これはある初夏の日の出来事。
 ある町のある銀行に強盗が強襲し、犯人は重火器で武装しており、未だに職員及び一般市民を人質に立て篭もっている。

 そんな銀行の裏の方にある路地裏に、警官と少年の二人はいた。
「何でこの町はこんなに事件が起きるんだろうなぁ。ギネスにでも載るんじゃないか?」
 何処か気の弱そうな雰囲気とは裏腹に、少年はこの事態をどうという事もない、といった物言いである。
「まあな。だが、そうなれば事件を解決したのは誰か? それは一体何者か? そんな話になったら迷惑だろ」
 警官の言葉に、少年は苦笑しながら頷いた。
「まぁ、ギネス云々はともかく、こうして事件に巡り合える事自体はいいんだろうがな」
「そりゃあそうさ。生活がかかってるんだ、嬉しくない訳がない」
「いつも思うがお前も大変だな、一矢。それに来年はお前も受験生だってのに」
 少年の名は高丘 一矢。
 彼の両親は幼い頃に交通事故で亡くし、今現在は彼が師父と呼ぶ初老の男と暮らしている。生活費のほぼ全てが、こういった事件を人質や一般市民への被害を0で解決する事で、警察より特別に『手当て』を承り賄っている。
 当然、初めのうちはこんな無茶苦茶な事を認める者はいなかった。が、公的機関と組織という力によって警察が動きづらい事件、特に人質を取った事件などを淡々と解決していく彼に、警察側は出動要請もかかる事を条件に、今の構図を成り立たせることになったのだ。
 絶対の出動要請のかかる事件はそうそう起こりはしない。が、できれば来て欲しいというような、可能ならば早急に対処したい問題などの自由出動の要請は引っ切り無しに来ている。補足を入れると、今回は絶対の方である。
「俺はとしては楽しんでいるから大変でもないんだよな。最近は、殴りかかってきてくれる奴もあまりいないしな。高校は……なんとかなれ、だ」
「そりゃー恐怖のイレイザーが徘徊する町で暴れる馬鹿もいないな」
 若い警官はからからと笑うが、そこが何処であるかを思い出してすぐに笑うのをやめる。
 一矢は元々は不良や暴走族を相手にしていた。が、その裏についているヤクザとさえ相手をし、たった一人で戦って勝利を納めている。そんな事を続けて行く内に、不良などのような治安こそは表面上良くなり、彼は『イレイザー』と呼ばれるようになった。最も、イレイザーと呼ばれる者は幼い子供であるという事以外解っておらず、時折、頭の悪い輩が一矢に噛み付いては叩き潰される事もある。
 但し、中にはどうやって知り得たかは解らないが、一矢がイレイザーだという事を理解した上で挑んでくる者もいるということである。
「それで今回の状況は?」
「犯人グループは三人。全員ごっつい銃を持っているそうだ」
 若い警官は1枚の写真を出した。
「なんだろう……サブマシンガンとかの類かな? 銃は詳しくないからなぁ」
 くっきりとではいかないが、覆面の男達三人は確かに銃を持っている。槍や剣と言った武器ならば、かなりの知識はあるものの、一矢には銃の知識はからきしだった。親友である劉也から銃のカタログらしき物を見せられる事はあるが、その中身の一割も理解できずにいる。ちなみにそのカタログは全て英字で書かれており、値段も高い上にドル表示であった。
「にしても、こいつら襲撃する場所間違えてるんじゃないか? テロリストみたいな格好してさぁ」
「怖いか? ま、んな訳ないか。おっと、一矢、動くなよ」
 警官は一矢目線に合うように膝を折ると、何やら小さい筆のような物を取り出して、一矢の顔に何かをし始めた。
「頬の部分がまだ甘いな。こんなもんじゃすぐにばれて、皮を引ん剥かれるぞ」
「えー、これでも結構うまくいったんだけどなぁ……」
