第三章
第一話


一人の少女が宿屋の階段を駆け上がった。
ある少年に会うために。
「こ、ここが…………」
アリアは扉に前に立ちはだかった。
カチャ
ゆっくりとドアを開けた。
「……………………?」
そこには少年が包帯だらけでベッドの上で上半身を起こしていた。包帯だけで上半身裸で。
「し、失礼しました!!」
顔を真っ赤にして部屋の外に出てしまった。
―――ま、また……。もう『過去』の事なのに、いつも、いつも…………―――
アリアは、水泳等で男子の裸なら全くもって平気なのだが、どうも室内とかで見ると緊張したりしてしまうらしい。
無理も無い。彼女がおった傷は一生直らないのだ。
そこを横から羽根を持つ三人の少女が現れた。
「そこの部屋に何か用ですか?」
「へ?あ、え、えと…………」
「用が無いならどいて下さい。邪魔です」
その一言でアリアの気持ちは落ち着いた。ある意味昂ぶらせもしたが。
「ちょっとそういう言い方はないんじゃないの?」
「あんたが邪魔なのがいけないと思いますがね」
「な、ちょっと…………」
「す、すみません。ほらアンさんも言い過ぎですよ」
後ろにいた少女の一人が言った。
「む、あたしが悪いっていうの?」
「喧嘩腰で言うのがいけないんですよ」
もう一人がなだめた。
「ほら、アンさんは中に…………」
始めに声をかけてきた少女は、ぶつぶつ言いながらも従った。
「本当にすみません。悪い人じゃないんだけど言い方が悪いんですよ」
「う、ううん。あたしの方こそ食って掛かっちゃって…………」
「にしても、あなたは一体?」
「あ、うん、人探していて…………」
「アリアー、早過ぎるよー」
シェルナ達が追いついた。
「?貴方は…………」
羽の生やした少女は、十五戦士のサイレンスを見て驚いているようだった。
「アリア、そこにガイって人が?」
「あ、う、うん多分…………」
『ガイ』という単語が出て少女は再び驚いた。
「あなた方の探している人ってガイ様?」
「失礼するよ」
追いついたラッシングが言うより早くドアを開けた。
そこには少年が包帯だらけでベッドの上で上半身を起こしていた。黒いティーシャツを着て。
「君は?」
「俺はラッシング・ウィンド。あなたがガイ・サンデスドであられるか?」
「……………………あ、ああ。てか、あられるか、てなぁ……」
妙な言い方に困惑し、ガイは頬をぽりぽりと掻いた。
アンが後ろにいるアリアに気づいた。
「あんた、用が無かったんじゃなかったの?」
「な…………」
「そなたがガイ・サンデスドか…………」
アリアの言葉を制止しサイレンスが前に出た。
「…………今度はそなたか?君達は一体何者なんだ?俺を探しているようだが」
「俺は十五戦士、三剣士沈黙の剣サイレンス」
「!!!」
三人の少女達、そしてガイが息を飲んだ。
後ろからオメガがアリアを押した。
「ほら。戦士様だろ?とっとと名乗れ名乗れ」
「あ、あたしは、風雪、ううんアリア・アシュライト。『魂を紡ぐ戦士』、アリア・アシュライト」
ガイはしばらく呆然と眺め、口を動かしだした。
「君がもう一人の『魂を紡ぐ戦士』なの、か…………?あ、俺はガイ・サンデスドだ」
自分自身、名乗ってない事に気づき少し慌てて名乗った。
そこへ、翠色の髪をした少年と、一切の装飾の無い実用性のみを重視した鎧を着込んだ青年が後ろから現れた。
「あれ?えーとこれは、何かあったんですか?」
「何か知らない顔が多いよう、な?」
鎧を着た青年はサイレンスを見て一度息を呑んだ。
「お前……魔道か…………?」
「…………なるほど。ここの客人にもう一人の戦士、クレアの魂を紡いでる者がいる訳だな?」
魔道と呼ばれた青年は一人憶測を呟いた。
「おいおい、百年ぶりなのに挨拶無しか?」
「…………久しぶりだな」
「だけかよ」
「所詮その百年はただ眠っていただけだ。そんなに言葉は必要ないだろ。今はそんな事より、自己紹介をして欲しいものだな。誰が誰だかさっぱりだ」
サイレンスの言葉を無視して話進める魔道。
「おいおい、そんな事って……。まぁいい、一通り紹介しちまうか」
「まずはこちらから。こっちの翠の髪をしているのが森の狩人の村、弓の名手キズクだ」
「そんな名手だなんて」
キズクは照れ笑いしながら後頭部を掻いた。
