第六話


 あれから三日。戦いと野宿の毎日が続いた。
 狩人の町から先の町までが近いだけであって、実際の所はこのくらいの距離があるのが普通なのである。
「ここまで来れば町もあとほんの少し。やっとベッドで寝られるぞー」
 町を囲む壁が目視できる距離まで来て、シェルナは両腕を振り回しながら、心から喜んでいるようだ。とは言え、そう簡単には町に着けるとは誰も思わなかった。
 辺りに何かの気配が感じられるのだ。狩人でないアリアですら気づける程のもので、とても好意的な存在にも思えないのだ。
 シェルナは喜んで両腕を振っている状態から、とても自然な動作で生い茂る草むらに矢を放つ。矢は草むらに吸い込まれて行くと、何かが落ちる音を一つ奏でる。
「誰だか知らないけど女性をこそこそ付回すの失礼よ。それとも……そうでもしなきゃ勝つ自信がないのかしら?」
 奇襲を試みた相手に先手を打った事が愉快らしく、シェルナは嘲笑しながら姿を見せない相手を挑発する。それに対してなのか、隠れる事に意味をなさないからか、矢が放たれた茂みから鎧を身に着け、剣と盾を構えた眉間に矢が刺さっている骸骨が現れた。この近辺では、彼らのような骸骨の姿をした魔物、『骸兵』と呼ばれる種は珍しい。その所為か、シェルナとシェリナの二人は驚いているようだった。
「クケ。ケケケカカカカカ」
 その魔物、骸骨剣兵は首を小刻みに震わしながら突進してきた。
「困ったな……」
 ここ数日でアリアの腕は著しい上達を見せ、今では多少の魔物だろうと三人とも動じる事は無かった。が、今ではシェルナとシェリナは青ざめてすらしている。
 アリアは二人が呆然と、向かってくる魔物を見つめているのに気付くと、率先してその太刀を受け止めにかかる。が、アリアは細い刀身に対し、向こうは一般的な太さで強度のある刀身。更に腕力でも劣るアリアは一太刀で剣を横に弾かれ、次の一太刀を斬られる寸での所で体勢を立て直して受け流した。
「二人ともどうしたの?あたし一人じゃ無理だよ?」
 一旦、身を引いて間合いを開けるアリアに、シェルナは険しい表情になる。
「不味いわね……あたし達じゃあれには勝てない。いや、勝てるけど危険過ぎる……」
「それにこの弓矢じゃ致命傷が与えられないんです」
 弓にも矢にも様々な種類がある。皮膚が堅い者や甲殻を持つ者に対しては、手持ちの物には大した効果がないのだ。だからこそ、シェルナの放った一撃で仕留める事ができなかったのだ。
 つまり、この状況下では剣などにより接近戦になるのだが、普段弓矢を使う彼女達にとっては弓ほど扱いが長けている訳ではない。とは言え、それなりの実力はあるが、骸骨剣兵を見るのも初めての二人には、そう簡単に手を出せる相手ではなかった。
「……その弓矢じゃ絶対倒せないの?」
 じりじりと間合いを詰める魔物に、アリアは少しの焦燥を感じた。
「弦を駄目にしちゃうけど……限界まで引き絞ればそれなりの効果は望めるはず」
「最後の決め手は任すよ」
 アリアは駆け出して鋭い突きを繰り出す。骸骨剣兵の顔面へと伸びる剣先は、バックステップでかわされるも、アリアは攻撃態勢に移らせまいと繰り返し突きを放った。
「アリア!駄目、戻って!そいつの刃には強力な毒が塗られているんだよ!」
 一つの漢字にアリアの動きに迷いが生じた。
―――毒……?何それ……麻痺させるような物?まさか斬られたら最後、死んじゃうような毒なんかじゃないよね……―――
 完全に攻撃の手を止めてしまったアリアに、骸骨剣兵の剣が振り下ろされる。
「……っひ!」
 完全に腰が引けていたというのに、アリアはその一撃を何とか受け流す。だが、その力強さに腕が耐えられず、痺れる様な痛みに襲われた。
―――毒とか技量とかなくたって……力負けしちゃう―――
 怯える心を叱咤し、自分の出せる最大の力を出して、シェルナ達に終止符となる一撃を与える隙を作る。アリアは覚悟を決めると、前を見据えて長剣を握り直した。
 一人の人間と一人の魔物がじりじりと間合いを詰める。
 互いに動きつつ、その度に剣先を揺らして構え直す。
 その光景は正に一触即発。
 シェルナとシェリナはアリアの後方で弓を構えるも、相手からはその姿は捉えられ、アリアには見えていない。下手に矢を放って、アリアは矢の軌道上に飛び出さないとは限らない。仮にアリアに当たらずに骸骨剣兵に当たったとしても、横をすり抜ける矢にアリアの注意は逸れる。一撃で仕留められなければ、アリアは相手の太刀に捕らわれるだろう。
「グウウグァァァァァ」
 骸骨剣兵は今までの乾いた奇声とは打って変わって、気迫の篭った低い声で吼えながら突進してくる。
 竦みそうになるアリアは身体の芯に力を込めて、剣を横に振るってその首を狙う。が、他の旅人から奪ったのだろう盾を下から上へと振るって弾かれる。アリアはまるで挙手をするような体勢になった。だが、長剣の特徴である軽さのお陰で、剣に振り回されて後ろに倒れるような事は無かった。それどころか、このまま真っ直ぐに振り下ろせば、骸骨剣兵の盾を握る腕を断ち切れるのだ。だが、それでは相手の攻撃が確実に当たるという捨て身になるのだった。
