第八話


 月が辺りを照らし、静寂に包まれている夜更けに目が覚めた。
 寝る前の段階では、明日の日の出前後でこの町をでるつもりだったが、いくらなんでも目が覚めるのが早すぎである。恐らくキズク達が起き出すのに1時間はあるだろうが、どうにも眠気を感じられず、二度寝に至らないだろうと判断した俺は、暇潰しに夜の町を徘徊する事にした。
 当然、こんな時間に誰かが歩いてる訳も無く、誰かの目に留まる事無く、一人月明かりに晒されている。この静かさを、俺は噛み締めるように吟味し、自分の世界には殆ど残っていないこの静けさに、リビィスという世界に感銘の様なものを感じていた。
 自分の住んでいた世界では、到底考えられない事なのだから。人こそ歩いてはいなかったが、車が絶え間なく走っているのだから。十四、五年前くらいだと、深夜ともなればそれなりの静けさにもなったそうだが、俺にはとても信じられなかった。
 そんな自分のいるべき世界に比べ、この世界はどれほど『純粋』であろうか……。それでも人間の愚かさは、決して存在しない訳ではない事を、リファの過去が物語っている事には胸が締め付けられる思いではある。
 そんな事を考えながら歩いていると、いつの間にか北の出入り口まで来てしまっていた。
「確かに大きい街だが……十分、二十分の時間を潰す訳じゃないから仕方ないか……」
 そのまま街の北から外に出て、しばらくの間当ても無くぶらつくと、生い茂る木々の向こうに何者達かの気配を感じ取った。音を立てないよう、静かに近づいてその存在を見てみると、大量にいる彼らは端から見ても分かるぐらいに、列記とした魔物だった。
 その魔物は、人に近い姿をしているものの、灰色の皮膚をしており、大きな翼と鋭い爪、そして側頭部には一対の角を生やしていた。その数約二十体の魔物は整列しており、リーダー格と思われる魔物の左目には傷があり、露骨ではあるが貫禄を感じられもした。
 そのま数分間、様子を見続けていると、その魔物が右手をかざし口を開く。
「これより我々ガーゴイル侵略部隊はカルスを襲う。作戦に変更はない。各自、合図を出すまでの間、その牙と爪を研ぎ済ませろ」
 ガーゴイルという名の魔物達は、口々に笑みを携え、その瞬間を心待ちにしている様子である。
――嫌なもの見ちまったな……キズク達を呼びに行ってる間に攻撃を開始されたら、その被害はどうなるだろうか……。奇襲するならこの瞬間を逃すのは手痛いな……こりゃあ、キズク達が気付いてくれる事を信じて大暴れするしかなさそうだな――
 あまり考えている時間もあるかは不明。敵の能力も不明といった、あまりにも不利な立場ながら、流石に死ぬかもしれないと腹をくくる。この状況なら、むしろ乱戦にした方が勝機はあるのだろう。大きく深呼吸をすると、俺は素早く印を結び始めた。
「紅蓮の炎よ、そのうねり狂う大蛇を目覚めさせ……眠れし大地、彼の者達に一の裁き咆哮上げて」
 声こそ聞かれないものの、左右の手に宿る炎と地の力による発光までは、隠せるものではないのだ。とどのつまり、この後の行動如何によって、戦況は大きく変わってくるのだ。
「む……? 何者だ!」
 あのリーダー格のガーゴイルはすぐに動けるだろうが、今この瞬間、他のガーゴイル達は浮き足になるのは避けられない。それが俺にとって最大の活路にして、彼らが熟練の魔物達なら死を意味する賭けというなの活路なのだ。
「呑みこめ!――」
 その一手を打ち出すと、辺りを爆炎の大蛇が駆け巡り、辺りの木々を薙ぎ倒しながら大地の隆起が巻き起こった。ほんの少し前まで静寂に満ちていた空間を、凄まじい爆発音と大地の咆哮が轟きをあげるのだった。
 まだ炎が立ち昇り、大地の隆起による土煙が晴れない内に、俺は剣を抜き放ち視界の悪いその中に入っていった。大地の隆起が収まり元の地面に戻る中、炎を掻き分けて垣間見える影を次々に切り伏せていった。当然、反撃をされたりはするが、そこは状況が理解できている分、精神的にも差があり苦戦を強いられるほどはでなかった。
