第十話


 オークとの戦闘から二日。
 森を抜けるにはまだまだ先になるようだった。
「なあ、次の町まであとどの位掛かるんだ?」
「五日掛かってここだから……早ければ、あと四日ってところが妥当ね」
「半分は切っているとはいえ長いな……」
「前の町で長いって言ったじゃないか」
「それにしたって、いきなり距離が空いていないか?」
「ここら辺はオークが多いいからね。お前やキズクはいいとして、普通の人間なんかは歩く餌だからね」
「人……食うんだ、あれ……」
 あの醜悪な顔の魔物が、人間を貪る光景を想像してしまい軽い吐き気を催す。
 そんな他愛も無い会話の途中、僅かだか向けられる殺気を感じた。
「伏せろ!!」
 突然、木々を間を岩が飛んできた。無数の岩を身を伏せて避けると、すぐさま辺りを索敵しだした。
「不意打ちとはやってくれる」
「ああ、正直かなり危なかったしな」
 後方にいたキズクとリフェルも難を逃れた様子だった。視線を岩が飛んできた方向に向けると、茂みの先に蠢く何かを捉えた。
「これでも食らえ!」
 俺が向ける視線の先へと、キズクが弓を絞り矢を放つ。が、矢が茂みに入っていくよりも早く何かが飛び出た。背丈は子供ほどで、その全身を黒いローブに身を包んでいた。さらにその顔は、皺くちゃで薄気味悪い老人の顔だった。
「ひょっひょっひょ、よくかわせたのう」
「ってきり今ので終わってしまうかと思っとったわい」
「何だ……この気味悪いじいさん」
「あいつらは……?魔物……いや魔族か」
「お気をつけ下さい。あれは普通の魔族ではございません。私達とでは、明らかに魔力が桁違いです」
「そう言われてもどうに戦えっていうんだ」
「私とリファで鎧となる魔法を施します。その間に、キズク様は矢でガイ様は魔術で応戦して下さい。相手が何者か解からない以上、守りを固めて出方を窺うしかありません」
「面倒だな。だが仕方があるまい……こっちは俺らに任して魔法の方はしっかり頼むぜ」
 リファとリフェルは頷くと同時に魔法を詠唱しだす。どうも複数の魔法による複合魔法のようで、魔法が完了するまでだいぶ時間がかかるように思えた。彼女達を合図に、俺とキズクは攻撃の態勢に移った。
「地に根を下ろすものよ、我に従いその手を伸ばせ」
 詠唱の終わりと共に印を結び終えると、周りの木の枝が一斉に伸び、二人の魔族へと襲い掛かる。
「うわ!」
 だが、悲鳴を上げたのはリファ達で、その目の前では先程よりもでかい岩が突然砕け散っていた。どうやら、リファ達の魔法によって作られた防壁で難を逃れたようだ。こちらの攻撃といえば、魔術によって襲い掛かっていた木々も、キズクが放った木製の矢も炎の魔法によって消し炭にされていた。
「ほれほれ、そんなものか?お前達の力は本当にそんなものなのか?」
「……お前ら、少し下がっていろ」
「え?だが、どうするつもりだ?奴等は強力な魔法を使えるんだぞ?」
「んの野郎……目に物見せてやる。と、その前に少しでもいいから魔力を分けるとかできないか?」
「お前にか?……できなくはないが、お前じゃ魔法は使えないんだろ?」
「ちょっとした事への要に必要なんだ」
「解った……だが無茶はするな」
 リファから極微量の魔力を受け取ると、気味悪い笑いを続けるローブを纏った二人に剣を構えてゆっくりと深呼吸をする。
 構えたまま、動きが止まっているガイの周りには、今までには無い妙な気配が収束しつつあった。
「喰らえ……双空牙!!」
 傾斜する一対の真空刃が交差し、地面を抉りながら突き進んでいった。更に進むにつれて形状が変化して行き、終いには地面から伸び、交差し合う二本の牙の様に変わり果てた。
「おお!?」
 二人の魔族は驚きの声を上げながら、身を翻してかわした。
「はあ、はあ、心臓に悪い奴じゃのう。流石はとでも言うかもしれんが。そうじゃなあ、あの者にするかの……」
「確かに厄介じゃが、わし等の前では味方にも厄介。ひょっひょっひょ……」
 真空刃による土埃の中、二人によるそんな話が聞こえたような気がした。
「まさか避けられるとは……リファ、さっきの壁みたいな魔法を俺自身に施してくれないか」
「何をするつもりだ?」
「遠距離が駄目なら直接斬りつけるまでだ」
 俺は正面を見据え剣を構え直した。
「そんな……危険ですわ。無鉄砲にもほどがあります。あなた様らしくありません」
「元々俺自身はとても、いや、とにかくそうせざるを得ない事態が連続しているだけだ。リファ……やってくれるよな?」
「……分かった、でもさっきも言ったが無茶はするな……しないでくれ」
「努力はしよう。だが、相手が相手だけに、な」
「リファ……本気なの?」
「……このままでは手も足もでないし……わたしはこいつを信じる」
 リファがほんの数秒の詠唱を済ますと、淡い光が俺を包み込んだ。
 それを確認すると、俺は駆け出してその敵へと迫っていく。
「む?おほう、自分から来るとは、おめでたい奴じゃのう」
「ほっほっほ、ではどう転ぶか分からんが、くふふ、やってみるかのう」
 二人の魔族が小さく口を動かすと、にたりとやはり気味悪い笑みを浮かべた。
 その直後、何かが身体を突き抜けていく様な感覚を覚えた。
―――何が、起こったんだ?感覚が薄れていく……―――
―――くそ、なにを?な、に、―――
 その瞬間、頭の中にノイズが生じ見るもの全てが歪んでいった。

