第八話
夜も更けて、多くの生命が眠りに就く中。バリスにある宿屋の一室に、ノックをする音が響いた。十五戦士の封印を解きに行くにあたり、二手に分かれて行動をする前夜の事だった。
その部屋にはガイが一人、軽くトレーニングをし終え、ストレッチをしていた。
ガイは扉のノブに手をかけて静止する。この向こうにいるのが仲間の誰か、とは限らない。この王都で国王、お妃様が暗殺されているのだ。自分を殺しに来たっておかしくない……。
いきなりの攻撃にも対応できるよう、剣を鞘から抜き出して扉のノブを握る左手に力を入れる。
「ガイ。もう寝ちゃった? 明かりが付いてたから起きてるかなぁ、て思ったんだけど……」
その声は紛れも無く仲間のアリアの声である。とはいえ、魔法や魔術があるこの世界。声の一つ真似るのは難しくなさそうではある。
「アリア? 一体、こんな時間にどうしたんだ?」
ガイは一旦、扉から身を引いて平静を装い返事をする。
「ちょっとだけ、いいかな?」
「まぁ構わないが……」
ガイは剣を鞘に収めると、所持していた短剣を腰に挿して、扉を開け放つ。本物のアリアなら、剣を持っていれば怖がらせるだろうし、相手が敵でも、決して絶対的な不利な位置には立たない。そう考えた上での行動だった。
アリアを部屋の中へ招くものの、ガイはいくらか動揺していた。この際、偽者である可能性を否定したとして、話があるからと言われて、夜分遅くに女の子を部屋に招くのはどうだろう……。ガイは胸中でそう悩んでおり、話は後にすべきだったかと悔やんでいた。
オメガが知ったら羨ましいだの何だの、と言って来そうな状況だが、変な所で気にするガイにとってはあまり嬉しくはなかった。
「ごめんね、こんな遅くに……」
「気にするな。まだ起きてるつもりだったし」
だいぶ乾いてはきているが、それなりに汗を掻いたのだ。せめて水を浴びなければ、とても寝れるものではない。
「で、話っていうのは? まさか、こんな時間から俺達の世界の話、じゃないよな?」
初めて出会った時、アリアは自分自身の本名を名乗ろうとしたあの時、同じ世界で生きてきた同じ境遇の者を求めていた。少なからずともガイの目にはそう映っていたのだ。あれからだいぶ経ったが、お互いのそういう話はまだしていないから、ガイはそれをしにきたのうだろうと考えたのだ。
「あははは……できればしたかったけど、今はそれ以上に話したい事があるの」
「何かあったのか……?」
まさか仲間内の事であろうかとガイは一抹の不安を覚える。団体での旅では、それは起こり得る事だが、戦闘においてはとても危険な状態を招きかねないのだ。
「うん。あたしが治癒神エイリスの力を借りて、あの石造を倒した、っていう話を覚えてるよね?」
「ああ、あれか。それが?」
「あの時、エイリスの助言もあったからこそできたの」
ガイがそれは? と先を促そうとするよりも早く、アリアは先の言葉繋げた。
「あの石造の弱点というか欠点を」
「あれにそんなものがあったのか……。一体、何だ?」
「うん。ただこれはこの世界の……何ていったらいいのかな……力の法則?みたいなものなの。あたし自身、頭で理解している程度だから、うまく説明が出来ないんだけど……」
「まあ、俺は説明そのものが大の苦手だ。そう気にしないで教えてくれ」
「あの石造、どこも結合してないし浮いているでしょう?あんな複雑な物を幾つも浮かすのは、とても難しいらしいの。言ってしまえば、星と衛星みたいなものなの」
「星と衛星……。えーと、つまりー……互いに引き合っているという事、か?」
その説明にしばらく悩んだ末、ガイは一つの答えに辿り着いた。
「そう、そんな感じ。あれを一個体として動かすには、相当な数の力が密接に絡み合ってるの。あの石造の一番大きい部分に一方向に力を加えるだけで、石造を崩す事は出来るの。だけど、それには大きな力が必要で……あたしも治癒神エイリスの力を借りても、全身にヒビを作るので精一杯だったよ……」
「なるほどな。だが、大きな力か……打撃とかじゃ駄目なのか?」
「何ていえばいいのかな……。物の中に力を流せればいいんだけど」
