの、ある一本だけ、刃こぼれも無く、錆も見当たらない剣を見つけた。俺は鞘を腰に挿し、嬉々として軽く素振りを始めた。
「儲けたな。ここまで状態のいい剣があるとは思わなかった。これで武器を買う手間も省けたものだ」
と、独り言を呟くと、キズクが顔を上げてこちらを向いた。
「ガイさんは……ガイさんはなんでそんなに平気でいられるのですか? 確かにここには知り合いがいないでしょうけど、大勢の人々が殺されたんですよ!! 『魂を紡ぐ戦士』とかを抜きにしても、あまりにも酷すぎます!」
「お、キズク。やっと顔を上げたか」
「ふざけないで下さい! 僕は……僕は!!」
そう激昂するキズクを見て、少しまだ何も知らないキズクに対する態度を悔いた。
「キズク、落ち着いて聞いてくれ。恐らくここの町の人々は誰一人として、ここで死んではいない」
「何を根拠に言っているんですか! 現実逃避も大概にしてください!」
「まあ落ち着けって。とりあえず、説明の前にちょっと答えて欲しい事がある。魔物の中には金銭を奪っていく者もいるのか?」
「こんな時に……何を言っているんですか。これ以上、ふざけた事は言わないで下さい。僕はあなたを失望したくありません」
とても冷徹な表情でキズクに睨みつけられる中、俺は声のトーンを下げてどこか圧迫する様に言い返す。
「キズク。これは大切な事なんだ。もう一度聞くぞ。金銭を欲する魔物は存在するのか?」
何処か恨めしげにいるキズクは、ゆっくりと口を開く。
「いると……思います。金銭を必要とする魔物、人々と共に暮らす魔物ならですけども」
その答えに俺は満足し、やはりな、と心中で呟いた。
「いいかキズク。俺は少し散策してきたのだが、生存者はおろか、死者すら発見できなかった。まあ、人肉を食らう魔物がいるかもしれないから、そいつらが全て巣か何処かに持っていったという可能性もある」
そこで一旦言葉を切ると、キズクは話に槍を入れた。
「それがなんだっていうんですか」
「だから落ち着けって。それで、仮にその可能性が現実のものだったとしても、血痕の一つ見当たらないのは少々おかしいだろう」
「……毒ガスを発生させる魔物や、呪術を扱える魔物がいた可能性もあります」
「その通りだ。だから俺は死者、生存者、血痕探しは諦めて、何か使える物が無いか探し始めたんだ。タンスや戸棚を漁ってみると、物があるにはあるんだが役立ちそうな物は何も無かった。どれもこれも破壊されていなくても、保存状態が悪かったり、わざわざ持って行くほどの使い古した物だったんだ」
俺の言っている言葉の意味を推し量ろうと、キズクはやっと黙り始めた。
「壷や散乱した食料を見ても、どれもこれも保存が利かない物が多かったのも気になった。そして、さっきお前に聞いた質問の答えで、確証が取れたものがある」
「金銭を必要とする……? それが一体どういうものの確証になるんですか」
棘の無くなった言葉で、キズクは素直にそう聞いてきた。俺はそれに頷きながら、言葉を続ける。
「どの家にも、金と思われる物が存在しなかったんだ。しかも一部の家では、残っている物からとても人が暮らしてきたとは思えない所もある」
「え……? それってどういう……?」
「思うに魔物の奇襲か、何れ奇襲される事を察した町の人々は、必要なものを持ってこの町を捨てたんじゃないだろうか? 確かに旅をするのは多大なデメリットを伴うが、町の人々では対処しきれない魔物を確認したのかもしれない。最もこれは完全に推測でしかないのだがな」
キズクはしばらく呆然とした後、やっと口を開いた。
「……そうか……でもそうだとしたら……皆何処へ……」
「この辺に大きな街は無いのか? ある程度財力に余裕があり、建物的にも余裕があるところは」
「……明日、着く予定の街は……大きかったはずです……じゃあ皆そこに?」
「断定はできない。もしかしたら、そこに残るのは一部の者達で、多くはまだ他の街を当てにしなくては、という状況の可能性もある」
「でも……皆はまだ死んでいない……全員無事じゃないかもしれないけど……まだ希望はある」
その言葉と共にキズクは、表情を明るくして大粒の涙を溢し始めた。
「それじゃ、どっか適当な場所を見つけて、飯を食って寝るか」
「あ……ガイさん……」
歩き出す俺をキズクは呼び止める。足を止めて向き直り、その先の言葉を待つ事にした。
「その……さっきはすみませんでした……取り乱して暴言を吐いて……」
「気にするな。少し、俺の態度も悪かったしな。とりあえず行くぞ」
その後、散策していた時に覗いた、大きくてあまり破壊されていない家の中で一夜を明かす事にした。
乾パンの様な物と、キズクの両親から頂いた燻製肉と野草とキノコを軽く炒めた物で、夕食を済ます事になった。携帯食を中心としたものだったが、十分に美味しく、俺は会話も忘れて舌鼓を打っていた。
「そういえばガイさん、魔法を使えたなんて驚きましたよ」
そんな俺に、尊敬のような眼差しを向けて、キズクは話しかけてきた。
「魔法……か。正確には魔術なんだ。何でも紋の印を結び、言霊を発する事で云々と、まあ、そこら辺は俺もよく解らないんだけどもな」
「それにしたってすごいです……。やっぱりガイさんは強いですね……。取り乱すわ、罵るわ、僕とは大違いですよ……」
「気持ちは解らなくもないが、そう自虐的になるな。下を向くなら前を向け。弱いのなら強くなれ。俺は足を引っ張って貰う為に、共に旅をしているんじゃない」
「……」
黙り込んでしまったキズクに、世話の焼ける弟を持った思いで軽く溜息を吐いた。勿論、これはこれで楽しんでいる、そういう溜息だ。
「キズク、お前の得意なものはなんだ? 今まで、何をして暮らしてきたんだ? お前の本領が発揮できる時には、俺を奇襲した時の様な機敏さを見せてくれればいい」
「……はあ」
「だから下を向くな。それと、さっきの戦闘で周りの魔物達には気付かれただろう……。早めに寝て、日が昇るよりも先にここを出るぞ」
「あ、はい。分かりました」
互いに頷き合い、夕食を食べ終えると俺らは早々と眠りについた。
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