第九話
紋章
それはこの世界において、希望となる力である。
しかし希望であると同時に巨大な危険性を秘めている。
紋章は生まれた時に無ければ、永久に身につく事は無いという。
そして、紋章を所持する者を『紋章師』と呼ぶ。
ほとんどの生命体の許容範囲はたった一つの紋章である。
時として、その許容範囲を大きく超えた数の紋章を持ち生まれる者がいる。
紋章は一つだけでも、大きな能力を持つ。
いくつもの紋章を持っていれば、いずれ、紋章の力により『反転衝動』というものに駆られる。
これは紋章の力に魅入られたり、己を乗っ取られたりして自己を保てず暴走する事である。
紋章によっては一つだけでも、反転衝動を起こさせる程力があるものもある。
人々は反転衝動を恐れるあまりに、巨大な力を持つ紋章を持つ者、あるいは複数の紋章を持つ者を生まれてすぐに殺すなりして抹消してきた…………。
「ま、これが紋章の大よその事、という所だろうな」
包帯の少年、ラッシング・ウィンドはそう語った。
彼は車輪紋と呼ばれる紋章を持っている。
勾玉紋は主に、身体能力を上げるもので、彼は腕、足、胴、頭、眼と五つに紋章所持している。
勾玉紋において、宿す身体の部位の全てがこの五箇所らしい。一遍に開放すると鎖骨と鎖骨の間辺りに紋章が一つだけ浮かぶと言った。
当然にして彼は紋章の反転衝動を恐れて、この包帯のような特殊な布で常に覆い封印している。これにより、反転衝動が起こる『その時』を先送りにしているらしい。
最も彼は魔族という人間とは違う、魔力を持つ生命体(というと何か酷い言い方だけど)である為、未だに耐えていられるらしい。普通人間であれば10歳といかず反転衝動を起こすらしい。
「こいつの紋章は、一個体では大した事無くても、ここまで集まると悠長な事は言ってられないらしいんだ。ま、紋章から流れる力を感じとれば、あと何年も先の事だと思うがね」
青年、オメガ・シェイクスはそう言った。
彼は紋章を所持してはいないものの、ラッシングと長い事一緒にいるために紋章の力を感知する事ができる様になったという。
何故ラッシングとオメガが親しい仲であり、村の者たちはラッシングの事を知らないのか?
実を言うとラッシングは紋章により村から追放されてしまった。
元々その村は彼と同種の魔族と友好的ではあるのだが、流石に反転衝動の恐れを持つ者を何時までも、村には置いていけなかった。
その後、彼は何とかオメガのいる町に辿り着いた。が、道中魔物に襲われ彼は瀕死の状態であった。そこをオメガは人知れず介抱した。あえて町に連れて行かなったのは、オメガは彼の紋章に気づいていたのだ。
回復した後、自らの危険性に恐れ彼はオメガを拒んだ。
が、それさえも何とも思わず接するオメガ。
そして、ラッシングはだんだんと心を開き今に至る。
その後オメガはラッシングに対して、町を護らせるという口実の元あの森に住むことになった。
「油断は禁物だ。一度反転衝動が起きたら一環の終わりだ。その時は、オメガ……お前が俺を殺してくれ」
「…………」
重苦しい沈黙が流れた。
「何時起こるかも解らん事で暗くなるな。とりあえず、今は目の前の事、十五戦士の封印の事を考えるぞ」
オメガが話題を変えた。
「ああ、その事ならもう片ずいている」
「え?そうなの?」
まだ封印を解きに行くとしか言っていないはずだった。
「過去に一度そこに行ってな。あそこに書かれてあったが事が本当だとしたら魂を紡ぐ戦士、アリア、君がいるだけで封印は解けるようだよ。最も入り口だけの話だがな」
「へー、お前がそこの封印の所に行ったってのは初耳だな」
「ああ、お前と会う前の放浪時代にたどり着いてな。とりわけ他に何かあったわけでもなく、土産話にもならんから言ってなかったんだ」
「ふーん、ってそういえばシェルナ達は、確か紋章を持っているんだよね?」
「ん?そうそうあたし達平地の狩人は、一時的に集中力を増幅させる紋章を持っているんだけど……」
