十六話



 魔石喰いと呼ばれる禁忌を犯した魔物との戦闘の翌日、日没頃になってようやくバリスの城壁が見えてきた。
 結局、ラッシングは昨日の夕暮れに眼を覚ました。
 傷の方は問題無いものの精神的に大きなな爪痕が誰の眼にも見受けられた。
 ただ、幸いと言うべきか、ここまでの道中に戦闘は一度と起こらなかった。それ故に彼の状態を正確に知る事ができないのは不幸であるかもしれないが……。ラッシング本人は大丈夫だ、とは言うもののその眼に活力が満ち溢れている、という訳でもなかった。
 大きな問題を抱えたものの、ひとまずはバリスに着いてから進めていこう。ガイはそう判断し、今はそっとしているのであった。
「もう一時間はかかるまい」
 ガイと並んで先頭を行く魔道は、後方の夕日により紅く彩られた城壁を見つめ、微かな微笑みながら呟いた。
「だな。帰ったらゆっくり眠りたいぜ……。そういえばガイ、少し休みを取るってのは本当なんだよな?」
 オメガはガイに駆け寄り、その首に腕をかけながら尋ねた。
「ああ、ラッシングの事もあるし、俺自身少し訓練しないといけないし……って、そこら辺はもう言ったか。まあ五日ほど取るつもりだから、ゆっくり休むなり稽古するなり、て所だ」
 それに満足したのか、オメガはしきり頷いてみせた。
「ゆっくり休ませて貰うぜ。ずっと戦いばっかで根詰まっていたからな」
「あー……五日間の暇に期待を含まらしている所悪いのだが……」
 真横で浮かれているオメガに、申し訳なさそうにガイは口を開いた。
「剣を作ってもらえないだろうか? 森での戦闘で使い物にならなくなってな」
 一瞬で凍り付いたかのように、その動きがぴたりと止まった。
「マジカ?」
 妙な発音で聞き返すオメガ。その表情は先程のままの為に余計に怖い。
「う……すまない、頼む」
 ガイはオメガの眼を見ないよう、顔を逸らしながら言葉を返した。
「……別に普通に買えばいーじゃねーか」
「いや……お前って腕のある鍛冶師だって聞いているから。ほら、使うなら良い物を使いたい、だろ……? あ……違う?」
 少し押し気味に言うガイだったが、無言のオメガに語尾を弱めて腰が低くなっていった。
「はぁ……良くはないが、まあいい。だが、バリスに鍛冶場はあるのかよ?」
「魔道から聞いた話ではそうだが……あるんだよな?」
 紅い城壁を感慨深く眺め続けていた魔道は、自分に対しての言葉だという事に気付くまで少し間があった。
「……ああ、バリスで城に忍び込んで国王の事を知った時にな。宿から城への道から少し離れた所にあったのを記憶している」
「それじゃ、後は伝説の英雄様方の権力でそこを借りるとして、問題は材料があるかだな。丁度尽きてたら、店ので我慢しろよ?」
 こればっかりはどうにもならんからなぁ、とオメガは溜息交じりに付け足した。
「そうだな。その時はその時さ。とは言え普通は在庫があるもんだろ」
「まあな。で、その剣と同じものでいいのか?」
 オメガは、一矢の腰に挿してある、剣を見つめている。
「もう少しこれより長いのでもいいな……。いや、カットラスや環刀のような刃が湾曲したものもいいな。待てよ、重量系もいいかもなぁ……」
 どこか嬉々として一人呟くガイに、オメガは冷徹にも言い放つ。
「最後のは完全却下だ。時間も材料も大量に必要だ。五日以内で仕上げる身にもなってくれ」
 ガイの言う重量系とは長さ百八十センチを超える大剣、トゥハンドソード等にあたる両手剣と呼ばれる剣を指していた。当然大きくなればなるほど、作業も増すというものだ。むしろ、一本の剣でさえ五日でこなすには、ある程度の形ができていなければ難しいだろう。
「う……ま、まあ仕方ない。じゃあフランベルジュなんて……」
「試し切りをお前にしていい、ていうのなら喜び勇んで作らせて貰おうか、英雄様よ」