「で、こっちの三人がハーピー族の左からアン、シャナ、リーナだ。で、こっちの鎧姿の奴が十五戦士、四戦士魔道」
鎧に身を包んだ青年、魔道は軽く礼をした。
「あたしは『魂を紡ぐ者』、アリア・アシュライト。こちらの二人が平地の狩人の村のシェルナと妹のシェリナ」
「よろしくね、キズク君」
シェルナが軽く手を振った。
「よ、よろしくお願いします」
二人が同時におじきした。
シェルナがキズクに声をかけた時、アンの殺意が膨れ上がったのは言うまでもない。
「こっちの背の大きい方がオメガ・シェイクスさん。その隣の方が魔族のラッシュ君、あ、えと、ラッシング・ウィンド君」
普段ラッシュと呼んでる所為か、ラッシングの名前がすぐには出なかったようだ。
「鍛冶師のオメガ・シェイクスだ。よろしく」
「ラッシング・ウィンドだ。以後お見知りを」
「で、こちらの方が十五戦士、三剣士サイレンスさん」
薄く軽い鎧を着たサイレンスは、魔道と同じく軽く礼をした。
「これで全部、かな?」
アリアが部屋の中の者達を見回した。
「ちょっと聞いていいか?」
深刻そうに腕組みをしたガイが改まってアリアの方に向いた。
「?うん、別に構わないけど」
「ふむ……その、失礼な事だったら謝るが、ラッシングだったかな?なんでそんな包帯だらけの姿なんだ?まさか怪我でも……?」
もし怪我をしているのであれば、アン達に治癒魔法を施してもらう。彼女達、ハーピーは治癒魔法の習得は一般教養のものらしく、皆使えるのだ。
「ああ、これは封印しているんだ」
「封印?何を?」
「恐らく『紋章』だろう」
横で聞いていた魔道が口を挟んだ。
「その封印のしかたからして勾玉紋だな?」
「解る、のか?」
ラッシングは不思議そうにしている。
「紋章に関してはそれなりに学んだからな」
「ところで……紋章って?すまんが俺は知らんのだが…………」
「む?キズクから聞いてないのか?」
「あー紋章のこと忘れてましたねー」
「………………」
「とりあえずガイさんに説明している間、皆さんは適当に雑談でもしてて下さい」
「雑談って言われてもねぇ…………」
シェルナが苦笑いをした。
それも当然だ。これから旅をする仲間といえ、今初めてあった相手に対して、どう雑談しろというのだろう。
旅の経過でも話せ、という意味だろうか?
「にしてもアリア」
「?」
「想像してたより結構普通ね、彼」
「あー」
シェルナは改めてガイを見て少々落胆した。
都合良く思い描いていた人物であるわけないとは、思ってはいたもののやっぱりショックはあるものだった。
―――でも、なんていうか目が鋭いというか、そこらへんはかっこいいんだけどなぁ―――
とは言ってもそれ以上は無かった。というかほかは別に普通だった。
「……………………」
それにしいても、見れば見るほど何というか、痛々しい姿だった。
表面上なんともなさそうだが、確かにその身体には無数の包帯が巻かれている。
「ほー、『こっち』にはそんな物まであるのか。詠唱の短い魔法、それに紋章かぁ……」
どうやらキズクの説明が終わったらしい。
「あの、あたしからも聞いて良いですか?」
アリアは不思議と気になってしまった。ガイの傷の事を。
「ガイさんの、その、身体の傷は大丈夫なんですか?」
「へ?」
ガイは何度か瞬きをした。
「…………?ああ、この傷の事か」
そう言いながら腹部をさすった。
「この傷はそこにいる魔道の封印を、解く時に負ったものなんだ」
「へぇ〜噂に聞いてたより結構弱い?」
「シェ、シェルナ!」
「噂?噂になるような所で、戦ったりはしてないのだがなぁ」
シェルナの失礼な物言いを気にしてない風体だった。
「町のすぐそばで戦ったけど…………」
キズクが誰にも聞こえないように呟いた。
「あたし達の村に、森の狩人の人が来たんですよ。定期的に行っている物々交換をしに」
ガイの問いに、シェリナが答えてくれた。
「そっか、平地の狩人の村に行く日と、僕達が発った日が重なってたんだっけ」
そうなのだ。実は交易をしに行く中にキズクも含まれていたのだ。
が、村長であるキズクとその父の意向で、メンバーは変更になったという。
「…………。て事は、だ。キズクなんかと一緒について行ってたら、合流できた訳か…………」
