第十三話
バリスより東南東に位置するある場所に向かう一行がいた。バリスを南北に分ける、険しい山脈の端となっており、人とハーピーの計五人は足場の悪い岩場を歩いていた。
「随分と歩きづらいな……あまり無理はするなよ、キズク」
「村にいた時はいつもこんな感じですから大丈夫ですよ」
宿にてガイの胸倉を掴んだハーピー、アンという少女は、ずっとキズクに寄り添うように歩き続けていた。
元々は道案内だけという話だったのだが、意外な事にこのアンという少女がこれからの旅も同行する事を約束してくれたのだ。
リファのように気性が荒く、やはり人間を良くは見ていない彼女がこんな事を申し出るのか、とガイは首を傾げていたが、今ならその理由も理解できた。
「まさかとは思っていたが……だが意外だな……」
「キズクさんは凛々しい方ですから、納得できると思いますけどね」
ガイは横にいるハーピーの少女の言葉に、そうだな、と小さく答えた。
もう二人のハーピーの少女は双子で、シャナとリーナという名だという。流石双子というべきか、二人ともあまりにもそっくりで、ガイにはどっちがどっちだかの判断ができるようになるのは当分先のようだ。
「でも、あいつは確か十五なんだろ……?それに俺らと同じ成長速度だっていうし。あいつ……まさかとは思うがショ、むぐ!」
ガイの冗談は途中で、双子のハーピーに口を封じられたのだ。いきなりの事に、ガイはしばし呆然としつつも、二人を見るとその顔は青ざめていた。
「だめです!ガイ様!」
「そうですよ!殺されちゃいますよ!」
二人は同時に小声で怒鳴った。その様子から、どうやら禁句のようだった。
「……もしかしてマジなのか?冗談のつもりだったが……」
「……冗談でも二度と言ってはいけませんよ?」
「リファさん達がいなかったら……あたし達はどうなっていた事か……」
二人は微かに震えているのを見たガイは、一度アンの方に視線を向けてから、言い様の無い戦慄に身震いを起こした。
「……ところで、その洞窟は何処にあるんだ?」
「だから、この山の滝の付近にあるはずだって言っただろう」
「……もしかして正確な位置は知らないとか?」
嫌な気がしたガイは、嫌な顔をしながらアンに訊ねると、
「知らない」
見事に即答されて、頭を垂らして項垂れた。
「全く……それでよく自信満々に道案内を引き受けたな」
「そういう話がハーピー族にあるんだよ。信憑性は解んないが、下手な話よりよっぽど信頼できるんだ。それに……あそこに滝なんてそういくつもある訳じゃないんだから、すぐに確認できるだろ」
「……初めからそう言ってくれれば、無理して来なくて済むしもっと利口なやる方ってもんがあっただろうに……」
「例えばどんなのだよ?」
ガイの言葉に馬鹿にされてると考えたのか、言葉に怒気を混じらせた。
「一旦あの町で情報収集するとか、バリスで文献を調べるとかあるだろ」
「……」
ガイの御もっともな言葉に、アンはしばらく押し黙った。
「まあ、成せば成る」
「あ、逃げた……」
何とか会話を区切るをアンに、ガイは呟いた。
「それにしても……この音ってもしかして滝の音なのですか?」
狩人として研ぎ澄まされた五感が、その音をいち早く気付いた。
「この崖の先に滝があるのかもしれない」
正面は迫り出した崖で、その先がどうなっているかは解らないが、確かに水が叩きつけられる音は感じられた。
崖の先にあった滝の裏には、ハーピー続の話にあった通りに洞窟があり、そこからも水が流れ出ていた。
洞窟の中は鍾乳洞になっており、幅2メートル程度の道で地面はほんの少し水位で川へと続いている。道の両端は20センチほどの溝があり、そこを流れる水はどこまでも透明で澄んでいた。
「何だ……?行き止まりか」
洞窟は垂直の壁に封じられていた。その壁はあまりにも不自然で、作られた物にしか見受けられなかった。
「何か書いてありますね……」
「数百年ともなれば流石に古い文字ね……えっと、資格あるもの ここに立ちて 其れを願え。って、其れって何?」
キズクが見つけた文章をアンが読み上げた。他の三人はそこに書かれている文章を覗き込んだ。
それはバリスの古い文字で、ガイには古代の何処かの帝国の文字のようにしか見えなかった、はずなのだが、しばらく眺めているうちに首を傾げだした。
「どういう事だ……?」
「さあ?あんたが『魂を紡ぐ戦士』に相応しい何かを値がって事じゃないの?」
「違う。その事じゃない……」
ガイは文字を睨みつけてから、キズク達の方へ振り返った。
「この文字……初めて見るはずなのに読めるんだ……」
「……」
アン達は唖然とする中、キズクは何かに頷いていた。
「やっぱりそれは、ガイさんが『魂を紡ぐ戦士』だって事じゃないかと思うんですけど」
「そうだな……それもこれも、これで判断がつくんだけどもな」
ガイは壁の前に立ち、瞑想をするように眼を閉じた。
キズク達は期待の眼差しを向け続ける。が、十数秒経っても変化は訪れなかったのだった。
「もしかして……さ」
アンが遠慮がちに口を開くと、ガイは申し訳なさそうな顔で振り向いた。
「いや、すまん。……念じてた」
「……」
あれから一分後。壁は溶ける様になくなっていた。