「普通の剣でいいです。はい、お願いします」
 ガイは首を横に振りながら注文をすると、オメガは溜息を吐きながらも了承してみせた。
 二人のやりとりを、後ろにいる数名は大笑いしたり、苦笑したりとまちまちの反応を見せつつも楽しんでいる様子であった。
 と、そんな中、アリアもそのやりとりに混じっていった。
「何だかあたしには、物凄いマニアックな話に聞こえる……」
「そりゃそうだろうな。ガイは例外としても、アリアの世界では戦いが身近にある訳じゃないんだろう? なら、普通は知らない知識なんだろう」
「それはそうなんだけど、それだと頼む時とかは不便じゃない?」
 ガイが失礼な、とぼやくのにアリアは苦笑しつつ話を進めるのだった。
「それもそうだが、実物を見て選んで造るって方法もある訳だしな。アリアも何か造った方がいいのか?」
 その言葉にアリアは少し俯き、声のトーンを落とした。
「あたしじゃ、さ……。前衛に立っても皆に迷惑かかるし。だから、何か遠距離でも攻撃できる武器とか、槍とかリーチのある武器の方がマシ、かなって」
「別に気にする事も無いだろ。今までだって、十分戦ってきたんだ。迷惑だなんて誰も思わないぜ?」
 オメガは変に言葉を取り繕わずに、心からの本音を吐いた。
「皆そう言ってくれるのは解っている。だからこそ、それに甘えちゃいけないと思う……」
 決して逃げるのではなく、より戦力になれる方法をアリアは考えているのだ。そして、その言葉はしっかりと、オメガには届いたのだ。
「そこまで言うなら解った。明日、鍛冶屋に行こうぜ。昼前には行くつもりだから、そこで武器を選んでもらって造らせて貰おう。それに決まらなかったら、俺がいくつか候補を挙げるしな」
「うん、ありがとう、オメガさん」
 やっと顔を綻ばしたアリアは、オメガに感謝の言葉と微笑みを返した。オメガは顔を逸らして照れ隠しに頬を掻いた。
 笑い声や茶化された事に対し、腹を立てて上げる声。色々な声と言葉が飛び交っている。それを見つめながら、魔道は軽く息を吐いた。
「陽気なものだな」
「何か不満?」
「不服か?」
 魔道は独り言のつもりで言ったが、ガイと真横に現れた清蜀に茶化された。
「なに、それもまた良しと思っただけだ」
 魔道は振り返って仲間達を見回した。
 列となっていたはずだが、いつの間にかだんだんと固まってきてしまっている。見晴らしが良く、奇襲の恐れが無いとは言え、好ましい陣形ではないだろう。
 だが、これ程にも楽しいものなのだから許容すべきもの、むしろ素直に楽しむべきだと魔道は思った。
 一人、想いに耽っている所、ガイの一言で現実に戻された。
「魔道。魔物の気配がする……」
 素早く辺りを見回すが、それらしい影も無い。だが、確かにその存在は確認できた。
「バリスの方角か……。サイレンス、な訳は無いか。一体何なんだ?」
 辺りを索敵しつつ、足を速める魔道。その横を離れずにガイと清蜀は歩いている。
「待って、バリスの上空に何かいる」
 清蜀の一言に、魔道とガイが見上げる。
 沈みかける夕日に照らされて、バリスの上空には一つ、紅い何かが浮かんでいるのだ。
「……この魔力、まさか魔石核か?」
 独特且つ毒々しい魔石核の気配まで感じるとると魔道は舌打ちをした。
「まずいな……サイレンス一人で倒せるか分からんぞ」
 魔道が吐き出した言葉に応えるかのように、ガイが生唾を飲み込む音をさせた。
「魔道、はっきりとは分からないがあれは恐らく……ガーゴイルだ」
 以前、戦った事のあるガイ。しかもほぼ、瀕死の重傷まで負わされ、ガイにとって敗退と呼べる一戦だったのだ。その戦いの相手であった姿を忘れよう筈も無い。
「……バリスに降りやがった!!」
 空中でホバリングを続けていたガーゴイルは地表へと急降下して行き、城壁へと姿を消してしまったのであった。
