第五話


 まだ空が白んでもいない時刻。何か大きな存在が迫ってくる、そんな感覚に襲われた俺は眼を覚まし、辺りの様子を覗うも何も見つけられなかった。が、既に昨晩のうちに、出発をできるよう準備をし終えていたから、かなりの余裕があった。
 キズクを起こし外に出ると、東の方角から何かが近づいてくるのが感じられた。
「建物の影に隠れながらここを出るぞ」
 小声でキズクに言いながら歩き出そうとする俺を、キズクは腕を掴んで止めた。
「今から出ても逃げ切れないと思います。魔物の中に嗅覚が鋭い者がいたら尚更ですよ」
「……確かに、そうだな。だったら逆に奇襲をかけた方がいいのか」
「相手にもよりますがね……」
 建物の影からそっと向かい来る敵を覗った。すると微かだが、こちらに向かってくる影を確認する事ができた。
 巨大な影が揺れながら数体、その周りに人型か何かがこちらに向かってきているようだった。
「キズク……ほんの少し何かが見える程度なんだが解らないか?」
「……まだもう少し時間が必要ですね……」
「そうか……」
 まだ向こうが何者なのか、どれだけいるのかが解らない以上、策を講じるのも難しい。
 今ここで呪紋を詠唱すれば、生じる光にこちらの位置を明かす事になってしまう。
「ガイさん……まずい事になりました……」
 声のトーンからしてよほど嫌な状況下に置かれているのか、キズクは重々しく説明を始める。
「敵は……そうですね、名前で言っても解らないでしょうし……ドラゴンとハーピー、それと……魔力で動く鎧です」
「ドラゴンだと……?」
「主に洞窟に住み着いている下級のものです。ハーピーは元々、ここの世界にいたものですが、魔王の呪いがあるらしく、今は敵対する存在となっています。恐らく、ドラゴンはハーピー達が呼んだものと思われます。敵は五体一組で計三組です」
「格の上で言えば、ハーピーが頭なのか?」
「ハーピー族は、種族によっては魔族であると同時にエルフ族でもあるそうです。もしそうだとしたら、まとめ役としての器もあり、賢明である彼らならそうなるでしょう」
 次第に、俺の目でも敵の姿を確認できるようになった。と、種族事に三方向に散らばり始めたのだ。
 キズクに、こちらの動きが筒抜けであろうか、という問いに少し悩んだ末、包囲しようとする魔物の群れを回り込む事にした。
 建物から建物へと移る中、いつでも対応できるように剣を抜こうとするも、闇夜でない中、光が反射して自殺行為だとキズクに止められた。とは言え、結果的に勘付かれる事無く、うまく背後を取る事に成功した。
 魔物の群れは、先ほどまで寝床にしていた家を包囲し、ハーピーと鎧の魔物が二、三体ほど中に入り捜索しているようだった。
 俺の目に映る魔物の群れ。ハーピー族は、容姿までは解らなかったが、身長からして子供もいるように見えた。当然、一様にして羽を携えている。
 鎧の魔物は、中に人がいるかどうかなど解りようも無く、西洋風の鎧で剣と盾を持っている。
 ドラゴンに至ってはだいぶ想像から外れており、堅そうな鱗に包まれ、鋭い牙と爪を持つ所まではいいものの、前足だけで地面に立っており、飛べるかは不明であるが翼を生やしている。
「どれがどういう攻撃をしてくるんだ?」
「鎧の方は、特別な攻撃はありませんが、ドラゴンは炎を吐き、ハーピーは回復、攻撃、支援魔法を使いこなします」
「……そうだな。まず、ハーピーを完全に止める。その後、光を放つ魔術でドラゴンと鎧……はなるかはしらんが目を潰す。お前は隙を見て援護してくれよ」
 キズクが頷くと、俺は印を結びながら呪紋を詠唱し始めた。
「闇よ……その魔手で彼の者たちを束縛せよ」
 闇を遣う呪紋である為に、その『闇の光』は回りに溶け込み、こちらを発見する事もできずに先手の一撃を与える事ができた。
 中から出てきたハーピーは、不幸にも同じ種族の者の周りについた為、呪紋に巻き込まれる事となった。五体のハーピーは地面から生え出した黒い蔓のようなものに捕らわれ、地面にへばり付かされた。
「く、敵だ! こちらの動きがばれているぞ! 見つけ出して殺せ!!」
 魔物の群れからは、女性の声で人の言葉を使い、魔物達に指示を出した。
 索敵を開始される前に、俺は次の魔術に向けて動いていた。