「紋章そのものが弱いから、反転衝動の心配が無いんですよ。それに紋章に使う力の燃費が悪い分、精神的に危険な状態になるまで使う前に疲労とかで倒れるんですよ」
「…………誰か倒れたの?」
「はい。酷使したらどうなるかって試した人いるんです」
「一体誰?そんな事したのは」
「…………シェル姉」
「…………」
重苦しくは無い沈黙が流れた。
「えへへ、まあ一つ謎が解明したという事で」
「お前は馬鹿か?」
「う、うるさいなー。いいじゃない。若き好奇心ってやつよ」
「死後の世界を知りたいから死ぬのと、大して変わらん気がするがな」
ラッシュ君(ラッシングの事をアリア達はそう呼ぶようになった)にしては珍しく、オメガさん以外に辛口だった。
「う、そんなラッシュまで……」
「いや、的を射た意見だと俺は思うぞ」
「……あー、話に収集がつかなくなる前に言っとくが、そういう訳で封印の方は心配無い。問題はそこまでの距離の間にかかる食料等の資金だが……」
今は町より少し前で野営している。
当然あたし達は資金的に苦しく、オメガさんはさっぱりだった。彼のおじいさんの為に全財産のほとんどを置いてきたらしい。
「ああ、その件なら任せろ」
その彼が突拍子も無い事を言った。
「お前、全く金を持っていないんじゃなかったのか?」
「無いから稼ぐんだよ。鍛冶屋でちょいと物を借りられればすぐ剣なり何なり作るさ。材料は持ってきてあるからな」
「なるほど。お前の腕の見せ所か」
「あのーそれっていわゆる製造ってやつなの?」
「まあ、そんなとこだが、それがどうした?作ってほしい武器とかあるのか?」
「ううん、その…………見学」
「あ、それあたしも見たいなー」
シェルナが食いついてきた。
「お前らって本当に変わってるよ。あの町の奴らは見向きもしない事なのに」
「まあシェル姉は変わってるんですけどね」
「シェーリーナー、本当に面白いこと言うわねー」
シェルナがシェリナちゃんに飛びついた。
「まあ、これで当面安心だという事だな」
「うん、そうだね。そうだラッシュ君はもう一人の魂を紡ぐ戦士の事を知らない?」
「残念ながら知らんな。根本的に魂を紡ぐ戦士が現れたこと事態、君とあって初めて知ったのだから」
「そう……」
「あ、それなら俺、少し知ってるぞ」
「本当?」
「ああ、旅の商人の話だとな、相当な凄腕らしいんだ。それこそ、あん時のスケルトンナイトなんか相手じゃないってぐらいだとか」
「へー、あの魔物と戦ったって事ですか?」
「いや、それ以上だ。ここら辺にはいないが、あるハーピー族を倒し、その呪いを解いたんだとかって話だ」
「ほう、それは一度是非とも会ってみたいな。できれば手合わせも願いたいものだ」
「いずれ会うさ。んで、そいつは魔法みたいなのが使えるって話だ。町を襲おうとした魔物達と戦ってたのを、その商人がたまたま見てたんだと。確か相手はガーゴイルだったみたいだぜ」
「ガーゴイルだと!!そんな魔物が現れているのか?!」
「ああ、結局そのガイって奴らに殲滅されたらしいけどな。……どうやら魔王も本気で世界を潰しにかかっているようだ。じわじわと確実にな。となると俺達にも近いうちに刺客が来るだろう」
「うん、そうだね。これからはもっと注意して、先に進まなければならなくだろうね」
「とりあえずそろそろ眠るべきだな。無意味に起きてる必要性は無い。休める時に休むのが一番だ」
「シェリナー、もう寝るよー」
「ん?うん、わかった」
シェリナちゃんはやっと解放されたようだった。
「魔物が近づけば、ラッシングが気づくだろうから、お前たちはゆっくり休めよ」
『はーい』
あたし達三人は同時に返事を返した。
横になり空を見上げた。
今日は星がより一層輝いてるかのようだった。
―――ガイ・サンデスド君……今、君はあたしと同じ夜空を見ているのかな?同じ世界から来たであろう同じ『魂を紡ぐ戦士』。早く会いたいよ―――
星の輝く夜。
あたしは一つの弱音を呟いた。
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