第五話
「今頃になって悪いんだけど……」
この町に着いた次の日。多少の物品調達という事でもう一日、滞在する事となった。ただの遠足でなければ、ただの旅行でもない。アリアは買い物なんかすぐ済まして、先を急ぎたいという気持ちがあったものの、シェリナに急ぎすぎて準備を怠ればトラブルに会うとなだめられてしまった。
そして今現在、買い物をしながらシェルナは非常に言いづらそうに、アリアの方に向き直っている。
「そんなに畏まっちゃって……何かあったの?」
不安そうに聞くアリアに、とても真面目な表情でいるシェルナ
「その……服とか髪とかってそのままでいいのかなぁ、って思ってさ」
「へ……?」
あまりに真剣な表情だった為、出てきた言葉にアリアは間抜けた声を出してしまった。
確かに、うら若き乙女である彼女達にとっては真剣な問題であるだろう。だが、アリアには劇的な事が多すぎて、そんな事を構うべきではないぐらいの感覚に陥っていたのだ。
ちなみに、アリアの髪は編むほど長い訳ではないが、そのままにしておくのはあれだからと後ろで結わえており、今の服装は村の人達から貰った物である。
「服は結構気に入っているし、贅沢なんて言えないしね。髪は……やっぱ切っておいた方がいいかなぁ……やっぱ長いと色々とあれだよね?」
「うん、まあ……そうだけど無理強いはしないよ?」
そこは同じ女の子。シェルナはできる限り、純粋に本人の意思で選んで欲しかった。
「大丈夫だよ。それに元々『向こう』にいた時から、切ろうかどうしようかって考えてもいたからね」
「ふーん……失……」
シェルナの言葉は、アリアに叩かれた事で途切れた。
「言うと思ったし違う」
アリアは短くした髪を鏡を使って様々な角度から確認する。彼女にとってショートカットにするのは、これが初めてだったのと、この世界のセンスに少なからず不安があったからだ。
「わー、似合ってる似合ってる。かわいいー。これで猫被り続ければ……」
再び叩かれてシェルナの言葉は途切れる。
「それはそうとこれからどうするの?」
初めの言葉だけなら素直に喜んだのに、とアリアは頭痛なようなものを感じながら訊ねた。これからどうすべきかという事なのだが……。
「どうするって、明日までゆっくり休むしかないでしょ」
シェルナは、アリアの想像通りの勘違いをした。というものの、そう捉えるのが当たり前でもあるか、アリアは一人胸中で頷いた。
「そういう意味じゃなくて、バリスに直行か、周りの町をゆっくり回りながら、バリスに目指すのかってことだよ」
「直行以外に何をするのさー。路銀は無限じゃないんだからね」
「そうじゃなくてー。シェルナ達が話していた十五戦士とかいうの。その人達の封印も解かなきゃなんないんでしょ?」
「まーそれはそうだけどさぁ。アリア、もしそれで『魂を紡ぐ戦士』じゃなかったらどうする気?」
「……」
それは余りにも致命的で、この上ない大恥をかく事だろう。アリアはつい押し黙ってしまった。
「それに、封印を解く方法も知らない癖にー」
「そ、それはそうだけど……知ってる人なんかいるわけ無いもん」
「まー当たり前と言えば当たり前なんだけどね。普通に解ければ封印の意味がないもの」
頭を掻きながらシェルナは溜息を吐いた。それがアリアに対してなのか、解く方法が不明な封印に対してなのかは知る由もなし。
「でもさ。その内ガイっていう人が封印を解いて、その解き方が解るんじゃないのかな?」
シェリナが横から口を挟んだ。それは確かにそうなのだが、こちらと同じく『魂を紡ぐ戦士』である決定的な証拠となる話など聞いていない。仮にそうだとしても、いつになるかも分からない望みに、背中を預けるのはどうかと考えていた。
「まー、賭けで封印されている所に行ってみるのもいいけどね」
シェルナは何かを考える素振りを見せながら口にする。それに対し、アリアとシェリナはどういう意味かと首を傾げていた。
「封印されている場所に行って、何も起こらなかったらアリアは普通の人である可能性が高い。憶測に過ぎないけどさ、封印を解くのにわざわざ回りくどい事をする必要がないと思うんさ」
『魂を紡ぐ戦士』という条件さえあれば、とシェルナは付け足す。二人は納得すると共に、シェルナもシェルナなりに考えているのだ僅かに関心した。
「でも何も起こらなかったらどうする……?」
一番の不安な部分を、表情を暗くしながらアリアは二人に訊ねた。
「その時は、アリアお姉ちゃんが元の世界に帰る方法を考えた方がいいんじゃないかな。何でリビィスに来たのかは分からないとしても、それだけは掴んでおかないと危ないんじゃないかな」
「そこら辺はバリス辺りで探すとして、問題は封印されている場所なんだよね……」
急に言葉を詰まらすシェルナを、アリアは不安そうに見つめた。
「もしかして……場所を知らないとか?」
「それは多分大丈夫。昔からそれらしい場所があるって話を聞いてるから。問題はその場所なんだよね……」
「え……?えーと、どういう事?」
シェルナの矛盾する言葉にアリアは困惑する。その頭の中は薄っすらと混乱の色で満たされている。
「あたし達三人だけだと……ちょっと死んじゃうかなー……なんて、ね」