イッタ ナニガオ ッタン  オ ハイッ イド ナッ ンダ?
クソ ダメダ カラダ ウマク ゴカ イ
コロセ
ナ ダ イマノ エハ
コロセ
 ノコエハ ンダ
コロセ
ウ サイ ダマ 
コロセコロセコロセ
 ミザワリ トイウ ガキコエ イカ ヤ テク 
コロセコロセコロセコロセコロセコロセ
ウア  アアア アアアア
コロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセ
アアアアアアアアアア!!

「ガイ?」
 三人は敵の目の前で立ち止まり、肩を震わす仲間を心配げに見ていた。
「ふぉっふぉっふぉ、何を言ってもそやつには聞こえとらんぞ」
「何だと?ガイになんの魔法をかけたんだ!」
「な〜に、ちょいと己に素直になってもろうただけじゃ。己の中にある、微かでとてつもなく巨大な欲望を、表に出してやる魔術をかけてやったのじゃよ。幸い、ここには二人ばかり雌のハーピーがおるしのう」
「なっ―――」
 リファが顔を朱に染め後ずさり、リフェルは険しい表情になった。
「魔術……異世界の上位の魔物以上、上級の魔族が使うという……魔王の刺客といったところでしょうか」
「そんな……早過ぎる……」
「ウア……アアア……アアアア!!」
「そろそろかのう……面白い事が起こるのが」
 もはや、ガイが男としての欲望に動く事を疑っていない様子の刺客。だが、ガイの中に存在するソレは、それほど生易しい物ではなかった。
「アアアアアアアア!!」
 ガイが咆哮を上げた。そして、その額には細長い三角形が二つと輪のような形をした光が宿っていた。三角形は縦に二つ、下は逆三角形をしており、二つの三角形の間に輪の様なものはあった。このリヴィスの地に住む者も、彼らの故郷の異世界に住む者もこの紋章を知らぬ者はいなかった。
 だが、二人の刺客には見えたものの、リファ達の三人には背を向けられている為に見える事はなかった。もし、ここで見ていたらガイに対する接し方も、大きく変わっていったのだろうが、それもまた当分先のお話だった。
「こ、この小僧に何故……!」
 狼狽する刺客に、炎のような光を灯したガイの眼が向けられる。
「ウグアアア!」
 絶叫ともいえる咆哮を上げながら、ガイの手から一筋の閃光が放たれた。
「ひゃあ!」
 生身の人間のそれを超越する一撃に、片方の刺客は避けることなどできず、情け無い声を上げて切り裂かれた。
―――ありえん……。こんな小僧にあの紋章があるなど……とにかく逃げなければ殺される―――
「……」
 特に言葉を発するわけでもなく、ガイは残りの刺客を見つめた。それは、無言の威圧とでもいうかのように、刺客には重く恐怖が圧し掛かっていた。
「ぐ、うう……これでも喰らうのじゃあああ!」
 刺客の右手から赤い閃光が放たれる。炎の魔法によるその閃光がガイを焼こうとした瞬間、ガイが右手でその閃光を掴むようにすると、赤い光は急速に大きさと輝きを衰えさせて消えていった。
「……キエロ」
 ガイはただ一言そう言うと、先ほどの体制のまま右手から炎が噴出した。それは刺客が放った閃光なんぞ、ものともしないほどの大きさであった。
「そ、そんな馬鹿な……」
 ガイの炎を目の前に、死を悟った刺客はただ一言呟いて、巨大な炎に包まれていった。
 ガイが放った轟音が鳴り止み、辺りの粉塵が晴れたそこには、薙ぎ倒され消し炭になった木々が散乱していた。先に切り伏せた刺客も巻き込まれたのか、二人とも同じように消し炭となっていた。
 そして、静けさが戻ってくるとガイの額にあった光は消え、それと同時に前のめりとなって倒れてしまった。
「……ガイ?おい、しっかりしろ!」
 倒れてから、ぴくりとも動かないガイに、リファが駆け寄り心配そうに抱き起こす。
「すー……すー……」
 抱き起こされたガイは、とても穏やかな表情と共に規則正しい呼吸をしている。それを見たリファは、しばらく呆然と眺め続けていた。
「寝て……いるのか?」
 やっとこの状況を把握したリファは、大きく溜息をしてガイの頬をつねった。が、相変わらず規則正しい呼吸をするばかりで起きる様子はなく、再び大きな溜息を漏らした。
「にしても、さっきの敵の驚き様は一体……」
「そうね……それにガイ様の持つ欲望があれだとしたら……。きっと、あの二人の驚きはそこにあるのでしょうね」
「にしても……ガイさんって、詠唱とか印を結んだりとかしないであんな事できたっけ……?」
 ただ一人キズクは首を捻るが、二人にはその言葉も動作も気付く事は無かった。

