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中国の核開発
中国の核開発は、文化大革命前の1964年10月の話なのですが、ちょっとコメントしておきたい。
日本は、1945年八月に長崎と広島に原爆を落とされたわけで、世界最初の被爆国ということから、
あらゆる核開発に反対してきた。
でも社会主義に対する核開発には甘かった。
毎日新聞記者の高田富佐雄氏は、「太陽を射る中国」という本の中で、こんな話をしている。
「私は深夜、騒音と怒号の渦巻く編集局のデスクで解説記事を書き飛ばしながら、はだしの巨人が
自らの蓬髪を荒縄でくぐり、その上にきのこ雲の烏帽子をのせる姿を想像した。世界唯一つの被災国の
国民として私はいかなる核爆発にも反対である。だが、私は隣国で行われた新たな核爆発に対する怒りとともに
数年来の絶望的な苦難を乗り越えて核実験をやりとげた中国の指導者に驚嘆を抑えることが出来なかった」
とある。
これは別に高田記者が特別なのではなく、当時の日本の言論界は社会主義陣営に甘く、資本主義陣営、ことにアメリカに
厳しかったのは常識であった。当時の北朝鮮には地上の楽園というプロパガンダにそのまま乗せられて 北の宣伝をジャーナリスト
が行ったことや文化大革命を大絶賛した歴史学者・井上清は、自ら 毛沢東主席万歳とあたかも紅衛兵のように叫んでいた。
軍事面でも同様のことが言え、社会主義国は平和勢力の軍備だから賛成で、資本主義国の軍備増強は戦争勢力だから反対という
稚拙な意見も多かった。
実は、私は、平和は単に戦争の無い状態であり、外交上解決できなければ、当然戦争もありだと思っている。
だから、当時、中国が核開発したのも、戦争遂行上、必要だから、開発したのであって、必要でなければ膨大な
お金をかける必要も無かった。
当時の言論界は、そういうごくあたりまえのことが、分からなかったのも事実なのである。
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