十四話


 ガイとラッシングは互いに背中を任せて、敵の掃討を開始していた。
 その時点では、ガイが初めから相手をしていた七体の魔物のうち三体斬り伏せていた。そこにラッシングが一体連れて来たから計、五体を相手にする事になる。
 ラッシングが正面から向かってくる魔物の太刀を受け止める間に、ガイは迫り来る二体の魔物を受け流し、内一体の鎧の隙間を縫うように切り裂いた。
「身体的能力は確かに上だが、それ以上に剣技が秀でてるな……」
 ラッシングは改めて、ガイの能力を視界の隅で確認した。
――俺も、こんな所で時間を浪費するわけにもいくまい――
 先ほどの場所と比べて木々が少なく動きやすいのである。振り下ろされた剣を受け止めている状態から、横へと抜け出して背後を取り、その手にある獲物を相手の首筋へと流した。
 ほんの十数秒で敵を二体屠っているのだ。ラッシングはやはりガイが初めからこうであったらどんなに楽だったか、と胸中呟いてしまう。
 が、すぐに気持ちを切り替えて、ラッシングはガイを囲む三体へと突き進む。
 はずの、一歩を踏み出した瞬間だった。
「な!」
 ラッシングの左足は、まるで地面に張り付いたかのように動かず、不恰好にも大きく転倒したのだ。
――何だ? 何が起こった?!――
 一瞬、様々な因子を考慮するもどれも筋の通らないものしか浮かばず、少なからずラッシングは焦燥していた。何故転倒したか分からない中、今の自分の状態がどれほどに危険かを理解しているからだ。そして何より、未だに足が地面に吸い付いているかのように動かないからもあった。
 ラッシングは上半身を起こして足元を見ると、左足首には骸骨将軍の右手が絡まっているのだ。その腕の主は振り向いたラッシングに目を合わせると、無骨な骨格の顔でにたりと笑った。
「――!!」
 右の脇腹の辺りから、左腰へと両断されている骸骨将軍。普通であれば死んでいるはずである。ゾンビのような魔物であればまだしも、骸骨系のアンデットはそれほどの生命力がある訳ではないのだ。それなのに、この魔物は平然と動いている。これもまた魔石喰いの特色ではあるが、それを知っていようとも『死しても動ける』姿には戦慄を覚えるものである。何より、ラッシングはその事すら知らないのだ。
「う、あ……放せ! くそ、放せええ!!」
 どんなに戦闘技術のあるラッシングとは言え、所詮は若干十四歳の少年。魔族とは言え、彼とて死は絶対の終焉、抗えぬものとして認知している。それが今、それを乗り越えている存在を目の前にしている。先の動揺も拍車をかけて、彼の心は完全に自分を見失っているのだ。
 何とか立ち上がり、その手を振り解こうと躍起となるラッシング。それ故にある事を失念してしまっていたのだ。ほんの数十秒前に首を切り落としたはずの魔物もまた生きており、今まさに立ち上がった事を。
 ラッシングは真横に立つ魔物に気づくも、今の彼の不安定な精神では何の対処もできなかった。
 下段から上段へと逆袈裟に振り上げられた剣は、ラッシングの胴体を裂いて、赤い霧のような飛沫が迸った。
「あ……ああ……」
 瞳孔までも開かんばかりに、見開いたその眼は恐怖に彩られており、苦悶の表情で崩れ落ちていった。
「ラッシング!!」
 更に一体を切り捨てたガイは、振り返ると地面に落ちるラッシングを捉えた。
 彼の周りには死しても尚動く、死神のようなそれらが大きく剣を振りかざしていた。
 ガイは対峙する魔物にも目もくれず、ラッシングの元へと駆け出した。
 依然首も無いのに立っている魔物に、体当たりで体勢を崩したところを切り伏せる。が、地面を這いつくばりながら、上半身だけの魔物は剣をかざして襲ってきたのだ。ガイはそれを無言で縦に両断するのであった。
 ガイは剣を振り下ろした姿勢から、左足を軸にくるりと向きを変えて背後の魔物にを切りつける。骸骨将軍も何とか体勢を立て直し、ガイを迎え撃とうとするものの、ガイの動きに追いついているわけでもなく、成す術なく股のあたりから切り上げて両断されていった。
 そこに生じた隙を先に対峙していた二体の骸骨将軍が、剣を振りかざして突っ込んでくる。
 ガイは剣を地面に突きたてながら、首の無い両断された魔物を蹴り飛ばし印を結んで詠唱を始めた。
「不動なる大地、張り巡らし地脈、悪しき者達を遠ざけよ。衝波紋!」
 右手の印を地面に突き立てると大地は揺れ、ガイの前方の地面に白い光のような波紋が広がる。
