第二話
「よっ、はっ、せいっ、と」
宿屋の庭で鎧を着た青年と、少年が手合わせをしていた。
「どうですかー傷は?無理しないでくださいよー?」
キズクが宿屋の二階の窓から、ガイに声をかけた。
「あー、大丈夫大丈夫。今ならガーディアンと戦っても余裕で負けられるぜ?」
「大丈夫の度合いが解らないんですけど…………」
「ま、いつもどおりって事でいいんじゃない?」
アンが溜息混じりに呟いた。
「いつもあんな感じですか?」
アリアはどこか眠たげに訊いた。
「まぁ、戦ってるとき意外はあんな感じ、ですかね」
苦笑いをしながらキズクは答えた。
キィィンキィィン
首都バルスの早朝、その清々しい空気は剣の交わる音で震える。
せめて木刀ですればいいものを、お互いの持つ武器で手合わせをしているのだ。
病み上がりのガイはいつもの剣を、解放されたばかりの魔道は自前の大刀を振るっている。
あれから二日後の朝、傷の直りが意外にも良かったからと言って手合わせを始めだした。
つまり全く懲りていない。
「ガイ様…………。なんでいつもあんな危ない事を」
はぁ。溜息をつくシャナ、リーナ。
本当にこの双子は息が合っている。
「ぐぁ!?」
大刀を反す際に、長い柄がガイの顔面を捉えたようだ。
「ねえ、ちょっと聞いてもいいかな?」
いつの間にか現れたシェルナがキズク達の前で聞いてきた。
「昨日の晩、キズクが『他の皆』って言った時に彼、随分沈んでたけど何があったの?」
「……あんたはそれが辛い事だと察していて聞くのね?」
アンはシェルナを見据えながら言った。
「気になっちゃったからね。お互い秘密は無くした方がいいでしょ」
「……………………」
キズクはしばらく黙っていた。
「分かりました。話しましょう」
キズクは険しい顔で話始めた。
あの廃墟での戦い。
ハーピー族の誓い。
共に戦った二人のハーピー。
二人の魔術師。
そして、ライデン・シュタナーの事。
彼女達が、この者にやられた事。
「そしてその後、十五戦士の封印を解き、このバリスに来たんです」
「あの時は本当に大変でした…………」
「回復魔法も効かなくて、ガイ様もお目覚めにならなくて…………。ずっと魔道様が背負ってきて下さったんですよ」
「そう…………そんなことが…………」
重苦しい空気が流れた。
「あぐ?!」
またもガイの顎を捉えたようだ。
「…………」
重苦しい沈黙はすぐにかき消された。本当にあの人は……、眉間を押さえているキズクがそう呟いた気がする。
「でも……」
キズクが気を取り直して話し続けた。
「信じてるんです。必ず、リフェルさん達を元に戻す方法があるはずだって」
「…………うん、きっと、きっとあるはずだよ」
アリアは慰めにならない言葉しか出てこなかった。
「ぎやぁ!」
ガイの悲鳴はまだまだ続きそうだった。
「で、これからどうするって?」
ガイと魔道は朝食も取らず、ずっと手合わせをして昼食になってようやく戻ってきた。
「ガイ様…………魔法、使いましょうか?」
今やガイの顔はあちこち腫れて、青くなっているところもある。
「いや、このぐらいなら、つぅ!……く、やっぱお願いするよ…………」
「昨晩話したのだが」
シャナから回復魔法を施されているガイを見て、サイレンスは溜息をつき、話を始めた。
「とりあえず、後一人、二人封印を解いたら別行動をとる事になるだろう」
「別行動?折角合流できたんだ。別にしなくてもいいのでは?」
今や元の顔に戻りつつあるガイが問いかけた。
「いや、全部で十五人いることを考えると、別行動をとったほうがいい。できれば早急に、魔王を叩きたい」
「急ぎすぎると死を招くぞ?」
「ああ、だが長引かせて魔王の侵略を進めさせるわけにもいくまい」
「で、その別行動までどう動く訳だ?」
「とりあえず、ここから南南西に向かう」
「南南西に?」
「お前がここの世界に降り立った場所、そこから南にあるはずなのだよ。封印が」
「戻るわけ、か?」
「当然、森も通ることになる」
今は全ての者が理由を知っている。ここから南南西に位置する森での出来事。
「と、言いたいところだが」
「?」
十五戦士以外がきょとんとした。
ガイを除く他の者は、戻る、という事しか知らなかった。
「もしも、百年経った今でも、空間転送の装置が健在ならば、瞬時に封印の元に飛べるはずなんだ」
「つまり、それは…………それが使用可能なら、別行動もいらないのでは?」
「ああ、だが今だに健在であれば、の話だ」
「で、それは何処に?」
「首都であるここバリスのバリス城。その地下深くに封印されている」
「何でもかんでも封印すればいいってもんじゃないぞ?」
「こんな所に空間転送があるからな。魔物に襲撃されない為だ。恐らく城の空間転送は健全だろうが、転送先がどうかで使用不可になりかねない」
「じゃあ、王様にでも頼むのか?って、そういやぁ王様は俺らが、『魂を紡ぐ戦士』が来たことを知らないのか?」
