中二の夏。
休みを前にしての球技大会というものが、我が校にはある。
正直いって、面倒極まりない。
適当に対して経験の無い種目を選び、適当に参加し、適当に負けて、残りの時間を適当に応援してみたりする。
無駄に体力を消費する適当尽くめのイベントである。
俺と劉也、そして久は卓球を選び、一回戦敗退に終わっている。
ちなみに、初めて卓球をする俺ら三人は、他二人の経験者を一緒に道連れにする事は言うまでも無かった。
補足として、先輩はこういう事には全力を尽くすタイプではあるが、一回戦では惜しくも現役の軍団に力及ばず。こうして俺らと一緒に、日陰になっている鉄棒に座ってたりする訳だ。
「にしても、なんで経験者がやるのかしら……。たまには違うスポーツをしたいとか思わないわけ!?」
サッカーの試合を見ながら、潮波先輩が愚痴を溢した。
「諦めの悪い事。まあ言いたい事はよく解るが、俺らはそれを有難く受ける身だから何とも」
「あなた達って、こういう事には枯れてるわよね」
「行う意義が見出せないだけですよ」
必要無いと言わんばかりか、やれやれというジェスチャーをしながら劉也が答えた。
「ま、折角の時間を有効活用すべきですよ、潮波先輩」
何とか高感度を上げたいらしく、精一杯言葉を選ぶ久。その姿はなんとも……まぬけだ。
「有効活用ねぇ……外に出られる訳でもないし……そだ、何か面白い話とかないの?身の上の過去とかさ」
三人で、あーとかうーとか呻きながら考えてみる。
「こういうの、一矢の方がぽんぽん出てきそうだなぁ。そういう意味では宝庫だろ?」
「多すぎで逐一覚えていないな」
あちゃーと呟きながら、額に手を当てる劉也。
「こないだの銀行強盗は?結構特徴とかが流れてるけど?」
先日、ある銀行を火器を持った強盗犯達が立て込んだ事件があった。犯人達は完全沈黙させたものの、どうやら人質の方が一矢の身体的特徴を噂として広めているらしいのだ。
幸い、あまりにもいきなりの事だったらしく、突如現れた少年の姿を明確に覚えているものはおらず、更には尾ひれ背びれが付いた為、噂を繋ぎ合わせると計十八人の人間ができあがったのだ。
「あれは……少し失策だったな。もう少し考えればよかったものを……。まあ、完全にという訳じゃない。これから注意すればいいのさ」
「まあ、それもそうだが、俺が聞いているのは内容なんだけど?」
「至って軽い。まあ敢えて一言欲しいなら、詰まらん」
そこを久が割って入った。
「一矢。お前が強敵だとか、勝てなかった相手とかいないのか?」
「師父」
「それ以外」
一矢はしばらくの間、腕組みをして考えると、急に頭を上げて笑顔で返した。
「ああ、ある、あるぞ。それもまだ誰にも話した事のないのが」
「お、マジか?」
劉也は眼を輝かせて、話に食らいついた。先輩はというと、幼い子供がおあずけを食らった様子で、俺が話すのを待っていた。久はというと、驚きの表情を返していた。恐らく、俺が強敵だと称する人物など、そうそういないからだろう。
「で、で、どんな奴だったんだ、それは?」
「ああ、そうだな。あれは去年の夏休みだったかな。師父が何をしているのか、正直な所、俺も与り知らん。だが何かをしてて、それ故に一部では有名である事は薄々気づいていた。で、だ。ある日、そうだな……十八歳かそこら、もしかしたら二十歳ぐらいの人が、うちに訪ねて来たんだ。その人は師父に用があってな。俺には関係無い事だし、部屋まで通したら、とっとと自室に戻っていったんだ。それから少しして、修練場、近くの森に行くから着いて来いって事で、師父とその人と一緒に行く事になったんだ……」
「にしても師父、こんな細い木刀を持たして、どうするつもりなんですか?」
普段修練場として、使っている場所まで辿り着き、一矢は師父に尋ねた。