「手遅れになる前に行くぞ!」
「あれと戦えそうなのは……ガイ、清蜀、石礫、フリック、それとリファとリフェルで先にバリスに向かう! 理由は後で話すが、お前達もできるだけ早く来てくれると助かる! それと、辺りへの警戒を絶対に怠るな!」
 魔道は簡単に指示を出すと先に行く二人の後を追った。続いて事態を悟ったフリックが飛び去り、石礫が走り出した。ちなみに、全身を鎧で包んでいる魔道をも凌ぐ超重量級の防御型のプロテクトは、その特性故にメンバーから除外されたのだ。
 そんな中、浮き足立っている渦中にいるリファ、リフェルは五人にだいぶ離されてから、急いで飛んでいく始末だった。
 そこでバリスから爆発音と共に煙が上がるのを見て、残された者達は事態に気づいてバリスへと駆け出したのだった。

「酷いな」
 城下町では、既に何軒かが大破しているという有様で、その光景を見たガイはそれ以外の言葉が思いつかなかった。
「どうだろうな。本当にガーゴイルであれば、この程度は済まないはず。サイレンスとて、近くにいた訳でもないのだろうからな」
 魔道は辺りの被害を確認しつつ冷静にそう答えた。事実、ガイが戦った事のあるガーゴイルであれば、ほんの数十秒で周囲の建物を、破壊し尽くせただろう。
「とにかく魔物のいる所まで急ごう。これ以上被害を拡大させる訳にはいかないよ」
 清蜀の言う事ももっともで、互いに頷き合うと再び駆け出した。
 いくつか立ち昇る噴煙を、越えた先に標的と味方がいた。
「サイレンス!」
 流石の彼も魔石喰いの魔物を相手に手こずってる様子で、風を切る音すらない無音で閃く二刀の剣で巧みに攻防を行っていた。
「やはりガーゴイルか……」
 ガイは、サイレンスと戦う魔物を見つめ、忌々しそうに呟いた。
「魔道、魔法を止める方法は無いのか?」
 ただでさえ、岩石を飛ばす魔法は厄介だというのに、魔石の力まで加わったら想像すらしたくなくなる。
「予め陣を強いていれば別だが、今からだと直接戦った方がいい」
「魔方陣とかって事か?」
 ガイは眉を潜め聞き返した。
「詳しくは今晩にでも話してやる。いくぞ!」
 後方から、フリックやリファ達が迫ってきているの確認し、魔道はガーゴイルに大刀を向けて飛び出した。
「……いくら魔石喰いでも、この人数で戦えば心配無いだろうが……」
 自分を追い越していく魔道と清蜀、石礫を見つめながらそう呟いたガイは、念には念をと呟いてリファ達の方に向き直った。
「リファ、リフェルは魔法で支援してくれ! フリックは援護でも直接攻撃でもしてくれて構わない」
 その指示に二人のハーピーは、魔法を詠唱する事で了承の意を返し、フリックは速度を落とさずガーゴイルに向かっていきながら、言われるまでも無い、とガイの横を通り過ぎる瞬間呟いていった。
「ほんと、頼もしい連中だな……」
 ガイは軽口を呟くと、槍を構えて自らも戦場へと駆け出した。

 ガイは当初、相当な量を喰っていなければ多勢に無勢で簡単に押し切れると、考えていた。
 しかし、それが間違いであると、すぐに気付かされたのだった。
 前回の戦闘では、力、素早さ、剣技等、平均的に上昇しているという感じであった。
 が、このガーゴイルは全く違ったのだ。
――素早さはあの時と変わらない……なのに力が恐ろしい程に上昇している。それに肉体が鉱物のように硬くなっている。しかも絶好のチャンスと思えるタイミングですら、魔法を使ってこない……どうなっているんだ?――
 恐らくプロテクトや紋章を発動したガイですら勝てない力の前に、魔道はその一撃に吹き飛ばされている。
 清蜀と石礫は隙を見つけては一撃を加えたり、個々の能力である炎や大地を操り、少しでもダメージを与えようとしている。