 風のように広がる波紋に当たった二体と、両断された一体の魔物は、轟音と共に遥か遠くへと吹き飛ばされて、太い木の幹に叩き付けられた。
 ガイは術が発動させるとすぐに、ラッシングに向き直った。恐怖の所為か時折身体を震わし、脂汗で顔を濡らすラッシング。傷口は決して深くはないが今も血は止まらない。
――これは止血にしないとまずいな……リフェル達に治癒魔法を施して貰わないと危険だ――
 だんだんと土気色になっていくラッシングを見て、そう判断したガイはオメガ達の方へ振り向く。
 オメガの足元に転がる肩から切り裂かれた魔物も、恐らくは生きているのだろうが、ラッシングに魔法をかけるぐらいの余裕はあるだろう。
 ラッシングを抱きかかえようと腕を伸ばすガイ。だが、右腕を下からラッシングの肩に回すと、その動きがピタリと止まった。

 一方、オメガは骸骨将軍の異常な生命力までは見ていない。足元に転がる魔物を放ってシャーナ達と共に、ガイの元に駆けつけようとしていた。だが、ラッシングを抱えたガイが全く動かないのを見て、不審に思い歩みを緩めた。
「ガイ……? どうしたんだ? ラッシングは大丈夫なのか?」
「あ……ああ……あああ」
 ガイは小刻みに震えながら声を漏らしている。
 オメガはそうもう一度、声をかけようとした瞬間、ガイの身体がビクンと跳ねたのだ。
「ああああああああああああ!!」
 抱きかかえたラッシングを振り落とし、両手で掻き毟る様に顔を覆ってガイは絶叫した。
 その姿に敵も味方も戦慄し、動きを止めて見入ってしまった。
「うああああ! ああああああ! あああああああああ!!!」
 叫び続けながら突き立てた剣を握り、振り回すガイ。
 右手を顔から離した事によって、ガイの顔が曝け出された。
 限界まで開かれたその眼はまるで狂犬のように狂っていて、まともに光を通しているとは思えなかった。
 その眼で何を見たのか、彼自身の術で吹き飛ばした敵の方を向き、剣を大きく真一文字に振るった。
 一瞬のタイムラグの後、木々と共にのろのろと体勢を立て直していた、二体の魔物の身体が二つに分かれて吹き飛んだ。
「何だ……今の……」
「あそこから剣を振って……? それにあんな威力を……」
 石礫と清蜀は夢で見ているかのように呟いた。
「ガイ……一体どうなってるんだ?」
 リファは表現できない不安に魔道を仰ぎ見る。
「……」
 魔道は険しい顔でガイを見ている。
――真空刃を……だがあいつには、まだそんな力があったようには見えない……――
 何でもかんでも、飛翔紋に漕ぎ着けていいものかと考える魔道。だが当然今はそんな悠長な事態ではない。
 呆然とする魔道達の横をすり抜けて、骸骨将軍はガイへと殺到していく。彼らは判断したのだ。この危険因子の排除を最優先すべきだ、と。
 だが、今のガイに彼らが敵う筈も無く、次々と切り伏せられては、崩れ落ちる。
 が、単純に切った程度は死なない彼らは、腕や足だけを器用に動かし身体を起こして再度ガイへと迫っていく。
 ガイは咆哮と共に左手で魔物の白骨と化した顔を掴む。
 ものの数秒と経たず鈍い音と共に白い破片が当たりに飛び散り、ガイに掴み掛かろうとしていた骸骨将軍は、ゴミのように地面へと放り捨てられた。
「はあー……はあー……」
 ガイは荒い息遣いで辺りを血眼で見渡す。魔物達は戦力差を知ろうとも引くわけにはいかず、一定の距離から牽制しかできなかった。
「あいつ……近づいたら……やっぱ殺されるかな……」
 オメガは何度か、一歩進もうとしては踏み止まっていた。
 早くしないとラッシングは命を落としかねない。だが、今ガイに近づけば逆に切り裂かれる事も考えられた。
 そのガイは依然と向かい来る魔物を、鎧ごと両断しては咆哮を上げている。
 最早、無傷の魔物は二体程度となった時、だんだんと後退し始めた。どう足掻いてもこの悪魔に勝つ事ができない。倒す事への執着心さえも手放したのであろう。
 だが、そんな中、後退するにしても賢い者がいた。
「きゃああ!」
 魔道達が振り返る先には、押し倒されたアリアの喉に刃をあてがう、半身の骸骨将軍の姿があった。
「しまった……完全に注意が逸れていた……」
 魔道が渋い表情で唇を噛み締める。
 魔物達もこれで手を出せないと思ったのか、人質を捕らえた仲間の元に、ゆっくりと歩き出した。最後の最後に掴んだ好機。それを逃したのは恐らく、その慢心だったのだろう。
