第六話


「あの……リフェルさん……」
 廃墟と化した町を出て少し歩いたところで、突然キズクが口を開いた。
 リフェルに声をかけたのは偶然ではなく理由があった。
 聞こうとしている事は、あの待ちにいた人間の事だろう。その事実を知っていそうなのは二人、リファとリフェル。
 今だに敵視する事を止めないリファに話しかけられ筈も無く、リフェルに聞く他あるまい。他の三人の、まだ子供であるハーピー達は、元々森を守っていた事と幼さゆえの戦力的問題から、今まで通り森に帰っていった。
 リファは、戦闘中にも気付いた事だが、相当な人間嫌いで忌み嫌っているようだ。それに対し、ここまで過敏な反応を示さないリフェルや、あの三人の子供達から考えると、何か大きな私怨があるのだろう。
 最も、それが解った所でどうなる訳でもなく、彼女が俺達人間を少しでも受け入れてくれるのを待つしかなかった。
 そんな事を思っていると、後ろからリフェルが声を返した。
「なんでしょうか? キズク様」
 リフェルといえば、敬語で話す上に様付けで名前を呼ばれるのは、どうにも歯痒いものである。
「あの廃墟にいたはずの、人々は何処にいるんでしょうか……」
 一応、仮説の上では人々は周りの町々にいるだろう、と考えているとはいえ、やはり不安なのだろう。最年長者であるリフェルは、その辺りの事を察してくれたのか優しく微笑んだ。
「キズク様、ご安心下さい。人々は皆、この先のカルスという町に避難しました」
「ほ、本当ですか? 町の人達、全員無事なんですね!」
「ええ、皆さん怪我無く無事町につきましたよ。彼らは、戦うべき相手ではありませんでしたから、影ながら護衛させてもらいました。と言っても見守っている程度でしたが」
「……ほんと、よく無事に着けたものよね。一日でも出発が遅れてたら、全滅は必死なほど弱い奴らばかりいたのに……」
 リファがは誰に言うとも無く、そう言葉を口にした。彼女が人間に対し露にする嫌悪感の原因を知っているのであろうリフェルは、駄々をこねる子供を相手にするような困った表情と共に、軽く一つ溜息を吐いた。
 俺も溜息を吐きながら、どうしたものかと、考えるもいい案が浮かばず、結局のところお互いを知り合う方法しかなかった。
「そういえば二人は、ハーピーだからやっぱり見た目以上に長く生きていたりするのか?」
 会話の糸口を模索しつつ、手短な疑問を挙げてみた。
「ええ、一応そうなります。と言いましても、ただ単にある程度成長するとそこから先は、見た目上老いはしていかないだけなんですけどもね。ちなみに、寿命自体は人間の方々と変わりません」
「へえ……結構意外だな」
「それの引き換えなのでしょうか、生まれてくる者は力も魔力も備わっている事が多いのです。一点に特化されていない分、いざという時に色々と動けるのですが、『短命の種族』なんて呼ばれたりしています」
「短命か……目標も見出せず幾千の年月を生きる命と、何かに目指し華開く僅かな命とどちらが幸せなのだろう……。……改めて思ったんだが、リフェル達って俺らより凄く年上?」
 俺の疑問に答えを返そうとするリフェルの口に、横から素早く手が伸びてきて発言を遮った。
「個人的な事まで答える義務は無い」
 リファはリフェルを一瞥した後、俺を睨みながら凄んできた。
「一理あるな。だが、それだと俺の目からは年齢の特定は判断しかねるからな。解らないとして年下扱いするぜ?」
「だったらお前の年齢を言えばいい。年上かどうかを伝える、それでいいだろ?」
「個人的な事まで答える義務は無い」
 その言葉に俺は、薄ら笑いを浮かべながら同じ口調で、同じ台詞を返してやった。リファの双眸に殺意が過ぎった様に見え、俺は少し竦み上がる。
「ガイさん、悪乗りし過ぎですよ。リファさん……えっと、ガイさんの事は謝ります。だから、その……」
「いや、別にお前が悪いわけじゃないから、その、別にいい……」
 見た目以上に年が離れているのか、離れていないのか。それは窺い知れないが、確実に年の差があるのは明白である。そんな年下の子に謝られて、少しばつが悪いのだろうか、リファは少し口ごもりながら言葉を遮った。
「ところで実際のところ、ガイ様方はおいくつなんでしょうか?」
 いつの間にか、リファの手から逃れていたリフェルは、俺に対し尋ねてきた。
「俺は16。キズクは13だったな」
 キズクはそれを首肯した。
「わたしとリフェルじゃ、随分と対応が違うな」