「…………」
「…………」
「ま、まぁそのお陰で他の皆とも会えたんですし、良かったとしましょうよ」
「他の…………皆、か…………」
「……………………」
妙な沈黙を終わらそうとしたキズクの言葉は、逆に静寂の言葉を呼びよせてしまった。
「何かあったんですか?」
「いや…………。話を戻そう。その時のガーディアンと呼ばれる者との戦闘で何度か斬られたんだ。完治ではないが、もう大した事はない」
「そこにいるハーピー族の者は、回復系の魔法はないのか?」
サイレンスが眉をしかめ聞いてきた。
「俺も知らなかった事だが、治癒力向上の魔法程度なら効くが、『魔法そのもの』で回復させることができないんだ。恐らく、あのガーディアンに細工がしてあったのだろう」
何故そんな事をしたのか?それが解らない魔道は自分で言っておきながら不思議そうにしていた。
「あいつらは何を考えてそんな事を?」
「まったく…………。最後の最後まで変な奴らだことだ」
『あいつら』とは、当然伝説の英雄クライムとクレアだ。
「何はともあれ、無事会えてよかった。唯一の気掛かりと言えばこれに行きつくばかりだからな」
安心したような笑顔でガイは喋った。
「話しの区切りはついた事だし、とりあえずあたしらは、買出しに行って来ていいかい?必要な物がまだあるし」
アンがそう切り出してきた。
「そうだなー、とりあえず俺抜きで今後の事考えていてくれ。大した事は無くても、まだ無理に動くのは得策では無いし」
得策も何も、もう大丈夫だろうと早朝に、剣の稽古をして傷が開いてしまったのだ。
当然、アンからは非難が上がり、シャナとリーナからは必要以上の心配をかけさせた訳だった。
「じゃあ、ガイ様はそこでゆっくり寝ていてくださいね」
シャナとリーナが釘を刺すかのように言った。
「………………安心しろ。もう懲りたさ」
それを鎮痛の面持ちでガイは答えた。
「何かあったの?」
アリアは傍らにいた少年、キズクに尋ねた。
「今朝無理に動いて傷が開いたんです…………。しかも勝手に抜け出して」
呆れたようにぼそぼそとキズクは答えた。
「………………プ!」
そしてアリアはさっきの会話のやり取りと、今朝起こったと言う出来事を想像し、遂噴出してしまった。
「笑うこと事は無いだろう…………」
ガイは小さくなって呟いた。
「では俺らは下にいる。用があるなら来てくれ」
魔道がそう告げて部屋から出て行った。
残されたのは、シェルナ、シェリナ、アリアそしてキズクに当然ガイ。
「アリアはどうする?あたし達はキズク君と話がしたいんだけどなぁ」
僕?という感じでキズクは自分を指差していた。
「あたしは、彼ともう少し話してたいから」
「そっか。じゃ、キズク君、下に行こ」
「あ、はい」
こうして三人は部屋を出て行った。
残されたのはアリアとガイ。
魂を紡ぐ戦士のみとなった。
「それで、話っていうのは?」
「う、うん特にってのは無いけど」
一呼吸を置いて、
「あたしと同じ『世界』から来たんだよね?」
ふぅ、とガイは溜息をついた。
「恐らくは同じだろう」
その言葉にアリアは満面の笑みを浮かべた。恐らく本当の意味で解り合える者だから。
「あ、あたしは風雪 風…………」
「今はよそう」
「え…………?」
「ここはリビィス。常に生死をかけて戦う世界。今『俺らの』世界の話をして帰った気持ちにでもなって、『ここの』世界で必要な緊張感を失ってはいけないんだ」
「そっか…………」
「……………………」
落ち込むアリアを見ていたガイは不意に、
「まぁ、たまには『故郷』の話でもしてみるのもいいかもしれないな」
「…………」
「とりあえずまた今度にしようか?」
「うん!絶対だよ!」
ああ、そう返すガイの顔は柔らかく微笑んでいた。


魂に刻まれた運命。
それは少しずつ、だが確実に動き出している。
この時はまだこの先に在るものを知らなかった。
やっと会えた。やっと巡り会えたんだ。
もう一人の戦士に…………。
その事で頭がいっぱいだった俺に、それを考える事はできなかった。
そう、


旅のほんの一歩に過ぎないのだった……………………


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