 怪盗二十面相よろしく、一矢の顔は完全に別人の顔になっているのだ。だが、この警官から言わせると、まだまだ技術が低く甘すぎるとの事だった。今までイレイザーとして、仮面やヘルメットを被っていたものの、最近ではこういった物を使う事が多くなっていた。
「……森嶋さんってさ、本当にただの警官だよね?」
「お前のこうした事の専属を抜けばな」
 嘘だ。森嶋というこの警官の言葉に、一矢は心の中で叫んだ。彼はあまりにも普通の人には見えない節がる。一矢は、彼はきっと元特殊部隊の人間ではないだろうか、と考えているのだった。ちなみにこういった変装も彼が教えてものである。
「にしても、お前……何だ、このだっさい格好は」
「仕方ないだろー。普段来ていない物じゃないと、ばれ易くなるんだよ」
 一矢は服に気を遣う方ではないにしても、今来ている服もズボンもど派手な色と、そんな狂ってそうな服を選ぶ事はしない。
「よし、こんな所か。気をつけていって来い」
「気をつけるほどのものには思えませんけどね」
 ここの裏路地は幅が1m程度はある。一矢は銀行とは別の建物の壁に飛び、その壁を強く蹴って跳び、銀行の2階の窓にへばりついた。
「よっと」
 一矢は窓ガラスに手を添え、ほんの少しの力が加えると、窓ガラスは微かな音を鳴らしながらパラパラと砕け散っていった。
「それじゃ行ってきます」
 一矢は軽く出かけてくるかのように、警官に片腕を上げて見せると、そのままひょいっと中に入る。
「うっお……んだよ、トイレか? くっそー」
 辺りはきつい異臭でたちこめていた。一矢は鼻を摘みながら呟いた。鼻に刺さるような臭いを、直接嗅いでしまった所為で薄らと涙ぐんでしまっている。
「掃除……ちゃんとしろよなぁ……」
 ぶつぶつと呟きながらも、そっと廊下の方の気配を伺い外に出た。
「さぁて、『お仕事』するか」

「おい、警察に囲まれてんぞ。どうすんだ?!」
「焦るな。こっちにはこんだけ人質がいるんだ。簡単には手をだせんさ」
 犯人グループのリーダーらしき人物がクックと笑った。
「とりあえず車でも要求して、おい!! そこの小僧!!」
 階段の所に一矢が立っていた。気の弱そうに作られた顔に、先ほどの異臭による涙。これを見て反抗しようという気があるように見える者はいなかった。
「ご、ごめんなさい。と、トイレに行ってて、き、気づかなかったんです……」
 がくがくと膝を震わせながら、一矢はどもりながら言葉を紡ぐ。覆面をした男が一人、縄を持って一矢に近寄る。
――我ながら名演技。にしても……こいつら、ちゃんと建物の中を見なかったのか?――
 それが幸いしているとは言え、一矢は些か呆れていた。
「おい、便所は見てこなかったのか?」
「あ、ああ……とんでもなく臭かったんだ」
 リーダーらしき男が、一矢に近づいている奴とは別の男に銃口を向けた。
「次、こんな事があったら撃ち殺すぞ。これで変な奴がいたらどうすんだ」
「す、すまなかった。次は気をつけるから、そいつを下ろしてくれ」
――……他にもやるつもりだったのか?――
 一矢は思わず、突っ込みを入れたくなったが、それを抑えながら犯人グループを観察する。落ち着きを見せるリーダー格を見て、一矢は連続強盗事件を思いだした。
 それは、日本で数箇所の銀行が強盗の被害にあうというもので、犯人達は三人で銃を持っており黒い覆面をしているらしい。
――まあ、どの道今日で終わりなんだがな――
「にしても、変な奴って?」
 ようやく一矢の手を縛り始めた、男はリーダーの男に尋ねる。
「ああ、ここら辺で有名らしいんだ。凄腕の『イレイザー』ってやつが、おい、縛るのにどんだけ時間をかけているんだ」
「え? ああ、すまねぇ……どうも結ぶのは苦手なんだよ」