「うーむ……つまり衝撃波とかも微妙なのかもしれんな。まあ、俺のは真空波しかないしな……」
「えーと、とにかくそれだけなんだけど……役に立つ?」
「ああ、参考にさせてもらうよ。わざわざありがとな」
「ううん。力になれたのなら、あたしはそれだけで十分だから」
とても優しいアリアの微笑みにガイは自然に微笑みを返した。
「それじゃあ、あたしはそろそろ部屋に戻るけど」
「ああ、おやすみ。アリア」
「うん、おやすみ。ガイ」
アリアは軽く手を振りながら部屋を出ていった。
石造の欠陥的弱点。思わぬ情報である。ではあるものの……。
「真面目な話……どうするよ」
欠陥に当てる一撃について、ガイはしばらく考える必要性があった。
そして、今はその翌日で戦いの最中である。
「くらえぇぇぇ!!」
金属の爆ぜる音が部屋中に響く。
「コォォォォ」
遥か天を指す剣が、躊躇いなどを見せる事無く一気に振り下ろされる。
紙一重の所をガイは身体を捻って避けた。斬り損じた剣は、勢いが止まる事無く地面に打ち付けられた。
これも力の法則というものと関係しているかは解らないが、剣を強く打ち付けると石造達の動きは一瞬止まる。
「衝撃波って訳でもないが、これでどうだ」
その隙を突いて、石造の剣すら届かぬ位置からガイが剣を振るう。
「貫け……双空牙!!」
二本の牙が石造に襲い掛かる。硬直から復帰できずにいた石造は、胴体とおぼしき部位に、一対の真空の牙が突き立てられ、轟音と共に土煙が上がった。
「さあて、どうだ……?」
牙が地面をえぐって生み出した土煙も、徐々に薄れる中、そこには巨体の影が現れていった。
「コォォォォォ」
土煙が完全に晴れると、胴体を微かに抉り取られた跡のある石造が、雄雄しく咆哮を上げるだけだった。
「想定内とはいえ、悲しいものだな……」
ガイは軽く舌打ちをして、ゆっくりと迫りつつある石造を見据える。
ガイとは別に、剣と金属が打ち付けられる音が掻き鳴らされる。
「クォォォォ」
目の前の敵を排除しようと、石造は縦横無尽に剣を振り回すも、その敵はひらりひらりと踊るようにかわしている。
「よっ、はっ、とっ」
その主は清蜀であり、微かな隙を見つけては一撃を見舞っている。
「行っけぇーー!」
清蜀は紅蓮の剣を大きく振ると、炎の渦が噴出して石造を包み込む。
「クォォォォォォォ」
石造はもがき苦しむように咆哮を上げると、体の炎をかき消すかの如く突っ込んできた。
「くっ! ふう、今のが避けれなかったら、何本骨を持っていかれてたんだろう……」
なお、前方に進み続けている石造の後姿を見ながら、清蜀は身震いを起こす。
「これなら、どうだぁ!!」
隙だらけの石造に、清蜀は炎をまとった突きを放つ。が、剣先がほんの少し突き刺さった程度で、大したダメージには見受けられなかった。
「流石に……堅いね」
守護として作られる物は大抵強固な物であるという。この石造も例外なく、その鉄壁を持ち合わせており、清蜀は渋い顔でその巨体を見え上げた。
そんな清蜀に、横のほうから岩を叩きつけるような音と共に、何かの破片が飛んできた。
「確かに堅いが……それだけだな」
大地より形成されている棒を持った石礫は、淡々と石造に打ちかかっていた。
「石礫は打撃系だからいいよなー。堅い敵だと剣は不利だし、何より腕は落ちてるし」
ガーディアンから間合いを空ける為、二人とも大きく飛躍し、背中合わせになって一息を吐いた。
「だが落ち着け、清蜀。俺達は今まで、その時の剣術では切れない敵も倒してきたんだ。まさか、そんな事も忘れたのか?」
石礫はガーディアンに棒を向けると、再び打ち合うが為に走り出した。
「敵が堅いのであれば、魔法を駆使したものでもない限り、重量を伴う。だから……」
石礫は石造のカウンターの突きを、スライディングで交わし背後に回った。
「機動力は低く、隙が多い!」
石礫の跳躍しての懇親の突きは、正確に石造の頭部へと走り、全体に大きな亀裂が奔る。
「そこを畳み掛ける。それだけだ」
着地すると再び跳躍しながら胴体部分を打ちつけ、石礫は頭部目掛けて、得物をを大きく横に薙いだ。それをかわそうと身を動かすも、石造は頭部へと奔る軌道から逃れられず、粉々に粉砕されたのだった。