「ああ、これからこの青年と闘ってもらう」
青年は微笑んで、軽く一礼した。
「……それって勿論俺、ですよね?」
「当然だ。お前はあまり強い、とは言えない相手ばかりと戦っているからな。この者に、みっちりとしごいて貰え」
「それだったら師父が手合わせ……」
「では説明するぞ。今回は飽くまで模擬的な実践という意味合いで、ここまで連れて来た。範囲はこの森の中。勝敗はお前が降参するか、この木刀で一撃を入れられるか、だ。手段を問わない」
一矢は軽く無視をされつつ、手短に説明する師父。だがその説明の中で、気になる部分があった。
「一撃だけでいいんですか?」
「できるものならやってみるがいい。だが、この者を甘く見ない方がいいぞ」
「……」
その先に補足、或いは理由を述べるだろうと、一矢は黙って次の言葉を待った。
「……え?だけ、ですか?」
「む?……ああ、それは自分で確かめる事だ」
自分で確かめろ。そう意味深な言葉を残し、師父は森の中にある小さな広場に向かっていった。時折、こういう実践的な稽古を行う度に、終わったら小さな広場にある、ベンチに腰掛ける師父の元に行く、というのがいつの間にか決まりになっていたのだ。
「それじゃあ……開始はどうします?」
師父がいなくなったのを見て、一矢は青年に訊ねた。
「そうだね……じゃあコインを投げて落ちたら、でどうかな?」
青年の声はとても落ち着いていた。一矢はそれに頷いて見せた。
その様子を、青年はどこか満足そうに頷き、ポケットから出したコインを真上に弾いた。
コインが地に落ちる前に、一矢はバックステップをし、十分な間合いを開けて備えた。
そして、乾いたその柔らかい土の上に、コインはその身を落ち着けた。
直後だった。
青年は、左手に持った木刀を、短剣の逆手持ちのように構え、一矢に向かって疾走してきた。
―――まさか、一気に畳み掛けにきたのか?!―――
一矢は左手に持った木刀に右手を沿え、踏み込みと共に抜刀するかのように斬り裂いた。
が、それを左足を軸に、回転しながら左手に持つ木刀で受け止められ、勢いを付加して右手の裏拳が風を斬る。
「っつ!」
一矢は右肘を上げて、顔への直撃を避けた。その際に少し体制を崩した一矢は、右手に力を込め、相手を押しやり再度間合いを空けた。
青年は体制を立て直すと同時に、手短にある石を掴み一矢に向けて投げつけた。
その軌道は的確に一矢を捉えるも、木刀の柄頭で石を打ち返した。
お互いがお互いの動きを確認した。それが強敵であるという事を再認識するかのように。
一矢は自分の剣技と体術だけでは、倒しえないと判断したのか、木々の奥へと走っていった。
青年は一度、後姿の一矢を見やると木刀に右手を添え、刀を抜くように構えた。
木刀を片手に、一矢は木々を駆け抜けていた。
この森は、そう大きくは無いが、二人で『鬼ごっこ』するにはいささか広くはある。
だが、目的は一撃を入れる事。逃げ回る必要性は何処にも無いのだ。
―――ここら辺でいいか……―――
一旦辺りを見回した後、木刀を地面に置き、左手に持つ蔓を持ち替えて辺り括り付けたり、穴を掘ったりと忙しなく動き始めた。
あらかた作業を終えて、一矢は今来た道に対し迂回するように動き始めた。
が、程なくして青年が現れ、少し先に音も立てずに疾る一矢に気づいた。
一気に詰め寄り逆袈裟切りに、木刀が奔る。
「く、ぅわ!!」
避けようとした一矢は足を滑らし、大きく体制を崩した。
その一瞬の隙に青年は、一矢に身体をぶつけ転倒させると、木刀を突きたてた。
「く、そ!!」
身体を思い切りよじって突きをかわし、更に転倒様に手中に収めた土を投げかけた。
青年は左腕を顔の前に持っていき、土を受けると共に右手に握る木刀を突き出した。
「ぐぅ……」
その切っ先は、一矢の脇腹を確実に抉った。
