十一話
アルテパを経ってから七日になる。ガイ達は、城がパニックになっている事を懸念していた。何せ使えば瞬時に移動できる、空間転送という技術がるのにも関わらず、未だに『魂を紡ぐ戦士』や十五戦士他余名が帰ってこないのである。
当の本人達と言えば、黙々と歩き続けるほか無く、順調にバリスへと近づいていっているのだった。
時折、強いと言われる魔物が立ちはだかる事もあったが、今の彼らにとってはよほどの事でもない限り敗北を知る事は無かった。
特に新しく仲間に加わったプロテクトとフリックの力は強大なものだった。
ゴブリンの群れに襲われた時、プロテクトが最前線で攻撃を受けとめ、そこにフリックの魔法が打ち落とされる。そこで生き残れたゴブリンは、プロテクトの一撃で一蹴されるという有様。
「えぐい戦い方だな……」
屍の山を気づいていく二人の姿に、ガイは戦慄を覚えずにいられなかった。
「まあな。そういう種族であるからな」
彼曰く、彼自身の種族は三種類の性質を持った者が生まれる。そんな中、彼は力に適した性質だという。ちなみにフリックも同じ種族で、彼は魔力に適したものらしい。
もっとも、ガイとアリアにとっては、プロテクトの名前から、少なからずはその能力を予想する事はできた。
「それはそうと魔道……バリスまで後どれ位だ?」
「明日の夕方にでも着くだろう。遅くても明後日の昼だろうな」
「そうか……バリスじゃ大騒ぎだろうな。俺らが遅い、というか帰ってこないから」
「まあ、そんな事を気にも留めずサイレンスは、頑張っているかもしれないね。調べ物を」
「何だ? あいつはそんな事をしているのか?」
サイレンスもまた、彼らと同じ種族であり、彼は素早さに適したものだという。実の所、出は違うものの彼らは元々三人で旅をしていたという。
「俺が頼んだのさ。色々とあって……て、そろそろ野宿する場所を決めるべきだな」
地に沈みいく太陽が、背後から正面の木々を紅く染め上げている。
「ここで止まらなければ森の中だな」
ガイは立ち止まって呟いた。無闇に中で野宿する事も無いが、先を急ぐのであれば森の中で野宿をするべきである。
「別に森の中でいいだろう。ここら辺の敵など大した事あるまい」
「そうだな……まあこっちは大勢だしな。多少の魔物で怯む人数でも無いし、馬鹿な魔物ではなければ襲っては来ないだろう」
その馬鹿が多いわけではあるが、と心中で付け足しながら、ガイは全員を見渡した。誰一人として異論は無い様子を確認すると、ガイは森の中へと歩き始めるのだった。
夜の帳が降りると、辺りは静寂と闇に包まれた。木々が鬱蒼と生い茂る森である為、星明りはおろか、月明かりすら届きづらいのだ。
「ここら辺でいいか……。これ以上先に進むのは……癒そうだしな」
いい加減休みたいのか、先程から不満そうな顔を向ける複数名に溜息を吐きながら、ガイは木々が少ない場所を見つけると、そこで一晩過ごす事を告げた。
「今日も今日とてこの携帯食か……。肉とかが食いたいな……」
オメガが渋い顔で粘土のような携帯食と、高塩分でとても固いという、見た目はクッキーの携帯食に噛り付く。
「仕方ないだろ……。これだけの人数だ。三食分の魚が捕れただけでも運がいいぞ」
途中の川で大漁であったものの、人数も多い所為で二日前に尽きてしまっている。
――確かに……肉とかも恋しくはなるな――
アルテパを発ってから魚以外の肉を口にしていない。ガイはほんのり肉を恋しく思うものの、ぼやくほどでもないか、と思いなおす。
近隣にも動物は生息しているのだが、次第に強い魔物が生息し始めた最近、逃げていってしまったのか旅人に回すだけの数が捕れないという。
ガイはとてつもなくしょっぱい味に顔をしかめながらもクッキーに噛り付き、とてつもなく苦く渋い粘土のような携帯食を口にする。恐らく、今までに食べた事の無い最悪の組み合わせだろう、とガイは考えながら辺りを見渡した。
ガイ達は焚き火を中心に円を描くように集まっている。ガイの正面では十五戦士で集まっている。当然、魔道、清蜀に石礫、プロテクトとフリックの五人である。時折深刻そうな表情を作るのは、己の力の後退についての話をしているからかもしれない……。