石造は、少しずつ浮力を失っているのか、胴体を地に着け、剣も徐々に下がっている。だが、まだ動けるらしく、各部位は石礫に攻撃を行おうと、微かな意思を見せている。
「これで終わりだ」
石礫は大きく振り上げた棒を、躊躇いもなく振り下ろした。力を失いかけた石造の強度は、ただの岩石に近く、岩石などは彼にとって造作もなく砕く事ができた。振り下ろされた一閃は、頭部の上にあった三角錐ごと、胴体を砕いたのだ。
「やっぱ石礫は強いなぁ……」
石礫の戦いを見て、清蜀は溜息をついた。そんな清蜀の視界いっぱいに石造の巨体が映る。
清蜀は気持ちを切り替え、石造との間合い空けるよう、バックステップをしながら剣を振るう。振るった刀身の軌道からは炎が迸り石造に襲いかかる。
「クォォォォォォ」
その炎に意を介さず、石造は迫りつつある。清蜀もまた、そんな石造に特別気にかける事もなく、炎を吐き出す刀身を振るい続けていた。その炎は一点に集中しており、胴体の中心部辺りを的確に炎を打ち込んでいるのだ。
もうどれほどの炎が打ち込まれたのかも解らず、頃合いだと見計らった清蜀は、弾む息を整えもせずに一気に間合いを詰めると突きを繰り出したのだ。
石造の胴体は、大した抵抗もなく刀身を飲み込んでいった。一発一発の炎には、岩石を溶かすほどの威力は無くても、一点に集中された炎は灼熱へと化けていたのだった。
「内側さえ押さえれれば……」
途中で言葉を区切り、清蜀は柄を力強く握る。
「燃やすだけだ」
言い終わる瞬間、清蜀の剣から目が潰れるほどの光を発し、光と共に刀身はガーディアンの中へと吸い込まれていった。
「クォォォォォォォ」
石造は真っ赤に染まると、熱風を吹きながら濛々と黒煙を噴出した。その煙が晴れた先にあったのは、真っ黒に焼き焦げた石造の形をした炭だった。
「剣、丸々一本使っちゃったか。一から剣にするにはちょっと余力が無いなぁ……」
ぶつぶつと独り言を言いながら、清蜀は崩壊し始めた炭に背を向ける。
数歩歩いたところで、一旦俯き頭を左右に振って顔を上げる。
「……皆は中々苦戦しているみたいだね」
「クォォォォォォ!!」
剣を振り回しながら追いかける石造。斧で剣を受け流しなら逃げ惑うオメガ。
「いい加減にしやがれ!!」
地面すれすれに横へ流れる剣を飛び越えて、オメガが斧で叩き切る。金属が強く打ち付けられ鈍い音と共に、オメガの腕は反動で痺れる。
「くっそ! 全然刃が通らねぇ!!」
と、遥か後方をガラン、という金属の落下音が響く。
「なんの音だ?」
石造から身を翻して離れると、その音の正体を確かめる。そこには大きなの刃が落ちていた。正に正しく自分の斧とそっくりの。
「……? まさか……」
痺れが取れた腕には、何処か軽い物を持っている事に気づきつつも、オメガは斧を顔の前に持ってきた。物の見事に欠けた斧。とても使い物にはならなかった。
「クォォォォォォォォォ」
今までとは違う声を上げる石造。顔があったら、さぞかし嘲笑してるに違いないだろう。
「てんめぇ! 笑うんじゃねーー!! 三年近く使ってるんだ! 壊れてもおかし、うお!!」
オメガは石造を怒鳴り散らすする中、石造は攻撃をしかけてきた。が、その攻撃は今までのような迫力は無く、何処か遊んでいる様子であった。
「オメガさん……もっと真面目に戦って下さい」
さっきから援護射撃の一つをしないキズクが、オメガに注意するかの如くそう口にした。
「だったらお前も援護しろよ! リーナ!! お前もだ!!」
「ご、ごめんなさい! でもキズク様のお考えになられてる事をすれば、石造も倒せると思いまして……」
「じゃあ早くしてく、おわぁ! くっそ、こっちはまともに防げなくなってきてるんだぞ!!」
今手にしているのは斧一本。荷物には軽量の斧も入っているが、そんなことをしている間に首を飛ばされるだろう。ご自慢のハーケンは飛ばしたものの、ガーディアンの身体に弾かれ、向こうの壁に刺さっている。
「キズク様……こちらの準備はできました」
「じゃあ一、ニの三、で」
「解りました」
