十二話
森の中で出会ったハーピーの女性。
それは紛れも無く共に旅をした仲間だった。
何が何だか解らず呆然とするガイ、キズク。
大切な人が今この場にいる喜びと、何故ここにいるのだろうという不審から曖昧な表情を浮かべるシャーナ。
状況は理解できていないが、とりあえず面白く無さそうな顔をするアリア。
そして一向に泣き止む気配の無いリファ。
「一体……何がどうなってんだ……」
喜びよりも先に困惑するガイ。
「ガイ! 気をつけて! ここにいるはずが無いんだったら、敵が成りすましてるのかも知れないじゃない!」
この場において、最もな考えを言うアリア。
「いや……まあ、だが……」
状況が状況だけに言いよどんでしまう。
「ガイ!」
「ううむ……」
狼狽しきっているガイに、キズクはせめての助け舟としてアリアをなだめる。
「落ち着いてください、アリアさん。とにかく、今は一旦落ち着きましょう」
そうこうしていると、やっとリファが泣き止み始めた。
「ガイ……すまない、こんな見っとも無いところを見せてしまって」
鼻をすすりながらそう言うリファの顔は、涙でくしゃくしゃになりながらも微笑んでいるようにも見えた。
「いや……俺は構わない。それよりも、その、本当にリファなのか?」
「ああ……一旦リフェルの所に戻ろう。リフェルもきっと驚くだろうしな」
泣いていた事の照れ隠しか、微笑すると背を向け先立って歩き始めた。
「ガイ……罠かもしれないよ」
「仮にそうだとしても俺は行くぞ」
その言葉にアリアとシャーナは驚いたように絶句する。
「ガイ様……その、わたしも賛成しかねます」
「ならお前達は残れ。仮に罠だったとしても俺は必ず生きて帰れる」
「何を根拠にそんな事を言っているの?」
珍しくアリアがきつい調子で問いかけた。
「もしあれが敵の策略なら……。その瞬間、俺は飛翔紋は暴走しているだろう」
一瞬ではあるが、全員が感じ取れるほどの膨大な殺気が、ガイから迸られた。
「解りました……あたし達も付いて行きます。キズク様もそのおつもりでしょう?」
「当然ですとも。リファさんを見失わないうちに急ぎましょう」
少し歩くと、木々の向こうに炎の明かりが揺らぐのが見えた。
そこにはリフェルと、謎の青年がいたのだ。と言っても、今現在その二人は眠っている。
「リファ……この人は……?」
彼の傍らにはリュートや、マンドリンといった撥弦楽器がにおいてあり、ガイはにわかに吟遊詩人のようなものだろうと考えた。
「ああ、旅の吟遊詩人だそうな。偶然と言えど、あたし達の呪いを解いてくれたんだ」
「そうだったのか……礼を言っても言い切れないな……」
ガイは複雑な思いだった。彼女達を助けるのは、自分達の責務だとしていたのだ。
だが、今はその思いを振り切り、素直に再開を喜ぼうと思った。
そんな思いを知ってか知らないか、リファはリフェルの肩を揺らして起こそうとしている。
「何も無理に起こさなくてもいいんじゃないか? 俺らは夜のうちに出発する訳じゃない」
「それはそうだろうけど、起こさないとリフェルが怒ると思う」
「そうかぁ?」
「当たり前だろ……。あたし達はずっとお前達を探していたんだ……。ただ、こいつが寄りたい町があるからって、こんな遠回りしているんだ。遠回りする事自体は別にいいんだが……一目だけでもお前達に会いたかったんだ……」
ガイとキズクは、その言葉に胸を締め付けられる思いだった。
自分達を守る為に犠牲になっていった者。彼女達にそんなに親しく思われる資格が無い。それ以上に恨んでいるのではないか、とさえ思っていたのだから。
「リファ……俺はお前達にそう思われる資格は……」
「ガイ」
言葉を途中で遮られてしまった。
「もし、わたし達が敵に捕まっていて、今のお前達の力では救出できない。そして、いつ殺されてもおかしくない状況なら、お前はどうする?」
「……反対されようとも単身乗り込むだろうな」
「……もう少し冷静な判断をして欲しいが、それは一旦置いておこう。それでお前は命を落とした時、お前はどう思う?」
「お前達を助けられなかった事を悔やみ……自責の念にさいなまれるだろうな」
「あたし達を助けなければよかった、そうすれば死ななくて済んだ。そういう思いは?」
「そんな事、あるわけ無いだろ!」
あまりの問いかけに語尾を荒めてしまう。
「それと同じ事だ」
振り返ったリファの顔は何処か悲しげに見えた。
「私達はもっとお前達の力になりたかった。だけど……あんな所で。だからお前達には申し訳なく思っていた。て、事さ。一片たりともお前達を悪く思った事は無い。思えるはずが無い」