ここは?
意識が戻ったか。
この声はさっきの……お前は誰だ!
まだそれを知る必要は無い。
何?
俺はお前の中に存在し続ける。お前が持って生まれたモノだ。
俺はお前の強さが、俺が存在している為だと思っていたが……どうやらお前自身、底知れない力の持ち主のようだな。
何の事だ?俺の中に存在し続けるだと?お前は一体何者なんだ!
まだ時が早すぎるな……だが何れは知る事になるだろう。次に会う時まで、せいぜい強くなってほしいものだな。
待て、何処へ行くというんだ?答えろ。お前は何者なんだ?俺は一体なんだ?俺は、どうしたらいいんだ?答えろ!!
さあな、だがどうすべきかぐらいは自分で考えろ……。

 闇に包まれた漆黒の部屋の奥に、何者かが玉座に腰を下ろしている。その玉座から十メートル程先に、片膝をついた姿勢をする者がいた。
「魔術師、マイスとマイサの二名がクライムの魂を紡ぐ者に討ち取られました」
「出撃の許可を出した覚えはないぞ」
「十五の戦士の封印を解かれる前に葬ろう、と決断したと思われます」
「貴様は二人がそう動く事を知っていたのか?」
「いえ、戦死の報告を承り、彼らの部屋に書置きがあったのを見つけただけです」
 顔を伏せたまま報告をする者は、口調こそ落ち着いているが、内心は冷や汗をかいていた。何せ、この人物が少しでも機嫌を損ねれば、自分の首が跳ね飛ばされる可能性があるのだ。
「……だが、こうもあっさりと殺られるとはな。くっくっく、伊達に魂を紡ぐ戦士という訳ではないか……。だが、心身共に強くなければ脆いものよ。ライデン・シュタナーを出撃させよ。あの呪術を奴の仲間にかけて帰還すればいい、と言っておけ」
「は!了解しました」
 報告に来ていた者は、出撃命令を伝えるべく部屋を去っていった。その気配が無くなり、しばらくして玉座に座る存在は目を細めた。
「にしても、欲望を膨らます魔術をあの二人が使わない訳がない。それなのにあの二人は戦死……。一体、どんな欲望がクライムの魂を紡ぐ者の中に巣食っているのやら……」
 玉座に座る存在座る口元が緩ますも、二度と言葉を発する事は無く、その空間は闇と静寂に包み込まれた。



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