右側にはアリアとシェリナ、シェルナ、そしてシャーナとニーナが談笑しながら携帯食をかじっている。が、携帯食の不味さからか時折顔をしかめる。その傍らでアンが独占するかのような形でキズクと一緒にいる。相変わらずというべきか、ガイは呆れて軽く溜息を吐くが、何の変哲も無い『いつも』こそが幸せなんだと自分に言い聞かせる。
左側にはオメガ、ラッシングがいる。オメガがしばらく女性陣を眺めて口を開きかけて止める。そしてどこか渋い顔でラッシングに何かを言う。それを正面に向いたまま、またそんな下らん事を、と言うのが聞こえた。オメガが何を言いたいのか? それを十分理解してしまったガイは内心、思い切り笑いたい衝動に駆られるも、何とか携帯食で口元を隠し耐え抜いた。
そしてそんな光景を微笑ましく眺める最中、ガイはふと思ったのだ。
もし、『彼女達』がいたら、と。
無駄だとは解っているが、いくつもの思いに自問を繰り返すのだった。
「例の二人のハーピーの事を考えているか?」
いつの間に来たのか、真横にいる魔道にそう問われた。
「解るか……?」
「お前がそんな苦しそうな顔をするのは、その事が話に上がった時しか見ないからな」
「……そうか。もう少しポーカーフェイスになった方がいいか?」
「今のお前のほうがお前らしい。にしても……いいのか? 下を向いてる暇は無いんじゃないのか?」
「そうだな……だが考えずにはいられないんだ。今この場に……てな」
「酷な事かもしれないが、早々とその思いすら切り捨てたほうがいいぞ。何時その雑念がお前の壁になるとも解らん」
「……解っている。だが……難しいな」
「……踏ん切りがつかないならそれでも構わん。無理して逆に悪くなるよりかはましだ。それに」
魔道はそこで一旦言葉を区切った。ガイは矛盾だとツッコミを入れるべきか思うものの、話を腰を折るべきでない、と黙ったままでいる。
「既にこれだけの人数だ。単独行動なんて早々あるまい。お前が迷った時は必ず支えてくれる者が一人はいる、という事だ」
「そうか……そうだ、な」
ガイは一回、大きく息を吐く。
「なあ、魔道」
返事も無くこちらを見つめ返すだけの魔道。彼は、本当に必要以上言葉を発しようとしない男なのだ。
「アリアから聞いたが……お前はなんかの騎士だったんだよな?」
「……ああ」
「敵の、魔王のか?」
魔道は決して語らない。だが、それは十分な応答となった。
「とても失礼な事を聞く。だから先に謝っておく。そのお前が十五戦士である。……仲間を……魔王を裏切る時、どういう気持ちだった?」
ガイの問いに黙祷をするかのように目を瞑る魔道。
「辛いなら言わなくてもいい。ただ……先人であるお前から心持っていうか……精神的なものを学びたかったんだ」
「そうか……すまんが今は応じる事はできない」
「今は?」
「それを語るには、全てを語らねばならない。ただ、とても今宵だけでは語りきれるものじゃない」
「時間があったら話してくれるのか?」
「それだけの時間があれば、な」
魔道は軽く溜息を吐いてみせた。恐らく彼の言う時間はとても長く、旅をしている今では掴みづらいものなのだろう。
「そうか。それだけで十分だ」
ガイはふっ、と鼻で笑うと微笑した。
「……やっとお前らしくなったな。どれ、心配事も消えたし俺は戻るかな」
そう言いながら魔道は立ち上がった。
「すまないな……吹っ切ったはずなのに……支えてもらって」
「精神的な傷はそう簡単に治るものではない。気にする事ではない」
そう言い残し、正面の方に行き腰を下ろす。そしてまた、各々が談笑する中、ガイは自分の世界で、自分の住む町では見られなくなった星空見上げた。
「それじゃ、あたし達はそろそろ寝るねー、おやすみー。」
女性陣はそこそこの時間には就寝する。理由など言わずもがな。彼女達とて恥らう乙女である、という事だ。ちなみにアンに巻き込まれて、キズクもだ。
「ああ、おやすみ。んじゃ、俺らも寝るか?」
オメガは一度大欠伸をしながら、ゆっくりと寝そべる。
「お前がか? 珍しいな」
ラッシングは隠す事無く驚きを表した。
