十話
光という光の中。
そんな中を動く地面の上に立っているかのような感覚に陥る。耳をかすめるのは風が唸る音であった。
「うおぉぉぉ……ガイ! どう……なってんだ!!」
光の回廊。その道を通過する事は、術者であるガイにとって大きな負担となっている。
荒れ狂う波の如く牙を向く何かに、吹き飛ばされないよう耐え凌ぐ中、常に何かが身体をすり抜けていく、そんな身の毛のよだつ様な感覚にも耐えなければならなかった。疲労しきっている彼らにとってそれは、苦しく過酷なものであった。
「みん、な……大丈夫、か!」
「んな、訳……あるか!」
オメガはぐったりしているキズクを庇っているから尚辛い。ガイはといえば、気力で立っている状態にまで体力が消耗しきっている。
「ガイ……大丈夫か?」
このメンバーの中で、唯一女の子であるシャーナを庇いながら、涼しい顔をしたプロテクトがやってきた。
「余裕……そうだな……」
「ん? ああ、壁としての力、そういう種族であるからな。だが、少々辛くはあるぞ?」
とてもそうには見えない。仕舞いには口笛を吹きそうでたまったものじゃない。心密かにそんな事を考えながら、ガイは膝をついて必死に耐え凌ぐ。
「ガイ様……その……大丈夫ですか……?」
プロテクトの脇から顔を出すシャーナ。本人には悪いが、それがまるで怯えた子供の様にも見えて、少々可笑しくほんの少しだけ気力が回復した気がした。
「ああ、いける……ほら……」
顎で前方を指す。そこには周りとは違う明かりが見えたのだ。それはだんだん大きく、近づいている事が見て解る。
「出口……なのか?」
オメガが顔を綻ばすと共に、一気に加速し光の中に吸い込まれていった。
「きゃあ!」
くぐもった音と共に土ぼこりがアリアのすぐ脇に撒き上がった。
「……敵か?」
魔道は大刀を土煙に構え、アリアをその場から離してにじり寄る。
「く……いつつ」
「い、てぇ……何が、どうなったんだよ」
「……お前ら……どけ……」
煙の中から聞き覚えのある声がいくつかあがると、アリア達は恐る恐る近づいていく。
「ガイ、なのか……?」
魔道は構えを解く事無く、そう聞くと少しの間の後かすれた声が返ってきた。
「……魔道、か? てか……早くどけ……潰れる、てか、潰れ、てる」
出口の穴が小さかったのか、先頭にいたガイは押しつぶされていたのだ。そもそも、この力自体が大人数を移動させるものに適していないのかもしれない。
「すまない……ガイ。てかプロテクト、お前が退いてくれないと俺も……」
一番上にシャーナ、そしてプロテクトがいるのだ。身体の大きい彼の下にいるオメガ達が動けるはずも無い。
「ああ……すまんすまん」
シャーナを『山』から下ろし起き上がるプロテクト。そしてオメガの上に、彼の下敷きになっていた清蜀と石礫をひょいと摘むように持ち上げる。
「死ぬかと思った……」
「ああ……今度からはプロテクトの後ろにいよう……」
降ろされても尚、ぐったりとしている二人は潰れた蛙が上げるような声をだした。
「く……つつ……」
オメガは何とか起き上がりながら、キズクを抱き起こしてやる。オメガなりに庇ってやったものの、少なからず押しつぶされたのか未だにぐったりとしている。
「ガイ……大丈夫か?」
石礫が不安そうに顔を覗かせる。
「すまないが……一人じゃ立てん……」
精も根も尽き果てた。今のガイにはその言葉が正に当てはまるのだった。
「一体何がどうなっているんだ?」
アリア側の殆どが現状を理解できていない。当然と言えば当然ではあるが、そんな中一人だけ違う反応を示す者がいた。
「……ガイ?」
「……アリア? 飛翔紋が……。そ、か……。ありがと、な……」
何とかそれだけ言うと、今度は完全に沈黙した。と同時に、アリアはガイに寄り添った。
「ガイ! 大丈夫なの! 怪我は無い? でも……よかった……。成功、したんだよね? よかったよぉ……」
アリアはガイを抱き起こすと、その肩を軽く揺らすのだが、ガイは大丈夫でもなければ既に意識が無かった。が、規則正しい呼吸にアリアは安堵を覚えずに入られなかった。
「アリア? 全く一体何が……? とにかく一旦近くの町まで移動した方がいいな」
状況が解らないとは言え、一旦落ち着く場所へ向かわなければならない。ガイ達は鉛のような身体に鞭を打ち、仲間の肩を借りて歩き出した。
アリア達が向かった祠から東、正確には東北東にバリスが位置する訳になる。その間には三つの村や町がある。そして今、『アルテパ』という祠から一番近い町にいるのだ。
「で、だ。一体何がどうなってお前達がこっちに現れたか、説明してもらえるんだろうな?」
宿屋の食堂にて。夕食を済まし一服しているところを魔道が口を割った。
「まあ、全員いることだしそうするか」
周りに他の客はいない。と、いうより今日は俺ら以外に客はいないのだ。むしろ、今までの事と今の時勢を考えると他に客がいるのが珍しい。宿屋自体が副業であるところが多いのだ。
「とりあえず先にお互いの経緯の確認だ。今回の件、そこら辺が含まれるんだ」
「ふむ……。ではこちらから話そう。お前達の話は長くなりそうだ」
確かに、とガイは頷いて静かにした。魔道は機動性を重視した型の石造、そしてその数が多かった事、彼らが古代スキルと呼ばれる力を使った事。アリアの飛翔紋の力、盾、癒し、増幅。そして転送装置が破壊されていて、どうするかと言っている所ガイ達が現れた事。それらを要約し語った。
