「脱ダム」を考証する

脱ダムを政治面でなく政策面から考証しようと思うが、脱ダム宣言の詩的な文面と睨みっこをしていても恐らく何も解決しない。そこで、脱ダムの理論的支えとなっている大熊教授の指摘を検証してみる。
因みに、大熊教授の主張は全体的に結構分かりやすく好感が持てることと、頷首する部分が決して少なくないことを予め断っておきます。最近になって大熊教授への失望感が大きくなっている。基本高水の議論の中で、あそこまで露骨にご都合主義に趨るとは思わなかった。

1 「ダムは治水効果が少ない」

[主張の趣旨・補足]
昔は少ない投資で大きな治水効果が期待できた。

河川ではなく道路についてだが、慢性的に渋滞している道路でも、交通量が10%少なくなればスムースに流れるところが多いという日本道路協会の報告がある。洪水対策も然り。たとえ効果が数%しかなくとも、それにより事業効果があるのならば問題はない。
問題なのはダム建設による治水効果が何%であるかということよりも、ダムによってある程度の規模の洪水は防げるのか、治水事業の必要性はあるのか(投資効果は妥当なのか)、他の対策案と比較してダムが経済性や社会性に優れているのか、自然環境や社会環境に与える影響はどうなのか、そういった議論の筈ではなかったろうか?

2 「国費で造るため地方の負担が少ない」

都道府県の治水ダムは国庫補助事業で建設されているが、その費用負担は国費の補助率がだいたい30〜50%くらいに設定されている。50%とすれば、単純に考えて100億の治水ダムを造る時に、国費が50億円、都道府県の費用負担が50億円という内訳になる。
多目的ダムの場合は当然規模も事業費も治水ダムより大きくなり、その分だけ利水者の負担が加わる。河川側(つまり都道府県)と利水側(水道・発電など)とで費用分担が行われる。河川管理者と事業者とでアロケーションの計算が行われるのだが、基本的にはダム規模が大きくなる分の差額を事業者が負担する形式なので、予算事情は治水ダムと変わらない。
一方で一定額の国費が補助されていることも事実。ただ都道府県の費用はその都道府県でしか使えないが、国費は47都道府県のどこでも使える。脱ダム宣言で長野県議会の議員が怒り、余所の県の人がほくそ笑んだとされるのも、国費のうちのダム関連費で、長野県が得ていたシェアを他県に奪われる格好になったため。ただ単に発注者が変わっただけのことなので、ダムを受注するようなゼネコン業界は全体として影響を受けていない筈である。

3 「土砂が溜まってやがて使い物にならなくなる」

ダムにしろ貯水池にしろ、土砂対策というのは重要な柱である。しかしそれは、ダム計画の時に土砂の排除を含めた維持管理まで含みになっているものとばかり認識していたが、そうでもないのだろうか?
長谷村の美和ダムでは土砂のバイパストンネルの工事を行っている。使い物にならなくならないよう(変な日本語だ)対策をしているのだが、費用対効果についても透明化をしてもらいたいものだ。

4 「水の循環を遮断する」

土砂の流れを遮断するというのなら感覚的に理解できるのだが、水の循環を遮断するというのはちっと勇み足ではなかろうか。ダムは川の流れをせき止めるが、決して下流に水を流さない訳ではないでしょ?

5 「自然環境への配慮」

殺し文句ですね。この紋所が目に入らぬか〜!ってところでしょう。
ダムに限らず、コンクリート構造物が自然環境に与える負荷というのが平成に入ってから盛んに議論されており、詳細は改めてここで述べるまでもないでしょう。
ただ日本の国土は狭く、山が多くて人口密度が異様に高い。川は急流で出るときにはどっと出る。そんな地域で治水対策をするってことになれば、間違いなくコンクリート構造物を使っての対策が必要になるのは自明の理。江戸時代までと違い、洪水が起こってもとにかく高いところへ逃げて、水が引くまでじっと待ち続け、ほとぼりが冷めたら家に戻るっていう生活様式じゃ既になくなっている。ま、河川審議会でも云われていたように、それでもいいって住んでる人全員が言うのなら、それでいいんかもしれないけど、ちょっと非現実的だね。
ところで大熊教授は河川工学で昔の工法を研究しているらしいけど、昔ながらの石積み工法とか牛枠工法とかができる職人が激減しているらしいですね。コンクリート構造物を否定するのならば、そういった昔の工法をもっと積極的にアピールしてみてはどうでしょう?

6 「ダムを造ればという神話に頼るべきではない」

これも基本的には同意なんだけど、洪水や渇水の被害に遭った人の心理に立てば、そういう気持ちになるのも無理はないと思う。
確率の議論になるが、どんな対策を取っても洪水・渇水の被害に遭う確率は0にはならない。これはその通りなのだが、対策を取ればより0に近くなるのも事実。平均寿命80年のご時世に、10年に1回起こる確率の洪水への対策よりも、100年に1回起こる確率の洪水への対策の方が望ましいのは言うまでもない。
そういえば、「日本人は水と安全はタダだと思っている」という、イザヤ・ベンダサンという人の名言があったっけか。いつから過去になったのだろう。

7 最後は住民が決めるべき

これまた殺し文句ですね。まさにその通りなんだけど…、でも脱ダム宣言を出すに当たって、知事が下諏訪ダム関係者に対してとった態度は見事なまでにこれに背いてますよね。

おまけ

なお、大熊教授も深く関わりのある「緑のダム」については別項としたので、ここでは割愛します。

ダム考