 リファは非難がましく言葉を吐いた。
「俺とキズクじゃ、随分と対応が違うな」
 先ほどと同じように、薄ら笑いを浮かべながら同じ口調で、同じ台詞を返してやった。リファは握り拳を作りわなわなと震えている。それを横からリフェルが諫めている。
 流石に言い過ぎかと思い、今度ばかりは謝罪をする事にした。
「リファ……流石にふざけ過ぎだった。その、悪かった」
 いきなりの言葉に、リファは一瞬呆けた後、さも下らなさそうに呟く。
「お前なんかに謝られたからどうなるわけでもない。耳障りな声で無駄な事を余計に発しないでくれ」
 それを言うとリファは、すぐさま背を向け先頭を歩き出した。それはいいとして、言葉には何故か今までよりかは棘が無く、睨みもしてこなかった事に違和感すら覚えてしまった。
 眼をしばたきながら、リフェルに意見を求めようと顔を向ける。俺の視線に気付いたリフェルは少し考える素振りを見せた後、微笑みながら小さい子供に何かを教えるような言い方で喋る。
「多分、照れているのですよ。ガイ様から謝れるだなんて思ってなかったでしょうから」
「……それって照れるものなのか?」
「リファに関して、ていう事です」
 俺とキズクは眼を瞬かせながら、ふーんと小さく声を漏らした。リフェルは身体を反らし、張った胸をポンと手で叩いて、任せろという様な動きを見せた。
 リフェルはリフェに静かに、確実に近づいていった。俺らは、あっと声を漏らすも、二人のハーピーにはそれが聞こえはしなかった。
 リファの真後ろまで近づいたリフェルは、人差し指を立てて脇腹を少し強く突付いた。
「ひやぁ!」
 リファはびくりと身を震わし、情けない声を上げた。そしてその情けない表情でリフェルに向かって叫ぶ。
「リフェル! あんたは……!」
 その光景を見つめている、俺とキズクの存在に気付きみるみる顔を真っ赤に熟するリファ。
「……な、何か言いたそうだな……」
 少し震える声で、俺を見つめながら恐る恐るといった様子で口を開いた。
「んー……」
 少し返答に困った。別に何か言いたい訳ではなかったのだが、彼女にとってはそう映ってしまったのだろう。少し考えた末、リファを逆撫でる事も考えずに、純粋に思った事を口にしてしまう。
「随分と可愛い声だとお……」
 最後まで言う前に、リファはその手に持つ槍の矛先を俺の喉につけていた。
「……」
 感情の読み取れない色に染まった、リファの瞳に見つめられ本能的危機感を覚えたものの、完全に身体が固まっており動けず、更に口は凍り付いていた。
「よく聞こえなかったんだが……もう一度言ってもらえないか?」
「……な、なんでも、ありま……せん」
 必死に喉から声を絞り出すと、リファは喉から槍を離し背を向けて歩き出していった。
 その途端、膝が笑い立っていられず四つん這いになり、流れる冷や汗を拭こうともせずに必死に肺に酸素を送り込んだ。事実、呼吸をしていなかったに等しい状況だったのだ。
「大丈夫ですか……ガイさん?」
「……ここまで恐怖を感じたの久しぶりかもしれない」
 やっと呼吸が整ってきた俺は、それだけ言うとキズクの肩を借りながら立ち上がった。
 視線を前に戻すと、リフェルがちょっかいを出しているようだが、リファは振り向きもせずに黙々と歩き続けている。それに飽きたのかリフェルはこちらに戻ってきた。
「ガイ様もガイ様ですが、リファもリファですね……」
「……リフェル、俺に失態はあったか……?」
 その言葉にリフェルは、少し驚いた風に見つめてくる。が、すぐに何処か意地悪そうな微笑を浮かべる。
「リファに対してのみ、あの発言は失態と言えるでしょうけど……ふふ」
「何が可笑しい。俺がそんなにみっともないか?」
「いえ、リファがです。まあガイ様には……まだ言わない方が面白そうですね」
 何をだ、と聞き返そうとすると、リフェルも背を向けて歩き出してしまった。その後をを追いながら、俺はキズクに顔を向ける。
「何の事だか解るか?」
「いえ……全然解りませんね……」
「……そうか」
 溜息と共にその言葉を吐き出しながら、これから先の事を想像し早くも疲れを感じてしまった。
 何より、それが安易に想像できる所により疲れを感じ、俺はできるだけその事を頭から追い出しながら彼女達の後を追っていった。



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