キズクの腕は微かに光を放っていた。リーナの魔法により、一時的に筋力をあげている。そして、その力で限界まで弓を絞っている。その傍らにはリーナが矢に魔法を施そうと両手をかざしていた。
「行くよ。一」
ギリギリと弓が更に引き絞られ、悲鳴を上げるかのように鳴いた。
「ニの」
力を込め続けるキズクに対し、弦が限界だと言わんばかりに微かな悲鳴を上げた。
「三!!」
弓矢から重い音が響き、それと同時に反動でキズクを後方に吹き飛ばした。キズクから放たれた矢は、光の筋となって石造の頭部へと吸い込まれていく。
バン、というはじける音と共に、石造の頭部は完全に砕け散り、頭部の抜けた不自然な姿で宙に浮いていた。
「……す、すげぇ。キズク! こんな事できんなら、もっと早くしてくれよ!!」
ばらばらと崩れ落ちていく石造に気にせず、興奮気味のオメガはキズクの方に振り向く。だが、キズクは地面に横たわったままだった。
「……キズク様は気絶しているのですが」
キズクの側に寄り、その容態を調べてリーナは小さく呟いた。どうやら、反動により、地面に後頭部を強打したようだ。
「……そ、そうか。にしても、一体どうやったんだ?」
「私が魔法でキズク様の力を上げて、矢に光の膜を……矢に使う場合は硬い鋭利な矢となります。後は射る瞬間に、衝撃波を与えて矢そのものの威力を上げたんです」
「それであのでかぶつをねぇ……て、ガイは大丈夫なのか?」
清蜀達の戦いは終わっており、残るはガイだけなのだ。一抹の不安に駆られたオメガが振り向いた。
石造より繰り出される剣を全て避けながら、思案するガイの姿があった。
「……あれは衝撃波に含まれるのだろうか?」
考え抜いた末、一つの結論が出てきた。ガイは剣を鞘に納め、石造との間合いに注意しながら接近していく。
「クォォォォォ」
ガイの様子の変化に何かの焦燥を感じたのか、石造は一気に詰め寄ると突きを放った。が、ガイはそれを横に避けると、懐に潜り込んで、手で触れられる位置にまで進む。
――しばらく素手で戦って無かったからうまくいくかは解らんが……気というものが通用するかどうだか……――
そっと石造の胴体に右手で触れて、一瞬だけ力を込める。
「気撃掌!!」
ガイの叫びと共に、大気と石造の身体は振動を伝えた。
「……なんだ? 何も起こら……」
オメガが言い終わるよりも早く、石造の身体は音を立てて亀裂が生じる。
「クォォォォォ!!」
瞬く間に亀裂が全身に回っていく石造は、断末魔を上げながら崩壊していった。
「ふぅ……なんとか、倒せたな」
「うわ〜、ねえねえガイ。今のどうやったの?」
清蜀が石造を一撃で倒した力に、子供のように目を輝かせている。事実子供であるが。
「体内の気、要するにエネルギーをこう、掌から一気に流し込んだんだ。まあ、まさかこの石造相手に、師父から教わった武術が役立つとはなあ……」
「ところでガイ。今の技、気撃掌といったか?」
神妙な表情の石礫に、ガイはああ、と言って頷いた。
「俺の知る限り、その名前でそういった技を使う者が一人いたが……」
「石礫ー、考えすぎだよ。あの人はもういないんだよ?」
「そうだが、偶然にしてはいきすぎだろう」
「お前ら一体、何の話なんだ?」
話の焦点に近い位置にありながら、まったく話が飲み込めないガイに、清蜀が説明を始める。
「ガイと同じ技を使う人を知っているんだ。魔王討伐にも参加した人なんだけど、当然封印はされていない訳だから、生きているわけが無いのさ」
「なるほど。にしても、この世界にも気を使う人がいるとは、正直意外だなぁ」
「だろうね。僕達だってそういう力は初めて見るものだったんだから。さ、いい加減プロテクトの封印も解ける頃だ」
「だな。とっととキズクを起こして、街へ凱旋と行こうか」
オメガがそう言いながら、石造の方へ視線を向けてから、キズクの方へと歩みだす。
淡い光が放たれている石像。やがて石造であったプロテクトの封印は解かれ、台座からゆっくりと落ちた。
「オメガ。キズクはそれなりに頑張ったんだ。背負っていってやれ。お前が」
「お前は高みの見物かよ」
「悪いが、俺は肩を貸して欲しいぐらいなんだ。とても人を背負っては歩け、おっとすまんな」
シャーナがガイに駆け寄り、肩を貸しながら治癒魔法を施してくれた。
