十五話
「……ここは?」
ガイは夢現中、現状把握を試みる。
身体を横たえているのだが、どこかふわふわと、いや、ゆらゆらとした感覚に包まれている。
上下左右、ゆらりゆらりと揺れている。何者かに担がれているのだろうか? いや、疑問に思う余地など無かった。
何者かに担がれ、何処かへ運ばれているのを理解した。次に、直前まで何が起こったかを、記憶を掘り返し始めた。
飛翔紋と勾玉紋を開放させ、理性を放り捨てさり、全力で最後の骸骨将軍を剣を交えたのだ。
確か、それで……。
そこまで考えるとガイの頭は一気に覚醒した。
それ以上は考える間も無く身体を捻り、その束縛から転がるように抜け出して着地と共に剣を抜く。
「……何だ、ガイ。随分と荒い寝起きだな」
悠長に声を掛ける翼を生やした女性に、拍子抜けしてしまったガイは、口をだらしなく開けて固まった。
「リファ、リフェル……? 何でお前達がここに?」
「様子を見に来てみたんだ。そしたら、お前が土に埋もれてて、引っ張り出してここまで運んできたんだ」
「は……? お前等! あれほど先に行けと言ったじゃないか!!」
今だ、悠長に事を構えるリファに怒鳴るガイ。
「全くうるさいなぁ。いいじゃないか、敵だって倒したんだ。いざとなったら、私達は空を飛んでれば危険は少ないんだし」
「倒した?」
きょとんとするガイに、リファは魔石核を放ってよこした。
「他にも、金属片があった。あーそれと、その剣、刃こぼれが酷くて使い物になんないよ?」
一度、剣を見つめ舌打ちをし、ガイは左手にある魔石核に目を落とした。
そして、一瞬にしてガイの顔は険しくなった。
「あいつはまだ死んでなんかいないぞ!」
「え? だってその魔石核は……」
「これは他の奴のだ! 色の濃さで気づけ!!」
二人のハーピーは一瞬にして、その表情を凍てつかせるも、走り出したガイを追いかけるのだった。
岩石に叩きつけられた石礫は、ピクリとも動かずに横たわっている。
シャーナとリーナは、自らの懇親の力で放った魔法を弾かれ、その身で自らの力を思い知らされた。
プロテクトと清蜀が牽制するも、そう長くは続かない事は火を見るより明らかであった。何せ、敵の方が力があるのだから、見てくれだけの牽制でしかない。
じりじりと間合いを崩さぬよう、進んでは退き、進んでは退きを繰り返している。
――まさか、こんな事態になるとは、な――
それを見ながら魔道は、自嘲する笑みで軽く溜息を吐いた。
突如現れた魔物の一撃で、あの敵と剣を交えないほどまでに戦力が落ちている。現状ではすぐさまに魔法で傷を完治させる事ができないのが手痛い穴を作ってしまったのだ。
ラッシング、石礫、双子のハーピーはほぼ戦闘不能。アリア、アンはその介抱。
狩人の三人は援護射撃しようにも、間合いを崩してしまう恐れと、先の戦闘からの疲労での誤射を恐れてか、弓を引き絞ったまま動けない。オメガに至っては、前衛として戦ってた事も起因して、援護の余力も残っていない。
フリックはあれ程の魔石核を持つ骸骨将軍に、魔法がどれほどの威力を発揮できるか、といったところではあるが、プロテクトと共に牽制にでている。
そんな場で不意に清蜀が動いた。
剣をかざし、そして魔物の方に斬る様に向ける。それは斬る為の動作ではなく、刀身に灯した炎を放つ動作であった。
中距離からの飛び道具に剣も盾も無い骸骨将軍は、炎にその身を包む事になった。とは言え、大したダメージにならない事ぐらいは予測できている。他に効果的な攻撃も無く、少しでもいいから相手の体力を削る戦法に出たのだ。
火だるまになっているのもさして問題で無いように、清蜀に攻撃をしかける骸骨将軍。そこをプロテクトが、横から盾による一撃を加え吹き飛ばした。
が、骸骨将軍はそのダメージすら感じさせない身のこなしで、体勢を立て直しプロテクトに襲い掛かる。
その速さから避けきれない事を悟ったプロテクトは、盾を構え攻撃に備えるも、あまりにも重い一撃に後方へと少し吹き飛ばされるのであった。
「プロテクト!」
「大丈夫だ」
今ここでプロテクトがやられれば、時間稼ぎすらままならなくなるのだ。
骸骨将軍はふらりと一歩進むと次の一歩で踏み込んで、右手を清蜀の顔へと奔らせた。
「っち!」
手が清蜀の顔に到達するよりも早く剣を振るうものの、篭手ごと斬る事ができずに、辺りに金属が啼く音が響いた。攻撃を回避する事には成功した清蜀は、腰を落としてタックルを当てた。