 それを判断したアリアは後方の地面に飛び込むようにして、間合いから逃れようとする。が、骸骨剣兵は踏み込んで、アリアの作る距離を無くして剣を振り下ろす。
 アリアは振り向き様にそれを受け流し、体勢を立て直すと共に横に一太刀。身を引いてそれをかわし、骸骨剣兵の突きが放たれる。
 アリアはステップを踏んで右に避けて袈裟切りをする。これを盾で受け止められて、更に突きを放とうとする骸骨剣兵の横へと踏み込んで、死角となる盾の横に逃れたアリアは攻撃を続けた。
「凄い……」
 シェルナは手の力を抜ききって、その立ち回りを見守っていた。防戦となるであろうと思われた戦闘が、今やアリア圧倒しているように見えるのだ。確かにダメージを与えられてこそいないが、俊敏性の差からか骸骨剣兵が防御に徹し始めているのだ。
 アリアは自分が異常である事を認識しだした。羽でも生えたんじゃないかというくらい身体が軽い。未来が見えている訳でもないのに、相手の動きがだんだん分かる様になってきている。おまけに、少しずつ相手の隙までが解る様になっているのだ。
 この短時間で相手の隙までが分かるのは、並の戦士ではできない芸当。歴戦の戦士や才能と呼ぶに値する洞察力でもない限り、そうそうには不可能である。
「―――アリア!もういい!逃げて!!」
 思い出したようにシェルナが声を上げた。確かに雰囲気であれば倒せる様であっても、相手からかすり傷一つでも貰えば死が待っている。シェルナはあと少しという所にある町に、助けを求めるのが賢明だと判断したのだ。
 だが、アリアはそれを剣で応えたのだ。上段から強く振り下ろした太刀が、骸骨剣兵の左肩を切り飛ばしたのだ。
 絶好の好機と勝機の確信という判断から、アリアは畳み掛けたのだった。
 がむしゃらに振るう様に見える太刀筋は、あまりにも正確に鎧の繋ぎ目へと走っており、確実にダメージを与えていた。
「グォァァァ!」
 最後の一撃となるはずの首へ走るアリアの懇親の太刀は、骸骨剣兵の懇親の一撃で弾かれてしまった。
 互いの力が相乗して互いの剣がその手から離れていった。
 互いの得物が手から放れた上に、格闘などできないアリアはいきなりの事態に完全に狼狽していた。
「え……きゃあ!」
 うろたえるアリアに、骸骨剣兵は迷い無く飛び込んで押し倒したのだ。
 アリアはすぐさま、左の腰に差してある短剣を抜こうするも、骸骨剣兵に腕を押さえ込まれてしまった。
「アリア!」
 シェルナとシェリナが弓矢を構えるも間に合わない。彼女達もあの一瞬に判断を完全に遅らせられていたのだ。
 骸骨剣兵は一度頭を上げると、大口を開けて勢い良く喉へと頭を振り下ろしたのだ。
「!!」
 アリアは素早く顎を引いて、恐怖から逃れたい一心で、藁にすがる様に眼を瞑った。
 が、次の瞬間にアリアの五感の内、最初に動いたのは聴覚だった。
 迫り来るはずの痛みは無く、打撃音が響いてすぐに、アリアに圧し掛かる重さがなくなったのだ。
 アリアがゆっくりと目を開けると、すぐ横に異様な少年が立っていた。骸骨剣兵はという4メートルほど吹き飛んでいた。
 そして少年とは言うと、服装こそただのシャツに長ズボンという至極普通なのだが、顔以外の殆どの肌という肌は包帯のような物で巻かれているのだ。
「……」
 少年は四つん這いになっている骸骨剣兵の方を向くと、瞬く間に間合いを詰めて蹴り上げ、中腰になった骸骨剣兵の頭部を掴み上げて立たせると、有無を言わさず顔を殴りつけた。骸骨剣兵はよろめきながら、後方の木に背中を預けるもその直後、少年の蹴りがまたも顔面を捉えた。
 その一撃はあまりにも重く、鈍い音と共に魔物の頭部を砕いたのだった。
 骸骨剣兵は力なく崩れ落ちたのを少年はしばらく見つめ、ちらりとアリアの方に向き、そしてシェルナ達の方に向いた。
「……あ、あの」
 とりあえずお礼だけでもと、呆然とする頭でもそう判断できたアリアは、何とか口を開くも少年はただ黙って、見つめるばかりで口ごもってしまった。
 少年は背を向けると、町の方へと走り去ってしまった。風のように現れ、風のように消えたあの少年から三人は疾風という言葉が脳裏を過ぎった。が、それも一瞬の事ですぐにシェルナ達がアリアの元に駆けつける。
「大丈夫、アリア?怪我は無い?本当に無茶して……」
「あ……うん、ごめん。にしても……あの人は……?」
「知らないよ。素手であんな恐ろしく強い人なんて知る訳が無いよ」
 シェルナは戦慄じみたものを感じているのか、一度長い身震いをした。
 この近辺に、まだ危険な魔物がいないとも限らない、と三人は少しの休憩を挟んだ後、急いで少年の向かった町へと走っていった。



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