 人質を取る骸骨将軍の元に、一人目が着いた時、審判が下されたのだ。ぞろぞろと歩き、這い寄る魔物、それを呆然と見つめる人間と魔族。遮蔽物はいくらでもあったのだ。
 その隙間を縫う様に風が流れていく。誰かがそれにはっきりと気づいた時、ガイは人質を捕らえた骸骨将軍の前に躍り出たのだ。
 魔物とアリアの前に現れたガイは、居合いの構えから、剣を斜めに切り上げた。
「――!!」
 それを見ていた魔道達は絶句した。それもその筈、端から見ればアリアごと骸骨将軍を切り捨てた様にしか見られなかった。だが、次に起こった事は血飛沫が舞うわけでもなく、骸骨将軍だけが崩れ落ちたのだ。
 一番初めに辿り着いた骸骨将軍は、思考が追いついていないらしく、ガイが向き直って剣を振るうその時まで呆然としていた。
 骸骨将軍は無傷な者が一体、他半身であるものが四体の計五体しかいない。彼らに残された道はただ黙ってこの破壊神に切り裂かれる他は無かった。
 半身の骸骨将軍を執拗に切り刻むガイ。それを傍観している無傷の骸骨将軍。
 四体の骸骨将軍が完全な骸と化し、ガイがそちらに視線を移すと、衝撃に弾かれた様に、武器まで捨て慌てて逃げ出した。
 が、仲間の死体の元に駆け寄っては何かを漁り、再び駆け出すといった動作を繰り返している。
 今現在のガイにとってすれば、一瞬で間合いを詰められる距離にいる骸骨将軍を、ガイは他人事のように眺めて、一度アリアの方に向き直った。
「……ぁ」
 だが彼女の顔は恐怖に彩られて、まともに言葉すら発せられなかった。
「アリア! 逃げて!」
 アリアを守ろうと今にもガイに飛び掛りそうなシェルナは、石礫に抑えられながらもそう叫んだ。
 仲間の切迫する言葉により一層、恐怖が増して身体を震わすアリア。
 ガイは無言でアリアの目の前まで歩き片膝をついてみせると、アリアは身を縮こまらせた。
「……すまないな……お前にはいつも……怖がらせてばっかで……」
 荒い息の合間にそう言葉を漏らすガイ。俯きかげんの顔から覗かせる眼は、今尚狂気が晴れきれていなかった。だが、ガイの言葉だけでも、アリアの表情は自然と緩んでいった。
「ガイ……大丈夫なの……?」
 ガイはその問いには険しい顔をしながら、ふらりと立ち上がり背を向けたのだった。
 ガイは骸骨将軍を見据えると、ゆっくりとした足取りで近づいていった。
 魔道はガイの様子を呆然と見ていると、思い出したかのように治癒魔法を施されているラッシングの元に駆けた。
「魔道……? 一体何?」
 アンと珍しくもリフェルはいきなりの事態に今も呆然としている。よってリファとシャーナ、そしてリーナがラッシングに魔法を施しているのだ。
「……」
 魔道は簡単にラッシングの身体を調べると感慨深げに一人頷いてみせた。
 リファはそんな魔道の様子に首を傾げながらラッシングを見る。今はだいぶ落ち着いてはいるものの、先のショックからか時折うなされている。
 命に別状はなくなったにせよ、心配こそすれどあんな表情をした魔道の意思が解らず、リファは再度首をかしげた。
「やはり……夢物語ではなかったという事か」
 自然に口から漏れたのだろう、魔道は静かにそう呟くと流石に耐え切れなくなったのかリファが口を挟んだ。
「さっきから一体なに? 用がないならガイの援護に行ってくれない?」
「その問題はないだろう……それと一応用はある。いやあった、が正解だな」
「……どういうこと?」
「ラッシングの紋章が消えている。つまり今は機能していない」
 一瞬躊躇うも、リファはラッシングの胸元を伸ばして紋章の有無を確認する。
「確かに消えているけど、それがどうかしたのか?」
「ならばこいつが施している封印が機能していないのは何故か?」
「あれ……? そういえば、何で……?」
 いつもの包帯姿でないラッシングである事に気づいたリファ達は今更不思議がった。
「理由については後で語るが……今現在のガイは飛翔紋と勾玉紋を発動させている」
 シャーナ達はその言葉に驚き、ガイの方へ一斉に振り向いた。だが、すぐ側によらない限り、それを確かめる事も出来ない。
「ちょ、ちょっと待て。今なんて言ったんだ? 飛翔紋って……まさか、聞き間違いだよな?」
「そういえばお前達は知らないのだったな……そこら辺の経緯は直接あいつに聞いてくれ」
「知っているなら教えてくれたって……にしても何でだ? むしろ本当に飛翔紋なのか?」