が、鎧を装備する相手に歯が立つものではない。若干、後方に退いただけの魔物に対し、清蜀は手に持つ炎宿剣から炎を取り出し、斬りつける瞬間に一気に噴き出させたのだ。ただの斬撃を一瞬で『衝撃』へと変換したのであった。
身を護る事をせず、大きく跳ね飛ばされる骸骨将軍。だが、それでも尚、綺麗に着地を決めるだけの余裕があるようだった。
「炎舞!!」
弧を描きつつ振り上げ、振り下ろす剣を中段で止めると、四対の炎の筋が互いに交差し合いながら骸骨将軍へと向かっていった。
変則的に舞う炎は安易に避けられものではなかい。
だが、相手は次元が違うのである。骸骨将軍は握っていた両手を一度、大きく広げてはすぐに握り締め一歩前に出た。
同じ速度だった四対の炎のうち、二対が一気に速度を上げて襲い掛かる。狙う獲物への直撃の瞬間、二対の炎は互いに互いへ体当たりをし、爆ぜる音と共にぱっと散り、直前までいた位置とは全く異なる方向から急襲したのだ。
しかし、強大な魔石核を所有しているだけあって、骸骨将軍は瞬時に反応して、二対共受け止められてしまった。が、左右から襲われた事により、正面ががら空きとなったそこを残りの二対が攻め立てる。
一対には左手を返し、横からどかすように掌で弾き、最後の一対を右手を伸ばし、掴もうと試みる。しかし、左手で弾いた時に舞った、大量の火の粉が視界を覆ったのか、炎が軽く右手をかすった程度で、そのまま顔の左側に直撃した。
仰け反りほんの数歩程後退するも、やはり大したダメージを与えられた様子ではなかった。
「これは……非常にまずい、ね……」
清蜀の頬に、一筋の雫が伝い地面へと落ちていった。
「清蜀! 伏せろ!!」
後方よりフリックが叫んだ。両手を突き出し、その先には魔方陣のようなものが淡く輝いていた。
「さあ、しっかり受け取れ!」
その魔方陣の中心を右手でおもいっきり殴りつけると、巨大な炎の弾丸が飛び出していった。
炎の弾丸が自分の真上を通過した事を確認した清蜀は、ばっと起き上がり骸骨将軍ができる限り離れようと跳ねた。
その直後、視界を焼き潰す閃光と爆音と共に、巨大な火柱が立ち昇った。
清蜀は爆風で吹き飛ばされると、プロテクトが軽々と受け止めた。
「いつつつつ……フリック、敵は?」
「……」
清蜀の問いかけに、その顔は酷く渋く歪んだ。
まだ立ち昇る炎の中で、影がふらりと起き上がったのだ。
「絶望的だね……」
「そして、この上ない悪夢だな。封印によるブランクがここまででるとは……いや、根本的な力の差、なのか」
身体にまとわりつく炎を払いながら、その魔物は炎から歩み出た。
装備している鎧は、熱の所為か酷く歪んでおり、時折胸元の魔石核の赤い輝きが、繋ぎ目に生じた隙間から垣間見えた。
炎を払い終えた骸骨将軍はほんの数秒の間、フリックを見つめると一気に駆け出し脇を抜けて清蜀の方へと向かったのだ。
「しまっ……逃げろ! 清蜀!!」
プロテクトは清蜀の盾になるように庇おうとするも、骸骨将軍の体当たりで吹き飛ばされ、清蜀は地面へと放り出されてしまった。
崩れた体制を直す事すらできない清蜀は、目の前にいる魔物に諦めの眼差しを向けるのだった。
骸骨将軍は両手を長々と突き出し、清蜀の首に巻きつこうとした。
――……これは、終わったなぁ――
心身共に切り詰めていた清蜀は重い溜息を吐き出した。
その瞬間、細長い棒状の物が目の前を横切り、骸骨将軍の左腕ごと持っていったのだ。
形容しがたい奇声を上げながら清蜀から離れ、首を周囲に向けて飛んで来た物と、誰が飛ばしたのかを確認しだした。
飛んで来た物、それは古めかしい鉄の槍で、骸骨将軍の左腕が刃の部分に深深と刺さっていた。
そして飛んで来たのは森の方角。そこには一人の人間と二人のハーピーの影が見えたのだ。
「ガイ! 逃げろ! こいつは勝てない!!」
フリックは視界に捕らえるや否や叫んだ。ガイをここで死なすわけにはいかない、と判断したようだ。
だが、その言葉が言い終わらないうちに、ガイは骸骨将軍に向かって走り出した。
骸骨将軍はそれを迎え撃とうと、同じく走り出し掴みかかろうとした。
が、その決着は正に刹那だった。
丸腰であるガイは魔物の懐に飛び込んだ。ガイは迫る右腕を左手で受け止め、無防備となった胴体目掛けて右手の手刀が唸った。熱による鎧の歪みへと吸い込まれた手刀は、隙間をこじ開けて右手首は完全に鎧の中へと招くのであった。
骸骨将軍はそれに抗おうと、腕を振るおうとした瞬間、身体を大きく痙攣させて、数秒硬直した後に、人形のように崩れ落ち動かなくなった。
「はあ……はあ……はあ……」