 リファ、リフェルは身体の能力を上げる支援型の魔法や、攻撃魔法による援護射撃を繰り返している。
 フリックは持ち前の飛行能力で、上空からの奇襲や敵が飛ぶのを阻止したりと善戦はしている。
 ガイはと言うと槍で攻防をするも、相手の一撃を受けると吹き飛ばされる為、どうにも腰が引いた戦い方であった。
 ちなみにサイレンスは素早さ重視し、細い刀身の剣での攻撃な為に、硬いものに対しては情けないほどの戦力へと落ち込むが為、相手の体力を削る程度の役割となっている。そして劣勢に立たされる中、サイレンスは一瞬の隙を突かれて、顔面に拳を叩き込まれ気絶してしまったのだ。
「くそ……勝機が見えない」
 そう叫んだ直後、ガイは避けられず一撃を貰い、十数回目になる吹き飛ばしを受ける事になった。強かに身体を打ちつけるも治癒魔法が即座に施される。傷が癒えた所でガイは倒れたままのサイレンスを担ぎ上げて一度後退し、どうすれば倒せるのかとその活路を考え始めた。
「確かに、これと言える決定打がないからな」
 魔法を詠唱する合間にリファはガイに言った。
「このまま持久戦になったら間違いなくこちらが負ける。全く刃が通っていないんだ」
 戦闘は未だに続いている。清蜀の炎と石礫の地面から突き出す槍も、ガーゴイルが腕を振るうだけが、弾かれてしまっている。そこを魔道が大刀を大きく振るうも、とても硬い岩に打ち付ける程度の感覚しかないようで、顔を曇らせながら間合いを取り直そうと下がる瞬間にガーゴイルの拳が飛んできた。魔道は素早く盾で受けるもそのまま吹き飛ばされてしまう始末であった。
「個々としては強いが……こういった局面では、俺らはバランスが悪いのかもしれないな……」
「どういう意味だ?」
 ガーゴイルを睨みながら呟いた、ガイの独り言にリファは反応した。
「普通の戦闘では皆、高い戦力を誇りはするものの、こいつみたいな異常な硬さの敵となると、ただの鋭利さのある攻撃では駄目なんだ。打撃的な一撃、斧やウォーハンマーのような重みのある一撃が必要なんだ」
「それじゃあ……あいつを倒すにはプロテクトとオメガとかいう人間くらいしか? いや、石礫ならば……力が足りないか」
「リファ、魔法が止まっているわ。それとガイ様、十五戦士の方々の封印には動く石造を倒す必要があったと聞きましたが?」
「ああ、それが?」
 慌てて魔法を唱えるリファの横で、リフェルの意図が見えないガイは首を捻った。
「ガイ様は、一体どうやって倒したのですか?」
 その言葉にガイは眼を見開いた。
「成る程……そうか……それならば」
 一人でぶつぶつと、呟くガイの表情は次第に明るくなっていった。
「いけるかもしれない……。リフェル、助かった!」
 ガイはそう言いながら駆け出し、ガーゴイルへと迫っていった。
「全員、一旦退いてくれ! リファ、リフェルは俺に魔法を集中させてくれ。攻撃はしなくていい!!」
 槍を放りながらガイは叫び、ガーゴイルと対峙した。
「ガイ……お前」
「安心しろ、一応勝機はあるぜ」
 ガイは魔道が不安そうな声を上げるのを即座に言葉を返し止めた。彼とは対照的に、ガイにはとても楽しそうな雰囲気が含まれていたのだった。
 一度瞼を閉じて深く深呼吸をすると、ガイは手早く印を結んで口を開いた。
「放たれよ、勾玉紋」
 ガイから淡い光が放たれ、徐々に暗くなりつつある周りを微かに照らす。
「ガイの奴……何時の間に、自由に制御できるようになったんだ?」
 十分な距離をとった魔道は、誰に言うもなくそう呟いた。
 撤退した者達にはその言葉が届いたものの、投げかけるべき人物であるガイには、届く事は無かった。
「昨晩、ガイは何かしてたみたいだけど、もしかしたらこれなのかもしれないね」
 ガイが一人で夜遅くまで、何かをしていたのを見ていた清蜀が、魔道の問いに答えた。