「ガイ様。あまり無理はなさらないで下さいよ。まだ傷が完全に癒えてるわけじゃ……」
「心配性だな。それはもう治ってるって」
ガイはぽんぽん、と傷があるところ叩いてみせた。それでもなお、シャーナは反論したそうな顔したが、それを遮るものがあった。
「久しい顔があるな」
ガイ達にとっては聞いた事のない声が、割って入ってきたのだ。
「プロテクト……久しぶりだな」
「おっはよープロテクト。調子はどうだい?」
「身体がだるいな。まぁ大丈夫だろう。それはそれとして……お前が『魂を紡ぐ戦士』か?」
プロテクトと呼ばれた十五戦士は、ゆっくりと巨体をガイの方に向けた。
「いかにも。俺はガイ・サンデスド。よろしくな、プロテクト」
「うむ、クライムの面影があってすぐ解った。にしてもそこの三人は……?」
「ああ、紹介するよ。彼女はハーピー族のシャーナ。気絶している方がキズクで、こっちがオメガだ」
「そうか、よろしく。他の者はまだ封印を解いていないのか?」
「魔道とサイレンスは解いてある。他の仲間と一緒に、違う場所の封印を解きに行っている」
「サイレンスは別件なんだけどねー」
「まぁ何でもいい。戻るべき場所は決めてあるのだろう? すまんが腹が減っているんだ」
「相変わらずだねー」
「……」
十人十色。彼らは十五人もいるんだ。大喰らいの奴も、すぐに腹減ったを連呼する奴がいてもおかしくない。そう、だから偏見なんて良くないんだ。そもそもにして、普通に空腹を覚えているだけかもしれないじゃないか……。一矢は一人、そんな事を悶々と考えていた。
「ガイ……。お前の考えてる事は大体想像出来るから言っておこう。奴はただ大喰らいなだけなんだ。しょっちゅう、腹が減ったなどとほざく奴じゃないんだ」
石礫のフォローに、眉をひそめる一矢。
「皆、同じ反応を?」
「……ああ。驚くぐらいにな。最も、もう慣れたがな」
「そうか……とにかく戻るぞ。キズクも休ましてやりたいし」
どこか疲れが押し寄せてくるのを感じながら、一矢は出入り口の方へ体を向ける。
「そうだな。何にせよ戻るべきではあろうな」
石礫も同調し、他の者達も同じように、ここを発つよう準備しかけた時だった。
「そうはいかないのです!」
全く聞き覚えの無い声が、今向かおうとしている出入り口から発せられたのだ。その出入り口には、真っ黒いローブに身を包んだ青年が立っているのだ。
決して明るいとはいえないこの空間。その中で確認できたのは二十歳前後の青年であり、真っ赤な目をぎらぎらと光らせている事だった。
「何者だ!」
明らかな殺意を感じ取り、石礫は棍棒の先を青年へと向ける。
「貴様がガイか……」
青年は、石礫の事など気にせず、真っ直ぐにガイを見据えて、恨みのこもった声で訊ねてきた。
「どうだろうな……少し自信が無いが、そうだとしたら暗殺でもするか?」
疲労した身体に鞭を打ちつつ、ガイは剣を抜き放つ。
「暗殺だと? そんなものではない……師父達の仇討ちだ!!」
「は……? ちょ、待て! 俺は恨みを買われる事など……敵にはしたかもしれないが、人にはしてないぞ!!」
「……」
「それに……師父の敵討ちと言ったな。俺は年寄りに剣を振りかざすほど鬼畜じゃない」
「……この期に及んで……師父を愚弄するか……それより、何よりも」
わなわなと震える青年から、更なる殺意が膨れ上がる。一矢は次の言葉を待つと共に、言葉を間違えたかと悔いた。
「俺は、俺らは魔族だ! 下等な人間と一緒にするなぁぁぁぁ!!」
その悔いは更ならものとなったのだ。青年の叫びは巨大な火球を生み出し、一矢に向かって飛んできたのだ。
――やばい……これは避けられい……――
飛びのいたつもりでも、その疲労が地に根を下ろさせていたのだ。ガイは高速で迫ってくる炎の塊に、自らの死期を悟った。
「炎よ! 我が前に従え!!」
炎がガイを舐める前に、清蜀が間に割って入ると右手をかざした。巨大な火球は清蜀の目の前で、形を変えて紅く輝く剣へと変貌を遂げた。
「十五戦士の清蜀、か。火の魔法は逆効果か……伝説通りか」
自ら放った炎は、見事に利敵効果となったのを青年は舌打ちをしながら眺めた。