「ふむ……。転送装置の件もこちらの経緯で繋がる。が、古代スキルって一体……?」
首を傾げるガイと、その先の言葉を今か今かと待ち構えるアリア。
二人共、すっかり馴染んでいるとはいえ、所々である意味での他者である事を思い出させるのは、何とも形容しがたい皮肉だろうか。
「何と言ったらいいのやら……。そう、だな。例えば誰かが剣において、ある素晴らしい型を体得したとしよう。それを弟子に教える。厳しい訓練の末、その弟子もその型を使えるようになる。というところだ」
説明を聞いていた者は一様にポカン、と口を開いて固まる。
「魔道……。その説明、古代スキルについて知らない限り絶対に納得を得られないよ」
清蜀が魔道にツッコミを入れて、少しの間何かを考え込む。
「まあ、確かに何ていったらいいか難しいね……。そうだなぁ、紋章と簡単な剣技ってところだね」
「紋章と剣技?」
「そう。紋章は生まれ持ったもの。才能みたいなもので努力云々では得られない。それは解るね?」
「……そして簡単な剣技か……。剣が持ててある程度の運動神経があれば扱える……という意味か?」
「流石、ガイ。無駄に剣を振るうだけの頭じゃないね」
「……ほう、言ってくれるじゃないか」
「あっははは。冗談冗談。で、詰まる所古代スキルっていうのは、その武器とかが扱えてある程度身体能力が備わっていれば、大なり小なり修練すれば体得できたのさ」
軽く眉が吊り上るのを見て、清蜀は笑ってごまかしながら説明を続ける。
「へえ〜。じゃ、あたし達にもあんな事ができるの?」
アリアが目を輝かる。
「使えた、のさ……。アリアやガイはもしかしたら使えるかもしれない。だけれども、他の皆は……無理だろうね」
「……どういう事だ?」
「うん、殆どの人が取得できる、みたいな言い方をしたけど、それは『その時代』に生きた人々、古代の人々だけさ。彼らには、今の人々には無い特殊な素質とでも言えよう力を、皆が皆持っていたのさ」
「それで……古代スキルか?」
「うん、一部の村。本当に外とは隔離されているような所では、今だ古代スキルが生き残っているとは聞いたけどね」
封印される前の話だし確信もないどね、と清蜀は付け足した。
「ただ古代スキルを色濃く残しているものはある」
「剣技とかじゃなくて?」
「うん。魔法なんだ」
ガイとアリアは、三人のハーピーに視線を移した。
「あーでも古代スキルの魔法のような力は残っていないよ?」
「劣化した形ってところか」
清蜀の補足にガイは視線を戻した。
「んー、これも何て言ったらいいのかなぁ。当時、古代スキルの中の本当に力の小さい魔法の分岐と進化。古代スキルの魔法において、必要とされる『素質』が魔力だった事も理由なんだろうね」
「魔力も持って生まれるものだけど……それが逆に残りやすかった訳か。魔力自体は珍しいものじゃないから」
「そういう事。武術関係だと……知る人がいないとどうにもならない感じではあったけど、時折その記憶、人々の奥深くにある……生命そのものの記憶とでも言うのかな? それが呼び起こされて、我流の中で体得する者が現れる事はあったそうな。ただ、まあ開花する可能性は低いだろうから、意外といるのかもしれないね。武術における『素質』は」
「なるほど……」
「古代スキルについては気がすんだか?」
説明役除名を受けてから、ただただ話が終わるのを待っていた魔道が口を開いた。
「ああ。あ、そうか。今度はこちらの経緯だな」
魔道は、無言でコクリと頷いた。
ガイは、今まで同型の石造四体と戦った事。以前戦った魔王の刺客の弟子に襲われた事。間一髪という所で飛翔紋を使い脱出した事を簡単に説明した。
「それでその飛翔紋の力でこちらに来た、と?」
「ああ。だがあれ自体、クライムの記憶を見て……もしかしたらあいつと同化しかけていたのかもしれないな……。どうやったかはあまり覚えていないんだ」
「あたしは治癒神エイリスからガイの事を想えって言われただけだし。互いが通じ合わなきゃいけないものなんだとは思うよ」
「まああれの構造なんてどうでもいいけど……疲労時にされるのは流石に懲り懲りだね……」
清蜀が苦笑しながら言う。
「そんなに酷かったのか?」
「酷いっていうか……まあ、今度ガイとアリアに頼んでしてもらうといいよ」
これ以上無いというほどに爽やかな笑顔で清蜀は言い放った。が、勧める様なその笑顔の真意に気づかない者は誰一人おらず、自ずと試すものはまずいないだろう。
「とりあえず……今日はもう休まないか……俺は早く横になりたい」
気を失っている間にこの村の宿に通されたガイは、数十分後に眼を覚ましてから今まで何とか持ち堪えているのだ。だが、キズクとラッシングは起き上がる気力もなく、既に眠りについているのだった。
「そうだな……明日からバリスに戻らねばならんし、今日は少々早いがこの辺にしておくか……」
全員が頷き合い各々の部屋へと戻っていった。明日からはバリスまで旅をしなければならない。その意味の重さを噛み締める休息となるだろう。
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