 微かな光まで完全に消えると、ガイは十分な程に間合い開いているその位置で構えた。槍を捨てているので、勿論素手で。

「一体何だって言うんだ!」
 置いて行かれた面々は小走りでバリスへと向かっている。そんな中、オメガは悪態を吐くようにうなった。
「まさか……たった一体で首都襲撃してくるなんて……」
 キズクがその驚きを隠す事無く顔に現し、呟くように喋った。
「すでに少なからず被害が出ている。となると民衆をなだめる為にも、国王が公に出ざるを得ない。そうなりゃ国王暗殺が民衆に知れ渡り、パニックは一気に加速するだろうな。そして、この後俺らはスノーフィールドに行くなきゃならない。だが、パニックを鎮めなければならない。そうなりゃ必然的に、誰かが残って警護にあたる事になるだろう。意外な奇襲かもしれんが、実の所、起こるべくして起こりえた奇襲かもしれないな、こりゃあ」
 王都バリスから立ち昇る煙を仰ぎ見ながら、説明するようにオメガは言った。
「それにしても何故あいつらはアン達は連れて行かなかったのだろうか」
 重量感のある音を、駆け足で奏でるプロテクトは傍らの翼を生やした少女達を見つめながら疑問を口にした。一同、思案してみるもこれといって、核心に着けそうな考えには至らなかった。
「ただの保険だったりしてな……」
「まさかな、十五戦士がいるのにそれは考えにくいのでは?」
「いくら俺でも、圧倒的な数の前では庇う事はできない。それを見越して、ある程度戦力を残した可能性は否定できん」
「そうか……。まあ、一番考えたくないが……既に敵が回りにいる事を感知していたとしたら?」
 オメガの言葉に、すぐに口を開く者は誰もいなかった。
「それだったら、とっくに誰かがその存在に気付いていると思う。だいたい、襲撃している魔物を見つけたのって、視認が最初じゃない感じだったし」
「周りを索敵してから、確認したような感じでしたよ」
 シェルナとシェリナは口々に言うのを、オメガを黙って聞いている。ほんの少しして、そうなんだよなぁ……、と先の可能性を打ち消す事になる言葉を呟いた。
「とにかく、それが知りたいのなら、より一層早く向こうに着くしかあるまい」
 プロテクトはその巨体には似合わない速度へと、加速しながら周りに向けてそう発言した。
 皆、それに追い着こうとペースを上げるが、誰一人ある事には触れないでいる。
 その最後尾に、暗い顔をして後を追うラッシングがいる事を。

「はっ!!」
 気を乗せた掌底がガーゴイルの胸部に叩き込まれる。
 ガーゴイルは大きく仰け反り、初めて自ら間合いを空けた。確かな手応えが見ている者に伝わるのだった。
「ガイの奴……本当に無敵というのも過言でない男だな」
「研ぎ澄まされた剣術、体術、術に強大な紋章を持つ。そして、気を操る事までできるから、か? 確かに、気を操る事のできる者は殆どいないからな……。魔道の言う事も納得できる」
「だけどガイはガイなりに弱さを持っている。ガイの弱さは時として強さを生むけど、弱さとなる時の方が多い……僕達がいる事でガイは限りなく安定した支えを得ているけど、その一本でも欠けた時、弱さか強さが大きく露出する」
 魔道と石礫の考えを否定する清蜀。実際にその弱さを垣間見た魔道も、今目の前のガイを見ているとそれが隠れてしまう。
「わたし達がいなかった事で、か?」
 ガイとキズクの身代わりになっていった事に何らかの反省があるのだろうか、リファは少し控え目に彼らに訊ねる。
「うん、本当にガイはそれを責めていたよ。絶対的な矛であり盾であろうとしているんだと思う。だからこそ、常に前に出て皆の負担を減らそうとしている。皮肉な事だけどガイは誰とも相容れず、スタンドプレイである事が一番安定して戦えるのかもしれない……」
 強いが故に、孤独であるべき存在。魔道達は解るとしても、リファとリフェルは幼いこの十五戦士が誰よりも達観しているように思えた。