「こっちは疲れてんだ。力の入らない物しか食ってないしな」
「そうか、おやすみ」
そう言いながらラッシングは、起きている者を見渡す。
「まだ起きているのか?」
「俺らはもう少ししたら寝るつもりだが……。ラッシングとガイは?」
石礫がそれに答え、彼ら五人はガイとラッシングの方に向いた。
「紋章もあるし、身体に負担を掛けたくないからな。そろそろ寝させてもらう」
「俺は適当に寝るかな」
見張りの必要は無いのだ。この世界に来て一ヶ月ちょっとだが、ガイは辺りに気配を巡らすのが飛躍的に向上している。今や、一人でも寝込みを襲われる様な不覚を取る事はそうそう無いだろう。
「まあ、その前にちょっと散歩がてらにぶらついて来るかな」
「そうか。道に迷うなよ?」
魔道が茶化すように言った。
「馬鹿言え。焚き火があって目立つここが、そうそう解らなくなるかよ」
ガイはそう言い返すと立ち上がった。と、清蜀も一緒になって立ち上がる。
「僕も着いていくよ。いい風が吹いてるしね」
そう言いながら、気持ち良さそうに身体全体で風を感じている様子を見せた。
「何か悩み事でもあったのかい?」
野営地から少し離れると、野営地より木々が捌けた所があり、そこで一身に風を受けながら眩く星空を眺めていた。思考する事を放棄し、その自然の恵みを受けているガイに清蜀は声をかけた。
「何がだ?」
真っ白になっていた頭では、何の事理解できず、ガイは清蜀の方に顔を向けながら首をかしげた。
「ほら、さっきさ。魔道がガイの方行ったじゃん? あの時のガイの顔、すごい深刻そうな感じだったからさ」
「そんな酷い顔をしていたのか……俺は」
魔道にも指摘されてはいたが、相当暗い顔をしていたに違いない。ガイは他のメンバーには気づかれていない事を願うばかりだった。
「この散歩もそれかなぁ、て思ったけど……。違うみたいで安心したよ」
「お前にまで心配掛けちまってたのか……」
ばつの悪さに、ガイは頬を掻いてみせた
「構わないさ。ガイはまだまだ若い、未熟だ」
その言葉に、ガイは思わず渋い顔を清蜀に向けた。それに気づいた清蜀は苦笑しながら言葉を続けた。
「あ、悪い意味で言ったんじゃないよ? 僕達みたく、短期間の内に多くの事を体験した訳じゃない。良い事も……悪い事も。それこそ星の数だけ苦しい事も。だから……今は十分悩んでいいんだよ。僕達もそうだったんだから」
あどけなさが残る笑みを振り撒き、清蜀はそう諭すように語った。
「魔道にも言われたが……しばらくはまだ、お前たちに支えられる事にするよ」
「うん、その方がガイらしいよ」
「……すまんな、手間のかかる戦士で」
「人も魔族も心がある。そして意思を持つ。それであれば……誰でも迷い、悩むものなんだ」
「十二歳だったよな……お前」
「へ……? うん、そうだけど突然何?」
「とても……らしくないな」
「あははは、魔王を倒した戦士だなんていわれている時点で、だと思うよ」
「はははは、だな。……お前は似ているな」
軽く笑うと、ガイは何処か遠くを見るような目で呟いた。
「……え? もしかしてガイに?」
「ああ、俺もそのくらいの時に、年齢不相応だって思う事がしょっちゅうあったんだよ」
「へえ〜、何で何で? 剣術とかで?」
「ん〜直接的にも、間接的にも関わるな……。金を得る為に、あまり良い事をしていない組織を潰して、まあ謝礼金を受け取って暮らしていたんだ。かなりやばい事もあった。そうだな……詐欺を行いながら旅をする悪徳行商人が、町にやって来たとしよう。それを追いかけてって俺が取っちめる。国とか治安を守る……騎士団とかだな。そんなとこから金を貰う。そんな中で大ぐるみでやっている所に眼をつけられて、追われる身になったりする、って所だ」
「そんな事する人、聞いた事も見た事も無いけど言いたい事はよく解ったよ」
横で座っている清蜀の頭をわしゃわしゃと撫でてやった。
「何だか弟を持った感じだな……」
「兄弟持ちだったの?」
「妹が、な。とても口うるさい奴なんだけどな」
「時折暴走する猪突猛進なガイのお目付け役にぴったりだね」
「全力で願い下げだ。というか暴走する事なら俺なんか足元にも及ばんさ」