全身汗だくで荒い息遣いのガイは、左手でより隙間を開けていきながら、ゆっくりと右手を抜き始めた。
やっと右手を抜き終える頃、彼の着ている色の抜けかけている蒼の上着は、びっしょりになっていた。
「ガイ……大丈夫なのか?」
あまりの終わり方に、フリックは呆然としながら声をかけた。
「何とか、な。この魔石核、普通は魔力を上昇させるものなんだろ? お前が持っていてくれ」
そう言いながら、ほんの数秒前まで戦っていた骸骨将軍の、魔石核をフリックに放り投げた。
「にしても手刀で鎧を突き破るだなんて……凄いな」
地面に力なく腰を下ろすガイに、上から眺めながらリファは呟いた。
「この勾玉紋、一箇所に力を収縮できるようなんだ。単純に五倍とまではいかずとも、相当な出力にはなる……と、それはそれとて酷い有様だな」
殆どの者が負傷している有様だった。
「その魔石核を治癒魔法に使わせて欲しいんだけども、いい?」
リファは、片手を出して魔石を受け取る構えをとった。
「格闘向きのお前よりリフェルの方がいいだろう」
リフェルの方に魔石核が投げられるのを見て、リファは少し頬を含まらした。
「そうむくれるな。適材適所ってやつだろ。軽傷の奴を頼むぜ。俺とか清蜀とかな」
ガイは手刀を放った右手をぶらぶらと振りながら、リファに言葉を投げかけた。
その右手の指は時折痙攣しているのだが、勾玉紋を一箇所に収縮した反動である事は一目瞭然だった。
「何だか嬉しくない言われようね」
「そう言うな。まあ、まだ俺は大丈夫だから他の奴から、な」
はいはい、と頭を掻きながらリファは立ち上がり、先に拾っていた魔石核を握り締めて清蜀とプロテクトの方に歩み寄った。
「よく、全員生存していられたものね」
「あの骸骨将軍に……戦闘を楽しむ精神が無かったら、今ここでの生存者はガイ達三人だったろうね」
「自我を失っても知識は残っている。むしろ向上されている……。魔石喰いは……元ある人格を別の、好戦的な人格に塗り替えているんじゃないだろうか」
「ん?」
治癒魔法を施してもらっている清蜀は、首だけをガイの方に向けて傾げた。
「俺は初め、魔石喰いは力だけの獣になるのかと思っていた。だが全然違った。奴ら、自己があるように見える。とても聡明な、な」
「魔石喰いは、こっちも『向こう』も異端だったからな。そこら辺のちゃんとしたデータが出ている訳じゃない。お前の言うそれもまた然りという所だな」
元研究員のフリックが、ガイの真横へと歩み寄って言った。
「で……そっちの方は大丈夫なのか?」
ガイは目の前の清蜀とプロテクトの治癒魔法が終わったのを見て、魔道達の方を見やった。
「流石だよ。魔石の力を濃縮した魔石核。あたしでも、これほどの治癒魔法が使えるんだもの」
始めに戦っていた場所で拾った魔石核を手に、アンは鼻歌交じりに魔道に治癒魔法を施していた。
「皆してボロボロとはな……俺自身の力量もそうだが、本当にこんな事で魔王を倒せるのだろうか?」
ガイは腕組みをしながら、溜息交じり不安を言葉にした。
「今現在の状態を見れば、とても戦うまで漕ぎ着けないな。我々自身、冗談では無いほど力が落ちている」
治癒魔法を施し終え、ゆっくりと立ち上がった魔道が言葉を返した。
「もしかしたら……俺らはお前達の力になれないかもしれない。今の時代の戦いは今の時代の者に、お前達に委ねざるを得ないのかもしれない」
「そうなったら僕達は随分な道化だね。何の為に未来に残ったのやら」
清蜀は何処か寂しげに、誰に言うも無くそう呟いた。そんな様子を、ガイは一瞥し口を開いた。
「その時はその時だ。十五戦士から学べるものは、膨大に残っている。仮に、共に魔王と戦えずとも、魔道の言う今の時代の者達の力の礎の大部分にも成り得るだろう。それだけでも、お前達が未来に残ってくれた事はあまりにも大きい……」
清蜀だけでなく、殆どの者がその言葉に注目していた。
「共に武器を振るうだけが全てではない。だから、そんな顔をするな……あ、サイレンスには悪い事をしたなぁ」
そう言いながらガイは歩き出し、皆の先頭で立ち止まった。
「見張りは俺がやる。全員行動が可能になり次第、先に進むぞ。正直俺自身休みたいが、これ以上ここに留まる訳にもいかん。バリスが近いのにあんな敵がいたんだ。心配だ……急ごう」
魔道達は、その言葉に頷いて出発の準備を始めた。
十分後には全員が準備を終わらせ、激戦地であった森を後にした。
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