 伝承の存在であるものを、今仲間が使っているのだ。リファは施す魔法の手を休めてしまうほど、そちらに意識が集中していまっている。
「あれ……? 魔道さん、魔物が!」
 魔物の行動見つめていたリーナは指を指した叫んだ。唯一生き残っている骸骨将軍は、仲間の屍骸から生成された魔石核を回収しているのだ。
 魔石核は五センチから最高でも十センチ程度の大きさだが、それには取り込んだ魔石の力が全て凝縮されているのだ。が、魔石核を知っている者が少ない所為で、それがどんな事態を引き起こすのか分からず、別段危険を感じない者ばかりだかりだった。
 骸骨将軍はリーナの叫びにより、自らの行いがこれ以上できないと判断し、回収した魔石核を全て口の中へ放り込んだ。
 最も、骨格だけで臓器の無い彼らに、『食す』という行為が可能とは思えないだろうが、『魔石を喰す』という意味では、物を体内に取り込めずとも、その行為自体に意味があるのだ。
「あれだけの量を……。魔石核が一つになる前にあいつを倒せ!」
 魔石から魔石核にするのは純粋に同等の力の魔石核が出来上がるだけである。だが、魔石核同士を合わせた場合、その力は相乗効果の元、全ての和とは比べ物にならなくなるのだった。
 それを阻止すべく指示を出す魔道だが、今あの魔物を止められる者が駆け出そうとする頃には既に、事は終わりを告げようとしていた。
「いや、まだ今なら!」
 魔物は武器はおろか、盾すら持っていないのだ。石礫は棍棒を振りかざした。
「この一撃で!!」
 懇親の力で振るわれる一撃。だが、骸骨将軍はそれをものともせずに、左手でその一撃を掴み取ったのだ。
 石礫は身体を捩りながら、武器を魔物から引き離そうとするも、まるで棍棒がその位置に固定されているかのようにぴくりとも動かなかった。
 骸骨将軍はその位置から軽く中腰に構えると、ショルダータックルを石礫に当てた。
「な……」
 あまりの自然な動作に石礫は反応できず、宙を舞って木に叩きつけられた。
「何だ……今の威力。魔法とか使ったのではないのか?」
 助走も無しに数メートルも吹き飛ばした一撃。認めたくない真実を前に魔道は狼狽していた。
――勝てない……。いくらガイが勾玉紋まで発動しているとは言え……力に差が、いや、次元が違う――
 誰も前に出る事ができずにいると、骸骨将軍は悠然と仲間の剣を拾い上げる。その骨格は勝者の笑みを称えている様にも見えた。
 その様子をガイは目細めながら見つめると瞼を閉じた。ほんの十数秒の間、ガイは肩で息をする以外、身動ぎ一つしないでただ目閉じ続けた。
「ここで……俺がこいつを食い止める……お前らは先に、行け」
「お前一人で……どうにかなる相手……か?」
 咳き込みながら、清蜀の肩を借りながら石礫が呟いた。
「先に……行け!」
 再度言うその言葉に切迫した何かが含まれていた。
「……分かった。だが……必ず追い着いて来いよ?」
「魔道!!」
 ガイに従う魔道の言葉に、フリック達は反感の声を上げた。
「何を考えいているんだ! こいつをここで見殺す気か!!」
「俺はガイを一人の戦士として信じる。例えそれがあまりにも劣勢であったとしても」
「例えじゃなくて事実だ! それにこんな時に何を悠長な事を!」
 そのやり取りを、骸骨将軍はさも楽しげに眺めている。
「魔道の言う通り……早く行け……行ってくれ」
 更に険しい表情になるガイは、息も絶え絶えにそう呟く。
「皆、行こう。ガイを信じよう」
「清蜀……お前まで!」
 フリックは清蜀に近寄るとその胸倉を掴み上げる。
「あいつを死なせるわけにはいかないんだぞ! あいつは、唯一の……」
 そう捲くし立てるも、その身体は不意に宙に浮かんだ。大柄なプロテクトは悠々とフリックを担ぎ上げたのだ。
「ガイ、お前とは大した時間の共有も無い。ほんの些細な時間ではあったが、お前は面白い奴だと思う。もっと共に歩みたい。だから、必ず生きろ」
 まだ喚こうとするフリックの口を手で塞ぎながら、プロテクトはガイに背を向けた。
「保障はしない……だが……這い蹲ってでも……生きよう」
 その言葉で十分とでも言うかのように、プロテクトは一度頷くと、その場を離れ始めた。
 他の者も足早に離れていく中、シェルナに手を借りて立ち上がったアリアは、何かを言いたそうにその場を離れようとしなかった。
「アリア……」
「……うん……ごめん。行こう……」