 粗方静まり返ると、辺りの殆どが消し炭になっていたり、五体不満足なガーゴイルが散らばっていた。片付けきったのだろうかと辺りを索敵していると、雲も無い夜なのに月明かりが遮られ影を作る。その影の数は七つほどあり、戦慄を肌で感じつつ空を仰ぎ見た。
 空からゆっくりと舞い降りてくる邪悪な天使。どう見間違えても天使なんて面じゃなく、悪魔そのものではあるが。
 リーダー格のガーゴイルを含めた七体は、俺を囲むように地に降り立った。その顔はあまりにも不愉快そうで不機嫌で、限りなく激昂しているようでもあった。
「七ってのは不吉な数字じゃないと思ったんだがなぁ……」
 あまりよろしくない汗が一筋、頬を伝っていく。これは死ぬ可能性がある、と俺はそう判断したのだ。
「人間がこれほどの力とはな……少し見余っていた。が、だからといって生きて返してもらえると思うなよ」
 リーダー格のガーゴイルが跳ねると、周りのガーゴイル達が一斉に襲ってきた。
 真正面から戦うと分かるが、彼らは今まで戦った敵よりも確実に強かった。あのドラゴンでさえ、うまく立ち回れば倒せるのだが、彼らは生命力も筋力も高く、俊敏性も兼ね揃えていた。
「くそ……このままじゃ押し切られる……!」
 一瞬、焦燥感を感じた俺は、間合いを十分に空けると、印を結び詠唱を始める。
「闇よ……その魔手で彼の者達を束縛せよ」
 術が完成し、無数の闇の触手がガーゴイル達を絡め取る。それを見て少しの安堵の溜息を吐き、次の魔術へと繋げようとした瞬間、彼らは闇の魔手を引き千切って束縛から抜け出したのだ。
「なっ……!」
 絶対抜け出せないという慢心が、大きな動揺を生み出して完全なる隙まで生じさせてしまった。
「グラン・デスプルス」
 リーダー格のガーゴイルが右手をかざし呟くと、周りの大地が盛り上がり、直径1メートル程度の五つの丸い球体となって、俺に向かって飛んできた。
――これが……魔法なのか……――
 ほんの少しの言葉で巻き起こった魔法を呆然と眺める俺は、この世界における魔法に対し、自分の魔術がいかに欠陥が多いのかを思い知らされた。その力の差が目の前まで迫った瞬間、強い衝撃と視界の暗転を経験し、俺の意識は闇に染め上げられたのだった。

 街の北へと駆ける者達がいた。その者達は当然キズク達で、ガイ魔術の爆音を聞くとすぐさま外へと飛び出していったのだ。
 ハーピー族である、リファ達二人は視力は高い上に夜目も利くので、立ち昇る煙を見つけ、その位置を確認して今に至る。
「ガイの言っていたのはこの事か……!」
「ガイ様がご無事でありますよう……」
「はあ、はあ……速い……」
 キズクに至っては喋るだけの余裕が無かった。一人だけ全速力で走っているからだ。
「あそこだ!――」
 リファがガイが交戦している場所を見つけた。
 が、それと同時に、木々から五つの岩石に跳ね飛ばされて、ガイは姿を現すのだった。
「ガイ!――」
 リファは絶叫をあげ、キズクとリフェルは顔を恐怖に歪ました。
「リファ! 私はガイ様の回復に回るからあなたは……」
「フレイムスピアー!!」
 リフェルの言葉も終わらぬうちに、リファは魔法を放っていた。
――ガーゴイルだと……? こんな場所に生息する魔物じゃない――
 三本の槍状な火炎が、ガーゴイルの群れに直撃した、かのように見えた。
 が、それよりも一瞬早く、ガーゴイル達の氷の魔法によって相殺されたのだった。
 ハーピーとガーゴイルとの決定的な違いは、魔力こそ同じだが、圧倒的な身体能力の差があった。つまり魔法に頼らず武器による戦闘となったら、勝機は欠片ほどにもないのだった。リフェルはガイに治癒魔法を施している事を考えると、残りはキズクとなる訳だが、十三歳程度の少年がガーゴイルより強いなどとは考えづらいのだった。
 確かにキズクは、弓矢を持たせればガイに年齢差以上の引けを取る訳ではない。だが、ガーゴイルに弓矢が利くかというと、否定せざるを得ない
