文化大革命時代に中国を旅した日本人たち

 

 文化大革命時代、中国と日本は、国交は無く、今とは全く違い旅行するのも大変な労力を伴うようであった。しかし、その中でも、文革の息吹に直接触れてみたい、あるいは歴史的建造物を直接見てみたいという願望をもった若者たちは多かった。とりあえず 何が何でも中国熱を浮かされた若者たちの多くは、「ちいら会」などを通じて、旅行団を結成する以外、中々、旅行については認められなかった。

 中国に関心を持つことは進歩的知識人にとっては、当然のことであったし、少なくとも一般マスコミに関しては、中国は日本よりも進んだ国という思考を持った日本人は実に多数に及んだ。

 当時の若者たちは早い人は定年を迎えつつあり、社会の第一線から引退する人々もそろそろ出てきている。北京や上海などを駆け足で走り回った人々は、当時のことを感慨深く、回想することも多くなった。

 ある人は大企業に、別の人は教職へ、さらに別の人は、環境問題や文革思想に対する想いを捨てきれない人もいる。

 現在、中国では文化大革命については、ほとんど全否定され、一様に良い想い出は無かったと語る。

しかし、他方、中国を訪問した若者たちの心の中には、「文化大革命時代の中国は輝かしかった」「文化大革命の悲劇は 未刊のまま終えてしまったことだ」と、比較的、文革のプラス面には言及する人も多かった。

そして、「街は清潔であり、ハエや蚊もいなかったという」くだりに関しては信じることは出来ないが、実際、現在のように治安が悪かったわけではなく、今よりも上海や北京は相当掃除が行き届いて事は事実だったのかもしれない。文化大革命時代の慶応義塾大学新聞には、中国を訪問した学生の記録が残っているが、あたかも熱病にうなされていたかのように文化大革命及び中国に対する賛美に終始していた。

 もちろん中には、「まあ青春のはしかや熱病みたいなものだ」と幾分なりとも照れながら話す人もいて、それぞれの対比があって興味深い。時として、中国を訪問した学生たちの中には、公安警察に聴取された人もいて、そうした実体験から社会主義思想をより強固にした人もいる。

 いずれもこの人々にとっては、文化大革命と新生中国は、青春そのものであり、今なお 色あせることの無くセピア色に輝く思い出であることは間違いない。

 

 

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