二人は一頻り笑い、ふっと話が途切れる瞬間まで談笑を続けた。
「ん〜、そろそろ戻って寝ようか?」
「そうだな……戻るか」
こちらの世界で購入したズボンについた草を叩きながら立ち上がる。
――……――
「……ん?」
歩き出したガイは足を止めて、森の奥の方へと振り向いた。何かが聞こえた気がしたのだ。
「どうかした?」
「いや……今、声が聞こえたんだが?」
「んー……何も聞こえないよ?」
「おかしいな……確かに聞こえたんだが……」
「ガイはきっと風使いなんだ」
「風使い?」
「そう、だからきっと風が囁く歌を聴いたんだ。風は昼夜問わず、気持ちのいい風っていうのは風が歌を詠っているって言われてるんだ」
「はは、まさかな。だが……それでもいいか。なんと言っているかは解らなかったが、とても澄んだ声に聞こえた」
「いいなー僕も聴きたかったなぁ」
「お前は炎だからなー。残念残念」
そう言いながらまた、くしゃくしゃと頭を撫でてやった。
「ガイはガイで、兄を持った気分になるよ」
「ん……? 兄貴でもいたのか?」
「ううん。ただ、僕を弟みたく感じてって言うならガイは兄みたいって事になるなーって思ってね。実際本当にそう感じるよ」
「そうか? ま、至らない兄貴だがな」
ガイは苦笑しながら呟くと、清蜀は笑いながらその前に躍り出た。
「それじゃ、戻ろっか?」
「そうだな」
元気のいい清蜀の後を付いて行きながら、ガイは今しがた聞こえた声の事が本当は何だったのか、と思案するのだった。
皆の所に戻り、就寝してからまだ一刻も経っていなかった。
そもそもまだ、十一時でも無いだろう。
――…… ……――
浅い眠りの中、ガイは勢い良く起き上がった。耳に流れ込んできた音、先程聞いたものと同じである。そして何よりただの言葉の呟きではなかった。
「唄だ」
身体を起こし周りを見渡す。小さくなった焚き火は風に揺らめいている。起きたついでに薪をくべてると、辺りを見渡した。
――…… …… ……――
――どっちだ。どっちから流れてきているんだ――
風の声などではない。誰かの肉声だ。ガイは辺りに気を配り、精神を聴覚に集中させた。
「……ガイ……? どう、したの?」
目を覚ましたアリアは、仁王立ちで何かに集中するガイの姿に、何事かと感じた。
「いや、な。唄が聴こえてどっちからだ、と思った」
「え……? 唄?」
アリアは眉を顰めてガイの言葉を疑った。
「清蜀が言うには風の唄らしい……。だから風使いの力、というか素質が無いと……」
「ホントだ……凄い、綺麗……」
耳に手を当てたアリアは、微かに聞こえる澄んだ声に感嘆をあげる。どう見てもガイの言葉は届いていない様子ではあるが、それはともかくとガイは驚いた。
「……聴こえるのか?」
先程の言葉が聞こえていなかったアリアは、不思議な無言でこくり頷いた。
「やっぱり風の唄なんかじゃなく、誰かが唄っている……」
直感だったそれは確信へと変わっていった。
「どうかしたんです、か?」
予想よりも騒がしくしていたのか、キズクが眼を擦りながら起きる。と、彼が起き上がった事により、いつの間にか真横にいたシャーナまで起こしてしまった。
「……これ以上ここにいると連鎖して皆を起こしてしまいそうだな……ちょいと唄が聴こえて、辺りを調べてみる。興味があるなら来い。静かにな」
二人とも少し耳を澄ました後、立ち上がり静かに仲間の輪から抜け出た。
「よし、一旦ここから離れるぞ」
皆からは少し離れ、やや小さめの声の大きさで会話しだした。
「綺麗な唄ですね……聞き入っちゃいますよ」
キズクがどこからともなく聞こえる唄に酔いしれている、といった様子だ。実際、内容までは聞き取れないが、その歌声は上品で繊細なものである事は疑う余地がなかった。
その傍らでシャーナは神妙な顔つきで、唄に耳を傾けている。
「シャーナ?」
「この唄、ハーピー族に伝わるもの……に似ています。ちょっと自信がありませんが……」
「民謡、とかか?」
「はい。……ただ良きハーピーも悪しきハーピーもこの民謡があるもので……」
「下手すると敵、って事か」
もし敵だとすれば、こんな近くにいる事を気付かれたら奇襲されるだろう。