「定めし大気……動きを止め振動を止めよ」
 同じくハーピー達に向けて放った魔術は、彼女達を包み込んでいった。
「……今のは一体なんですか?」
 少ししても効果が見られないそれに、キズクは疑問を投げかけてきた。
「まあ見てろ。これで完全にハーピーの動きは封じた」
「くそ! もういい! 魔法だ! 辺りを照らして敵を見つけ……!」
 その後の言葉は続かず、指示は完全に途絶えてしまったのだ。
「大気の動きを極限までに制限し、音が伝わらないようにしたんだ。それじゃ、さっき言った光の魔術を使うから目をしっかり覆って、俺が合図したら一気に叩くぞ」
 キズクは俺に背を向け、しっかりと目を腕で覆っているようだ。それを確認し、建物の瓦礫に上り向こうからもよく見えるようにした。
「その閃光、彼の者達の眼に焼付けんが為……」
 右手が光を放ち始め、ドラゴンと鎧の魔物はこちらに注目した。それを見計らい、左腕を顔の前に持っていき呪紋を完成させた。
「光を解き放て!」
 ほんの一瞬ではあるが、辺りを完全に真っ白にしてしまうほどの光が疾る。
 すぐさま、とても微力の炎の魔術を使い、朽ちかけている木に放ち照明を作り出す。
 鎧の魔物達は、片膝をついたり、兜の顔面に当たる部分を押さえたりしており、ドラゴンは遠吠えを上げてただ威嚇していたり、鎧達を巻き込みつつも尻尾をがむしゃらに振るっていた。
 二体ほど、光から逃れられたのか真っ直ぐこちらに向かってくる鎧の魔物がいた。
「キズク、行くぞ!」
 そう言いながら、瓦礫の山から飛び降りながら剣を抜き放った。
 俺は師父の下で教わった、複数の剣術の中で最も得意とする、孤剣術の構えをとった。
 これは、弧を描くよう斬りつけ、その力を二撃、三撃と繋げていく剣術で、かなり異色なものである。それに事実、剣舞から来ているらしいこの剣術は、実践でも舞を踊っているように見える為に、孤舞剣術とも言われているそうだ。
 最も、とても特殊で難易な剣術であり、かなり古いものでもある弧剣術は、その名を知っている者すら少ないものである。
 二体の魔物を、斬りつけ、太刀をかわし、本当に踊っているようではあるもの、確実にダメージを与えていき、大した時間もかからず、二体の首を斬り跳ねた。
「すごい……」
 キズクは援護どころか、ただ呆然と眺めていた。それはハーピー達も同じであり、魅入ってしまっているのだ。
 ふらふらと近寄ってきた、もう一体の鎧の魔物に斬りかかり、朝が近づく闇に金属音が鳴り響いた瞬間、今現在、一番厄介なドラゴンが灼熱の炎を吐き出したのだ。
 視力が回復しているはずは無く、聴力だけを頼りにしての事だった。
 内心舌打ちをしつつ、建物の影に隠れ炎をやりすごす。そんな中、残っていた鎧の魔物は次々に炎に飲み込まれ、無残な屍に変貌していった。
 炎が止むと、その場から離れドラゴン達の背後に回りこんだ。キズクも同じ事を考えていたのか、二人で挟む様な位置合いに回り込んでいた。
 キズクは移動しつつ矢を放ち、俺は氷や雷の魔術で攻撃しつつ時折剣を振るっている。
 木の幹のような太さの尻尾が振るわれる中、無傷ではないものの、ようやく三体目のドラゴンの喉を切り裂き倒した。
「キズク、あと少しだ! 粘るぞ!」
 その言葉に、弓矢を構えて応答するキズク。
 俺も、呪紋を詠唱しようとした瞬間、ある声が辺りに響いた。
「……そのまま炎を吐け!! 人間共は目の前だ!!」
 先ほど、指示を出していたハーピーが声だった。
「……効果が切れたのか!!」
 一気に焦燥した俺に、ドラゴン達は俺らの背後にいるハーピー達も巻き込むほどの炎を吐き出したのだ。
「……う、あ……」
「終わりだ……だが後悔は無い」
 うまく声になっていない叫びを上げるキズクの声と、勝ち誇ったハーピーの声を聞きながら迫る炎に凝視した。
――間に合わないじゃ済まない。間に合わせるんだ!!――
「清浄なる風よ……凍てつかせる刃よ……」
 二つの魔術を簡易的に組み合わせ、詠唱し印を結ぶ。
「我が前に壁を作りたまえ!」
 呪紋の完成と共に、真空の渦と氷の刃が混ざり合った、対炎用の即席防壁が生み出された。
「く……きつい……」