「おい! お前が人間ではないって話は謝る! 本当にすまなかった……。だが、俺がいつお前の師父を殺したというんだ!」
「ガイさん……。あいつ……は、あの、二人の……老人の、魔法使いの事を言ってるんじゃない……でしょうか……」
「キズク……? 大丈夫か?」
「何とか……あ、オメガさん、有難うございます……降ろして下さい……」
降りようするキズクをオメガが宥める。
「無理すんな。不自由なく会話ができない奴が、まともに一人で歩けるなんて思わん」
キズクはすみませんと呟いて、力無くその身をオメガの背に預けた。
「にしても……だとすると、あいつがあの二人の弟子なのか?」
直視するガイに、青年はより一層、憎悪の炎を吹き上げて睨みつけてきた。
「そうだ、あの時……あの時貴様が二人を、俺の師父達を殺したんだ!!」
濁流のように流れ出る激情と共に、今度は稲妻が駆け巡る。迸る数本もの稲妻は、ガイだけを狙っているようで、複雑の走路を巡りつつもガイを中心にした軌道であった。
「ち! く、うお! っつ……」
正に危機一髪。奔る稲妻の隙間を縫って、一斉に牙を剥く閃光をかわしたガイ。だが、少なからず電流が身に流れたのか、立ち上がろうとするガイの動きは緩慢で、体力が残っているようには見えなかった。
「おい、あれはあいつらの自業自得だ……向こうから襲ってきたんだぞ」
「この期に及んでまだそんな減らず口を……!」
「それに、あいつらの所為で俺は『暴走』した。あいつらは、俺にあいつらを殺させたんだ!」
「そんな事など関係無い!」
青年が宙に手をかざすと、その周りに稲妻が発生する。
「平和的に事を済ませられ無そうだな……。奴の狙いは俺だ。お前らは俺から離れろ!」
「今のお前では避けられん。無理をするな」
「他に誰が、あの稲妻を……く!」
ガイは青年の稲妻を指差そうと振り向いた先には、こちらに真っ直ぐ向かってくる稲妻が見えたのだ。ガイは無様であろうとも、それを転がり這いつくばるようにして回避する。
「くそ……これ以上は体力が……」
焦燥を感じるガイに、駄目押しの稲妻が空を駆ける。その数は恐らく、十を超えているだろう。
「よ、避けきれるかこんなもん!!」
不規則でありながら、確実にガイを狙ってくる光の大蛇。一遍に襲われれば避けることはまず不可能であろう。
「大地よ、隆起せよ!!」
石礫が棍棒を地に突き立てると、ガイの目の前に岩石の壁が出来上がり、全ての稲妻を防ぐと風化するかのようにぼろぼろと崩れていった。
「た、助かった……すまない」
「ちっ、流石にこれだけ数が多いとなると、この男だけを倒すのは無理か……」
「おっと、だからって逃げてもらっちゃあ困るぜ」
いつの間にだしたのか、オメガは片手斧を青年に向けて力強く投げた。
「ふん、こんな鉄屑など」
斧が飛んでくるその空間に、青年は爆発を発生させて斧の推進力を潰して叩き落した。
「どうにもお前を殺すには分が悪いようだな。悪いがここは引かしてもらうよ」
「ほう、だが、勝機があるんなら、一気にここで片をつけさせてもらうぞ」
ガイは柄をしっかりと握り締めて、身体に鞭を打って立ち上がる。だが、青年は嘲笑を返すだけだった。
「確かに引くが、お前達はしっかりと殺してやる」
青年が印の様なものを右手で切ると、爆音と共に洞窟が大きく揺れる。そして、壁に大きな亀裂が走り、揺れは更に増して行ったのだ。
「こいつ……。ガイ! こいつは俺らを生き埋めにする気だ!!」
「流石は十五戦士の石礫。だが遅い! 外で稲妻を走らせて待っていてやる! 生き埋めか感電死、死因の一つ選ばしてやる!!」
青年は体中に稲妻を走らせると、ガイ達に背を向けて外へと駆けていった。
十五戦士が眠っていた洞窟。それだけ古い所為か、それだけのダメージをあの青年が与えたのか、今にも崩壊する気配を匂わしながら洞窟は唸りながら揺れている。
「くそ、このままじゃ本当にお陀仏だ。何とかできないのか?」
天井から崩れ落ちてくる岩を避けながら、ガイは石礫に尋ねるも彼は首を横に振った。
「これほどとなると直しきれん。仮に直せたとしても、これほどの規模となると時間が足りん」