「あいつは孤独も好むだろう。だが……今こうして相容れた以上、全力で守り通していくだろう……」
 リファは何処か辛そうに言葉を紡いだ。彼女とて女性である。想い人に守られる事が嫌な訳ではない。ただ、ガイは必要以上に守ろうとするのだ。ほんの些細な事をもその身で庇おうとする。どこまでもその身を粉にしようとも、どこまでもその身を傷つけようとも。リファはそんなガイの姿が痛々しく見えて仕方が無かったのだ。
「リファ……だからこそ惹かれたんじゃないの?」
 リフェルはちょっかいを出すような笑みで、ガイとガーゴイルの戦いに顔を向けている。リファは少し顔を赤らめながら顔を背けてしまった。その様子に十五戦士の面々は一斉にリファの方を向いた。十五戦士の中でその事実を知る者がいない事もあるが、彼女の気丈な性格である事が一層、彼らを驚かしたのである。リファは完全にたじろいでおり、声すら出ない様子である。
「……そうか、ハーピーと人間の混血……」
 少しして、最初に口を動かしたフリックは感慨深げにそう言うが、最後まで言い切る事無く気絶してしまった。数秒前までフリックの頭部があった位置には今、表情の無い顔で握るリファの槍の柄が存在していた。
「……とにかく、必要無いだろうけどガイの援護できるようにしておくか……」
 魔道は今見たものを忘れると共に、この話題について深く聞くべきではない事を悟り、会話から離脱していった。石礫は魔道を見習い同じく会話から逃げ、清蜀はフリックを介抱しようかどうか迷った末、黙認する事に決め込んだ。
 そんな中、ガイは着々とガーゴイルにダメージを与えていっている。その身体が本当に鉱物なのか、今は無数のひびが入っており、先の石造との戦闘を見ていた清蜀と石礫はそれを思い出した。
――既に勝負はついたか……ガーゴイルに切り札がない限り……――
 石礫はそこまで胸中で呟いた後、ある種の不安が過ぎった。
「フリック、あのガーゴイルの魔石核は上昇させる能力が定まっているように思える。まさかと思うが……いきなりそれを変える事ができたり……しないだろうな?」
「それは俺も解らんな。ただ、それができるとすれば……大惨事は避けられまい……」
 ガーゴイルの魔法は周囲から岩石を取り出し、対象に飛ばすものである。魔石核の力が魔力の一点に集中すれば、それは都市攻略といえる破壊力と成りえるのだろう。
「フリック達の魔法では、相殺できないのか?」
「俺ら三人でも、あの魔石核分の力は相殺しきれまい。……そんな事が起こらない事と、起こる前にガイが決着をつけてくれる事を祈るしかないな……」
「その事をガイ様に伝えなくてよろしいのでしょうか……?」
「ガーゴイルは人語を理解するし話せる。聞かれてしまえば、即実行に移るだろう。それができればの話だが」
 ガーゴイルが大きく振るった腕を、ガイはバックステップでかわすと共に踏み込んで、胸部に両手で掌底を叩き込む。お互いに間合いを空けると、ガイはこちらに振り向き大きく叫んだ。
「魔道! 合図したら、その大刀をよこせ!!」
 魔道は一瞬、自分の事を言われてるのに気付けず、言葉を返す前にガイは再びガーゴイルへと向かっていった。
「こいつを……? 最後はこの一撃で叩き割るつもりか……?」
「そんな悠長な事をやっている暇は無いのだが……いっそ、横から一気に畳み掛けたやるか?」
「無理だろうな……あの間合いではどうやっても、ガイの動きを乱してしまう」
 魔道と石礫は焦燥に駆られる中、動きようの無い事態に肉薄している様子である。そんな中、ずっと冷静に戦いを見守っている清蜀は顔を歪めた。
「ガーゴイルが光っている……」
 ガーゴイルは毒々しい赤い光に包まれ、雄々しく咆哮を上げた。その直後、ガイは振り向きガーゴイル以上の声量で叫ぶ。