言いたい事は伝わったからこそ、誰も何も言い返せなくなった。
「でも、意外だな……」
悪戯そうな笑みを称えて、リファはガイを見つめた。
「キズクはともかく、お前にそんなナイーブな心があったとは」
「悪かったな。がさつそうで……」
ガイは照れ隠しするように顔を逸らす。それをリファは一頻り、面白そうに眺めた後シャーナの方に向き直った。
シャーナは少し肩を震わす。絶対の確信が無いからか、今だ警戒しているようだ。
「何をそんなに警戒して……そうか、リフェルが教えた事が身についていると言う事か」
そう言いながらシャーナに近寄り、そっと優しく抱きしめた。
恐らく、何者かに化ける魔物がいる事、それに対しての注意を怠らない事を教わったのかもしれない。
当然、相手が化けた敵であれば、そんな過去の事など知っているはずが無く、シャーナの警戒が解けていった。
「……リファ、さん……」
シャーナはだんだん嗚咽を上げながら、声が擦れていった。
リファは、優しく頭を二度三度叩きながらゆっくりと喋る。
「シャーナ。アンとリーナも来ているのか?」
「……はい……」
今だ嗚咽する中、何とかそれだけを言うシャーナ。それを聞くと、リファはゆっくりとシャーナを引き剥がす。
「……リファ、さん……?」
先程と変わらない微笑。ただし今は悪寒させるものが何処と無くある。
「そうか。森の守りを任せたのに、どうしてこんな所にいるか、後できっちりと聞かせてもらおうか」
躊躇の無いその言葉は、感動的なを雰囲気を見事に凍りつかせた。そして今シャーナは、先程の表情を凍りつかせたまま、カタカタと小さく震えていた。ガイとキズクはそれを目の当たりにして、何処も変わりの無い彼女の姿に安堵すると共に、恐怖を感じずにはいられなかった。
「ところで、そちらの女の子は?」
背も年齢も上だからといえ、何処か子供扱いされた事に対し、アリアは少しだけ頬を引きつらせた。
「あたしはアリア・アシュライト。『魂を紡ぐ戦士』の一人です」
リファは少し驚いた後にすぐ、
「そうだったのか……。話はガイから聞いてると思うがリファだ。よろしく」
そう言って手を差し出す。こちらこそ、と言いながらアリアは握手をした。
「ところでつかぬ事お伺いしますが……」
張り付いているような微笑のアリアに、リファは頭の上に疑問符を浮かべて言葉を待った。
「リファさんは……ガイと付き合っているの?」
「は?」
「え?」
唐突の言葉に、アリア以外の者が一瞬固まる。
少し呆けた後、まず先にガイは、
「いや、何言っているんだ、お前は……」
少しどもりつつも、ガイは呆れた様子をみせた。確かに彼は鈍感だが、『あの時』のリファが言おうとした言葉が、分からない程酷くはない。
そしてその光景を見守るような位置にいるキズクとシャーナ。
キズクは、曖昧な否定的な表情を作り小首を傾げ、シャーナはどこか期待の眼差しでリファを見ていた。
そしてリファはというと……。
「別に付き合ってなどいないが?」
と迷う事無くそう言った。
「え……? そうなんですか? さっきとても親しそうに抱き合っていたものだから」
アリアは少し驚きの顔をするが、言葉の最後をどこか皮肉そうに言った。
「あー、あれか。まあ緊張の糸も解けた瞬間だったし、何より……その、なんだ」
少し顔を逸らしながら、頬を掻きつつか細い声で一言。
「ガイの事は好意に思っているから……」
今度はリファ以外が固まった。
『ええー!』
キズクは驚きで、シャーナは楽しそうな声を上げた。
そして再びアリアの頬が引きつる。
一方ガイは、『知って』はいたからこそ驚かないものの、神妙な面持ちになっていた。
「お前……本当にリファだよな……?」
以前のリファはこんな事を言っただろうか? その疑問が彼の思考の大半を奪っていたのだ。
「う、うるさいな! 私だってそりゃ恥ずかしいよ!」
赤面しながらガイに怒鳴るリファ。自ら無理をして言った事なのか、今は耳まで真っ赤にしてガイから顔を背けている。
「……もう偽りたくないし、中途半端にしたくないんだよ。その、お前の事……」
「頼む、それ以上言わないでくれ。こっちが恥ずかしくなる」
片手で軽く顔を隠しながらガイは言った。それをリファは、悪かったな、と言いながら鳩尾に正拳突きを沈めた。
それをやはりアリアは、面白く無さそうに見ていた。同じ世界から来た唯一の人が、取られる思いなのかもしれない。
「リファ……もう少し静かにできないの……?」
上半身を起こし、眼を擦りながらリフェルは呟いた。
「あ……リフェル、起きた?」
「起こすつもりで……あら……?」
リフェルはしばらく呆然と眼を瞬かせる。
