長野五輪招致をめぐる疑惑は次々と噴出するばかり。日本のスポーツ界のレベルの低さには目を覆うしかない。さらに必要もない集票活動に名乗りをあげ、招致委から1000万円のカネを引き出した人物がいたのだ。
本誌前号で報じたサマランチ会長のエージェント活動についての反響は大きく、『NYポスト』を始めとする海外メディアも本誌記事を続々取りあげている。本誌が入手した資料によれば、アディダス社のジョン・ボルター氏から長野招致委員会で「ミスター長野」と称されていた吉田総一郎氏に宛てられた文書には前述の通りサマランチ会長がエージェント活動をしていた痕跡がはっきりと記されている。誰から誰に宛てられた文書なのかもはっきりしているわけだから調査しようと思えば調査できるはずだ。
そうした疑惑は他にもある。それは今、鬼の首でもとったかのように新聞などが報じているIOC委員への接待、土産問題ではない。
「接待、土産などは当時取材していたテレビ、新聞などの記者も全てとはいかないまでも知っていたはずだ。そのとき、批判せずに今に,なって問題になったからといって批判するのはおかしい。長野に五輪がきたことで、新聞、テレビもメリットがあったはずだ。立候補都市の招致委員会は招致成功のために必死で頑張るんです。IOC委員にオンナが必要かも知れないと焦り、アテネからオンナを呼んだが、成田で足止めされたなど、馬鹿馬鹿しいこともやっているんです」(JOC関係者)
本誌は前々号で「招致に当たってわけのわからない人間が集票してやるからと近づいてくることがよくあった」と招致委幹部A氏の発言を報じた。
その人物のひとりが現日本ライフル協会会長の菊地陞氏(63)である。成城大学ホッケー部出身の菊地氏は大学卒業後、ホッケー連盟に入ったものの、やがて畑違いのライフル射撃協会に移り、招致当時はJOCの監事を務めていた(現在はJOC理事)。
この菊地氏に対して、JOC内部から疑惑が持ち上がっている。
「菊地氏は長野招致委員会に“アフリカでの集票は自分に任せてくれ”といってそのための費用を招致活動費から持ち出しているんです。その額は1000万円にも及んでいます」(前出・JOC関係者)
この1000万円で菊地氏はアフリカ現地などでの活動をしたという。
同関係者によれば,菊地氏が巧妙なのは招致委員会から持ち出した1000万円をライフル協会で特別予算として計上しているところなのだという。つまり、形式的にはその金はライフル協会から出たことになっている。長野招致委員会の帳簿が既に焼却されているだけにその巧妙ぶりはより際立つというのだ。
菊地氏に取材を申し込むと、協会を通じてこんな答えがかえってきた。
「当時の集票活動については、招致委員会やJOCから要請があったわけではありません。1000万円の使途は1か月間の旅費や交通費で,買収工作などには一切使用しておりません」
JOCの理事ともあろう人物がこの体たらくである。呆れた金銭感覚はやはりJOCの体質なのか。
昨年2月に開催された長野五輪は多くの感動をもたらした。あれからわずか1年。2002年開催地であるソルトレークシティーで発覚した「招致買収」スキャンダルが日本にも飛び火してきている。その渦中、当時、招致委員会に参画していた幹部が内情を暴露した。
騒動はソルトレークシティーの地元ラジオ局が昨年11月に<招致に際して、奨学金と称した資金提供があった>と報じたのが発端だ。疑惑の目は昨年の冬季五輪開催地、長野にも向けられた。2000年夏季五輪の開催地・シドニーの招致担当大臣が「長野も(集票をとりまとめる)エージェントと契約していたはずだ」と発言したことから注目されることになった。エージェントとの契約の問題は既に当時の幹部たちによっても認められているが、長野への疑惑は、実は開催地決定がなされた91年6月直後からたびたび指摘されていた。
例えば、来日するIOC委員に対する過剰接待疑惑。91年6月の段階で既に16億円の招致費用が使われていることから、接待があまりに豪華ではないかと指摘されていた。
招致委の総収入約20億円のうち県が交付金の名目で支出したのが9億2000万円。それとは別に、例えばスキーの回転、大回転の会場となった山ノ内町が町内の旅館、企業、個人から一口2万〜5万円で集めた5000万円も含まれていた。これに対して、税金や住民の善意の金が高額な接待に使われているのではないか、その使途を明かすべきだと県内の市民グループが訴えた。
長野五輪組織委員会は当時、「帳簿を紛失した」と主張(実際は焼却していたことが後に発覚)。
長野地検に告発されたこの「帳簿」問題に対する司法の判断は「招致委員会への県交付金の交付条件であった『帳簿等の5年間の保存義務』は招致委員会が解散した時点でなくなっている」と不起訴処分となっている。当時から、「過剰接待」「高額な土産」などとは囁かれてきたが、「票欲しさの買収行為」との指摘はこれまで「公然の秘密」だった。
いったい、招致委によってどのような接待がIOC委員に行なわれていたのか。本誌は当時、長野五輪招致委員会に所属し、招致に関わった幹部に接触。その実態を表わす爆弾証言を得た。この幹部、仮にA氏としよう。A氏は90年から招致委に加わり、さまざまな活動を目の当たりにした。ときには高額な土産をIOC委員に直接手渡し、時には、五輪エージェントと直に接触した。以下はA氏の証言である。
「IOC貴族」「五輪貴族」という言葉があります。各国から選ばれて、五輪開催地の選挙の投票権を有するIOC委員を称する言葉です。中には文字通り、本物の貴族階級出身の委員もいますが、そうでない委員も多い。でも、「五輪スタンダード」では彼らは独立国の大使としての処遇が必要になります。
彼らは、五輪開催立候補地を視察に訪れます。迎え入れる招致委員会としては、「わざわざ視察にこられるのだから」という理由と「印象を損ねてはいけない」との思いから、待遇には気を使わざるを得ないのです。
その待遇は常に一流の食事に、最高級の宿泊施設、委員に喜ばれるお土産。これは最低限の礼儀という認識なんです。委員の接待を担当した猪谷千春IOC委員も「最高のものを用意しろ」と常々指令していました。
長野五輪招致当時で約90人いたIOC委員それぞれの趣味・嗜好を探るというのは容易ではありません。本来、招致委員会やJOCなどが、そのような情報を独自に収集できればベストなのですが、とてもそれだけの情報力はない。となると、エージェントに頼るしかないわけです。
エージェントから集めた情報を元に、テニスが好きな委員が来日したらテニスの用意を。現金の方が喜ぶ委員がいたらカネを渡す、ということになります。