「ああ、今は旅人なんかに構ってられないからな。伝えていない」
「何か……あったのか?」
「亡くなったのだよ。王もそのお妃も。一人の娘を残してな」
「病、か?」
「…………違うんだ」
鎮痛な面持ちで魔道は続けた。
「魔物に襲撃されたんだ」
「――――――!!」
全員は声にならない叫びを上げた。
「ここまでか、ここまで魔王は、アルバロスは動き出していたのか?」
「王もお妃も亡くなった。その事実がいつまでも隠せるとは思えん。近いぞ。人間達が大きく揺らぎだすのは」
「一刻も早く、一刻でも早くこちらも動かないと手遅れになりかねない訳か……。今すぐにでも行こう」
ガイが立ち上がり、自分の部屋を向かっていった。
「魔道さん、今すぐ動くことは本当に得策なんですか?」
キズクが心配げに見ていた。
ガイの傷は完治ではない。無理をすれば再び傷が開く。
「難しいな。ただあいつを無理に先陣きって戦わせなくてもいい事だし、時が経てば経つほど確実に最悪のシナリオに向かってしまう事は確かだ」
全員が重苦しい沈黙に耐える中、
「最悪のシナリオ、か……あの予言だけは何としても回避せねばならん…………」
窓の外を見てサイレンスは一人呟いた。
「よし、行くぞ」
数分後、全員は荷物を整え宿屋の外にいた。
「一応、食料とか買っといたけど、こんだけでいいの?」
「いいっていいって。いざとなったら狩りをすればいいのだから。そんな事よりとっとと城に行って王様、いや今は王女様に許可取らないとだ」
今回はあまりにも早急過ぎている事は承知だ。
歩いて行く事になったら、食料を増やしていけばいい。
ただ、それだけのこと。そう思い城に向おうとした時だった。
「その必要はありません」
後ろから凛とした声が聞こえた。
白い飾り気の無い服。端正な顔つき。腰くらいまである綺麗な銀色の髪。年は15前後といったところだ。
「出来る事なら国全土を挙げてでも歓迎したい所なのですが、今こんな状況なのでまともに歓迎すら出来ない事をお許し下さい」
その少女は申し訳無さげに言った。
「構わん。我々は歓迎されに来たのではないからな。アリーナ姫」
魔道がそう答えた。
実の所、魔道は城内に偵察に行って来ていたのだった。
だから王が暗殺された事も、このアリーナ姫と呼ばれる少女の事を知っていたのだった。
そして、その魔道の脇で歓迎されに来たのではない、という言葉にオメガは反発の表情を見せたが、皆無視を決め込んだ。
「君が今この国を治めている……?」
「ええ。でも治めているといっても、ほとんどは家臣がやっているのですがね」
「にしてもお姫様が一人でこんな所に来ていいのか?」
サイレンスが呆れながら言った。
「連れの者は先に、空間転送のある場所『転送の間』に行かせました」
「よく承諾されたな……」
「今は少しでも時間が欲しいのです。連れと別行動するのを必ず周りに止められます。かと言って、全員でここへ来てそこから転送の間へ向かうのは、時間が勿体無いのです。だからこれは秘密裏に行っているのですよ」
少女、アリーナ姫は何処か得意げに言った。
「だが、転送の間は城の中にあるのだろ?わざわざここまで出向かなくてもいいのでは?」
「城の中ではなく、城の地下路を通って行くんです。ただその地下路が落盤で道が塞がっていたのです。城からは直接行けないので、城下からの抜け道で行くことになったのです」
へぇ、一同が呟いた。
「案内しますね」
アリーナ姫は微笑みながらガイ達を先導した。
歩くこと数分。
城下町に住む者が知ってるかは不明だが、隠し穴ともいえよう通路を通っていった。
そして、重々しい扉の向こうは転送の間。
大して広くない部屋の中央に台座らしき物がある。
そして部屋は、青白い光に満たされていた。
「『向こう側』は使用可能なのか?」
「これほどに光り続けているのならば、おそらく使えるであろう」
一同が顔を明るくした。
「失礼ですが、貴方がガイ・サンデスド様ですね」
アリーナ姫がガイに声をかけてきた。
「ん、ああそうだが、いえ、そうであります」
自分がいくら伝説の英雄の魂を紡いでいると言えど、相手は一国を担う人物。
ガイは、敬語を使わなかった自分を心底悔いた。
そんな思いを知ってか知らないか、アリーナ姫はガイの両手を握り締め祈るように、
「願わくばあなた方が無事に、いえ、必ず帰ってきてください。貴方方はこの世界で最後の希望なのですから…………」
「……。ああ、できるだけ努力はしよう」
「この世界を安泰に導いてくれる事を願ってます」
心底そう思っているのだろう。
改めて、自分に課せられたものの重みを感じる。自分の双肩にかかっているものを確認する。
「……俺も導けるよう頑張るよ……」
そう言い残して俺らは光の中に入っていった。
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