「ガイ様に……キズク様……? それにシャーナまで……。リファ、いつの間に幻覚魔法を?」
「リフェル……寝ぼけてる?」
「んー?」
首を傾げながら、リファに近寄り頬を引っ張る。
「ひふぇる……いはいんあけど……」
「夢じゃない……?」
そこでようやくリファは反撃として、リフェルの鼻を摘んだ。
「ごめんリファ、だから、あ痛い痛い」
パタパタと腕を振るって、リファから逃げようとする。
「全く……馬鹿な事をさせないで欲しい」
「でも……本当に……ガイ様なんですか?」
ここでようやく、本人であるかを尋ねてきた。
「ああ……。てか普通は先に聞くもんじゃないのか?」
「幻覚魔法には、普通に会話ができる物もありますから、一概にそれで確認が取れるわけじゃないのですよ。でも、いくらなんでもそこまで高度な魔法を、リファが使えるとは思えないし……」
改めてこちらを向き直り。
「本当に……ガイ様に……キズク様なのですね?」
「ああ、紛れもなく俺らだ」
まるで毎日のように見ていた、とても安らかな微笑み。今は、一層安らかで、まるで聖母のような微笑だった。
「まさか、こんな所で再会できるなんて……ですが、バリスに向かったはずなのに、どうしてこんな所に? それとそちらの方は?」
「ああ、彼女はアリア・アシュライト。『魂を紡ぐ戦士』だ。……で、つもる話もあるがこんな時間だし、どうするか……?」
「わたし達は別に構わないよ」
「そうだろうと思ったが……他の者達もいるからな……」
「他って……アンやリーナか?」
「も含めて、といったところだな」
ガイはリファの言葉に付け足す。
「ふーん。じゃあ明朝に合流でいいか?」
「ああ、シャーナはどうする? ここにいてもいいんだぞ?」
一瞬肩を震わすシャーナ。それを見て、ガイは先程の事を思い出し失策だったと気付く。
「リーナ達と、一緒のほうがいいですし……あたしも戻ります」
それらしい理由を付けて何とか留まる事を回避した。それを怪しい笑みを湛えながら、リファが見ていたのに気付いたのはシャーナだけであった。
「そうですか……できれば今晩語り明かしたいくらいですが……後日にしましょうか……」
本当に残念そうにリフェルは言った。
「だが、どうする? 日が昇ったら、焚き火をおこしても、周りの木々が邪魔で煙の位置すら特定するのが難しそうだぞ?」
今は焚き火の明かりがあるからこそ、見つけられなくは無いのだ。だが、陽が昇れば、焚き火の明かりなぞ目立つ訳もなく。そして覆いかぶさる様に伸ばす、木々の枝や葉によって、空への視界は悪すぎる。
「それは……こいつに楽器でも演奏させればいいだろう」
リファは少し考える素振りを見せ、顎で吟遊詩人の青年を指した。
「そうか。じゃあ音が聞こえ次第、そちらに向かうよ」
「ああ。じゃあ、また明日な」
そう言いながら軽く手を振るリファ。その横でリフェルはとても名残惜しそうな顔をしていた。
しばらく森の中を歩いていると、キズクが口を開いた。
「ガイさん……良かったんですか? ガイさんだけでも、残っていいんじゃないかと思ったんですけど」
「いや、今はバリスを戻る事に、重点を置いておきたいんだ。それに戻ったら少し休息を取ろうと思っているしな」
「バリスを出る時には、早くしなきゃって急いでたのに、一体どうしたの?」
アリアが怪訝そうな顔をして言った。
「このペースで行けば、オメガ辺りは身体を壊すかもしれない。俺もそうだが、あいつは旅慣れしている訳じゃない。それに十五戦士は身体が鈍っていると言う。そこら辺の調整も兼ねての休息を取るべきだと俺は思っているんだ。それに……そろそろ俺も、飛翔紋をまともに使えるようになるべきなのだろう……今回の件で思い知らされたんだ」
「ふーん、いちゃつきたくて時間を取りたいのかと思ったよ」
冷たい眼差しでアリアは言い放つ。ガイは悪寒を背中に感じながらも、冷静さを装ってアリアに向き直った。
「アリア……何かさっきから機嫌が悪いみたいだけど、俺が何かしたのなら……」
「別に」
言い終わらぬ内にピシャリと言い放たれて、それ以上は言葉を続けられなかった。
「シャーナ……俺、何かやっちまったかなぁ?」
どんどん先に行くアリアには、聞こえないくらいの小声でシャーナに聞いてみた。
シャーナはしばらく考えた後、とびっきりの笑顔で、
「判断しかねます」
とだけ言うとアリアの後を追いかけていった。
キズクが哀れむ目で見る横で、ガイはがしがしと頭を掻きながら、これから先の事を不安に感じていた。
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