「その唄であれば、の話ですけどもね」
念を押すようにシャーナが口を挟んだ。
「とりあえず行ってみない……? それで様子見て……敵っぽそうだったら逃げればいいんだし」
アリアがそう提案するとガイ達は頷いた。
「そうだな。考えるより行動した方がいい」
どこから聞こえるのか、耳を澄まし静かに移動をする。徐々にだが確実に唄い主に近づいている。
「不味い……な」
「ガイさんもそう思います?」
アリアとシャーナは何のことだが解らず、きょとんとする。
「俺らは風上にいるんだ……。このままだと音が流れて見つかるだろう……時間が惜しいが迂回していくぞ」
下手をすれば既にばれている可能性もあるのだ。
四人はゆっくりと音を立てずに超えの方角を中心に回りこんでいき、唄い主を確認できるまでに近づく事に成功した。が、丁度月が雲に隠れてはっきりとは見えなくなってしまったのだった。
「どう思う」
声の主は未だに唄い続けている中、ガイ達は蚊の鳴く様な声で囁きあった。
「ん〜……魔力だけを言えば……同種の可能性があります……」
「それじゃ……」
「ただ……こんな所に同種族がいるなんて……」
「ふむ……だが、決して敵に回らないだろう……」
「何でですか?」
ガイは苦虫を噛み潰したような顔をして、自嘲する笑みを浮かべた。
「リファ達がそうだったからさ」
「ガイさん……気持ちはお察しします。ですが、わたし達は魔王の力で束縛されていたのをお忘れになったのですか?」
「え……? つまり初めは敵だったって事なの?」
初耳のアリアは驚いている様子を見せるも、その声はしっかりとか細かった。そしてガイといえば、先程とはまた違った苦虫を噛み潰すような顔をした。
「わ……忘れていた」
ここに来て、ガイは目的を忘れて自分の愚かさに頭を抱えた。
と、その時であった。草むらを移動する音とともに、金属が打ち付けられる音が辺りに響いた。
「く、魔物か!」
唄い主であるハーピーは舌打ちをしながら、獲物を構えて魔物に攻撃をしかける。
気合の声と共に金属が擦れ、ぶつかり合う音が辺りを静寂から脱却させる。ハーピーの少女、いや女性と対峙している者、薄闇の中微かに浮かび上がったその姿にキズクが反応した。
「骸骨騎士の上位種……骸骨将軍!」
「こんな魔物、この近辺じゃ絶対いないのに……これも魔王の影響力が強くなったという事でしょうか……」
その声は勤めて小さいものだったがキズクとシャーナの声にははっきりと驚愕の色が窺えた。
「というか……骸骨達の将軍で骸骨将軍ってそのまんまだなぁ」
「はい……?」
ガイの率直な意見はあまりにも場にあっていなかったのか、キズクは目を瞬かせる。
「気にするな。それよりキズク、俺はあの声に聞き覚……」
「あーもう、そんな事を言っている場合じゃないですよ!」
先程からずれた事を言っていた所為か、ガイは限りなく小さい怒声を向けられた。確かにそんな場合では無いがそこまで怒らんでも、とガイは胸中うな垂れていた。
「くっ!」
ハーピーの女性は骸骨将軍の一撃に、片膝を地に付けて体勢を崩した。
「まず……い……」
搾り出すように呻いたその声は、ガイ達にも届いた。ガイはその脳裏に、彼女が敵であった場合のリスクが過ぎるも、溜息を吐いてそれを一蹴した。
「お前たちはやばかったら援護、及びあの女性を連れて逃げろ。それまでは出てくるな」
ガイは言い終わりもしないうちに飛び出した。
片膝を付く女性に向けて魔物が剣を振り下ろす瞬間、草むらの闇より刀身が走ってきた。
魔物は切っ先が自分の鎧に当たる直前に飛びのいてかわした。決定打の一撃を放とうとした隙をついたはずにも関わらず、回避された事にガイは驚かずにいられなかった。
と、次の瞬間には、ガイへと間合いを詰めて斬りかかって来たのだ。
数太刀を捌き鍔迫り合いとなる。その時、まるで誰かが意図したかのように月が顔を出したのだった。
骸骨将軍。その姿が完全に露になり、ガイは目の前の魔物を一度舐めるように見た
「なるほど……将軍、か」
装飾の施された鎧に剣、兜を着込んだ骸骨がそこにはいたのだ。と、突如、ガイの隙に気づいた魔物は大きく口を開けたのだ。