一矢は再度土を投げつけ、脇腹を押さえながら木々を縫って駆けて行った。
突きの一撃をかわせなかったのは、大きな痛手になるだろう。
一矢はそう思いながら、唇を噛み締めた。
その後、一旦初めの位置まで戻った一矢は、そこから迂回し、先程『作業』を行っていた場所まで戻ってきたのだ。しかし、その途中で青年に発見され、追いかけっこを興じつつも戻ってくる羽目になった。
とは言うものの、一矢の狙いはそこにあった。
視野に入る範囲であり、後少しで追い着こうという位置合いで逃げる事は、敵が死角から襲い掛かるという事が無い為、相手に走らせて追わす事が可能であるのだ。
そして、目的地についた一矢は、大きく前につんのめるも、左手を勢いよく突き出して、うまく一回転して体勢を立て直した。
そこには多数のトラップが存在したのだ。
先程の短い時間で、簡易と言えども複数の凶悪なトラップを作り上げたのだ。
―――飽くまで偶然を装った転倒での回避。あれほどの相手では、飛び越えればばれるだろうが、これならそのまま罠に引っかかるはずだ!!―――
トラップが作動しても、危険じゃない位置まで距離を置いた一矢は、木刀を構えながら後方に眼を向けた。
青年は、一矢のその様子をここで打ち合うのだと考えたのか、木刀を構えて更に加速した。
が、その瞬間だった。
「なに?!」
大きく踏み込んだ青年の右足の踝よりやや上の辺りまで、地面に埋まってしまったのだ。
その直後、無数のスパイクボールもどきが茂みから、一斉に姿を現した。ちなみに実際には、軽い打撃を与えられる程度の性能である。時間と材料、目的によりこれが限界の仕上げで、この場において最高の出来だった。
「ち!」
青年は身体を屈め一本を避けて、左手で二本を受け止め、残りを木刀で薙ぎ払ったのだ。が、それだけでトラップは止む事は無く、堅い木の枝の先を鋭利にした木の矢が7本、四方から飛んできたのだ。
「ふっ!!」
青年は更に身体を屈め、気合と共に木刀を三度斬り返し、全ての矢を打ち落としたのだ。
―――そうだ、これが目的なんだ―――
矢を打ち落とそうと、青年が木刀を振るった時には一矢は駆け出していた。
トラップは飽くまで囮、それを対処した瞬間の隙に一撃を決めようと、一矢は考えていたのだ。
「終わりだ!」
一矢の鋭い突きが青年の腹部に目掛けて迸った。
が、それは空を串刺しにしただけだった。
青年は、地面に沈んだ右足を無理やり軸にし、回転しながら左手の裏拳を放ってきた。
地面に片足が埋もれているのと、利き腕ではない事もあって、初めに受けた裏拳ほどの切れも威力も無いおかげで、かわす事には成功したものの、一矢は肝心の攻撃は失敗してしまった。
裏拳を避け、体制を立て直そうとする瞬間に、青年は地面から右足を抜き、そのままその足で踏み込み、木刀を上段から振り下ろした。
「ちぃぃ!」
木刀の両端を握り、一矢はその攻撃を受け止めると腰を入れて押し返し、一旦間合いを整えて構えなおした。
青年はというと、ゆっくりとした動作で一矢に向けて構えなおした。
事実上、十分な間合いを取ってお互いが木刀を向けるのは、これが初めてなのだ。
十数秒の間静寂が続き、夏の太陽の木漏れ日が二人を照らしたのだった。
何を考えているのか窺う事ができない表情を、崩す事のない青年に対し、一矢の表情は狼狽し一筋の汗が頬を伝っていった。
「このほんの十数秒足らずの静かな対峙だけで、この試合の結末を想像し戦慄した。俺はやられる。剣を持つ者として、振るう者として生きてきた中での、技術と勘がそう告げた。彼はそこにいるようで、そこにはいない。少し眼を離すと、次に視線を戻した時には、何もなくなっている。いや、周りの景色と同化している、そんな感覚だった。俺にとってあれは、虚無との対峙だったんだ」