――この町だけかと思ったが……やっぱ裏では遠くまで噂にはなっているんだな――
「おい、ガキ。もう少し手を寄せろ。結びづらくたまんねぇよ」
 両手を縛られるのに当たって、初めから手を放していた事に、いい加減男はいらついていた。
「……そろそろ頃合いか」
「何?」
 一矢は怪しい笑みを浮かべ、自分の手を縛ろうとしている男の方へ振り返った。一矢の豹変に男の手の力は抜ける。
 一矢は素早く縄を外すと、男の腕を掴み背負い投げをし、地面に力強く叩きつけた。
「な、このガキ……」
 人質を含め、その場にいる者は全員目を丸くした。が、リーダーである男はすぐに、落ち着いて銃口を一矢に向けた。
「浅はかなガキだ」
 引き金に指がかけられる。一矢は素早く銀行のカウンターを乗り越えて回避する。
「こいつ……ただのガキじゃない。おい、殺して来い」
 身のこなしから、リーダー格の男は危険因子として判断したのだろう。部下に命じると共に、己も銃を構えなおした。
「解った。俺はこっちから行く。挟み撃ちだ」
 二人は左右に分かれてカウンターを囲み、少しずつ中へ入っていく。とは言え、一度カウンターに上らなければならない。リーダー格の男は交互に上って、片方が襲撃されない策をとる。そして、先に上らせるのは部下にした。
「次はあんたの……おわあ!」
 カウンターに上った男は、突如下から生えるように伸びてきた手に足を掴まれ、カウンター内に引きずり込まれた。彼らの最大のミスは警戒のしすぎで、カウンター内の構造を把握しきれていなかったのだ。できる限りカウンターから頭を出さずに様子を窺っていた彼らには、デスクの存在によりカウンターの下に隙間がある事に気づかなかったのだ。
「くそ!」
 素早くカウンターに飛び乗り、標的となる少年を探すもその姿は見当たらず、昏倒されたのかうつ伏せに倒れている男の姿だけは確認できた。
――まずい……あのガキ、何者なんだ。イレイザーなのか? いや、そんな事よりもあのガキを殺さなければ……――
 覆面の男がカウンターから降りようとした瞬間だった。デスクの上に銃身の姿が現れ、銃口は男の方に向けられているのだ。
「ちっ!」
 男はすぐさま、カウンターから前方へ飛び込むように降りた直後、重い一撃が腹部を捉えて視界が大きく揺れる。
「ぐ、ごほ、くそ、やろう……」
――狙いが外れたか?――
 一撃で昏倒させるつもりであった一矢は、自分がミスに気づき、すぐさま追撃に移るも男は飛びのいてかわされる。
「何者かは知らんが……ヘマをこいたな!」
 一矢の左右はデスクとカウンターがあり、直線的に飛んでくるものをそう避けられはしない位置だった。覆面の男は自分の勝利を確信して、銃を構えて引き金を引く。
「なに……!」
 タイプライターを打つような音共に吐き出される光の軌道は、真っ直ぐに一矢へと奔って行く。が、一矢は胸部に飛んできた弾丸を、前方へ飛び込む形で一矢はかわし、銃を左手で押さえ右手の手刀で相手の喉を打ち付ける。が、男は首を捻って喉への直撃を避ける。だが、その一撃で左手の力が緩み、それに気づいた一矢は銃を引っ手繰って投げ捨てる。と、同時に、男は一矢の顔面に拳を打ち出した。
「く……」
 後ろに飛びのいてそれをかわすも、一矢は微かに息を吐いた。
――これは……思ったより手強い、かな――
――このガキ……やはりイレイザーなのか――
 男はナイフを取り出して構える。それは素人は見えない形で、威圧感さえも感じずにいられなかった。対する一矢は丸腰で構えるだけだった。お互いじりじりと間合いを詰める。リーチと体格から言えば、一矢は圧倒的に不利なはずなのに、当の本人は澄ました顔でいる。