その口からは紫色の霧状のものが吐きだされたのだった。
――毒か!――
ガイは地面を転がるように飛びのき、霧を回避しながら間合いを取った。
「やって、くれるぜ……」
毒の霧が晴れるよりも早く、まだ立ち上がっていないガイへと魔物は襲い掛かってきた。
覆いかぶさるように突きを放ってきた魔物に、ガイはその太刀を受け流す。
「悪いが、一気に畳み掛けさせてもらうぞ!」
ガイは魔物の胴を蹴り上げるも、少し後退した程度で、すぐに体勢を立て直して襲い掛かってきた。
剣を左手に持ち帰ると、相手の一撃を弾いて殴りつけられる位置まで間合いを詰めた。ガイは魔物の鎧に指を下側に向けて掌を当てると、一気に百八十度回転させて体内の気を打ち放った。
「旋気掌!」
鎧を抜け、身体を貫いたそのエネルギーは、魔物の体ごと後方へと飛んでいった。
この一撃の効果が大きかったのか、魔物は片膝をついて地面に伏せた。
そこをガイが剣を右手に写し、力強く踏み込み、剣を大きく振り上げた。
閃光の刹那、頭が割れる程の金属音が辺りに響く。何せ、兜ごと相手の頭部を叩き切ったのだ。
「っつ……耳が……」
あまりの音に完全に耳が麻痺した。が、魔物は微動する事もなくそのまま倒れたままであった。
「……流石に死んだか」
敵を倒した事を確認すると、ガイはハーピーの女性の方を向こうとした。が、その瞬間
「クカァ!」
骸骨将軍は奇声を上げて飛び跳ねたのだった。
ガイは剣を一閃させて受け止める。もし剣を鞘に納めてしまっていたら、受け止める事はできなかったであろう……。
「ち……射て!!」
そう叫んだ瞬間には弓矢を構えたキズクが、草むらから飛び出しており、矢継ぎ早に矢を放っていた。矢は見事に魔物の顔に突き刺さり怯ます事に成功した。
「クカァァァァ」
ガイはこの一瞬の隙を見過ごさず、首を目掛けて剣を横に薙いだ。
がっ、と鈍い音がし、魔物のその首にしっかりと剣が食い込んでしまった。
「あまりいい状態じゃないな……」
ごくりと唾を飲み焦燥した。剣がしっかりとはまっているのか抜く事ができないのであった。
敵からしてみれば肉を切らせて骨を絶つ。正にその状況なのだ。最も、相手には肉が無ければ、斬られているのは骨ではあるが。
首から外れない剣などものともしない様子で、魔物は手に持つ獲物を大きく振り上げる。
一瞬だが、白骨であるはずのこの魔物の顔が、嘲笑を称えたように見えた。
ガイが剣を諦め、回避しようとした瞬間、顔の真横の風を切るの感じると共に何かが砕く音がしたのだ。しばし呆然と目の前を見ていると、魔物の顔に深々と槍が突き刺さっているのに気付いた。
「なに……?」
状況を理解しかけた頃、再び月が雲に隠れて視界が悪くなる中、槍が出てきた方へと振り返ると、先程襲われていたハーピーの姿が闇の中に在った。
ガイの後ろではキズクとシャナ、そしてアリアがほっと胸を撫で下ろしているよう見えた。
「助けるつもりが助けられてしまったな……ありがとう」
ガイは顔が見えないハーピーの女性に礼を言った。
「まさか……」
やや間があってその女性はやっと言葉を返してきた。しかしその声はやけにかすれていて、小さいものだった。
「……ガイ……なのか……?」
聞き取りづらかったが、確かにそう言った。ガイは微かに身構えるも、彼女の言葉に敵意が無い事に気づき、構えを解いて剣を引き抜き鞘に収めた。
「なんで俺の名前を知って……」
女性の方へと向き直ったガイに、まるで誰かが意図しているかのように、月が雲から抜けてだし優しく照らした。
「……え」
声を上げたのはガイただ一人であったが、キズクとシャーナはガイ同様に驚きを示していた。
短く切り揃えられた髪。ガイより少し低いくらいの背。見覚えのある槍。そして月明かりに照らし出される淡い水色の羽。そして、その顔には一筋の涙が頬を伝っている。
「リ……リファ……」
声を漏らすように、何とかその名前を口にするのと同時に、その女性は崩れ落ちるかのように、ガイに抱きついてきたのだった……。
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