「魔道!! 今だ! よこせ!!!」
 予想以上に早い合図に一瞬遅れるも、魔道は己が持つ大刀をガイに投げつけた。が、刃を先にして真っ直ぐ飛ぶものの、少し高めの送球ならぬ送刀となってしまった。
――手元が狂ったか!――
 完全なまでのミスに魔道は眼を大きく見開くが、ガイにとってはむしろ絶好とさえ言えたのだ。
 ガイは魔道達に背を向けると、背後から迫る大刀に抜かれないよう走り、魔物より少し離れた所で大きく跳躍をした。軌道こそ誤りがあったが、ガイの絶妙なタイミングと跳躍力で、刃が通過する瞬間に手が届く位置に舞った。
「あああああああああ!!」
 受け止めた大刀を握り締め、ガイは雄叫びを上げながら空中での上段の構えから落下と共に大きく振り下ろしたのだ。
 ドン、という鈍い音と共に土煙が上がった。その土煙の中には、薄っすらと二つの影が確認できるも、どういった状態なのかは把握できなかった。
「……どうなったんだ?」
 魔道はそれを呟くので精一杯だった。
 土煙が晴れると、大刀は地面に深々と切り込んでおり、ガイは振り下ろしたままの状態だった。その目前にいるガーゴイルは見事に両断されており、片側が地面に転がっているのであった。
 今だ動く気配の無いガイの姿は、まるでそこだけ時が止まっているようでもあった。
「……ぶはあ!」
 肺に溜め込んでいた空気を吐き出しながら、ガイはぺたんと尻餅をつきながら柄を手放し、そのまま緩やかに倒れていって地面に仰向けになった。
「……はぁ……はぁ……死ぬかと思った……」
 荒い息を整えようと、ガイはそれ以上は何も言わなかった。そこに魔道達は駆け寄ると心配そうに見下ろした。
「ガイ、一体何をしたんだ……?」
 しばらくの間、荒い息をするだけだったガイも、その呼吸が徐々に静かになってくる。
「……やっと息が整ってきた。……ちょっと読みが当たったのさ」
 ガイ以外の者は一度、お互いを見詰め合うもそれが分かる者いなかった。
「俺なりに考えてみたんだ。魔法が使えるあいつが何故、身体的能力だけを上昇させたのか。まあ色々と考えた上で、魔石核の力の分配はいつでも変えられるんじゃないか、って思ったんだ。もしそうだとしたら、魔石核の力を魔力に全て注ぐという、切り札を持ち合わせている事になる。流石にそいつを使われるのは不味い。それを行うのに大した時間を必要としないのであれば、どんなに畳み掛けても意味が無い。だから、タイムラグがあると想定して、その瞬間に全てを賭けたんだ。力が魔力に集中する時、鉱物のようなあいつの身体が通常の硬さになるのを」
「だが……ガイ。もし、魔石核が身体のど真ん中に無かったら?」
 魔道はあの戦いの最中、ガイがそこまで考えてここまで動くという、あまりの場数慣れした戦闘に舌を巻きつつも疑問を投げかけた。
「だから賭けさ。最も、それならそれで両断されたダメージがあるだろうから、その隙に胸部と頭部を潰すさ」
 いつまでも寝ている訳にはいかないので、ガイはのろのろと起き上がりだした。
「だが……本当に怖かった……。俺の行動が読まれていたら、そこら辺から特大の瓦礫をぶつけられてミンチになるか、遥か上空で魔力に注がれる所だった……」
 終わった今、それを想像したガイは大きく身を震わした。
「ガイ……もう少し命を大事にしろよ。何の為に一緒に戦っているだ」
「そうだな……だが、あの場でそれを伝える暇が無かったんだ。そもそもこの紋章が無ければできる芸当じゃない……」
 それが最善のだとでも言うように、ガイは薄っすら笑いながら言った。その言葉にリファとリフェルはつられて渋い顔を作った。
「ガイ様……本当にお変わりない事で、まさかと思いますが……ご自分が傷つくなら何でも平気、とでも思っておいでではございませんよね」
「ん……?」