「くっそ……シャーナは別の所に移動するような魔法とかはないのか?」
「存在はしますけど高等魔法でまだ私には……」
「万事休す、か……どうする、どうしたらいいんだ……?」
降り注ぐ岩石を避けながら、ガイは焦燥しながらも、策を練り続ける。
「ガイ、落ち着け! 奴を突破するしかないだろ!」
パニック寸前のオメガが、ガイの肩を掴んで揺さぶる。落ち着くべきはオメガである。
「馬鹿言え。あんな狭い入り口に向けて稲妻を打たれたら全滅だ」
「プロテクトなら、さっきの稲妻耐えられる?」
緊張感の無いのんびりとした調子で、清蜀がプロテクトに聞くも、こちらも芳しくない答えだった。
「耐えられるだろうが、全ての稲妻を受け止められるとも限らん。通路の狭さによってだが、稲妻が洞窟の壁を削れば、生き埋めになる可能性も上がる」
その言葉が言い終わると共に、プロテクトが封印されていた位置が降り注ぐ岩石で埋まってしまった。それと同調するかのように、洞窟の崩れ方が激しくなる。
「もう長くはもたんな……」
「ガイ! 一か八か突撃してみよーぜ?! このまま生き埋めよりまだ生存確率はある!」
「それこそ零だ。……とは言え、背に腹は変えられん。グレム、力を貸せぇぇぇ!」
ガイの下した決断。正に神頼みではあったが、それが通れば切り抜けられるだろう。ガイは祈りなども、懇願なども吐き捨てて、礼儀も何も無く叫び散らした。
「……」
ただひたすら沈黙。地響きだけが耳に残る。
「……」
更に続く沈黙の中、洞窟がだんだんと埋まっていく。
「何も起きねーじゃねーか!」
まだ続く沈黙にオメガは耐え切れず、半ばパニック状態になる。
「参ったな。グレムの奴……」
「もう駄目だ! せめて突撃するぞ!!」
駆け出そうとするオメガの前に、唯一の出入り口である穴の所に岩石が降ってきた。
「ああああああああ!!」
絶望に打ちひしがられ、オメガ大絶叫を上げる。
「てかお前ら余裕だなぁ」
ガイは自分の事は棚に上げといて、冷静でいる石礫や清蜀達の方を向く。
「……なら少し、焦ってみるか。ガイ、今すぐ飛翔紋を発動させろ!」
「無理!」
「生きたいのであれば発動させろ! 気合いでも何ででもだ!」
「なんで焦るとそうなるんだ! さっき失敗してるつーのに……」
ガイはぶつぶつと言いながらも、色々な術などの発動時に必要な言霊を、覚えている限り片っ端から言っていく。が、どれも全く反応が無い。
「はぁ、はぁ……飛翔紋よ……我が前……に力……解き示せ、ぜぇはぁ」
「むう……無理か。少し先に行って時間を稼がなければいけないな」
後半は独り言のように言いながら、石礫は道を塞ぐ岩石の元へと歩いていった。
さっきまであった岩石は木っ端微塵になり、そこで石礫は手を招く。
「一旦移動するぞ。ガイ、口を休めるなよ」
「鬼、だ……」
擦れる声で呟くも、このまま死をこまねくつもりはない。少し休みたいとは思うものの、ガイは口を開いてその作業を続けていく。
「後一分もつかどうか、か。ガイ、まだなのか?」
石礫がガイの方に向き直ると、シャーナが治癒魔法を施しながら、懸命に呟き続けるガイの姿があった。
「石礫、少しガイを休ませないと無理そうだよ?」
「そんなこと言っている場合か。いい加減何とかしないと生き埋めだ」
ガイへの配慮は助かってからにしろ、と厳しい口調の石礫。だが、ガイには最早、それらしい言葉全て言い終えていたのだ。
「もう、何も残っちゃいないぞ……」
「おいおい、ガイ。頼むぜ。他にも何かあるだろ?」
身体が鉛の様に重く、意識も白濁としていく中、ガイは他の言霊を思い出そうとするも、これといったものが浮かぶ事は無かった。
「プロテクト」
「解っている。出口を突破するのにあたって、俺が壁となればいいのだろう?」
「すまないな……起きたばっかりでこんな事を頼んでしまって」
「気にするな。だが今の状態であの稲妻を耐え切れるかは……通路が、な」
石礫とプロテクトの会話を聞きながら、ガイの意識はだんだんと白く染まってきた。
「リファ、リフェル。すまない……。お前達を助けてやれそうに無いかもしれない……」
「ガイ! 何を諦めている。これからが本番だぞ!」