「本気で殴る事は無かったかと……」
「開けゴマ、で開く封印があるか!」
顔に出来た痣を、シャナ達の治癒魔法で癒してもらいつつも洞窟の先へと進んでいった。
壁の先は広い部屋で、25メートル程の正方形の平らな岩のステージになっていた。その周りは1メートル程の溝で、やはりどこまでも澄んだ水で満たされていた。
部屋の奥には、身長180センチ程の鎧姿の男の像が立っていた。その両脇に3、4メートルくらいの摩訶不思議な石造が置かれていた。
石造は浮いており、幾何学的な形をしていたのだった。細長い逆さの円錐が一つ、その上の方に頭を思わせる球体。更にその真上には兜の意味なのか三角錐が浮いていた。そんな胴体らしき物の正面には、後方に反って伸びるV字の物体があり、両端からは細長い剣の刀身のような物が水平に突き出されていた。
「あの石造は一体何でしょうか……」
「差し詰め、V字みたいのは鎧、こっちに向いてる一対の剣みたいなのは腕、逆円錐は足、胴体。球体が頭で、守護石造といった感じだな」
「あんな守護なんか欲しくないな。ていうか、そんな不吉な考えなんかしてんなよ」
ガイの憶測にアンは睨んだ。アンは、自分達を襲ってくるのではないだろうかという、心配をしていたのだ。
「仮に、ここの守護だとしても、俺らが襲われる謂れは無い訳だ。俺達はむしろ歓迎されるべき身なんだからな」
「ですよねー」
ガイの言葉に納得するものの、決して安心し切れなかった四人は乾いた笑い声を上げた。
「クォォォォォ」
その直後、楽器から奏でるような綺麗な音が響いた。五人共一斉にその音源に視線が集まった。
先ほどまで石造だったそれは、左が黒で右が赤く染まっており動き出していた。
「やっぱり動き出したじゃないですかー!あんな大きいの、どう考えたって勝てる訳がありませんよ!」
慌てふためくキズクにガイは冷静に口を開く。
「さっきの壁が元に戻ってるんだなーこれが。あ、願ったが開かなかったからな?」
つまり完全に閉じ込められているのだ。
「実は招かざる客だったのかな……俺ら」
「馬鹿な事言っていないであれを倒すぞ!」
緊張感の無いガイにアンは叱咤するも、ガイは何処か諦めている雰囲気だった。
「そうだな……とりあえずあれをガーディアンと呼ぶ事にしよう」
「頼むから本気になってくれ……ガイ」
ガイが壊れたと思ったのか、アンは哀願までし出したのだった。
「哀れむ眼で見るな。どうするか考えていたんだよ。俺は黒いのをやるからお前達は赤いのと戦え」
二体の石造は見た目通り、その動きは鈍重でまだ幾ばくかの余裕があった。
「……一人で大丈夫なのですか?」
「駄目だったら助けて……」
キズクの言葉に、ガイは急に弱気になった。
「とにかく……全力で戦わなければ殺される覚悟で当たるさ」
ガイはそう言いながら、黒い石造に向かって走り出した。それを見たキズク達も、赤い石造に対し攻撃の構えに移っていった。
「は!」
ガイは先手を打って切りかかる。が、金属を打ち鳴らす音が響くばかりで、効果があるのかは甚だ疑問であった。
「コォォォォォォ」
黒い石造はガイに向けて剣を横に大きく振るう。避けきれないと判断したガイは剣で受け止めようとするも、その力はあまりにも強く吹き飛ばされてしまった。
「くそ……思ったよりやばいんじゃないか、これ」
石の床に打ち付けた身体の痛みを堪えて起き上がるも、既に目の前に迫った石造が剣を振りかぶっていた。
「ガイさん!」
その光景にキズクは叫ぶも、ガイはそこまで鈍くは無く、サイドステップでそれをかわしたのだった。が、キズク達が牽制しながら攻撃していた赤い石造が加速してきて、その攻撃範囲内にガイを捉えていたのだった。
「っつ!」
その滑らかな太刀筋を完全には避けられなかったガイは、顔や服から薄っすらと紅が染み出してきた。
―――致命傷はかわせたとはいえ……今のは危なかったな。全員で一体に絞って攻撃しないと殺されかねないな―――
「俺が二体を受け持つ。黒いのを攻撃するから、あいつに援護射撃になりしてくれ!」
キズクは背を向けて走り出すガイに頷き、弓矢を引き絞った。
「全力で援護するわよ」
「勿論ですとも!」
「解っていますよ!」
アンは雷、シャナは炎、リーナは氷と各々の得意とする魔法を使い、キズクが矢を放ってガイを援護した。
が、石造は驚くべき行動に移ったのだった。刀身の腹でガイを下から上へとたたき上げたのだ。
それは、頭部と思しき球体に向けて放たれた四人の攻撃の軌道に、ガイを引っ張り出したのだった。
「く……っそたれ!」
ガイは身体を捻り、剣を振るってキズクの矢を落とすも、魔法まではどうしようもなかった。。
「クォォォォォォ」
ガイの身体は魔法の衝撃で人形のようにがくんがくんと揺れ、更には石造の刀身の腹による、再度の平手打ちを全身に受ける事になったのだ。
ガイの身体は吹き飛ばされ、壁に衝突すると引力に引かれて溝の水の中へと落ちていった。
「あ……いや、いやあああああ!」
ガイは薄れる意識の中、薄っすらと聞こえた二人の悲鳴を他人事のように感じながら、深い水の中へと沈んでいった……。
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