 先に動いたのは男の方だった。下から上へ切り上げてくるも、一矢はそれをバックステップで避けて間合いを保つ。男は追って、突きを放つもそれもまたバックステップで避けられる。
――こいつ……何を考えているのか解らん。だが……――
 一矢のすぐ後ろにはカウンターがある。つまり、これ以上後方へ逃げる事ができないのである。
――これを狙っているとしたら……? いや、ありえない。これで一体何ができる。どうに攻撃を避ける? こいつは……きっと策に溺れている!――
 男は一気に間合いを詰めて、避けられないはずの一矢に突きを放つ。が、一矢は大きく跳躍してカウンターの端に乗っかった。
「しまっ……!」
 男は気づいた。が、既に遅かった。カウンターから跳躍した一矢は宙で一回転すると、その勢いを乗せた踵落としが男の頭に直撃した。男が倒れると共に一矢は床に着地する。
――とっととずらかるか……――
 一矢は溜息を一つ吐くと、二階にあったトイレへと走り去っていった。

 一矢が銀行内部から出る頃には警察の突入が始まり、犯人グループは取り押さえられた。
「お疲れさん」
「疲れるほどでもないけど……少しは楽しめた、かな」
「……相変わらず酷評だな」
「だけど、リーダーっぽい男は本当に驚いたよ。何者なんだろう……普通の奴じゃないと思うんだけど」
「さあな。まあ、そのうち調べられて解るだろうがな。ってお前何やってんだ?」
 一矢は作り物の顔の皮を剥がすと服を脱ぎ始めた。持ってきていた小さめのスポーツバックから、『普通の服』を取り出して着始めた。
「一応ここも外なんだからな……猥褻物陳列罪になりかねん」
「森嶋さんしかいないんだ。堅い事言わないでくれよ。第一、無意味にこんな服着ていたくないんだ」
「まあ、その気持ちは解る……」
「さて、俺はそろそろ帰るけど……問題ないよな?」
 着替え終わった一矢は、先ほどまで自分の顔に張り付いていたものを、破り千切って薄汚いゴミ箱に放り込んだ。
「ああ、ごくろーさん」
「おつかれさん、と」
 一矢はスポーツバックを肩にかけると、銀行の外に繋がる道とは別の方へ歩いていった。

 銀行の外では、一般人が入らないようにと数名の警官が立っている。その内の一人の警官に、ある少女が捲くし立てている。
「ねえ! 中はどうなってんの! 中にいる弟は無事なの!? ねえったら!!」
 警官は苦渋の顔で、少女を宥めようとしているが何処か投げやりである。というのも、先ほどからずっとこの調子で、落ち着かせる事は諦めているのである。
「風見ー。少しは落ち着きなよー」
 その少女の友達らしき少女はそう宥めるも、風見と呼ばれた叫び続ける少女は静まる事は無かった。
「落ち着ける訳ないでしょ! 弟が中にいるんだよ!!」
「この町で事件とか多いいけど、捕らわれた人は無事帰ってくるでしょうに……ほら、この町にはアレがいるんだから」
「で、でもぉ……」
 中々食い下がらない風見。そこへ、偶然通りがかったかのように、別の路地裏から出てきた一矢が風見の横を音も無く通り過ぎた。
 一矢は足を止め、少女の方を振り返り、風見は叫ぶのを止め、少年を方に振り返る。
「……」
――弟が中に……? まあ、その心配は杞憂なんだがなぁ……――
「……」
――この人、まるで存在しないみたいに……風みたいな人……――
 そして互いが、失礼にも見据えている事に気づき、どちらとも無く視線を外した。そう、まるで何事もなかったかのように。

 この日、運命の時を前にして二つの軌跡は交わった。その時まで、その時が来ても二人はお互いを思い出す事はないだろうが、確かに二人は接触したのだ。
 二人には、どんな未来が待っているとも知らず……。
 これはある初夏の日の事だった。