 そう言いながら離れつつも、最後に一度振り返ってガイを見つめる。
 心配そうな顔に気づいたガイは苦悶の表情を抑えて、精一杯笑ってみせた。
 アリアは今にも泣き出そうな顔をするも、シェルナが引きずっていってそれも見えなくなっていった。
 一人の人間と一体の魔物だけが、その場に取り残され静寂が訪れる。時折、風が木々の枝や葉を揺らす。
 どちらとも無く、お互いが剣を構える。と、二人は駆け出し剣で打ち合った。静寂であったその場は、地を蹴る音と金属が奏でる高い音が支配する。
――前みたく……意識が飛びそうなくらい負荷がかかっているっていうのに、こいつは俺についてこれるってか……――
 鍔迫り合いの状態で、腰に力を入れて押しやろうとするも相手の力も大きく、互いに一歩も引かない体勢になった。
 魔石を喰うという事は自我を失う。ガイはリファの言葉を思い出す。こうして真正面から剣を交えるとその効果がよく理解できた。
 彼女の言う自我が理性を表していたかどうかはガイには解らない。
 彼らは確かに自我を失っているだろう。ガイにはあの晩の骸骨将軍とは全く違った戦い方をするこの魔物に、自分が考え付いた仮定が事実だろうと確信しだしていた。
 決して理性を欠いた猛獣になる訳ではない。ただ単純に、彼らは別の人格になる。もしかすると、だからこそ自我を失うと言われているのかもしれない。
 戦況把握やそれに応じた動きなど、あまりにも冷静であるのだ。
――そろそろ……楽になるか……――
 このまま力勝負をしていても拉致があかない事を悟ると、ガイは薄れ掛ける意識を保持しようとする努力をやめた。
「目が覚める頃には終わっていてくれよ……」
 何故、自分が勾玉紋を使っているのかは解らずとも、今この力がもたらす利益は半端無い事だけは確かであった。そして、自我を失う事さえ拒まなければ、より限界に近い力が得られる事も確かであった。
「怨みはないが……死んでくれ」
 ガイは目に映る世界が急速に遠のきながら、空気が震撼するのを感じてた。

「全く、本当に謎の男だ」
 プロテクトに抱えられながら石礫は呟いた。
「勾玉紋か?」
 その言葉にフリックは反応した。
「ああ、飛翔紋に他者の紋章をコピーする能力があれば、破壊神クライムにおける神話にそれ相応の話があるはずだ……。だが、そんなもの聞いた事が無い。それに……それ以前に……」
「『魂と器の論理』か……」
 リビィスにおいて紋章を持つ者、持たない者について遥か遠い過去から討論は続いていた。その中で、定理として固定した飽くまでの仮定が存在する。それがこの『魂と器の論理』である。
「確かに、それを認めればガイは存在しない異形の物に。ガイを認めれば論理は崩壊するな」
 至極真面目そうな石礫だが、担がれているという様子にオメガやシェルナは笑いを堪えている。
「その論理って何?」
 唯一、この世界の者ではないアリアが尋ねた。
「あーあたし達もよく知らないんだよね、それ」
 シェルナが渋い顔をして横槍を入れる。
「まあ、確かに人間の中でも、これをちゃんと知っているのは、学者か紋章所有者くらいだろう……ってお前等も紋章を持っているのでは?」
 魔道は怪訝そうな顔でシェルナを見た。
「シェル姉はそういうのが嫌いだから……。学問とか教わる時は、いつも逃げ出そうとするくらいなんです」
「うっさいわねー、狩人に必要な知識は狩りだけで十分」
 シェルナはぶーぶーと文句を垂れるも、特別に取り留める者はいなかった。
「魔道さん、その論理を教えてもらえますか?」
「知っていても損も得も無いが……まぁいいだろう」
 ぽつりぽつりと魔道は話し始めた。

 魂と器の論理
 これは元々紋章を持つ者、持たない者を存在が生じる事への、仮定とされた定理であるという。
 全て魂は輪廻のサイクルにある。滅んではまた生まれてくるのだ。
 その中で、初め紋章を持たぬ者として生まれた魂が、その後も紋章を持たずに生まれてくるのだろうか?
 恐らくそれはありえない、と言われている。
 その定理と最古の文献を照らし合わせた場合、今の世の中で紋章を持つ者はほんの一握り程度だからである。今の世、紋章そのものは決して珍しいわけではないのだ。
 こうした事柄を一つ一つ調べ上げていくと、ある仮定へと辿り着くのだという。
 全て魂はその殆どの紋章をあらかじめ持っている。が、魂そのものが生じた最初期には、ほんの少数の紋章しか、持っていないのではないだろうか?
