第四話


「……ここは?」
そこは暗い屋内だった。周りには木製の大きな箱がある所から、何処かの倉庫であるかもしれない。
「……キズク?アン?シャナ、リーナ?!アリアー!!……近くには誰もいないのか?それとも、奴の言ってた事からすれば、ここにいるのは俺とアリアだけなのか?」
自分の声が辺りに響く。返ってくる声に俺以外のものは無かった。
―――まさか……アリアと俺を分断させて一人ずつ殺してくる気だろうか……。だとするとアリアが危険だな……―――
詳しくない屋内では奇襲されかねない事も考え、すぐにアリアと出口を探す為に歩き始めた。
静寂の中に自分の足音が辺りに響く。屋内の構成を頭に叩き込みながら、歩を進めていく。
「ん?あれは……」
少し先に倒れている人物を見つける。それはガイが知る人物である事は言うまでも無い。
「アリア!!」
ガイはアリアに駆け寄り、抱き起こして呼びかける。が、全く返事が無いのである。
―――まさか……あの時のような事だけは……!!―――
あの時の事を思い出したガイは、焦燥と恐怖に顔を歪ました。
「アリア!目を覚ませ!返事をしてくれ!!」
「う、んん」
微かではあるが、アリアの口から声が漏れた。ガイは一瞬は、顔を綻ばすも今度はどこにも異常は無いかと心配をした。
「アリア、大丈夫か!しかっりしろ!」
「うぅん、もう、少し寝させ、てよぉ」
「……」
ガイは目を瞬かせ呆然とするも、すぐさま苦笑を漏らして仲間の無事に心から安心した。
「あ、れ?ガイ……さん?え?」
始めは寝ぼけていたアリアも次第に状況を理解し顔を真っ赤にしていった。
「え、あ、ごめん!す、すぐどくね!」
慌てて起ち上がろうとするが、まだ何処か寝ぼけているのだろうか、ふらつくとすぐに横へ倒れてしまった。
「ほら、無理すんなよ」
ガイが差し出す手を、アリアはおずおずと取った。
「何度もごめん……」
「無事であるなら、何も気にしなくていいさ」
その言葉にきょとんとするアリアをよそに、ガイはゆっくりと辺りを見回した。
「もしかして……あたし達だけなの?」
「その可能性はあるが断定はできないな」
「あたし達だけ……なの?」
「は?」
表情を暗くして呟くにアリアに、ガイは頭に疑問符を付けた。
「あ、ううん、気にしないで!何でも無いから!」
「まあ、そう言うなら忘れるが、とりあえずここを離れよう。全く知識の無い建物の中では、いつ奇襲されるか解らないからな」
「うん解った」