「凄いな……それは。お前がそこまで認める力量の人物がいるなんて、そうそう信じられないんだが……」
「だが確実にあの人は、今の俺でも到底敵わない力量の持ち主だ。俺は、先のトラップの件も踏まえて、イメージの中で一つ、斬りかかってみる事にしたんだ」
一矢は一瞬で間合いを詰め、左から右へと木刀を振るうも、青年はバックステップでそれを回避し、足が地面に着くのと同時に踏み込んできて、木刀の柄頭を一矢の顔面へと一閃し、大きく仰け反った所を、棒術のように両手で木刀を横に薙いで、無防備なその脇腹に重い一撃を叩き込んだ。
「く、が……」
倒れ込み、脇腹を押さえて呻きを上げる一矢の喉元に、青年は木刀の切っ先を突き立て、詰めの一手を打った。
「全ての事態を考慮しシミュレーションを行った結果がこれだった……。これは何度シミュレーションをしても同じ結果だった」
「だが、お前の話だと正面から打ち合った訳じゃ無いんだろう?そこら辺はどうなんだ?」
「確かに、そこは明確ではない。だが、それまでの戦闘から考えるに、剣術、体術共に、相当な人物である事は確かだった。そこからの判断の結果ではあるが、正面から打ち合ったデータでもあったら、シミュレーションの結果はもっと悲惨になるだろう……。そのぐらい強い人物なのだ」
「でも、シミュレーション、シミュレーションと言っても絶対な訳じゃないでしょ。それにそのままじゃ駄目なんじゃない?」
「ああ。だから俺は、せめてもの活路を探したんだ。それはとても曖昧で、確実性に欠けてはいるがその時点では、一番勝率がありそうだったんだ」
「へえ……で、それは一体どんなんだ?」
「彼からの攻撃は、全てを不意をつくもの、奇襲と言っても過言で無いものだった代わりに、こちらからの攻撃の殆どが、体勢を崩したりした時の隙に打ち込んだものだ。だが俺の攻撃は全てかわすなりし、そこから反撃へと繋げられた。彼は……恐らく体術も剣術も相応のものなのだろうが、基本が相手からの攻撃を待つ、カウンターのタイプなのだろうと踏んだ」
「判断材料としては決して悪くないが、断定はしかねるな」
「そうだ、だから俺は確実性に欠ける、と言ったのだ。だが、これを頭においた上でかかった場合、遅れをとらない限り、反撃のチャンスはあるはずだ」
「言っている事は解らなくも無い、が、結果はどうだったんだ?」
その言葉に一矢は、少し表情を渋くして空を仰いだ。
一矢は一気に間合いを詰めるも、途中で踏みとどまりフェイントをかけた。
青年は、それに引っかかったのか分かってしたのか、先に攻撃に出た。
切り上げの攻撃を、一矢はターンでかわすと、その流れに乗り木刀を横へ走らせる。それを青年は叩き落すように、木刀を振り下ろして攻撃を止めた。
一矢は木刀を手放して、剣術を捨てて掌底を顎へと放った。
青年は身体を横にずらしてかわすと、木刀を捨て去り素手で迫ってきた。
お互い、拳や で打ち合う事数十秒、いきなり互いに間合いを開けると、一矢は木刀を拾い上げ、青年は柄を踏みつけて宙に浮かせて掴み取り、猛スピードで突きを放った。
一矢はそれを避けられないと悟り、木刀の両端を掴み攻撃に備え、攻撃を受ける構え取った。
木刀の切っ先と木刀の刀身が交わり、激しい音が辺りに響いた。
それはこの試合の、終わりを告げる鐘でもあった。
「え……?それでどうなったんだよ?」
「終わったのさ。彼の突きは、俺の木刀を打ち砕き、そのまま俺の額を捕らえた。その一撃で、俺は脳震盪を起こし、戦闘不能になり負けたんだ。最も、とても勝てる相手じゃなかったがな」
「結局、その人が何者でお前の師父が、何をしているかは分かったのか?」
「師父は……やっぱり何をしているかさっぱりだ。だが、試合の相手をしてもらった人なら、多少話を聞いた。まあ、接近戦専門の人だそうな。師父には、できる限りカウンター型で戦ってやれって話だったらしい」
