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文化大革命礼賛者を総括する
中国のプロレタリア文化大革命を礼賛者たちは、現在、その礼賛したことを忘れたかのように振舞う。 中には、言動だけではなく、妄動もしくは暴力を伴った行動に走ったことは、一切責任を取っていない。 一言済まなかったと言う言葉もない。 かって、ノストラダムスの大予言を天までもちあげた五島勉は、「信じた人に謝りたいと」と謝罪しているのと比較すれば、これらの文化大革命礼賛者の潔さの悪さは、言語に絶えないものだ。 他方、当時の日本の大新聞が文革をほめそやしたことは、疑いのない事実だ。 朝日新聞もそれについて何も総括していないし、何ら弁解もしていない。それとも大新聞や知識人?学者は自分の言動に責任を取らなくても良いのだろうか。 ここで、私は、「中国文革礼賛者たちの節操」(宮森繁著?新日本出版社)をテキストに使い、彼らの言動をまとめておきたい。余談だが 筆者は 共産党支持者でないことをここに断っておく。 安藤彦太郎(早稲田大学教授、元共産党員)
「今度の文化大革命は一時的な政策や政略でなく、歴史的な意義をもった大運動だ。 中国はこの文化大革命を経た後、おそらく経済的に一大飛躍をとげるものと思われる。 文化大革命が社会主義建設の中で矛盾克服のために提起している問題を正しくつかみ出すべきであると思う」(中国通信1966年9月)
「どっちが正しいか歴史が証明する」(安藤語録)
「私は、中国はマルクスレーニン主義の国とは思っておりません。百年の前の理論的には現に成り立たないことが指摘されているマルクス主義などを後生大事に唱えるほど幼稚な国とは思っておりません。 中国社会は、はるかに高い人間主義、毛沢東イズムがあらゆるものの基盤になっておると思います。」 (現代中国〜その全体像) 西園寺公一(西園寺公望の孫、元共産党員、元参議院議員)
「紅衛兵の活動には、とくにその初期においては、いろいろ行き過ぎがあったことは否むことはできない。 しかし、紅衛兵運動は無産階級文化大革命という真に激しい 真に厳しい革命の先駆である。 一体 行き過ぎのない革命などというものがありうるものか」 「文革が進み、修正主義の道をゆく劉少奇一派の正体が暴露され、毛沢東路線の勝利貸せ不動のものとなるにつれて、江青さんの声望は高まり、文革指導視野の地位はゆるぎないものとなった」 「江青同志の直接の指導のもとに、姚文元同志は、新作歴史劇「海瑞の免官」評ずという文章を書いたとある。 姚文元のこの一文は文革の幕開けに重要な役割を果たしたものだ。 江青さんの果たしている革命的役割がこのように大きいのと、その謙虚な清潔な人柄がアピールするのだろう」 「文革については、毛主席の英明な指導はもちろんだが、林彪さんが国防部長になって以来の毛沢東思想による徹底した解放軍教育が、はかりしれない原動力だったと思う」 いずれも「北京十二年」より。同書は、著者の文化大革命の見込み違いにより、希望により絶版とされた。 四人組逮捕の後 「四人組が打倒された直後、事の真相を知らされた私は、しばし呆然自失した」 「前の段階では考えられなかった新しい事態が発生している。帰国してとりあえず 「北京十二年」の絶版を申し入れ、私の自己批判の糸口とした」(日中友好協会機関紙?日本と中国1979年10 月1日) 四人組死刑判決後 「文革中、私たちは江青にだまされていた。彼女は文芸面の先駆者として振舞っていたが、四人組の逮捕の後、 毛沢東主席の指示を装って彼女が犯した罪がいかに奥深いものだったか、わかってきた。裁判での江青の態度 が立派だったという人もいるが、そんなのは浪花節で、私は死刑が当然だし、執行猶予もつけなかった方がかえってすっきりした。 結論としては、江青を天まで持ち上げた第一段階と江青死刑での談話では、天と地の落差がある。 これが彼の先走り屋、軽薄としての証明でもある。 白土吾夫(日中文化交流協会専務理事?事務局長、元共産党員) 「文化大革命は革命運動ではなく、革命そのものである。そこには、ある人から見れば、「むちゃくちゃ」 ある人から見れば「素晴らしい」現象が多く存在し、「ゆきすぎ」も無数にあったに相違ない。 食事をしたくなったら、是非 「毛沢東語録」を「毛沢東論文選」をお勧めする。」 「だいたい今年の終わりまでには文化大革命が勝利をおさめて集約されると見ております」 (国民評論1968年9月号) 引用しているんですけれども、この人の言っていること支離滅裂でよく分からない。 井上清(元京都大学教授) 「中国の文化大革命は、プロレタリア独裁の下で、人民の大民主を実行し、思い切り大衆を立ち上がらせ マルクスレーニン?毛沢東思想を堅持し実践して、中国を永久に変色しない社会主義の国として発展させ、 やがて共産主義に中国人民と全人類を導いていく前人未到の大革命であり、それが勝利のうちに発展しています。 毛沢東万歳 万万歳」(日中文化交流1967年8月1日号) 「毛主席の言っている鉄砲から政権が生まれるという階級闘争の最高形態を認めるか、認めないかということが 日本人民の歴史をみるうえで決定的な重要な問題である」 「反動派のこの反革命の暴力を革命の暴力によって打倒する以外権力を奪取する道はありえない」 (長周新聞1969年6月5日) 天下の朝日新聞 「この革命目的は、古い文化を打破し、体制にふさわしい人間像を形成し、修正主義への道を封じる ことにあるとされている。。現段階は、破壊からようやく改革の段階に入ったともいえよう。 文化大革命は現代マルクス主義だけではなく、広く現代への挑戦ともいえる 側面を持っている」 (1967年3月7日付け) 朝日ジャーナル 文化大革命に関しての論壇では、朝日新聞系統の「朝日ジャーナル」が突出していたが、ある座談会で、 文革批判派の中島氏の発言をほとんど削除するという暴挙に出ていることを中島氏自身が告白している。
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