「くそ!」
あれから三十分は歩き続けている。が、一向に木箱ばかりの部屋にしか辿り着けないでいる。
「どこまで行っても同じような木箱ばっかだね……。これってコンテナみたいな物なのかな」
「恐らくはな。てかここは迷路か!」
ガイは業を煮やし、叫んでそれを少しでも発散させる。
「ここが気に入ってくれたかな?」
ガイ、アリアとは別の声が上の方から響いた。二人が見上げると、あの時の男が一人積まれた木箱に座っていた。
「お前は……ん?なんだ、魔物は一緒じゃないのか。奴らと戦った方が勝機があったものを勿体無い奴だな」」
「生憎その必要は無いんでね。なんせお前らはもう毒されてるんだからな!」
「なんだ、と?」
言葉が言い終わらない内に、ガイの視界はぐにゃりと曲がり、全身に軽い衝撃が走った。
「身体が、言う事を……」
うまく動かない手足で、立ち上がろうとするものの、ガイはうまく立ち上がれないでいる。その直後、腹部に鈍い痛みが生じた。
「がっ!」
腹部を思い切り蹴り上げられ、ガイは痙攣するかのように身悶えた。。
「くっくっく、はーはっはっは!無様だなぁ、おい!!」
「て、めぇ」
「ガ、イ、さん……」
ガイがかすれる目で男を睨みつけている時、アリアが蚊の啼くような声で、ガイの名を呼んだ。
「くっくっく」
男は嫌らしい笑い声を上げながら、ゆっくりとアリアに近づく。アリアの顔はみるみる青ざめていくと同時に、ガイに対して救いを求める眼差しを向けた。
「てめ、アリアに近づくんじゃ、ねぇ」
男は、アリアの胸倉を掴み、ガイにも見える位置に連れて来ると、適当な大きさの木箱に腰を下ろした。
「なぁ、俺は言ったよな?お前の力が欲しいって。どうやってお前の力を頂くか解るか?」
「知る、かよ。んな事」
「お前のような男はなぁ、絶望にひれ伏させのたうちまわして殺すんだよ」
「……それが、どう、した」
「そうやせ我慢するなって。少ししたらこの俺の略奪の紋章で、お前の力も吸い取ってやるからよぉ」
「やれるもの、ならやって、みろってんだ……」
「ああやってやるよ。今までと同じようにやってやるさ。だが、お前のような奴から力を吸い上げるのは結構大変な訳だ。だが、今の状態だと、お前を絶望に突き落とすのと、もう一人のこの子の力を吸い上げるのと同時進行できちゃう訳なんだなー、これが」
「……殺すなら、俺から、殺せよ」
「残念、女の場合は殺しちゃあーいけないんだ」
「なん、だと?」
「この紋章の名前。よーく思い出しな」
「……まさか……」
その紋章の単語から、その男が行おうとしている事は、あまりにも容易く連想できてしまう。
「そうだよ、犯すんだよ!ぼろぼろになるまで、それも精神が壊れちまうぐらいにな!」
「て、めえ……」
ガイは瞳に殺気と怒りを灯し、アリアは瞳に恐怖と絶望を灯した。
「お前の目の前でゆっくり食ってやるよ!十分に自分の非力さを恨んだら、俺がその首を跳ね飛ばしてやる。さいこーだろ?くっくくくくく」
男は下卑た笑い声を上げてアリアの頬を嫌らしく舐め上げる。
「い、いや、ぁ、やめて……助け、て」
アリアは、瞳に涙を溜めながら哀願するが、男はそれを見てとても愉快そうに笑い声を上げるだけだった。
「やめろ……」
少し声が小さいが、ガイははっきりとそう言った。
「くくく、くひゃーひゃっひゃっひゃ!誰がやめるかよ!お前はそこでずっとひれ伏しているんだな!」
「やめろ」
今度は叫んでこそいないものの、声が部屋に響き渡った。ガイの眼からは、静かな殺意を糧に燃え続ける炎が灯っていた。
「……そんなに睨んだ所で、どうする事もできないのはお前がよく知っているだろう?」
さっきまでとは異なる雰囲気に、男も少し冷静になると共に、少しだけ恐怖を感じた。
「これは頼みとか命令ではない。せめてもの情けでの忠告だ」
その声には既に、毒に侵されている事を感じられなかった。
「その程度の脅しでどうにかなるとでも思っているのか?現に今お前は、体が動かせないんだぜ。まあいい、とっとと始めさせてもらうぜ」
男はアリアの服に手を伸ばしだした。アリアは恐怖のあまりに、既に言葉すらでなくなっている様子だった。
「それがお前の判断か」
ガイは顔をうつ伏せると、狂気の瞳を極限まで見開いて、目の前にある地面すらも視界から消え失せていった。

出てこいよ。いるのは分かってんだぜ。
……まさか今になって傍観に洒落込む気じゃないだろうな?
ズイブントタシャニタヨルヨウニナッタナ
なりふり構ってられない状況だというのを分かっているんだろ?
ヤケニナッタカ?
俺の力ではどうにもならないと判断しただけだ。
オレハオレデイタイ トイウノハドコヘイッタノヤラ
アリアを助けられるならそんなもの捨ててやる。
とっとと『同化』すれば事は収まるんだ。
ナンノコトダ?
とぼけるな。お前は初めの時、俺と同化したんだろ。違うか?
ヨク ワカッタナ
俺自身そうであるように、お前も破壊神なのだろ?
オマエガカ?
……お喋りが過ぎた。同化しろ。
ドウカシタアトノコトハホショウデキナイゾ
構わん。
これ以上アリアを悲しませたく無い。
これ以上あの野郎を生かしたく無い。
ソウカ ナラドウカシテヤロウ
急いで頼むぞ。