「まんまと引っかかった、て事か?」
「まあ、そうなるしそうでないと言える。飽くまで、そういうスタイルで戦えって事だからな」
一矢は劉也達に向けていた視線を正面に戻した。
丁度、延長にもつれ込んでいたソフトボールの試合が、終了して生徒達が校舎に戻り始めていた。
「俺らもそろそろ戻ろうぜ。にしても中々面白い話も聞けたし、充実した一日だったぜ」
久の言葉に劉也は頷きながら、
「だから、去年の夏休みは頭に包帯巻いていたわけか」
「ああ、額に縦に真っ赤な痕ができたからな」
一矢は渋い顔を作りながら歩き出した。
「ねえ一矢、またそういう話聞かせてよ」
「何かあったら、な」
先輩の言葉に、一矢はそっけなく答えた。
その時丁度、先輩の知り合いが先輩に、敵対者としての久の連れが久に声をかけた。
二人はその仲間と一緒に校舎に戻る事になり、一矢と劉也という普段の組み合わせに戻った。
「ところで、一矢」
神妙な面持ちで劉也は一矢に声をかけた。
一矢はそれを振り向くだけで返した。
「お前、来年は受験生だろ?まあ俺らもだけどさ」
「まさか、もう進路の話か?気が早いな」
「違う」
少し茶化そうとした一矢の言葉は、劉也の即答で無意味なものになった。
「お前はこれからどうするつもりだ?来年も今のような生活を、続けていくつもりなのか?お前は頭がいい。だが、その頭の良さでは高校には受からない。……お前の性質から考えると、塾にでも行かないとそこそこの高校にすら入学できないぞ?生活も含めて、その金もあるのか?」
親がいた時から遊んでいた親友だからこそ、一矢の事を本気で心配してくれているのだ。
いつもは砕けていてふざけた奴ではあるが、そのくせ仲間に対しては心配性だと言えるほどであるのだ。だから一矢は昔から今も、そしてこれからも劉也と親友でいられるのだ。
「来年、例の仕事を止めたとして、流石に塾にまでは行けないだろう……。それに、先輩が自分の行く高校に絶対来いってうるさいし……」
「……あの人は……お前がこれるようわざとランクを下げているぞ?」
「知っているさ。俺はそこまで鈍くはない。だが、それでも俺にとってはだいぶ高レベルな学校ではあるんだがな」
「どうするつもりなんだ?」
「さあ、な」
一矢は伸びをしながら、そう答えた。
「さあな、ってお前の事なんだぞ?」
劉也は少し、口調を厳しくして一矢に問いかけた。
「判断するにはまだ時間がある。それに約一年も先の話だ。何がどうに転ぶかは分からない。勿論、それまで俺が生きている保障は一般人より、確実にかなり低い。だからこそ、何があるか分からない」
「一矢……」
劉也は、一矢が悲しい考え方でもしていると思ったのか、辛そうにその名を口にした。
それを見た一矢は、変な所で心配性な親友に、苦笑交じりの溜息と共に言葉を紡いだ。
「そんな顔をするな。俺は別に生きる事への執着が無いわけじゃない。生きる望みがあるなら執念深く生きていくつもりだ。俺が言いたいのは、それだけのリスクを持った生活が、今後どういった結果を生み出すのか、それが未知数だと言っているんだ。だからもう、そんな湿気た顔をするな」
一矢は劉也を指差した。
「俺の事ばかり考える前に、お前はどうなんだ?結構やばいんじゃねーのか?毎日毎日遊び呆けてよ」
その言葉に劉也は破顔し、
「お前ほどやばくは無いさ。本気で勉強すれば一ヶ月で入試対策などできる」
その返答に一矢は満足し、校舎へと再び足を進めた。そしてその横を親友の劉也が並んで歩く。
二人は愚か誰一人知りようが無い。
当たり前であり、どうしようもない事実。
高丘一矢という人間は、一歩、また一歩と大きな宿命へと歩んでいる事を……。