 リファはこの戦況を芳しくなく、このままでは勝てないだろうと踏んでいる。が、正直な所、キズクが近距離における力がどれほどのものなのかはっきりと知っている訳でも無い為、そっと耳打ちをする。
「キズク、勝てると思うか?」
「手持ちに矢を全て使えば三体くらいは倒せます。ですが、僕では接近戦になったら……」
 想像以上の戦力である事を告げられ、リファは一瞬頬を緩ますも、それではまだ勝機へと繋がらない為、表情は冷たいものに戻ってしまった。
「まずいな……やはりわたし達では無理なのか……」
 除々に近づくガーゴイル。圧倒的な力の差がある事を理解している分、その表情には余裕、または強者の笑みが浮かんでいた。
「う……ぐ……っかはっげは……っく……」
 ガイは眼を覚まし、吐血しながらも血だらけの身体を起こした。
「大丈夫ですかガイ様? まだ傷が治りきっていません。横になっていて下さい」
「リフェ、ル? どの……くらい寝……てた?」
「え……? あ、はい三分程度だと思いますが」
「くっ……正面きっては……戦えそうに……ないな……かといって……このままじゃ……殺られちまう……」
 徐々に後退するリファの姿が目に映る。できれば加勢してやりたいものの、今の俺にはそんな力は残っていなかった。
「キズク、リファ! っぐ……少し時間を、稼いでくれ!」
 悲鳴を上げる身体に鞭を打ち、木を支えに何とか立ち上がる。
「ガイさん! 大丈夫なんですか!」
「ガイ! まだ無理をするな! その身体では足手まといだ!」
 ガイを抑える為のリファの言葉には、安堵と悲しみと悲痛な思いが入り混じっていたのだが、今この状況下でそれに気付ける者は誰もいなかった。
「リフェルに合図させ……るから、目瞑って、腕で……覆え!」
 途中、激痛に言葉が途切れながらもガイが叫んだ。ガイの思惑が何なのかを三人とも気付き、ガイの策を飲み込む事にした。確かにガイに無理をして欲しくないものの、ガイの強力無しに切り抜けられる場面でも無いのだ。
「ガイさん……そんな身体で無理をしたら……」
「……あいつの助力を飲むしかないのさ……でなければわたし達は殺される」
 リファの言葉に、俺は今尚霞む瞳を向けて頷いた。そして近寄るガーゴイルを見定め、タイミングを推し量る。
「……その閃光、カの者達の眼に焼付けんが為……」
 そこで足を踏み鳴らし、リフェルへ合図を送るとリフェルからリファ達へと合図が送られる。
「今です!」
「光を解き放て!」
 木々をも透けて見えるのではと思ってしまうほどの閃光が、辺りを薙ぎかの倒す勢いで広がっていった。
「うぐあああああ!」
 ガーゴイル達は、これを予期していなかったのか、七体とも目が潰れたようだ。
 その隙を突いてリファは槍で、キズクは弓矢でガーゴイルの群れを攻撃していった。平常心を欠いたガーゴイル達は、音や気配による索敵をできずに終わり、次々と物言わぬ骸と化していったのだった。

「大丈夫か? あの怪我で無理をしたんだ、今も痛むだろう」
 目の前にはリファとキズクが心配そうに立っており、リフェルは横から俺を支えてくれている。
「確かに痛むが、リフェルのおかげでだいぶ楽にはなったよ」
「ガイ様、二度とこのような無鉄砲な振る舞いはお止め下さい。本当に心配したのですよ」
 初めてリフェルから叱責を受けた。自分から戦っておいてこの様だから、仕方が無いと言えば仕方が無い。
「ガイさん……その傷で出発するつもりですか?」
「んー……まあ、この程度なら問題は無いよ」
「……この程度、ですか?」
「さ、出発の用意でもするか」
 軋む身体を頑張って動かす。今は、どうにか一人でも歩ける所まで傷が癒えている。
「さんざん心配かけておいてそれだけな訳?」
「悪かったよ。今度からはもう少し慎重に行動するよ……多分」
 当然だが、この日はずっと叱責を浴び続けた。
 日が完全に昇りきる頃には、魔物の骸を焼き払いできうる限りこの痕跡を消し、俺達はカルスを去って行った。



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