冗談っぽく語るシェルナ自身、やはり冗談としては笑えないと感じたのか、段々と口調が沈んでいった。
「誰か男の人に同行を頼んでくれば良かったのに……」
「それはそうだけど、旅するんだよ?他に周りには人はいない。どんな困難な時だろうと助けは望めない!そんな時に同行する奴が狼になったらどーするのさ!!」
先ほどとは正反対に、どんどん語気が荒くなるシェルナに、二人は少なからず賛成の意はあった。
「確かにそれはそうだけど……もしも、仮に全てが本当に『そうであった』としたら、あたし達はガイっていう男性と一緒に旅をしなきゃなんだよ?」
可能性ある未来を前に、シェルナは渋い顔をする。
「それはそうさ。だけどねー、うちの町に身体一つ預けていいと思える男はいないんだよねー」
「……」
流石にアリアは唖然とした。一方シェリナは普段から、この姉がこうであるのだろうか溜息を一つ吐くだけだった。
「シェル姉は基準高すぎるから気にしないで」
シェリナは姉のフォローの為にアリアにそう呟いた。
「……んん、まあ……人それぞれだから、ね……」
アリアは一応、それを理解したような様子を見せるも、その驚きは全く醒めていなかった。
―――そういうのって、一緒にいて付き合って初めて感じるものじゃ……あーでも全員が顔見知りな町だとそういうものなのかなぁ―――
一人悶々と考えるが、結局はシェルナはそういう人物であると判断し、その考えを一旦打ち切った。
話を戻すと、彼女達三人ではあまりにも困難な道のりだという事だ。その近辺の魔物は平均的に強い上に時折、非常に強い者が現れるようで、その周辺ではあまりいい噂は流れないという。
ここはできる限り頼もしい仲間が必要だった。特に力のある男だ。いくら強くても、女性では戦力的に無理なものが生じる。そして、その人をシェルナが受け入れるかどうか……。
「そこが問題なんだよなー……」
「は?いきなりどうかした?」
「気にしないでー」
ふと口にした事に反応したシェルナに、アリアは手をひらひらと振りながら話を流した。
「あ、そだ。宿に戻る前にちょっとお店によっててもいいかな?」
「いいけど、まだ何かあったっけ?」
「矢の補充とかさ、いざって時に尽きた洒落にならないしね。それに、アリアはもうちょっとリーチのある武器、例えば長剣の方がいいかなーって思うんだよね」
「重いのは無理だよ?」
「確かにそのナイフよりかは重いけど、アリアでも十分扱えるよ」
「そうなの?」
「アリアの世界じゃどうなのかは知らないけど、リビィスの長剣は文字通り刃が長く、そして薄いものなんだよ。つまり女性や力の無い人でも使えるんだけど、まあ言ったとおり刃が薄い分あまり堅い物とかには向かないんだよね」
シェルナは説明しながら、目的の店の扉を開けて中に入る。二人もその後に続く。
店内は様々な武器や防具を綺麗に置かれていた。見る人間が変われば簡単の一つ漏らすのだろうが、アリアはただ鉄臭いという感想が沸かなかった。
―――年頃の女の子が来る所じゃないよなー―――
ここはそういう店であり、こういう店が必要な世界なのだと改めて認識させられた。
アリアは物騒だと思いつつも、いくつかの軽そうな物を物色し、シェルナはあれもいいこれもいいとかき集め、シェリナはすぐさま財布を奪取した。どうやらシェルナは浪費癖がよろしくない様だ。
「さ、寝っますっかなー♪」
昨晩と同じ様にシェルナは、ベッドに盛大なダイブをする。
「明日の為にも今日は早めに寝ようか」
「あー……そうだね」
アリアはまた明日から特訓を兼ねた旅が始まる事に、嫌な授業があるような気分になる。
「皆はどうしてるのかなぁ……」
ふと、元いた世界の事を思い出し、アリアは言葉を漏らした。
「皆……?ああ、アリアの……カザミの世界の事、だよね?」
シェルナに言葉に、アリアは何処か互いを隔てる小さな溝を感じるが、それを振り払って頷いた。
「本当にあたしが『魂を紡ぐ戦士』だとしたら、これからもずっと旅をするようになると思うんだけど、やっぱり……同じ様に向こうも時間は流れているんだよね……」
アリアの言葉の意味を汲み取る二人。彼女達はその世界を知る訳ではないから、アリアが言いたい事の全ては理解しないまでも殆どの事は察した。
「それでも今は進むしかないよ。そうでしょ?アリア」
「そうだね……」
「さ、もう寝よう。明日も早い」
シェルナは燭台の灯りを消すと部屋は闇に閉ざされた。いや、窓から差し込む満月の光があった。
その明かりの元、アリアは一度長剣を鞘から抜き、その輝きに視線を落とした。数日前の自分が今の自分を見たら、どれだけ自分が不謹慎なんだろうかと考えてしまう。
アリアはそれを鞘に収めると、窓の外を見上げる。
雲一つ無い満月の夜。吸い込まれそうな世界が広がっていた。
―――ガイ・サンデスド……君もこの空を見てるのかな。君もあたしみたく、この死が近い世界で狼狽してるのかな。それとも君は……強く逞しくこの地を駆けてるのかな……―――
拭い消せない孤独感を噛み締めて、アリアは深い眠りについた。
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