 生まれ変わる度に魂は能力を向上させ、その魂が持ち得る紋章を開放していくのではないのか?
 では、何故全ての者が紋章を持っていないのか、という問題にあたる。
 そこで器という考え方が生じるのだ。
 肉体を器と見立て、その器に適性する紋章のみが、現世に生を受けた時に持ち合わすと考えられている。ちなみに、紋章を器に入れておき、時間の経過及び紋章の使用により、液体が滲み出ると見立てている。これは水が器から溢れ出た時、反転衝動を引き起こす事の意味である。
 紋章の封印は器の中の紋章を凍結させ、開放時は解凍したものとしている。
 尚、器は血の廻りや、その土地の者が持つ特性から等を含め、その他のランダム的要素からも適性が生じるとされている。故に、特定の地域に者のみが持つ紋章も数多く存在するのだ、と考えられている。

「これが今現在定理ともされている『魂と器の論理』だ。……正直な所、飛翔紋に関しては全く未詳なわけだ。が、ここだけの話、飛翔紋はその負荷の完全に除去の見返りに、紋章そのものの所持を可能にするという話がある」
「何? 待て、そんな話は俺も知らないぞ」
 魔道は飽くまで魔王軍の騎士であるのだ。そんな彼が研究員であった自分でさえ知りえない情報に、彼は目を丸くして驚いている様子である。
「あの館の書物にそう記されていた……真偽の程は俺にも解らないが……」
「……そうか、なるほどな」
「館って……何の話ですか?」
「リビィスには突如現れては消えていく館があると言われているんだ……俺達は一度だけそこに行く事ができたんだ」
「あそこは異常な書物ばかりだ。未来を予知したものもあった」
「うわ、面白そー。普通には行けないのー?」
 何に興味を持ったのか、シェルナが話しに割って入ってきた。
「無理だな。最早あれは完全に運でしか……始まったか」
 突如、爆発音が鳴り響くと、魔道は来た道を振り返った。
「一体何が起きたんだ……?」
 どさくさに紛れてプロテクトの手から逃れた石礫は、辺りに精神を集中させる。
「ガイか骸骨将軍だろう……」
 その先は濛々と土煙が伸びていたからだ。
「おいおい……まじか、あれ?」
 ラッシングを背負うオメガは、冷や汗を拭いながら繰り広げられた死闘の地を見やる。
「私とリフェルで飛んで見てくる。状況が状況であれば、ガイだけでも助けてくる」
「わざわざこちらを逃がす為に、奴との一騎打ちに出たのだぞ。今戻ればあいつに何を言われる事か」
 リファを止めようと魔道が説得する。だが、彼女はそれを涼しい顔で受け流した。
「だから皆は先に行ってほしい。私達は空を飛べる分、あの魔物からの攻撃を受けないから問題は無いはずだ」
「それに、なんだかんだ言っても、ガイ様はしっかりなさっている方ですし。私達が戻る頃には、骸骨将軍を倒して一息ついていられるでしょう」
 短い間とは言え、キズクの次にガイの様々な姿を見てきた二人。だからこその信頼が彼女達にはあった。
「敵が生き残っていた場合はかまわず逃げて来い」
「心配性だな……そりゃあわたし達は魔道やガイみたいに特別なんかじゃない。だけどわたし達はわたし達なりに死線をくぐりぬけてきたんだ。そこまで親父面しなくたっていいさ」
「……親父面」
 人間から見ればそのくらいの歳である魔道ではあるが、種族としてはまだまだ若い。リファの言葉に傷ついたのか、魔道の表情が少し暗く沈んだ。
「……とりあえず、状況が分からないから何とも言えないけど、森の出口近辺で落ち合おう。一時間経っても戻って来なかったら先に行ってて欲しい」
 まさか落ち込む素振りを見せるほどだとは思っていなかったリファは、話題を変えて話を終わらそうとした。
「その時は迎えに行く。構わず行って来い」
 顔を上げた魔道のその言葉にリファは苦笑し、分かったよと一言言い返した。
「……はあ」
 リファとリフェルが飛び去っていくのを見ながら、魔道は溜息と共に軽く頭を抱えた。
「父親面って、別に年寄り呼ばわりでもないと思うんだけどなー」
 フォローというよりも、実際の感想を言う清蜀に、魔道は虚ろ気味の目を向けた。
「お前、あの種族のあの年齢の子を持つハーピーが何歳なのか知っているのか?」
「え……? ん〜、魔道の年齢とあんまり変わらないんじゃない?」
 ゴツン、と鈍い音と共に清蜀は頭を抱えてしゃがみ込んだ。
 石礫は噴き出しそうになるのを堪えながら眺めていると、ふとアリアの姿が眼に映った。
