第十二話


 それからの日々は時が経つのは早かった。
 ガイさんはあれ以来、笑う事を忘れたかのように、淡々と人形のように動き続けていた。あの後、ガイさんはいきなり穴を掘り始めた。
「まだ……希望が無いわけじゃ無い……ここに野ざらしでは危険だからな」
 風化や破損を避ける為だと言って、リファさん達を地中深くに埋めた。
 それから四日経った今。幾度と無く魔物に襲われたものの、全てガイさんが切り裂いていった。けれどもそれは、一撃で殺めるのではなく、できうる限り苦しめて殺すのだった。
「お前たちが悪い訳じゃないのは解っている……だが……俺には……」
 惨殺した魔物の屍の前で、ガイはいつもそんな懺悔のような言葉を呟いていた。僕だって気が狂いそうなほど、頭の中がぐしゃぐしゃになっている。だけど、ガイさんは気が狂いそうとかそんな物じゃなく、壊れてしまっている。そんな雰囲気だった。
 リフェルさん達の死はガイさんにとって、あまりにも深いものであり、とても僕には埋められるものではなかった。

「街……ですね」
 歩くスペースが極端に落ちていた為、予測していた日数を大幅に超えていたが、やっと町の目の前まで来る事が出来た。
 ここしばらく、殆ど会話が無かったキズクは何とか話題を作ろうとガイに話しかけたものの、
「……ああ」
 予想通りと言えばそれまでだが、やはりガイの言葉には生気が感じられず素っ気無い返事だけが返ってきた。
「ガイさん……その……」
「すまない……だが……」
「……」
 ガイの苦痛を理解していないはずがないキズクにとって、ガイのその沈黙が重苦しく痛々しい、とキズクは悲しそうにガイの背中を見つめたのだった。

 街は活気があった。旅人が来た事すらも気づかないほどである。本来なら、喜べるものなのだが、ガイにはそれが鬱陶しくも思えた。
 ガイは宿を探しもせず、ただ段差に腰を掛けて俯いた。その姿は生きる事さえも疲れている、そんな弱々しい姿だった。
 キズクは、どう声を掛けるべきか、それともここは黙っているべきかと悩んでいると、ガイは顔を上げて笑った。笑ったものの、それは明らかに自嘲であり、そこに込められた言葉を理解する事は、キズクにはできなかった。
 そんな二人の前を一人の女性が通り過ぎた。それは彼女に似ていて、決定的に彼女とは違う女性だった。だが、ガイにはその女性が彼女に見えたのだろうか、大きく見開かれた瞳には確かな生気が感じられた。
「ん……?どうかしましたか?」
 ガイの視線に気付いた女性は振り返った。ガイが抱いた思いは幻想である事を知ると、その瞳から色は消えうせて再び自嘲した。
「この町に……宿はあるでしょうか?」
 ガイは立ち上がって、作り笑いを浮かべた。ガイの心境を知らない女性は、快く答えた上に道案内まで申し出てくれた。
「ガイさん……」
「……少しでも、前に進まないとだな……」
 その選択だけで、どれだけの苦痛なものなのか。キズクにはその全てを理解はできなかった。

 日が沈み、辺りに夜の帳が下りた頃、宿屋の一室の戸が勢いよく開けられた。
 そこには三人のハーピー達がいた。その三人は以前、リファ達と共に襲撃してきた者で、リファ達の身を案じて追いかけてきたのだった。
 だが追いかけてきて見たのは、リファ達の石像であった。大きな穴を掘った形跡と未だに残る魔力に、三人は掘り起こしてしまい、そして絶叫を禁じえなかった。そして一番近くの町に来て、この宿に来たのだった。ガイ・サンデスドという人物を見つけるべく。
 ハーピーの一人が激昂の表情で、椅子に座っているガイの胸倉を掴み、力ずくで立たせた。
「どういう事だ!お前がいながらリフェルさん達があんな……説明しろ!」
「……」
 そう捲くし立てる彼女に対し、ガイは無言で見下してるかの表情だった。この中で気付けるのはキズクただ一人、ガイは今にも消え入る灯火の様なもので、彼女達を見て見下しているのではなく、何も感じられなくなっているのだという事を。
「何故黙る!!何故答えんのだ!!」
 そう捲くし立てるも、胸倉を掴む少女の憤怒の顔はふっと崩れた。
「あ……」
 ガイからは、生気の欠片も感じられない事が彼女にも解ったのだ。それと同時に力が緩むと、ガイは重力に引かれながら後方に崩れ、椅子に落ちていった。
「……」
 重い空白の沈黙が流れた。だが、それはこの中でも、一番意外な人物が終わらした。
「……俺は……」
 全員の視線がガイに集まる。だが、ガイには何も見えていないような雰囲気で、それは独り言のような懺悔のようなものだった。
「俺は……やはり甘えていたのだろうか……救世主だとちやほやされてて……負ける事が無いと過信していたのだろうか……」
「……」
「俺にはやはり救世主など務まらない……俺は身近な者さえ助けられない……自分の身で精一杯だ……」
 キズクもハーピー達も、何を口にすべきか解らず、ただ黙って傍聴している。
「そうだろ……?庇ってもらわなければどうしようもない俺が、世界を救えるはずがある訳無いだろ……違うか……キズク?」
 急に名前を呼ばれた事で、キズクは狼狽して口篭ってしまった。
「もう……これ以上、誰かを失う事を耐えられる訳が無い……キズクは帰れ……」
「え……?」
「これなら……一人で戦い、一人で苦悩して、一人で死んだ方がまだマシだ……」
「……それは……本気で言っているんですか?」
 声を震わせながらキズクは立ち上がるも、ガイはそれに反応する事は無かった。
 ガイの意思を確認したキズクは、ガイに歩み寄り、腰に挿してある鉈を鞘ごと取り出し、その横顔を力の限り叩き付けた。
 ハーピー達は、眼を丸くして驚きを隠しきれない表情でいる。彼女達を気にする事無く、キズクは崩れ落ちたガイの胸倉を掴み、上半身を引き起こした。
「ふざけるな……」
 焦点の定まらないガイに対し、キズクは初めて見せる顔をガイに突き向けた。
「あなたは何故、そう全てを背負い込もうとするんだ。仲間を信頼してない訳じゃないのは解るさ……。だけど、それであなたが死んだら、僕はどうすればいいと言うんだ!力になる事もできず、安全な地でその死を知った僕はどうしろと言うんだ!それとも、悲しみだけは僕に背負い込ませたいのか!あなたに生きてほしいから、あの二人は身を挺したんだ!それなのにあなたは死急くのか……?生きる事は、死ぬ事の何百倍も難しい。それでも、あなたは生きなきゃいけないんだ!ここで、死を選ぶほどあなたは卑怯なのか……?立って、歩き、生き続け、成すべき事があるんじゃないのか?それが、あの二人が僕達に託した事じゃないのか!」
 キズクは振り投げるように手を離すと、ガイの身体は壁にぶつかった。限りない静寂の後に、ガイは虚ろな目のまま動き出し、自分の荷物を持って部屋を出て行ってしまった。
「……ガイさん……」
 いきなりの事の成り行きに、眼を瞬かせながら遠慮がちに一人のハーピーが口を開く。
「追わなくて……いいんでしょうか?」
 その言葉にキズクは険しい顔を作った。彼自身、その判断の中で葛藤の渦中にいたのだ。
 が、結局の所追う事はできず、静かに時間だけが流れて行った。