 この壁を維持し続ける為、常に魔術を使い続ける状態になる。つまり、ここで押されれば、壁は決壊しハーピーと人間の消し炭が完成してしまうのだ。
「ガイさん! 攻撃は任せてください!!」
 応答もできないでいる俺の上を二本の矢が飛んで行った。
 直後、炎の勢いは急に弱まり、完全に止んだ先には二体共息絶えている様子だった。
「一体、何をしたんだ……?」
 壁が自然消滅し、座り込んでいる俺にキズクは駆け寄りながら話す。
「炎を吐くと言う事は、鱗の無い口内を晒していますから、そこに金属製の毒矢を放ったんですよ」
 見ると、ドラゴン達の舌には、黒焦げの矢が刺さっていた。
「あの炎の中、これほどの精度か……」
 昨晩のあの様子から、少し不安であったが全くの杞憂であり、ほっとすると共に頼もしく思った。これからの戦闘において、彼は強大な戦力になるだろう。
 ハーピー達に視線を移すと彼女達は、今だ魔術の効果が切れておらず、五体共に地面に拘束されている様な状態だった。
「さて、と……後は君達だけだが、どうしたものか……」
 だいぶ空が白んできたその下で、俺は彼女達を見つめる。
「くっ! 焼くなり煮るなりするがいい! 我々ハーピー族はお前らのような、下等生命体に媚びたりはしない!!」
 凄まじい剣幕で啖呵を切られ、俺は少し気圧されるのと同時に呆然としてしまった。
「にしても……貴女方ハーピーなら、この状態から魔法を打つ事ができる思うのですが……?」
 俺に目もやらず、キズクはハーピー達に向かって訊ねると、指揮をしていた強気のハーピーとは別の者が答える。
「こんな魔法は見た事が無いですからね。危険性が不明な以上、おとなしくしているのです。」
「なるほど……ところで、何故僕達を襲ったのですか? 確かに魔王の呪いで人間を襲わざるを得ないのは知っていますが、わざわざ襲撃までする必要性は無いと思うのですが……」
「魔物達を掃討に来た可能性、その中に私達が含まれている可能性。そして昨日の轟音は貴方方のものでしょう? それらを考えた上で危険因子は排除、手事になったのです」
「そうだったんですか……なら……何て無益な殺生をしてしまったのか……」
 キズクは計十体の魔物に詫びるように、懺悔にように一人呟いた。
「リフェル! そんなに奴らに何敬語使ってんのよ!」
 キズクと話していたハーピー、リフェルと呼ばれた彼女は苦笑を浮かべた。
「こっちの人じゃ取り合ってもらえないな……。リフェルさん、でしたっけ? さっきの話を聞かせてもらったのですが、俺らはただバリスに向かっているだけで、昨日のは魔物に襲われた為の行為です」
「ええ……貴方方を見れば解ります。完全にこちらに非があります」
「リフェル! 何言ってんのよ!!」
「過ちは過ちよ、リファ。それに今のところ、彼らに戦意が無い訳だし構わないじゃない」
「あんたねぇ……」
 指示を出していたハーピー、リファと呼ばれた彼女は忌々しそうに俺を睨んできた。
「それで、あんた達はわたし達を生かして何をしたいというんだ? 流石は下等生命体、ハーピーに欲情でもしているのか?」
 嘲笑しながらリファは言葉をぶつけてくる。
「魅力的な案だな」
 俺は鼻で笑いながら言い返すと、キズクとハーピー達の視点が一瞬で集まるのを感じた。もう一度鼻で笑い、今度は至って真面目の表情で口を開く。
「だが、そんなものなど霞んで見えるほど、魅力的な案を持ち出そうとしているんだ」
「霞んで見えるねぇ……一生玩具にするとでも?」
「霞みすぎて透明だな。話を戻すが、俺らの仲間になってもらえないか? 最悪の事態を考えると、俺ら二人ではどうにもならないんだ」
「馬鹿馬鹿しいにも程がある! あんた達に手を貸すくらいなら、その手で首を絞めてやる。第一、呪いの事を忘れてるのか? 脳が腐っているな」
「ん、問題はそこなんだよなぁ……」
 どうにかできるかも解らない事に、生ぬるい返事を返す事になった。
「そこの剣を持った方、最悪の事態というのは一体……?」
 リフェルは首を傾げながら訊ねてきた。
「ん……あーどうすべきかな……。その前に一つ質問をさせてくれ。魔王に何かを伝えたりとかって、君達にはできるのか?」
「いいえ、飽くまで呪いで人々と敵対していますが、決して魔王の手下ではありません」