 二人のハーピーの後ろ姿をさも面白くなさそうに眺めているのだった。
「アリア? どうかしたのか」
「……別に」
 顔色を変えずに答えるのだが、彼女からは怒気感じずにはいられなかった。
「……なるほど。想い人を取られないか心配か?」
 素っ気無いアリアを和まそうと、冗談で石礫はそう言った瞬間、アリアの何処か光を通さない目が向けられた。
 それは正に蛇に睨まれた蛙。石礫は微動だにできなく、ただアリアが目を逸らしてもらうのを待つばかりであった。
「……じょ、冗談だ。気にする、な……」
 喉の底から押し出した言葉に、ようやく石礫は呪縛から解き放たれ、アリアはシェルナ達の後に続いて歩き出した
 汗でびっしょりになっている石礫は、震えを堪えようともせず、ふらふらと魔道の元に歩いていった。
「……怖かった……こんな恐怖は……初めてだ」
 魔道は溜息を吐きながら、かたかたと震える石礫を同情を込めて頭を撫でてやった。

「酷いな……これは……」
 だいぶ土煙が晴れた中、二人のハーピーが空にいる。
 森の中で連なる木々がはけた場所での戦闘だった。が、今や木々が薙ぎ倒されて所々地面が深く抉れているのだ。
「まるで……老魔術師が現れた時のようね……」
 欲望を引きずり出したが故に、自らを死に至らしめた二人の魔術師。
「とにかくガイ様を探さないと……」
 地上付近は土煙が残っている所為で、上空からでは探すのは至難の業だ。
「危険だけど……一旦地上に降りないとどうしようもなさそうね……」
 辺りに気を配りながら、二人はゆっくりと荒れ果てた大地へと降下していく。何度見ても人間がやったとは思えない光景に、二人は戦慄を覚えずにはいられなかった。
「本当にこれだけの事をガイがやったと思うの?」
「魔石を食しても身体能力が上げるだけ。技量までは上がらないから、こんな事はできない筈……だと思う」
「まあ、これをしたのがガイならガイで敵を倒したって事で安心できるんだけどね」
 いくらなんでも、これで倒せない訳がないと考えるリファ。だが確証が無い為、周囲に集中する事は止めなかった。
「さて、ガイはどこへやら……ん?」
 警戒を解く事無く大地へ降り立ったリファは、何か柔らかい物を踏んだのを感じる。
「……」
 無言で足をどかし、その下にあった土を手で払うと、土色に染まった上着が姿を現した。
「……生きてると思う?」
 リアクションに困ったリファは、リフェルに助けを求めた。
「とりあえず……掘り起こしましょうよ」
 リファはこんな時でも、一応冷静でいられるリフェルを少し羨んだ。

 魔法を使い、ほんの数秒で掘り起こされるガイ。そして、彼と共に刃こぼれの酷い、最早使い物にならない剣も掘り出されたのであった。
 リファ達はガイを軽く叩いて土埃を落とそうとするも、埋まっていただけあって途中で諦めてしまった。
「命に別状は無いようだけど、殆ど体力を使い切ってしまわれたようね」
 腕白な子供を見る母親のように、優しい笑顔でガイを見つめるリフェル。そんな事を露とも知らず、紋章が消えたガイは規則正しい寝息を立てていた。
「そう……とりあえず念のために治癒魔法をかけといて。わたしは辺りを索敵するから」
 リフェルは頷くと魔法を唱え始め、リファはゆっくりと歩きながら辺りを索敵しだした。
 ガイが地面に埋まっていた事から足元にも気を配っていると、いくつもの金属片が埋まっている事に気づく事ができた。
――骸骨将軍の鎧の破片か……――
 これが最後の一体である保障など無く、リファは警戒心を解く事なく周囲の探索を続けた。すると、赤く輝く宝石の様な石が地面から顔を出しているのを見つけた。
「これは……魔石核か?」
 一度周囲の安全を確認すると、リファはしゃがんで赤い石を地面から掘り出した。その毒々しい赤の輝きは、彼女の想像通り魔石核であるのだ。
「これが最後の奴のであってくれれば気が楽なんだが……確証なんか得られないだろうなぁ」
 魔石喰いの唯一の弱点にして倒す方法は魔石核の破壊である。よくよく見れば魔石核の破片は辺りに散らばっているが、これらがあの魔物が回収しなかった魔石核でないと判断できる要素がないのだ。
 リファはその破片の中でも大きめのものを探し、数個拾うとリフェルの元に戻った。
「はい、これがあれば上位の魔法も楽になるでしょ?」
 真紅の魔石にはそれを媒介にして魔力を増幅させる作用を持っている。それに対し、特定の魔法そのものを封じてある魔石は深緑の色だと言われている。