石礫の叱咤に、何回怒鳴られたろうか、とガイは悠長に考えていた。だが、その中である言葉だけが頭に残った。
「何を諦めるか……」
真横の壁に亀裂が走っていく。ここももう崩れる寸前ということだろう。
「グレム……俺に力を返してくれるなら……この身体ごとくれてやる……!」
何処か投げやりに呟いたガイは、一度大きく痙攣をした。
「何だ?」
石礫達は、ガイの挙動に目を丸くして見つめる。そして、彼らは気づくのだった。その額には紋章が輝いているのだ。
「やっと、か。てか、グレムとの同化無しで動くのは初めてだな」
「そんな事はどうだっていい! 早くしろ!!」
「……さて、どうするか」
紋章が発動したものの、どうすべきかとガイは首を傾げていた。
「この洞窟を木っ端微塵に吹き飛ばせ。破壊新グレムの力でもあるんだ。そのくらいできるだろ!」
「飛翔紋そのものは使った事無いんだよ。そもそも、どうすればそれだけの力がでるのやら……」
「……本当、なのか……?」
「石礫、どうしようか? 僕達自身飛翔紋見るのも初めてだし」
「まずいな……ここまで来て特攻か?」
「……飛翔紋。いや、グレム……俺達を導いてくれ……」
いつ生き埋めになってもおかしくないというのに、ガイは全然焦る事がなかった。先の二度に渡る戦闘と、飛翔紋開放による疲労の所為で神経が麻痺しているのだった。
セワノヤケルオトコダ
ガイの鼓膜に響く声。この場にいる者の声でないと気づきつつ、あたりを見渡した。
「今、誰か喋ったか?」
「絶叫なりする者はいるが、どうかしたのか?」
「だよな……という事はあいつしかいないな……」
ガイは声の主が誰であるかを確信しつつ、目の前の景色が歪んでいくのを感じた。
水面をかき混ぜる様に、景色はぐにゃぐにゃと変わっていき、それが治まる頃には全く別の景色、広い草原が目に映っていた。
その草原には一人の大男がおり、その足元には無数の魔物の死骸が散らばっていた。
「雑魚が集まれば勝てるとでも……? 全く、脳足らずの魔物は救いようが無いな……。この状況、あいつに相談すべきか」
どうにも乗り気でない男は、小声で何かを呟きながら印を結んでいく。その額には煌々と輝く紋章があるのにガイは気づいた。
「まさか、グレムの記憶か……?」
グレムが何かを見せようとしている。その事に気づいたガイは、必死にグレムを観察して見逃すまいと一動一動を注視した。
印を結び終えて呟くのもやめると、グレムから目が眩む様な光が放たれたのだ。ガイは咄嗟に目を閉じて、光を直視するのを避けた後、ゆっくりと目を開いて辺りを窺った。そこはなんとも形容しがたい光の洞窟。前から後ろへと延々と流れる地面の無い空間に立っているのだ。
「何が……起こっているんだ」
顔に叩き付けられる風に、ガイはこの現状に狼狽していた。そうこうする内に、光の空間の奥に巨大な光の塊が見えてきたのだ。そこが目的地なのか、どんどん光の塊に近づいていき、そして二人はそれに飲み込まれたのだ。
光に飲み込まれる瞬間、再び目を閉じる。しばらくすると、先ほどまで聞いていた地鳴りが耳に響いてくる。
「……」
目を開けて辺りを見渡すガイ。そこは相変わらず、今にも崩壊しそうな洞窟の中であった。
「ガイ! 大丈夫なのか? いきなり魂が抜けた様に呆けて……心配していたのだぞ?」
「ああ……すまん。と、それよりも俺の周りに集まってくれ。うまく行けば脱出できる」
「何だと?」
石礫が首をかしげる間に、プロテクトは素早く周りの者を引き寄せてガイの周りに集めた。正直、彼がいなければ間に合わなかったかもしれないだろう。
そんなプロテクトの行動のおかげで、ガイはすぐさまあの時のように印を切りながらぶつぶつと呟き始めた。しっかり覚えているわけではないものの、何故かしっかりと行えている。飛翔紋そのものの記憶なのかもしれない、とガイは考えながら印を切った。
ガイから強い光が放たれ、その場にいた者達を飲み込んでいった。次の瞬間には、光は消え、そこには誰もいなかったのだった……。
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