唐突にガイは立ち上がった。ほんの数秒しか経っていないのか、男はまだアリアの服に手を置いているだけだった。
「……何だと?何で立っていられ……」
ガイは一瞬で男の目前まで迫り、殴りつけて言葉を遮った。そのまま後方の木箱に背中から叩きつけられ、男は呻き声を上げて頭を垂れた。
「ガ、イ、さ…………」
ガイから発せられる異質な雰囲気を感じ取ったのか、アリアは顔を強張らせた。が、今のガイにはそれに反応する余裕が無いのだ。
「はぁ……はぁ……く……」
荒い息づかいに血走った眼。そして額には、謎の紋章がさんさんと光り輝いている。ガイのその姿に、アリアは少なからず恐怖を覚え、彼からの救いを諦める覚悟すらした。
「ア、リア…………」
ガイは辛うじて残っている理性で、アリアの身体を蝕んでいる毒を解毒にあたる。右手から発せられた淡い光は、少しの間灯るとすぐに消えうせ解毒は終了した。正確に言うと、ガイは『毒そのもの』を破壊したのである。
どんな力であれど、その使い方次第では様々な効果を発揮するという、いい一例でもあるのだが、ガイにはそこまで考えられる思考を持っていなかった。
「う、ぐ……!」
「ガイさん!」
自分に回る毒を取り除いてくれたガイに、雰囲気こそ違うもの彼本人である事に安心していたアリア。急に呻き声を出した事により、アリアはガイに擦り寄って心配げに見つめてくる。
―――コロセ!コワセ!!ハカイセヨ!!!―――
破壊神の欲望、願望。
そんな叫びがガイの頭に響く。
破壊への意思。破壊への悦び。
『同化』とは、その心にまで破壊の快楽を注ぎ込んでしまうのだろう。
ガイはそれに呑まれる事に絶えねばならなかった。
「ぐぁ、はぁ……大、丈夫、だ…………」
ガイはそれだけ言うと、激しい頭痛に似た感覚に襲われながらも、倒すべき敵の元に間合いを詰めていった。男は、ガイの接近に気付き、顔を上げて恐怖に歪ます。
「ま、待ってくれ。話合えば解る、だろう」
「知るか。俺は、お前を許すつもりは……無い」
「こ、殺さないで、う、うわあああああああ!!」
振り上げられた剣は、一片の迷いも無く振り下ろされた。
アリアが何か辛そうな眼でこちらを見ている。
―――ソイツモダ!!ソイツモコロシ、コワシツクセ!!―――
破壊の快楽に染まりつつある自分が、そう叫んでいるように聞こえる。もしかすると本当にそう叫んでいるかもしれない。
今の状況ではアリアすら目障りだった。
視界から人を追いやって、その存在をガイに気付かせてはいけないくらいにまで、ガイの精神は揺れ動いていた。
「ガイさん……。大丈夫?その、なんて言うか変だよ……」
「俺……に……」
「?」
「俺に近寄るな!!」
「っ!」
声にもならない悲鳴を上げながら、アリアが竦み上がり尻餅をついた。
「今の、俺は……危険、だ」
「ガ、ガイさ……」
ガイはアリアの言葉を無視して、ふらつく身体を押して部屋の壁までやってきた。
「うおおおおお!!」
上段切りにより生じさせた衝撃波が壁を突き破り、隣の部屋へと道を作った。
―――コワセ!!ソコノオンナモコワスンダ!!!―――
―――うる、さい……。だま、れ……耳障りだ―――
―――ソノミヲチデキヨメロ!!ソノオンナノセンケツデ!!―――
「黙れつってんだろ!!!」
「きゃっ!」
ガイは抗おうとしたあまりに、声に出して叫んでしまった。その叫びに後ろを歩いていたアリアが驚いて悲鳴を上げた。むしろ今のガイそのものに恐怖したのかもしれない……。
「本当にどうしちゃったの……?すごく……怖いよぉ……」
どこか諦めが感じられる口調で、アリアの涙声がガイの耳に入る。
―――ソイツモコロスンダ!!ソシテソノチヲススルンダ!!!―――
「お前、も……黙れ!!」
「ひっ!う、ぅん……」
もはやアリアは大粒の涙を流している。ガイはその事を気付いているものの、胸中で叫んでいるのでは、抗いきれなくなってきていたのだ。
―――くそ。……俺は何をしているんだ……護るべき仲間を傷つけて、俺は一体何をしているんだ……―――
自責しながらも、部屋の壁を壊して先に進んでいくガイ。肉体の限界か、精神の限界が先に来るのか、というぐらいにまで磨耗した時、やっと光を眼にする事ができた。
「ここは……」
見たことの無い場所。先ほどまでいた場所は建物ではなく、岩山に掘られた洞窟だったようだ。
「ここは……何処なんだ……」
「あそこにさっきの絶壁が……」
恐る恐るといった様子で、アリアが指差す先には切り立った絶壁が存在している。
「アリア……」
ガイは、破壊衝動に突き動かされる前に、身体の機能が著しく小さくなる事を感じていた。だから、せめて今のうちに謝ろうと思ったのだ。
「すまな、かった……」
その言葉を最後にガイは崩れ落ちた。
―――意識が遠のいていく……。だが、これで何も心配する必要が無い―――
「……!……!」
―――アリアの声も、よく聞こ、えないな……―――
ガイの意識は、深い暗闇に飲まれながら、それが安眠できるものだという事を信じて止まなかった。


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