 リフェルの問いに、ガイはしばらく顎に手をやり軽く悩む。
「俺は別に……いや否定できないか。だが、死に急ぐ事はしないさ。俺は生きてこの戦いを終わりにしなくちゃいけない。でなければ……お前達を裏切る事になる。未だに言うのは女々しいとは思うが、それが俺の罪であり罰でもある……」
「……ガイ、まだそんな……」
「これは俺のけじめだ。別に迷惑はかけないさ」
「わたし達はそれが心配なんだよねぇ……」
「ガイ様、リファの言うとおりです」
「確かに心配だな。自滅しそうで」
「どこか頼りないもんね。話にしか聞いていないけど、魔道を復活させた時とかー」
「右に同じ」
 一斉に各々が口を開くと、ガイの表情はみるみる渋くなっていく。
「お前ら……てか清蜀、その話を誰に聞いた」
 聞いていないふりをした清蜀は、来た道を戻り始めた。
「一旦戻ろうよ。大丈夫だと思うけど、プロテクト達の迎えくらいは行こう」
「そうだな……。そういえば魔道はあの時に何故、アン達を残したんだ? 少し引っかかっていたんだが」
「それには俺も同意見だな。あの状況であの三人を置いていく程、あの者達の戦力が低いとは思えないが?」
「異世界の魔族特有の魔力を感じた。……もしかしたら、この一件の結末を見ていただけなのかもしれない」
「ふーん、ところでよ。なんでフリックは気絶しているんだ? 後、サイレンスもさ……介抱してやれよ」
「……」
 忘れていた存在と、黙殺した存在について、清蜀達は苦笑するも口をつぐんだ。
「フリックは魔法の使いすぎによる疲労だろう。サイレンスは……忘れていた」
 リファは至って普通の口調でそう言った。だが、三人にとってはそれが真実であるのだ、という脅しが存在したのに気付かないわけが無かった。
「ま、まあそんなところだろうな。リフェル、そいつを介抱していてもらえないか? 俺らは門の近くに行ってくる」
「そうですね……できればガイ様も残って頂けませんか? 状況を説明する事になったら、私では信じて頂けるとも思えません」
「そんな事は無いと思うが……いや、そうだな。分かった、残るとしよう」
 リフェルが自分が救世主の付き人程度として、どこまで信用されるか分からないという意味なのか、リフェルにしても少なからず人に対する警戒が存在しているのか。ガイにはそれは分からなかったが、前者である事を信じつつ、横たわるフリックの隣に腰を下ろした。

 その後、数名の兵士達が来て、ガイは事の次第を説明するも、一般の兵士にまで自分達の存在が知らされている訳でもなく、結局は所半信半疑で魔王の手先か何かと疑われる事になった。
 『国王』にこの一件を報告してくれれば理解して頂ける、と兵士に言うと、渋りながらも報告しに行ってくれた。その間に、魔道達はアリア達と一緒に戻って来て、大所帯でその場に留まる事になった。
 しばらくすると、報告に向かった兵士は全速力で駆けてくると、信じなかった事と疑っていた事の非礼を詫び、城へと連れて行かれる事となった。
 アリーナ姫はガイ達の無事に甚く安堵すると共に、この襲撃によるこれからの事を不安に思っている様子であった。結局、晩餐会でも開いてくれるのかと期待していたオメガを裏切り、労をねぎらった程度で終わってしまった。
 これから、より一層忙しくなるであろうというのに、そんな事をしている暇が無いといえばそれまでであった。彼女はせめてものもてなしとして、城で泊まる事を勧めるもガイは迷惑をかけられない、と同じ宿屋に泊まる事を決断したのだった。
 何ももてなされはしないが、久々の暖かいの料理と暖かいベッドは皆に十分な安息を与え、それと同時にこれから五日間の休息に胸を躍らせてくれるのだった。  


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