「傷の方はもう大丈夫だけども……試しに体力を回復させる魔法を使ってみようかしら……」
「……それってだいぶ難しい上に魔力を馬鹿食いするんでしょ。無理に唱えなくたって、そのうち目を覚ますでしょ」
「リファがそう言うのなら私は構わないけど。ところでどうやってガイ様を運ぶの? 背負っていたら空を飛べないわよ」
 過去にガイを引っ張って崖から上がった事のあるリファ。ただ単純に上へと上昇するだけだったから難なくできたものの、それに更に別の場所へ移動するとなると話は別である。更に言えば背負ったら羽が動かせなくなるのだ。つまり、リファには意識の無いガイを安全に運べないという事である。
「そりゃあ一人で運ぼうだなんて思っていない」
「二人で運ぶ事を前提にしたとして……どうやって空を飛ぶつもりなの?」
「それを今から考えるのさ」
 と表向きポジティブな話だが、結局のところ案が浮かばずに顔をしかめるリファ。それを見つめていたリフェルは、ぽんと手を合わせて提案した。
「紐で縛って引きずっていきましょうか」
「……魅力的な案ね」
 冗談のつもりだったリフェルは、リファの真剣な反応に慌てて話を変えようとした。
「時間が経てば魔道様が迎えに来てくださるのだから、今はゆっくり待つのはどうかしら?」
「この先、バリスまで町や村は無かった筈。それを考えるとできる限り先に進むのが賢明。こんな所で油は売りたくないんだよね……」
「じゃあ……飛んで行くのは諦めて二人で担いで行く?」
「それだと、敵が隠れていたら危ないんだよね……。でも他にいい方法が浮かぶまでは、それでいくしかなさそうね……」
 リファは軽く溜息をしながら、すやすやと眠り続けるガイの頭を、軽く足蹴にした。

 森と平地の境界線とでも言える位置。魔道達が辿り着いた場所は、上はそれこそ一メートルを超える岩から、下は腰をかけるのには少し小さい石が散らばる場所であった。
 一旦そこで休憩を取ることになり、各自地面に座ったり、石に腰を掛けたりと休息を取り始めた。
「ところで、ラッシングの調子はどうだ?」
 魔道は、ラッシングを横たえさせるオメガの元に近寄る。
「ああ……色々と形容しづらいな」
 調べる必要も無く、苦悶の表情で呻いているのが窺えた。
「もしかしたら……もう駄目かもしれないな」
「傷は塞がっているぞ?」
 その言葉の意味を理解できていないオメガに、魔道は苦渋の表情を向ける。
「お前は見ていなかったと思うが、魔石核が破壊されていない奴らに襲われた時のラッシングは、かつて無いほどの恐怖を味わったはずだ。我々の旅には……こいつの精神は追いつけていなかったかもしれない」
「どういう意味だ……ラッシングは幼い頃に、町から追い出され、一人で過酷な旅をしてきたんだ。そんな……柔な奴じゃない」
「……その旅では死は絶対的なものだったろう。魔石核についての知識が足りなかったんだ……こいつは恐らく、奴らが死を超越した存在だと思い込んだだろうな」
「だから……どうした」
 それを否定するかのように、オメガは魔道に呟いた。
 魔道はそれを見つめ、ラッシングの腕に取り付けられている、ジャマダハルを撫でる。
「ラッシングはこの刃を出す事ができるかどうか……こいつが再び戦いの場にでれるかどうか、怪しいと言っているんだ……」
「――っ!!」
 聞きたくなかった言葉に、怒りにも似た表情をオメガは浮かべた。
「ラ……ラッシングは……」
「これ程の者を失うのは……惜しいな……」
「あんたは……仲間を信じる心が無いのか!」
「それは時に仲間を傷つける。よく覚えておけ」
 激昂したオメガに魔道は穏やかでいて何処か暗い声音で諭した。
 オメガは尚も言いたそうではあったが、魔道の様子から何かを汲み取り、それ以上は何も言わずにラッシングの介抱に回った。
 その光景を心配そうに見つめる仲間達は、暗く沈んだ場の雰囲気の中、ゆっくりと重い空気を吐き出した。
 ただ石礫だけは顔をしかめて辺りを見渡すも、すぐに気のせいだといった感じに、誰にという訳でもなく肩を竦めるのであった。

 とても濃い魔石核の匂いを嗅いだ気がした。
 だがそんな事はあるまい、とガイが勝った事を確信していたのが、石礫にとって最大の失敗だったのかもしれない。
 


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