「生きる事は死ぬ事の何百倍も難しい……か……」
 町の外に出て、ガイは荷物を降ろすと、ゆっくりと素振りをし始めた。
 雑念を捨てての稽古が染み付いているのか、頭の中を整理する時は、いつもこうして素振りをしていた。
 少しずつ、素振りの速度が上がるに連れて、ガイの心はそこから離れて、何時しか過去の記憶に自分を置いていた。

 それは自分の育て親である、師父がある事を教えていた時の事だった。
―――生きることは、死ぬことの何百倍も難しい。そして辛く悲しく儚く痛く、苦しいものだ。だが、生きているだけで、仲間達は喜ぶものだ。いることが当たり前となった時には、その人物がいる事に、特別喜びを感じなくなったりもする。失って、初めて解ると言うやつだ。そんな中を生き続け、苦しみや、痛み、悲しみの中にある、光を見つけるのだ。今、解らずとも、そのうちに解るだろう。いいか、無闇に死を選ぶ事は仲間を傷つけるだけだ。仲間を助けるべく行為であれど、自分が生きる為に仲間を失うのを望む者などそうそうにいない。本当に大切な仲間なら……互いにその者が生き残れる、『最悪の最善策』を取ろうとするものだからな。もし、その策を取られたなら、それでお前が生き残ったなら、お前は見っとも無くとも生きる事に執着してもがき続けなければならん―――

 気付いた時には既に朝日が辺りを照らしつつあった。
「もがき続けるしか……ないのだろうな」
 ガイは頬に涙が伝うのを感じながら、リファ達の眠る方角に身体を向けた。
「リファ、リフェル……すまない。……俺は当分立ち止まれないし、振り返ってはいけないようだ。この戦いが終わるまでは。だから、俺は先に進まなければならない」
 ガイはその方角に背を向けて歩き出す。先に行っている、という言葉は誰の耳にも届く事無く、風に運ばれていった。

「結局、あいつは戻ってこなかったな」
「……」
 一晩待っても現れなかったガイに対し、置いていかれたのだろうとキズクは諦めの念を抱いていた。
「死ぬ事と死なれる事の覚悟があるなら付いて来い……」
 宿から出たキズクに、そんな言葉が投げつけられた。
「ガイさん……」
「俺はお前が思っているほどできた人間じゃない。卑屈で卑怯でどうしようもない人間だ。覚悟とそんな人間に付いて行く気があるなら来ればいい」
 キズクは涙ぐみながら力強く頷いた。
「当然です……。僕はあの時から、あなたに命を預けたんですから……」
 ガイは笑う事は無かった。だが、確かにキズクに対し頷く何かは感じ取れた。
 ガイはハーピーの方に向くと口を開いた。
「助けてくれとは言わない。だが、ここから一番近い十五戦士が封印されてる場所を知らないか?」
「一番近い所への道はここから先、王都まで町も村もない……それでもよければ案内くらいはしてやるが……本気か?」
「今の俺達は力不足だ。せめてキズクだけは失いたくない。今の俺にはこいつしか残っていないからな。だから俺には力強い味方が欲しい。他力本願でいけないとは思うが……すぐに強くなれる訳じゃないからな」
「解った。そんなに言うのなら、案内しよう。15戦士、四騎士剣将、魔道の元へ……」
 その言葉にハーピー達は承諾するも、ガイの瞳には少なからず氷塊は残り続けているようであるのを、キズクは見逃せずにいたのだった……。


次の話へ