「そうか、ありがとう。なら話してしまっても構わないな」
 俺は自分が何者で、何故バリスに向かっているかを手短に話した。
「信じる信じないはそちらの勝手だ」
「じゃあ、わたしは信じない方でいさせてもらうよ。信憑性の無い話になんか付き合ってられない」
「色々とお話したい事がありますから、この魔法を解いてもらえませんか? リファ……そこの彼女は押さえておきますので」
「……そうだな、いつまでもそんな格好でいるのも辛いだろうし……」
「ガイさん……」
 心配そうにキズクが声をかけてきた。
「キズク、念には念を入れて弓矢を構えろ」
 剣を抜きながら指示を出すと、それに習ってキズクも弓矢を構える。
 魔術を解くと、リフェルはリファを羽交い絞めにするも、リファは何も抵抗をしなかった。
「……あら? 何も抵抗しないの?」
「……攻撃をすれば、痛み分けじゃ済まされない……悔しいけど、こいつらの実力は確かだ……」
 リフェルは羽交い絞めを解くと、リファは飛んで俺らから離れた瓦礫に腰を落ち着かせた。
「わたしにはこれ以上話す事等無い。後はあんた達で好き勝手に盛り上がってればいい」
 リフェルは溜息を吐きながら、改めて向き直った。
「わたしはリフェルと言います。先ほども言いましたが彼女はリファです」
「俺はガイ・サンデスド。こいつはキズクだ。で……一体何を話そうと?」
「もしもです。ガイ様が『魂を紡ぐ戦士』であれば、私達の呪いを解く事ができるはずです」
「それは……本当なのか?」
「はい。呪いを解く事ができましたら、私達はガイ様方の旅について行きます。とりあえずリファを呼んできますね」
 そう言い残し歩いていくリフェルに、残った三人の子供のハーピーはここで待つべきか、悩んでいるような素振りを見せた。
「にしても……これで呪いが解けたら、バリスに向かう意味が無くなっちゃいますね」
「そうでもないだろう。それはそれで、魔王を倒さなくちゃいけなくなるからな。どうすべきか考える上で王都に向かうべきだ」
 解き方は聞いていないな、と思っていると、二人のハーピーは戻ってきた。
「ふん、これで呪いが解けなかったら笑い者だな」
「リファ。えっと、ではガイ様の思うとおりに、呪いを解いて下さい」
「え……思うとおりにって俺は全く解らないんだが……」
「ご自分を信じ、どんな言葉でもいいですから、許しの言葉を私達に……」
「余計に困るな……だいたい解呪なんてした事がない……」
「それ見たことか」
 リファは嘲笑しながら、突っかかってくる。
 知り得る言霊の中から、何かそれらしいものを探し始める。いくつかを抜き出し、うまく繋ぎ合わして遣う事にした。
「……えーと、それじゃやらせてもらうぞ」
 心なしか、リファも含めた全ての者が注目しているように思えた。
「全てを照らさん光よ、魔に束縛されし者達を包め。澄み渡りし風よ、瘴気に見舞われし者達に吹き渡れ。この者達を呪いの戒めから解き放て」
 即席の魔術を完成させるも、何も変化が起こらずにいた。
「やっぱりそうじゃないか。自分が救世主だなんて驕りが過ぎているんだよ」
 リファがせせら笑うと、ハーピー達の腕や脚にあった黒印が徐々に消えさり、どす黒かった羽が綺麗な色に変化していった。
「な……そんな、馬鹿な……」
「ガイ様……ありがとうございました。リファ、解ってるでしょうけど……」
「……くう……解った解った、解りました。従えばいいんでしょ! くそ!!」
「従うって、一体なんの話だ?」
「我々、ハーピー族はクライム様とクレア様に忠誠を誓ったからです」
「忠誠を? あの伝説にそんな話あったかなぁ……」
「魔王との戦いの直前の出来事ですから、人々に知れ渡ってないのですよ。あれは何人もの断片的な話から作ったものですから」
「なるほど。だが、力になってもらえる分、それも含めて感謝しなければならないな」
「そう言って頂けると……感謝の極みです」
 リフェルの横顔は、今顔出したばかりの太陽の光で輝いて見えた。
 朝日の祝福を受けて、俺らは新たなる仲間を加え、王都『バリス』へと更なる歩を進めた。


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